寂しいビール事情――憧れの海外ブランド

 僕が成人――当時は二十歳――したのはバブルの末期。

 煙草も酒もようやく公然と口にできる年齢に達して、何かと背伸びしたがる僕らの気持ちを、バブルの華やかさがより一層駆り立てていたように思われる。

 当時人気だった漫画に、わたせせいぞうの『ハートカクテル』がある。

 絵柄も白黒ではなく、フルカラー。

 鮮やかな色彩で描かれる魅惑的なシーンの数々――まるでサンフランシスコのような西洋風の街並み、緑豊かな草原でのピクニック、青い空と白い砂浜を背景にした海岸線のドライブ、夕日が消え残るハーバーに寄添う二人の影、薄暗いラウンジでの気の利いた会話――

 そして、かかるシティ・ライフを一層リッチに演出してくれるさまざまなアイテム――桟橋に繋留されたヨット、モーリス・ミニやシトロエンなどの外国車、ヴェスパやトライアンフといった輸入バイク、キャメルやラッキー・ストライクなどの外国産たばこにジッポーのライター――

 クールで洗練された大人の世界に大いに幻惑され憧れたものである。


 ただ、僕らの生活の実態としては、ハートカクテルは遥か雲の上の夢想の世界。

 現実はと言えば、これもまた当時人気のあった前川つかさの漫画『大東京ビンボー生活マニュアル』の方が断然近かった。

 それでも、たとえヨットや外国車は無理だとしたところで、少し奮発すれば、ハートカクテルに近付いたような気分を盛り上げる、比較的手軽な脇役の一つ――海外ブランドのビールぐらいは何とか手が届きそうな範疇にあった。

 すなわち、バドワイザー、クアーズ、ハイネケン、レーベンブロイ、カールスバーグなどなど。

 さらに、メキシコ産のコロナには、当時はやり始めていたエスニックな雰囲気と、瓶の口から櫛切ライムを押し込んで飲むという物珍しいスタイルとがあいまって、トレンドの先端を踏まえているような、新鮮な魅力を感じた。


 まあ、毎回という訳にはいかないが、たまには奢ってこうした海外のビールを購入し、遠く華やかな世界に憧れる気持ちを癒したものである。


 ところで、この時代、バドワイザーの産地と言えばアメリカ、ハイネケンはオランダ、レーベンブロイはドイツ、ヒューガルデンはベルギー、カールスバーグはデンマーク、コロナは既述の通りメキシコ――まあ、それは当然と言えば当然で、今でもそのように認識している人が、ひょっとすると少なくないのかも知れない。

 しかし、実のところ、それは過去の話であって、現下の状況はまったく異なっているのである。


 皆さんはご存じだろうか?

 次回はその現状について少しお話ししたい。


 関連エッセイは、全三回を予定している。

 なお、海外ブランドに関する話題を中心にしており、日本のクラフトビールなどの事情については、ここではまったく触れないので、あらかじめご了承いただければ幸いである。



                         <続>





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