ヒサカキの花

 吾が家の神棚には、サカキではなくヒサカキが供えられている。

 九州にある実家でも神棚にあったのはヒサカキだった。

 サカキは真榊まさかき本榊ほんさかきとも別に呼ばれ、その異称の通り、本来神事に用いるのはこちらが正当なのだが、寒冷な気候では育ちにくいため、そのような土地ではしばしば代用として、同じモッコク科別属のヒサカキ(柃、姫榊)が用いられる。僕の実家は九州だが、冬には雪が積もることもある山間部なので、サカキを植えてもなかなか大きくならない。

 したがって、子供の頃に榊と言えば、専らヒサカキのことを指した。ある時、父か誰かがどこかからか貰ってきたものだろう、

「これが本榊ほんさかきだ。これこそ本物の榊だよ」と神棚に供えられたことがあったが、普段、ヒサカキばかりを目にしていた僕には、鋸歯の無いのっぺりとした大ぶりの葉は何だか仰々しく、どうも榊らしくは見えなかった。


 現在、僕が住んでいる関東地方の花屋などでは、サカキとヒサカキとが二つながら店頭に並んでいることも少なくない。ただ、どちらかと言えば、ヒサカキの方が多いようにも思われる。また、サカキの方は外国産が多く、国産のものはなかなかお目にかかることができない。或いは、置いてあったとしても非常に高値がつけられている。ヒサカキの方は国内産もよく目にするし、サカキより懐にやさしい値段でもある。

 やはり、日本の神様をお祀りするのだから、外国産のものよりは断然国内産が好かろうし、国産で手に入れやすいもの、しかもなるべく財布が痛まないものとなれば、ヒサカキを選ぶしかない。


 ところで、吾が家の神棚のヒサカキは、今、花盛りである。サカキは初夏の頃に、香りの好い小ぶりの白い花を咲かせるが、ヒサカキの花期はそれよりもずいぶん早い。

 このヒサカキの花、サカキの花よりもさらに一層小ぶりで、見た目としては、うつむき加減の控えめで地味な姿だが、その匂いたるや、控えめどころか実に強烈である。例えるならば、漬物の、沢庵のような臭い。おならの臭いや、都市ガス・プロパンガスの付臭・着臭に例える向きもあるが、僕にとっては何といっても沢庵漬。実に、癖の強いあくどい臭いに感じられる。

 そもそも僕は、食べ物としても沢庵が苦手なので、ことの他この臭いに敏感になるのかも知れない。隣の部屋にいても臭くて不愉快だと感じるほどである。

 一方、家人の方は、この花の匂いは意識して嗅がないとほとんど気付かないらしい。しかも、ほのかな花らしい香りで、悪い臭いだとは思わないという。ただ、毎朝、榊立の水替えをするときに、榊に水をかける際だけは、匂いが変化して何か異臭がするようにも感じるらしい。

 臭いなどに関する人の感覚は十人十色のところがあり、何とも不思議なものである。


 吾が家の神棚では、ここ数日で、さらにたくさんの蕾が花開いてきているように見受けられる。花の臭気もいよいよますます盛んになることだろう。

 これは事によると、財布の紐をなかなか緩めず代用品ばかりで済ませている僕に対し、そろそろ真榊を供えよとの神様からの無言の圧力なのかも知れない。



  ひさかきの花俯きて漬物かうこの屁





                         <了>






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