二の酉

 今日は二の酉である。

 十一月の酉の日には、酉の市が開かれるのが習わしなのは、ご案内の通りだが、今年は、一の酉が十一月四日金曜日、二の酉が本日十一月十六日水曜日、三の酉が十一月二十八日月曜日。昨年と一昨年は、二の酉が土日に当っていたが、今年は三の酉まであるのに、いずれも平日と来ている。これでは、ウィークデーに真面目に働いていようものなら、お酉さまに詣でる機会を逸してしまうではないか。実に遺憾極まる。

 ということで、今日は、朝のうちに職場にちょっと顔を出し、その後は休みということにして貰った。

 さっさと仕事を済ませ、帰りがけに床屋に寄って頭を調え、髭をあたってもらう。そうして、帰宅すると衣服を改め、家人と共にわが家の神棚に礼拝らいはいし、昨年の熊手をお下げして、近くの鎮守様に向かう。ここには、お末社の一つに大鳥神社がある。かつてはここでも、お酉さまをやっていたとのことだが、何時の頃からか、停止ちょうじになったらしい。ともあれ、大鳥神社おとりさまがお祀りされているからには、礼を尽くさねばなるまい。本殿と諸々のお末社、殊に大鳥神社おとりさまには念入りに敬礼きょうらいを済ませ、もう一つ別の神社に向かった。

 ここも、鎮守様同様、主祭神が日本武尊おとりさまというわけではなく、本殿には建御名方命おすわさまが鎮座なさっているが、境内社の大鳥神社で毎年、酉の日のお祭りが催されている。近付くと、たくさんの出店があり、平日ながらそれなりの人出で、なかなか賑賑にぎにぎしい。

 手水含嗽ちょうずがんそうの後、家人と並んで敬礼きょうらいを済ませ、昨年の熊手をお納めして、新しい熊手を頂戴すると、気分爽快この上ない。

 ちょうど時分としては、昼飯時。近くの蕎麦屋に寄って、お銚子、山葵蒲鉾、海苔蒸籠のりせいろ。昼間から、酒を呑むなど行儀が悪いと仰せの向きもあるやも知れないが、お神酒である。ありがたく頂戴すべし。

 そうして、店を出て、商店街をひやかし、縁起物の切山椒などを購うと、いつの間にやら僕の足は、昼間から開いている老舗の居酒屋の前で止まっている。不思議なこともあるものである。

 ここは、普段、夕方や休みの日には頗る混んでいて、中々席を確保するのが難しい店なのだが、水曜日の昼間ともなれば、非常に空いている。

 家人に目配せをすると、敵もだてに四半世紀を吾輩のみすけと共に過ごしてはいない。天晴あっぱれ、莞爾かんじとして鷹揚おうように頷いていらせられるではないか。ありがたい、ありがたい。

 そうとなれば、話は早い。細君は居酒屋なんぞに興味がないときているので、熊手を託してお持ち帰りいただき、せつはさっさと暖簾の向うに身を隠した。

 さてさて、何がよかろう。とりあえずは、生ビールにホルモン炒め、さらには、ポテトサラダ、そうしておいて、ホッピー、湯豆腐……

 随分お腹もくちくなった。勘定は、これで二千円ほど。実にめでたいお酉さまである。


 ところで、冒頭にも述べた通り、今年は三の酉まであるのだが、こういう年は何でも火事が多いとか。

 しかれども、心配するなかれ。本来、このような祭事は、旧暦にて行うべきものである。新暦の十一月に、日にちの干支のみ旧式というのは、いかにも中途半端である。

 さすれば、月日も旧暦として、これで十一月の酉の日を調べてみよう。

 どれどれ――?

 旧十一月五日乙酉(新十一月二十八日)、旧十一月十七日丁酉(新十二月十日)、旧十一月二十九日己酉(新十二月二十二日)。

 ――何と、旧暦にしても三の酉まであるではないか。


 これはどうしたことか――


 まあ、よかろう。そもそも、僕は唯物論者なのである。



                         <了>






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