応援コメント

夏休み気分も尽きかけて色々ともの哀しく」への応援コメント


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    昔は引きこもりどころか『登校拒否』こと不登校も市民権を得ていませんでしたね。
    正直、人間の性質がそんなに大きく変化するとも思えないので、そういう人は隠されていたか、それこそ無理に人づきあいに駆り出されていたのかも知れませんね。
    「今まで経験したことがない」諸問題も、とうに根を張りながら呻吟して来ていたのかと思うと、恐ろしいような……。

    作者からの返信

     いつもありがとうございます。

     おっしゃるとおり、引きこもりがちな性情の人柄は時代に関係せずに存在し続けているのでしょう。
     ただ、人間は環境に影響されやすく、言葉を換えれば順応性に富んだ面を持ち合わせているので、現代日本の感覚からすると過酷であったらしい、例えば戦時中や戦国時代などの社会環境においても、多くの人はそれなりに順応していたのだろうとも思います。

     「逃げてもいいんだ」ということが公然と認められるようになった現代日本は、フラジャイルな個人に対してそれなりにやさしい社会になったとは思いますが、一方では昔に比べて、建前と本音という機微が失われ、杓子定規な理想的規範のみが大手を振るい、例えば、多様性を謳いながらも実際は裏腹に画一的な価値観(特に人権とか SDGsとか)が押し付けられるようになった面などに関しては、何とも余裕がなく住み難い、窮屈な世の中になってしまったものだとも感じられます。
     ことに、そういった理想的な価値観が、例えばグリーンウォッシュのように裏では利権と繋がっていたりするのを目の当たりにすると、何とも言えない気持ちになります。

     何やらだんだんと脱線してまいりましたが、頂いたコメントからそんなことをつらつら考えました。
     ありがとうございました。

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