EP.37 巨大ロボットは最強格ゲー少女の夢を見るか?
――彼女は強くなりたかった。
父は元プロボクサー、兄は後に総合格闘技選手となる格闘一家に生まれ、小さな頃から負けん気が強く男勝りな女の子だった。
格闘技のセンスもあった。しかし一見境遇の近いエナさんとは違い、彼女は体格に恵まれなかった。体も強くなく、喘息持ちで他の子と同じように運動ができなかった。
テレビで父の過去の試合を見る度震え、父のように強くなりたかった。しかし彼女には所詮叶わぬ願いであった。物心つく頃には既に自分の願いが幻想であると悟り、どんどん頭角を現していく兄を見ていつも惨めな思いをしていた。
そんな彼女が腐らなくて済んだのは、ゲームがあったからだろう。娘の境遇を不憫に思った両親は、本来はあまり好ましく思っていなかったVRMMOゲームのハードを彼女に与えた。
最初は不慣れな世界に戸惑いつつも、そこでは呼吸を気にせず長く動くことができた。やり方次第で自分より大きな相手にも勝つことができた。彼女はその新しい世界に歓喜する。
彼女は水を得た魚のように勝利の階段を駆け登った。【SFMO】は個人戦、チーム戦、どっちもありの総合格闘ゲームだ。その実力が認められ、ある時彼女にチーム加入の声が掛かった。
お世辞にも愛想が良いとは言えず、一見冷たそうに見える彼女だが、誰よりも情が深く仲間思いだった。ずっと不遇な思いをしてきた彼女は、不器用ながらも人の弱さに寛容で慈しむことができた。
いつしか仲間たちは彼女を愛し、彼女も仲間たちを愛した。その充実した日々、愛すべき仲間たちが、彼女を【SFMO】の日本チャンプにまで導いたわけだ。
小柄で可愛いチャンピオンを、人々は親しみを込めて『ベイビークイーン』と呼んだ。正直女々しくてあまり好きな通り名ではなかったが、それでも彼女は幼い頃の願いを成就させることができたんだ。
――彼女は強くなりたかった。現実に強くなっていた。しかし守ることができなかった。
TSとの戦闘で犠牲となった彼女の仲間たち……彼女は何にも忘れてなんていない。今も守れなかった自分を責めている。きっとエナさんのことですら、自らに責任を感じていたに違いない。
でもそれはこいつ自身の問題だ。せっかく逃げられたものを、僕のひん曲がった好意を無視して、よくもこんなところにのこのこ現れてくれたもんだ。
「大馬鹿はどっちだ! 何でこんなところに来るんだよ!! さっさと逃げないとお前まで死ぬぞ!!」
それを聞いた飛燕は、目に涙を浮かべながら僕をキッと睨みつけた。
「ギガデス……守門が言ってた。あんたがここで戦ってるって……あんたに言われて、私たちを守りに来たんだって……」
「あ……あの鉄仮面、余計なこと言いやがって。少しは空気読めよ」
「ヒカリは気付いてた。あんたは本気であんなこと言う奴じゃないって……よくは分からないけど、きっと私たちの為なんだろうって。だからヒカリはあんなに泣いてたんだ。ミズキだって分かってた……」
良くも悪くもまっすぐな奴だな、本当に。何だよ、これじゃ僕が馬鹿みたいじゃないか。あんなに怒鳴り散らしてやったのに、子供一人騙せなかったのかよ。
「ヒカリにお願いされたんだ。自分が行ってもタタラの役には立てないから、私にあんたを何とか助けて欲しいって……」
「そんなこと……僕は望んじゃいない。これは僕の戦いなんだ!」
僕が懲りずに悪態を吐くもんだから、飛燕は僕の胸ぐらを掴んで叫ぶように言った。
「ヒカリと約束した。あんたを絶対に連れ帰るって! 私をこれに乗せろ!! エナみたいに戦わせろ!!」
「何言ってんだ! お前もエナさんみたいになりたいのか!? もうあれは絶対に使わない!!」
僕も負けずに言い返すが、飛燕は胸ぐらを掴んだまま目いっぱい僕を引き寄せて叫ぶ。
「私は馬鹿だから、あんたの真意なんて分からない!! ただ私は……私だって仲間を……あんたを守りたいんだ!!!」
僕はこんな目が眩むほどまっすぐで、熱い眼差しを向けられたことがなかった。もう分っちゃいたんだ。こうなったら誰もこいつを止められないってね。
飛燕は僕を突き放すと、潜り込むように無理矢理後ろの席へ座った。もう是が非でもそこから動かないつもりだ。動かざること何とやらってね。
せっかくここまでお膳立てしてやったのに、冗談じゃなかった。だけど僕の意向とは関係なく、やはりコンソール上にはあのメッセージが表示される。
“新しいトランスデータ『飛燕』にアクセスできます。インストールしますか?”
――そろそろ時間だ。何か勝つ手立てはついたのか? それとも、最後のお別れでもしていたのかな?」
「クソ! もう三分か!」
「タタラ、私はここを離れるつもりはないからね! あんたが戦わないのなら、私もここで一緒に心中してやるよ」
ああ、もう何でみんなこんなに自分勝手なんだよ! ……って、僕が言えた立場でもないか。こんなこと言われたら、僕の取り得る選択など一つしかないじゃないか。
戦ったら今度こそ死ぬかもしれない。でも戦わなければ確実に死ぬ。ロキシーもああは言ってるけど、捕まれば命の保証はない。頼むから、僕に二人分の命なんて背負わせないいでくれ。僕はコンソールに拳を叩きつけて言った。
「もうどうなっても知らないからな!! ただし、やるからには絶対に生延びろよ!!」
「安心しろ、あんたをヒカリの元へ連れ帰るまで、私は絶対に死なない!!」
“トランスデータ『飛燕』にアクセス・・インストールを開始します・・・”
――時間だ! 君にとっては辱めかもしれないが、この状況はある意味好都合だ。機体を完全に破壊し、君たちを拘束させてもらう!」
ロキシーにとっては温情のつもりだった。機体の損傷でジークはほとんど身動きが取れなかったので、完全に無力化して僕らを無理矢理連行する気なんだ。再び僕らの元へ進行を開始したエーデルワイスは、ゆっくりと大剣を振り上げてジークに狙いを定める。
徐々に周囲よりオレンジ色の光が集まってきて、ジークの損傷箇所がみるみる癒えていく。
――この光……エナの時のものか? だがそんな機体で何ができる!!」
エーデルワイスはオレンジ色の光が消え去るのを待たず、僕らへ向かってついに大剣クレイモアを振り下ろした。
謎の光が彼女の目を曇らせたのかもしれない。だが彼女には、もう避けられるはずがないという確信があった。ところが、エーデルワイスの大剣は麦畑に深々と突き刺さり、さっきまで無様に倒れていたボロボロのTSの姿は、もうどこにもなかったんだ。
――な、何? 一体どこへ行ったんだ!? ……上か!?」
ロキシーが機体の真上をモニターすると、日差しの方向にオレンジ色の何かが飛んでいるのが見えた。一体どうすればこうなるのか? 気付けば、ジークはエーデルワイスの遥か上空を体操選手みたいにくるくると回転していた。
ノーマルのジークよりもソリッドでしなやかなボディ、武装も何もないシンプルで美しい機体が鮮やかに空中を舞い、腕組みをしながら威風堂々と地表へ降り立った。
“・・最適化・・完了・・・チャクラコンバーター正常に起動・・・当機はこれより近接格闘戦特化形態・・・『ファイター』モードに移行します”
「な……何とか間に合ったか」
「行くぞ、タタラ! みんなまとめて私が守ってやる!!!」
一直線にエーデルワイスへ向かって走っていくファイタージーク。こんな直線的な動きじゃ、すぐに奴の餌食に……なんて思いそうだったけど、不思議と不安は湧かなかった。
――舐めるな! そんな神風みたいな攻撃でエディを倒せるものか!!」
「飛燕、来るぞ!」
「任せて! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ファイタージークの接近に合わせ、エーデルワイスが的確に大剣を突き出す。しかし、ファイタージークはまたも視界から消える。
――な……跳んだのか!?」
「まずは、自信満々のあんたの鼻っ面に一撃入れてあげる!」
トリッキーな動きにロキシーは翻弄される。軽やかにジャンプしたファイタージークは、突き出された大剣を踏み台にバク転をしながらエーデルワイスの頭部を蹴り上げた。
大した一撃ではなかった。飛燕にとってはまるで挨拶代わりと言わんばかりのデコピンみたいなキックだ。これには流石のロキシーも憤りを見せる。
――やってくれるじゃないか小娘……。私をおちょくったこと、後悔するんじゃないぞ!」
「だから、あんたも似たようなもんでしょ!!」
先制攻撃を喰らわせたファイタージークに、今度はエーデルワイスの花びらの刃が一斉に襲い掛かる。エナさんも散々手を焼かされたこの飽和攻撃を、飛燕は紙一重の所で器用に躱していく。まるで踊っているかのような華麗な動きに、ロキシーは更にイラつきを募らせる。
――どうした小娘? 大見得を切った割には、避けているだけじゃないか?」
「タタラ、反撃開始だ! 必殺技コマンドを入力して!」
「え……あ……コマンド? 何それ?」
「いいから! 私の思い浮かべた必殺技コマンドをコンソールに入力するんだ!!」
ふとコンソールを見ると、そこにはレトロなアーケードゲームのスティックとボタンが映し出されていた。いや、言いたいことは分かる。考えてる暇もないから、やってはみよう。だがしかし、何だこのこれじゃない感は……。
「もう、好きなようにやってくれ!」
“特殊戦術攻撃コマンドの入力を確認・・・急激な高度及び重力変化に注意されたし・・”
僕の慣れないコマンド入力は成功したらしく、コンソールには謎のメッセージが表示される。すると、ファイタージークはエーデルワイスの攻撃を掻い潜り、再び空高くジャンプをした。
いや、それは最早ジャンプなんて生易しいものじゃなかった。五〇〇……六〇〇……七〇〇と、コンソールに表示された高度計の数字がぐんぐん上がっていく。終いには、高度三〇〇〇を越えてエーデルワイスの姿などほとんど見えなくなっていた。
「ひ……飛燕さん、一体何をするつもりなのかな……?」
「喰らえ!!」
恐らく、その技は世界中のどんな絶叫マシンなんかよりも恐ろしいのは明白だった。飛燕が技の名前を叫びだすと、超高高度から物凄い速さでファイタ―ジークは落下し始めたんだ。
リアルSFロボットものなんてどこ吹く風、もうデタラメもいいところだった。落下していくジークはオレンジの光を纏い、雲を突き抜けて地表へ向かってどんどん加速していく。
――小娘が! 何をするつもりだ!?」
「蒼空!! 雷鳥キィィィィッッッック!!!!!!!!!!!」
「し、死ぬぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
この一見無謀とも言える蹴り技は、大陸間弾道ミサイルを誤差数センチの精度で命中させるほどの正確さで地上の目標を捕えていた。
インパクトの瞬間、地面に巨大戦艦の主砲が直撃したような衝撃が走る。エーデルワイスは花びらを閉じて防御を試みるが、キックの規格外の威力に花びらが数枚ひしゃげて飛んで行った。
「や、やったか!?」
「入りが甘かった! 寸でのところでクリーンヒットを回避されたみたい!!」
地上に降り立ったのも束の間、舞い上がった砂埃の先から花びらの刃が襲って来る。飛燕はバク転をしながらそれを回避する。
――ちっ! 二枚持っていかれたか。訂正しよう小娘、君はエナ以上の強敵であると認めようじゃないか。さあ、私を満足させてみろ!!」
「あんたが満足するかどうかなんて知らない! 仲間を守る為、私はあんたをぶっ倒すだけだ!!!」
そこから、またファイタージークとエーデルワイスの激しい攻撃の応酬が始まった。エーデルワイスの花びらは残り四枚となっていたが、攻撃の激しさは以前より増した気さえする。
飛燕はトリッキーな動きで相手を翻弄し、要所要所に蹴りや拳を突き出すが、ロキシーも残った花びらで器用に防いでいた。エナさんもそうだったが、SSランクのTSと……あの『鋼鉄の処女』とここまでの戦いをするなんて、最早お金を取れるレベルだった。
「タタラ、あの羽みたいの厄介だ。あれごと一気にぶっ飛ばす!!」
飛燕がそう言うと、またもやコンソールにアーケードゲームのスティックとボタンが映し出される。しかも、飛燕から指示されたのは前よりも複雑なコマンド入力だった。
「な……これ、一回転か? どうやって入力するんだよ!?」
「タタラ、ぐずぐずしないで早く!!」
“特殊戦術攻撃コマンドの入力を確認・・・チャクラコンバーター出力最大・・エネルギー充填まで後二〇・・一九・・一八・・・”
四苦八苦しながらも、何とかコマンド入力は成功したみたいだ。ファイタージークは再度バク転でエーデルワイスから距離をとり、右腕にオレンジ色の光を集中させていく。周囲に多量の土煙が舞って、巨大な渦となって上空へと昇っていく。
これはあれだ。前に飛燕が使った必殺技ってやつだ。まあそれは良い、あれなら勝てるかもしれない。問題なのは、飛燕から更に無茶な注文が入ったってことだ。
「さあ、タタラ、一緒に技の名前を叫んで!」
「え、ええ!? それって必要あんの!?」
「二人の呼吸を合わせないと、威力を発揮できないんだ!! 私を信じて、タタラ!!」
「ああ、も、もうヤケクソだ!!」
ヤドカリちゃんと同じように、トランスしている時の飛燕は何だかハイになっている感じであった。テンションが高いっていうか、恥ずかしさみたいなものがぶっ飛んでて、酔っぱらいみたいだ。
僕は仕方なく、彼女の意思に指示された通り恥ずかしい技の名前を高らかに叫んだ。
「これで決める! タタラ、合わせて! 必殺!!」
「し、神風(しんぷう)!!」
――また奇妙な技を使うつもりか! そうはさせん!!」
こちらの変化に気付き、大剣を振り上げ突進してくるエーデルワイス。この時、僕と飛燕の気持ちは一つになった……気がする。
「「薬師、鳳凰拳ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!!!!!!!!!!」」
凄まじい熱風と共に、ファイタージークの拳に集められたオレンジの光が、巨大な不死鳥となってエーデルワイスに襲い掛かる。予想を遥かに超えるインパクトに、ロキシーも堪らず防御の体制をとる。
――こ……こんなもの!! こんなもので!!」
「「このまま吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!」」
寸でのところでガードしたエーデルワイスであったが、最早それは意味を成さなかった。全高18メートルの重TSは、数百メートルに渡って地面をえぐりながら吹き飛ばされていく。
あんなに厄介だった凶暴な花びらは、砕け散るように辺りに飛散し、巨大な不死鳥が機体を呑み込んでいく。まるで断末魔のようなロキシーの呻き声がこだました。
――うううううううぐぐぐぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」
不死鳥が暴風のように過ぎ去った後、その跡は巨大な轍のようになって遥か彼方まで伸びていた。これでは如何にエーデルワイスと言えども、跡形もないことだろう。
僕らはきっと勝った。だけど僕の頭の中には、ロキシーのあの叫び声がフラッシュバックして吐き気を催した。生きる為に仕方のなかったことだ。だけど僕は、十七歳の少女に人殺しをさせてしまったかもしれないという罪悪感に、今更ながら狼狽えていた。
「すまない、ぼ……僕はお前にロキシーを……」
「気にしないで、私は覚悟してるから。それに……まだ終わってないよ!」
僕らが激戦を繰り広げている間に、日は傾きつつあった。僅かに夕暮れ色に染まりかけた地平の彼方に、奴は確かに立っていた。
――よもや、一日に二度も私がやられそうになるとはな……さあ、タタラ、勝負を決しよう!!」
相当のダメージを負っていることは間違いなかった。度重なる激戦で疲労もしているはずだ。しかし、彼女の声は……『鋼鉄の処女』はまだ死んではいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます