EP.36 ひねくれぼっちの最終決戦

 来るべき時だ。仲間も身の安全も、自分の過去さえも何もかも捨てて、ついに僕は今こうして最強のTSの前に立っている。

 常人にとっては最早狂気の沙汰、自殺志願者もいいところだった。でも僕にはブリキ乗りとしての美学がある。本来硬派なブリキ乗りってやつは、かくあるべきものなんだ。

 空には文字通り暗雲がたちこめ、僕の後方の広大な麦畑は音を立てて騒めき始めていた。『鋼鉄の処女』エーデルワイスは、世界で最も美しいTSという名に恥じぬ佇まいで、今僕の目の前に立っている。



 ――どうした? さっきの姿にはならないのか? 勝てる見込みがあるから、わざわざ戻って来たのだろう?」



 だが感無量の僕とは違い、どうも『鋼鉄の処女』は欲求不満のようだ。せっかく憧れの人に巡り会えたんだから、せいぜい愛想をつかされないようにしないとね。



 「……エナさんはもう戦えない。悪いが、ここから先は僕だけで相手をさせてもらう」

 ――そうか……それは残念だ。仲間を逃がす為に時間を稼ごうというのか? 美しい自己犠牲の精神だ。ノブレス・オブリージュ……そちらの言葉では、武士道とでも言うべきなのかな?」

 「僕はエナさんじゃないから、そんな大そうなもんじゃない。これは僕個人の為の戦いだ」

 ――私もそうだが、君も大概変わり者のようだな。いいだろう……最後に言い残すことがあれば、聞いてやろう」



 一人のブリキ乗りとして再び現れた僕に、『鋼鉄の処女』は同じブリキ乗りとして敬意を払った。僕など瞬殺して逃げた仲間を追った方が、自警団隊長としては正しい判断だろう。

 だけど僕には分かっていた。彼女は自警団の隊長である前に、一人のブリキ乗り『鋼鉄の処女』エーデルワイスのロキシーなんだと。



 「僕は君と会う為に……君と戦う為に日本から来たんだ。日本で僕は大好きだった【TSO】のあり方に失望した。だから僕は君と戦い、僕の【TSO】を終わらせるつもりだった。最後にブリキ乗りとして最も尊敬すべき『鋼鉄の処女』と戦ってね」

 ――光栄だな、タタラ。以前会った時にはそんな素振りを見せなかったから、関心を持たれていないのかと思ったよ」

 「君はアカウント名より、『鋼鉄の処女』という二つ名の方が有名だからな。それに、まさか君が自警団なんかに所属してるなんて夢にも思わなかったよ。“光栄ある孤立”の代名詞であった君がね」

 ――棘のある言い方だな。言っただろ、私も本意ではないのだ。しかし、今は天下国家も揺るがしかねない緊急事態。高貴なる者、強い力を持つ者には責任があるのだ。ノブレス・オブリージュの名のもと、私はこの世界……この国の秩序を守らねばならない!」



 神格化された『鋼鉄の処女』という存在とは裏腹に、彼女は良くも悪くもクソ真面目で純粋な奴だった。少なくとも自警団に『鋼鉄の処女』がいるだけで、ブリキ乗りであればどんなならず者だって震えあがるだろう。だから彼女は担がれたんだ。



 「僕は今、世界中で最も恋い焦がれた人と巡り会うことができた。僕は君のようでありたかった。だけど、今の君には正直幻滅している。どんな理由があろうと、自警団の犬になり果てている君にはね。僕が憧れていたのは、孤高のブリキの巨人、『鋼鉄の処女』エーデルワイスだ」

 ――ずいぶんと口が過ぎるようだな。それとも、私を怒らせて隙を伺う算段か? いずれにしても、このエディへの侮辱、身をもって償って貰おう! 行くぞ、タタラ!!」

 


 目の前からフルスロットルでエーデルワイスが迫って来る。既に数枚が斬り落とされていたが、それでも凶悪過ぎるくらいの彼女の刃が木々を薙ぎ倒し、地面を切り裂きながら襲い掛かって来る。

 正直、正面からぶつかったら、本当に瞬殺されてしまう。先程はいきなりの遭遇戦だったが、今回は申し訳程度であるが準備をしてきた。



 ――くっ! グレネードか!? ……いや、違う!!」



 僕は真正面から向かって来るエーデルワイス目がけ、手投げ弾を放り投げてその場を離脱した。

 ロキシーは条件反射でそれを花びらの刃で破壊した。そうすると、爆破された手投げ弾から猛烈な煙幕が噴き出し、エーデルワイスは視界を失う。



 ――姑息な手だ。そんな小細工がエディに通用するとでも思っているのか?」



 ロキシーはすぐに平静を取り戻し、機体のセンサーでジークの姿を追う。間もなく彼女はジークを探知し、余裕の笑みを浮かべて大剣を振った。



 ――甘いぞ、タタラ! そこだ!!」

 「甘いのはお前だ!!」

 ――な、何!? ……デコイだと?」



 エーデルワイスが大剣クレイモアで勢いよく突き刺したのは、僕が作りだした囮用のバルーンデコイだった。

 大剣を大振りして隙の生まれた反対側から、僕はここぞとばかりに機関砲でエーデルワイスを狙い打った。普通であれば、この状況で助かるTSなどまず存在しない。『鋼鉄の処女』を除いてね。



 ――やるじゃないか! 見直したぞ、タタラ。だがそれで勝ったつもりか?」



 接近戦に特化したエーデルワイスへ、遠距離からの攻撃が通用しない理由。それは攻防一体となっている花びらによる絶対防御である。

 僕の砲撃は、あの憎たらしい花びらによって全て跳ね返され、ロキシーは鼻で笑う。しかし、僕もそんなことは想定済みだ。



 ――……!? メインモニターがやられた? これは……ペイント弾か!?」

 「悪いけど、君みたいに綺麗に戦ってはいられないんだ。とことん泥臭くやらせてもらう!」



 ペイント弾によるカメラ潰しは、時間制限のある特殊効果だ。ほんの少しの時間稼ぎにしかならない。だが僕には、これ以上ない千載一遇のチャンスだった。

 遠距離から砲撃を加え、僕は素早く機関砲にナイフを着剣させる。視界の塞がれたエーデルワイスは硝煙に包まれるが、それでもやはりこの程度の火力では決定打にならない。万全ではないとしても、奴の花びらによる絶対防御は健在だった。



 「まだ視界は回復してないはずだ! 今行くしかない!!」



 余っていたデコイを全てエーデルワイスの周囲に配し、僕は相手のコックピット目がけて銃剣で突撃を試みる。

 周囲のデコイにすらまともに対処できていない。僕はいよいよ確信を深め、『鋼鉄の処女』の喉元深く踏み込んで行く。



 「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



 正直、今度は勝ったかと思ったよ。世界に七体しかいないSS級TS、『鋼鉄の処女』エーデルワイスにこんな旧式のTSがね。だが、現実ってのはそこまで甘くはないようだ。



 ――よもや、本当に私に勝つつもりだったのか?」



 “警告・・・左右両椀部に深刻な損傷・・左右両椀部に深刻な損傷・・即時撤退を提言”



 勢いよく飛び込んで行ったジークの左右の腕には、花びらの楔が撃ち込まれ、最早身動きはとれなかった。コックピットにアラートが鳴り響く中、僕は叫んだ。



 「何でだ!? まだ見えてなかったはずだ!!」

 ――ああ、メインカメラはまだ見えてなかったさ。だが、今までの君の攻撃パターンを分析し、生きている計器の動きを見れば、大体の予想はついてくる。まあ、君を誘う為に少し道化を演じさせてもらったがね……」



 流石だよ、やっぱり届かないか。悔しいが、こうでなくっちゃ困る。自警団の犬になったとは言え、これでこそ僕の恋い焦がれた『鋼鉄の処女』だ。

 動きを封じられたジークは、ダメ押しに両足にも花びらの楔が撃ち込まれ、まるで吊し上げられるように機体を持ち上げられた。完敗だ、もう戦う手立てなんてこれっぽちも残っちゃいない。

 前面モニターにはエーデルワイスの上半身が見えていた。まさか『鋼鉄の処女』を見下ろす日がくるなんて、夢にも思わなかったよ。



 ――そんな旧式の機体で、よくここまで戦ったものだ。敵ながらあっぱれだよ。機体さえまともなら、私の良き好敵手になったかもしれないな。残念だよ……」

 「そりゃどうも。君のお友達のジョン・ウォーカーにも褒められたけど、君に褒めてもらったならいい記念になるってもんだ」

 ――君を殺すのは本意ではない。銃殺にならんよう手を尽くすつもりだ。最後の警告をする。降伏しろ、死ねばどうなるか分からんのだぞ!!」

 「もう思い残すことはない。君にやられるのであれば、ブリキ乗りとして本望だ」

 ――この分からず屋が! 少しは私の気持ちも考えてくれ!!」



 そう言い放ち、エーデルワイスはジークを勢いよく麦畑に向かって放り投げた。大きな地響きを立て、機体は地面の上をぐるぐると回転した。

 本当に完膚なきまでに叩きのめされたな。思い残すことはないか……。



 そう言えば、あいつら無事にポーツマスに着いたのかな? エナさんはやっぱりまだ目覚めないのだろうか? カイの奴には悪いことをした。ヤドカリちゃんは僕のせいで、まだめそめそ泣いてんだろうな。エナさんがいないんだから、ガキんちょ同士ソウヤが慰めてやれよ。ミズキは何だかんだ言って、僕が何をするか分かっていたんだな。



 止めを刺そうと向かって来るエーデルワイスの足音が聴こえてくる。もういい加減ゲームオーバーだってのに、今更僕はなんで捨てて来た奴らのことなんて考えてるんだ?



 ――いいだろう。君があくまで意地を張るのなら、私がもう苦しまないようにしてやる……」



 そう言えば、あいつは……飛燕はまだ怒っているのかな? 最初は礼儀も知らないし、いけ好かない奴だと思ってたけど、エナさん以上に情が深い奴だったな。最後のあいつ、おっかなかったけど悲しそうな目をしてたな。目を閉じて耳を凝らせば、今にもあいつの罵声が聴こえてきそうだ。



 ――一人で散々無茶して!! この大馬鹿!!」 

 「そうそう、こんなおっかない声で……ね?」



 幻聴かと思ったよ。ボロボロになり過ぎて、意識がおかしくなってるのかとね。でも実際ボロボロなのはジークの方だし、僕の生身自体はぴんぴんしている。

 それにエーデルワイスの近づいて来る足音も、どうやら止まったようだ。僕が幻聴だと思った声とロキシーが会話をしてるぞ。



 ――お前は、確か前にタタラたちと一緒にいた小娘だな? 何をしに来た?」

 ――うちの大馬鹿を連れ帰りに来ただけ。放っておいてもらえる? 大体小娘って、あんたも見た目同じようなもんでしょ?」



 ああ、確かに。中身はおっさんみたいでも、小娘が小娘って言ってるのは少し笑えるよな。いや……そうじゃなくて、これは本当に幻聴じゃないようだ。

 少し気に障ったようで、ロキシーはイラつきながらその少女に警告をした。



 ――礼儀を知らない小娘だな。勝敗は決したんだ! お前は私とタタラの神聖な決闘を汚すのか? お前のような小娘の出る幕ではない」

 ――まだ勝負はついてない! あんたも強い奴と戦いたいんでしょ? だったら、私があんたを叩きのめしてやるから、ちょっと待ってな!」



 僕はボロボロの機体の姿勢を、やっとの思いで起こす。やはりジークとエーデルワイスの間には、ストリートファッションをした小柄な少女が仁王立ちしていた。



 「ひ……飛燕か! 何でこんなところに!?」



 今の言いようだと、まさか生身でエーデルワイスを倒すつもりなのか? そりゃ、いくらなんでも無理ってもんだ。奴はジークと違って機銃だって装備してんだぞ。

 エナさんと決着をつけられなかったことで、欲求不満であったロキシーは飛燕のその言葉に興味を示した。



 ――ほう、それは楽しみだな。いいだろう。お前の言葉が真実か詭弁なのか……三分間だけ待ってやる」



 幸か不幸か、ロキシーは僕らに僅かな猶予を与えてくれた。飛燕はこちらを振りむくと、ジークのコックピットの前までピョンピョンと駆け登って来た。



 ――おい、タタラ、ここを開けろ! 開けないならぶっ壊してこじ開ける! どうする?」

 「は……? そんな馬鹿なこと……」



 まさかとは思ったが、今までのこいつの言動を見てたら、あながちただの脅しとも思えない。「ギ―ッギ―ッ」と不吉な音もしてきて、サポートAIも危険を報せる。



 “警告・・コックピットハッチに敵プレイヤーより攻撃あり・・早急に排除されたし”



  ――5つ数えるうちに開けなかったら、ぶっ壊す。1……2……――」

 「待て待て! わかった、わかったよ。開けるから!」



 以前にも同じようなことがあった気がする。確かその時は、こいつの勘違いで一方的に殴られたんだっけ。もう悪い予感しかしなかった。

 とは言うものの、開けないと本当にぶっ壊しかねないので、静々とコックピットハッチを開いた。きっと滅茶苦茶怒ってるんだろうな。『鋼鉄の処女』に勝負を挑んだのに、ゲームオーバーの理由がただの殴打だなんて誰が信じるって言うんだ。

 案の定、おっかない顔をした飛燕がコックピットに入り込んで僕を睨みつける。でもなんか想像と違う。彼女は僕を見るなり、歯を食いしばって瞳に大粒の涙を浮かべた。



 「良かった……生きてて良かった……」

 


 開かれたコックピットハッチからは、飛燕と一緒に薄日が差しこんできていた。いつの間にか空は少しずつ明るくなっていたんだ。最終決戦の雰囲気はぶち壊しだったけど、僕にはその光景が美しく見えた。

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