EP.35 僕の決断
目の前には、目覚めることのないエナさん。振返れば、いつまた襲って来るか分からない『鋼鉄の処女』エーデルワイス。僕らには悲しみに暮れている猶予などなかった。
エナさんがこうなってしまったのは僕の責任だ。だから僕がこいつらを導かなきゃいけない。悲嘆する仲間たちへ、僕はあえて空気を読まずに言った。
「悲しんでいる余裕はない、先を急ぐんだ。『鋼鉄の処女』を倒したわけじゃないからな。うかうかしていたら、全滅するぞ」
僕の冷淡ともとれる発言に、エナさんを最も信奉しているカイが、目を腫らしながら僕の胸ぐらを掴んできた。
「お前が……お前が付いていながら、何でこんなことになった!? 何でエナさんが!!」
「そうだよ……僕のせいだ。気が済むなら、後で好きなだけ殴ればいい……」
「やめなよ! タタラだって悔しいんだ! それに……今は仲間同士で喧嘩してる場合じゃないだろ?」
泣き叫びながら僕を殴ろうとするカイの腕を、飛燕が咄嗟に掴んで引き離した。僕としてはどんなに罵倒されようが、ぐうの音も出なかった。
端正な顔立ちとは裏腹に、その少年は誰よりも不器用で集団不適合者だった。無愛想でつっけんどんな性格は、近づく者皆に牙を剥き、どこの集団にも属することができなかった。
だが、彼は僕とは違い(断じて僕は違うからな)、内心ではいつか人から愛されたいと願っていた。ゲームならば……ゲームの中であれば素直になれるのでは? それがカイが【MSPO】に希望を見出した経緯だ。
三つ子の魂百までなどとよく言ったもので、人間そう簡単に変われるもんじゃない。案の定、カイはどこのギルドにも属することができなかった。仕方ないので、いつか自分がどこかのギルドに入れることを夢見て、彼は一人腕を磨き続けた。
月日が経ち、それなりに強くなったカイだったが、それでも人間性が理由でどこのギルドにも入ることはできなかった。そんなある日、カイは一人難関ダンジョンの攻略を行っていた。そのダンジョンを一人で攻略とか、最早変態的とも言える発想だったが、仕方がないんだ。一人なんだもの。
一人での攻略に慣れていたカイだったが、一瞬のミスが命取りとなって窮地に陥る。ダンジョンには他にもパーティーが入っていたが、誰も助けてはくれなかった。別に彼も期待などしていない。
そんなカイの前に颯爽と現れたのが、強くて眉目秀麗な女騎士とガキんちょ二人。女騎士は「情けは人の為ならず」……などと説教めいたことを言いながら、カイを助け、こう問いかけた。
「君、こんなとこ一人で来ちゃダメだよ? 仲間と逸れちゃったの?」
「そそそ……そんなこと! おおおっお前たちには、かかかっ関係ない!!」
一目惚れ……というか、カイにとってはメシアの降臨と言った方が適切だったかもしれない。エナさんは何かを感じとったのか、余計な詮索はせずにただ手を差し伸べた。
「私たち、まだギルド結成したばかりなの。もし一人なら、私たちのギルドに入ってくれない? そうしてくれると、とても心強いな!」
「え!? ……あ……はい」
勿論その女騎士こそ、我らがエナさんであったわけだ。カイはこんなに慈愛に満ち溢れ、包容力のあるとろけてしまうような優しい笑顔を見たことがなかった。
カイはギルド『ハッピーファウンドグローリー』に正式に入団し、ときに懸命に、ときに変態的に、熱心なエナ信者として忠誠を尽くした。エナさんの猛獣使いっぷりが、よく分かるエピソードだろ?
カイも本当は僕を責めたいわけじゃなかった。何もできなかった自分が一番許せないんだ。カイは地面に拳を叩きつけ、悔しさを滲ませながら叫んでいた。
「俺はお前が羨ましかった……エナさんに頼られて、それに応えられる力もあった。なのに……何で、何でエナさんを守ってくれなかったんだ!!!」
カイだけじゃない。エナさんという僕らの精神的支柱は、想像以上に大きかった。悔しさを滲ませる者、悲しみに暮れる者、ただ茫然と立ち尽くす者、最早僕らは空中分解寸前だった。
そんな中、エナさんの胸の上に突っ伏して泣いていたヤドカリちゃんが、起き上がって静々と僕の前まで歩いて来る。まさかこの子まで、おもちゃのステッキで僕に制裁なんてことはないだろうな?
「……タタラ君」
僕の前まで来て、ヤドカリちゃんは思い詰めたような顔で僕を見つめる。その表情からは、彼女らしからぬとても危険な臭いがした。
「私を……使って……私を戦わせて下さい!! 私なら……タタラ君と戦える筈です!!」
「ヒカリ……お前、何を?」
ヤドカリちゃんのただならぬ様子に、ソウヤが止めようと彼女の肩を掴む。彼女はそれを振り解いて更に詰寄ってきた。
「お願いです! 私にお姉ちゃんの……お姉ちゃんの仇を取らせて下さい!!!」
冗談じゃない。何でこいつらは、僕のことをこんなに苦しめようとするんだ。これなら、まだ普通に責められた方がマシだった。こいつらと出会わなければ、僕はこんな思いをしなくて済んだんだ。
もう我慢ならない。僕はこう決断するしかなかった。僕は拳を固く握りしめ、目の前のヤドカリちゃんを睨みつけると、怒りに声を震わせながら怒鳴り散らした。
「誰がお前なんかと戦えるか!!!」
僕の豹変ぶりに覚悟を決めていたヤドカリちゃんも腰を抜かし、他の奴らも唖然とした。僕は気にせず捲し立てる。
「お前みたいなどんくさいクソガキが僕と戦う? お前に何ができるっていうんだ!? 己惚れんのもいい加減にしろ!!! もうウンザリだ!! お前らと一緒にいると本当にロクなことがない!!!」
僕の物凄い剣幕にヤドカリちゃんは再び声を上げて泣き出していた。見るに見かねて、今度は飛燕が僕の胸ぐらを掴みかかった。
「タタラ、あんた本気で言ってるの!? ヒカリがどんな気持ちで!」
「ああ、エナさんがいない今、もうこんな同盟何の意味もない。僕は今ここで抜けさせてもらう。後はお前らだけで、ポーツマスでも日本でも勝手に目指せばいい」
「み……見損なったよ、タタラ!! し……信じてたのに!」
「や、やめろよ! 飛燕姉が本気で殴ったら、兄ちゃん死んじゃうだろ!!」
ソウヤに制止され、飛燕は怒りを堪えながら右拳を下ろした。僕を見つめるその瞳には、溢れんばかりの涙が浮かんでいた。
「もう知らない! あんたなんかどっか行っちゃえ!!」
「言われなくても、そうさせてもらうよ……」
僕は項垂れる仲間たちを背に、一人ジークのコックピットへ駆け登った。これが僕にとってベストの選択だ。これでやっと僕はこの呪縛から解放されるんだ。
インターフェイスを起動させて機体を立ち上がらせると、進路の数10メートル先にはある人影があった。派手な衣装にツインテールの美少女(?)が仁王立ちしている。それまで僕らから距離をおいていたミズキだった。
ある意味一番厄介な奴だ。ジークを前進させ、いくら接近しようともミズキは太々しくそこに居座っていた。流石に踏み潰すわけにはいかないので、僕はコックピットから乗り出して警告をする。
「何やってんだ、踏み潰されたいのか? 聞いてただろ? 僕はもう仲間じゃない。お前もあいつらと一緒に行くんだ!」
「あんたさ、自分の立場分かってる? SPが主人を置いてどこ行くっていうの? どうなるか分かってるんだろうね?」
憎まれっ子世に憚るとでも言おうか……。そう言えば、こいつとの間にはロクでもない約束があったんだっけ。さて、どうしたものか。
「ああ、もう好きなようにしろよ! あいつらとはもう金輪際会わない。リアルに帰れる保証もない今、お前との約束なんて守るだけ無駄だろ? さっさとどいてくれないか!」
「ふん、後で吠え面かいても知らないからね!!」
そう捨て台詞を吐いて、ミズキは僕を睨みつけながら渋々進路を譲った。こいつには本当に手を焼かされたよ。ミズキの横を通り過ぎると、後ろから追い打ちのように罵声が飛んできた。
「イキちゃって!! バッカじゃないの!!!!」
遠すぎてよく視認できなかったが、ミズキが一瞬涙を拭ったように見えた。全く、本当にとんでもない奴だった。でも、もうあいつには僕なんていなくても大丈夫なはずだ。
僕は再び長閑な田園地帯を進み始めた。何も考えることがなかった。ただあいつらと一緒に過ごした日々が、走馬灯のように頭をグルグルと回っていた。
「本当に……ロクなことがなかった」
愚痴をこぼしつつ、僕はただ前進を続けた。そうだ。これは僕自身を取り戻す選択でもあったはずだ。ショーペンハウエルだって言ってたじゃないか。“人間は孤独であるかぎり、彼自身であり得る”ってな。
未練なんか何もないはずだ。それなのに、何故だか視界が滲んで先がよく見えなかった。
しばらく進むと、大きな街道と街道のぶつかったところに二つの黒い人影が立っていた。彼らはまるで僕を待っていたかのように通信を開いた。
――ありゃりゃ、まさか本当に戻って来るとはね。ギガデスも大概だけど、あんたも相当な馬鹿だね。ここから先は危険地帯だよ」
――足止メハシタ。……ダガ奴ハ汝ラヲ追ッテイル。何ヲシニ来タ?」
ギガデスとアンスラは僕に引き返すように促すが、ここで引き返すつもりなら最初からこんなところ来やしない。
「世話になったな……。でも、もう手助けは無用さ」
よく分からないが、きっとこいつらも親切で僕に警告してくれているのだろう。敵になったり、助けてくれたり、気まぐれな冥府の使者と堕天使様だ。
僕は二人の警告を無視し、彼らの横を通り過ぎようとする。ギガデスはそれが気に喰わないようだった。
――ソレデハ借リヲ返シタコトニナラナイ。汝ガ行クノデアレバ、我モ共二行コウ……」
――はぁー!? あんた、またあの化物と戦おうって言うの? 私たちが上手く煙に巻いたから、カンカンになって追いかけて来てるわよ! 本当にもう付き合ってらんない! あんたの元の人格のせいなのかしらね?」
――アンスラハ来ナクテイイ、コレハ監視者トシテデハナク、我単体ノ問題也」
――そういうわけにはいかないんだよ!! あんたに何かあったら、私がマスターに大目玉なんだからね!!」
全く、こんな悪そうな形して、どんだけお人好しのありがた迷惑なんだか。一緒に付いて来られても困るので、僕はある提案をして彼らを追い払うことにした。
「一体何に感謝してるのか知らないが、お前を助けたのは飛燕とエナさんだ。その二人は今、おそらく仲間とトラックでポーツマスへ向かっているところだろう。そんなに借りが返したいんなら、そいつらが無事に到着するまで守ってやったらどうだ? それで貸し借りはちゃらだ」
――ソレデ汝ハイイノカ?」
――そうね、そうしましょう! 素晴らしい提案ね! あんたの仲間は、私たちが責任を持って守るから安心して! じゃあね、行くわよ、ギガデス!」
元々乗り気ではなかったアンスラには都合が良かったのか、名残惜しそうなギガデスを連れて彼らは南へと飛び去って行った。
これであいつらも、よっぽどのへまでもしない限りポーツマス海軍基地に辿り着くことができるだろう。後は僕次第。まあ、これで僕も気兼ねなく自分の目的を果たせるってもんだ。
僕には分かる。奴はきっとジークを追ってくるだろう。何故なら、奴も僕と同じ種類のブリキ乗りだからだ。奴があの時、エナさんと剣を交えた快感を忘れられるはずがない。
「かなり遠回りしちゃったけど、これでやっと英国に来た目的が果たせるな……」
もうあいつらのことなんて気にしなくたっていい。僕の目的は、一対一で『鋼鉄の処女』と決闘をすることだった。勿論エナさん抜きでね。
最早本心が何なのかなんてどうでも良かった。元々これは僕が【TSO】を終わらせる為の旅だったんだから。
さっきまであんなに晴れ渡っていた空は、今にも雨が降りださんばかりの厚い雲に覆われていた。忘れていたけど、流石ゲームってやつだ。いいお膳立てじゃないか。僕にとっての最終決戦が、雲一つない晴天じゃ間抜け過ぎるもんな。
僕の行く先にあるのは死刑台か? それとも天国への階段なのか? いずれにしても、そこにはそいつ自体がシステムトラブルなんじゃないかって疑ってしまうくらいの、神か悪魔みたいなTSが待っているんだ。
――探したぞ、タタラ。もう邪魔者は誰もいない。さあ、続きを始めよう」
エナさんとの死闘でその凶暴な花びらを四枚失って尚、『鋼鉄の処女』は強大なプレッシャーを放ち、僕の前に再び立ちはだかった。
さてさて、こんな化物相手に骨董品みたいなノーマルジークでどこまでやれるものか? 紆余曲折を経て、僕にとっての最終決戦の幕が切って落とされようとしていた。
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