EP.34 だからあなたは消えないで
あの伝説のTS、『鋼鉄の処女』エーデルワイスを後一歩のところまで追い詰めたエナさん。だがもう手遅れだった。モノノフジークは強制的に元の姿に換装し、エナさんは意識を失いつつあった。
きっとエナさんは分かっていたはずだ。限界を超えて戦ったときの代償を……そして僕も分かっていたんだ。分かっていながら、彼女に頼り切ってしまった。彼女がこの状況で無茶をしないはずなんてなかったんだ。
「エナさん、どうしたんですか!? しっかりして下さい!!」
「タ……タラ君……逃げて……」
僕はわけも分らず、エーデルワイスから逃げるように距離をとり、必死にエナさんへ呼び掛ける。もう戦いどころじゃなかった。
一方、ジークの突然の変化に戸惑っていたロキシーは、こちらの取り乱し方を見て何らかのトラブルに見舞われていることを悟っていた。
――残念だが、エナに何かあったようだな。この勝負、預けたいところではあるが、私の立場ではそれはできない。降伏しろ! もう戦えんのだろ?」
先程吹っ飛ばされた大剣クレイモアを地面から引き抜き、ロキシーは僕らへ警告でもするように剣先を向けた。
ノーマルのジークで戦ったところで、確実に二人とも殺される。エナさんの様子がとにかくおかしい。早く戦線を離脱して処置しないと、命にかかわるかもしれない。だけどジークの機動性では絶対に逃げきれない。僕らはもう手詰まりだった。
「クソ!! こんなになるまでエナさんが頑張ってくれたのに、もうこれで終わりなのかよ!!」
――こんな勝敗は私も本意ではない。君たちの取り扱いについては、最大限私が取り計らうつもりだ。お願いだから、降伏してくれ!!」
大剣を携えたエーデルワイスが、まるで死刑執行人のようにゆっくりと僕らのもとへ向かって来る。
あんなトラブルさえなければ……この人たちと出会っていなければ、きっとこれは僕の最後として望むべきものだったのかもしれない。
独りよがりであったはずの僕が、この時はエナさんを守ることしか考えていなかった。柄にもなく神頼みまでしてしまったよ。本当に迷惑な人だ。あなたたちと一緒にいると、僕が僕でなくなってしまうようだよ。
こんな歪んだ僕の願いが叶ったのか、それとも運命の悪戯か、僕たちを助けてくれたのは神様でも仏様でもなかった。すぐ近くまで迫っていたジークとエーデルワイスの間に、真っ黒な影が突然空中から降り立ったんだ。
「あ……あれは!?」
見覚えのある生身のプレイヤーくらいの真っ黒い影。そいつは僕らの前に降り立つと、振り返って不気味なドクロの鉄仮面でこちらを伺い、通信を求めてきた。
――一度ダケダ。汝ラカラ受ケタ借リ、今ココデ返ソウ」
「お前は……ギガデス!? 何でこんなところに?」
以前死闘を繰り広げた世界の監視者を名乗るギガデスが、再び僕らの前に立っていたんだ。
――あーあ、やめてよね。また余計なことに首を突っ込んで……。あんな化物、あんた一人でどうにかできるわけないでしょ?」
少し遅れて、今度は上空より少し小柄なガスマスクをした黒ずくめの女、確かアンスラとか言うふざけた態度の奴が降りて来た。もう何が何だか分からない。
よりにもよって神頼みして降臨したのが、『冥府からの使者』と『堕天使』だなんて笑えない冗談だ。
本当の所、敵なのか味方なのか判断がつかない。少なくともロキシーは敵だと認識したようで、
――なんだ貴様らは? タタラたちの仲間か? 抵抗するのなら、容赦はしないぞ」
と言って、降り立った二人にクレイモアの剣先を向ける。感情の見えないギガデスとは裏腹に、アンスラは溜息を吐きながら僕らに状況を説明する。
――ちょっと、あんたたち聞いてる? この人がどうしてもあんたたちに借りを返したいんだって。仕方ないから、助けてあげる。だから、さっさと逃げてくれない? こんな化物、長くは足止めできないよ」
――去レ……ソノ女、危ナイゾ」
そう言うと、二人は以前戦った時のように巨大化し、エーデルワイスの前に立ち塞がった。ロキシーはそれを見て、ブリキ乗りとしての狂気を露わにする。
――ほう、面白い! 今日は最高の日じゃないか!! 奇妙な好敵手に三体も巡り会えるとはな! だが、タタラ……私から逃げられると思わないことだ!」
アンスラの戦闘力がギガデスに匹敵するとしても、二人がかりでも『鋼鉄の処女』になんて勝ち目はない。本当に僕らを逃がす為だけの足止めをしてくれると見た方がいい。
「よく分からないが、すまない! そいつは任せた!」
とりあえず縋ることができるのであれば、そいつが神でも悪魔でもなんでもいい。今はすぐにエナさんを安全なところに運び、処置しなければならないんだ。
僕は彼らに背を向け、東へ向かってジークで駆け出した。エーデルワイスがそれを追おうとするが、ギガデスとアンスラが二人がかりで必死に応戦する。
――逃げても無駄だ!! この英国にいる限り、すぐに私が君たちへ引導を渡す!」
ロキシーの言葉など聞いてる余裕はなかった。一分一秒でも早く、僕はエナさんを仲間たちの元へ届けなければならない。焦燥しながらも、僕は後からトラックで追ってきていた飛燕に通信をとり、ギルフォードの東にあるアルベリーを合流場所に指定する。
――分かった、アルベリーに向かえばいいんだね! タタラ、どうしたの? エナに何かあったの?」
「ああ……エナさんが……エナさんが!!」
――どうしたの、タタラ? 落ち着いて!」
僕は何て伝えればいいのか分からなかった。エナさんが無茶するのを承知で、リミッターを解除したのは僕だ。もしエナさんが死ぬようなことがあれば、殺したのは僕みたいなものじゃないか。
焦っていたからなのか、或いは罪悪感からなのか、僕はそれ以上言葉が出ずに一旦通信を切った。
「……う、タタラ……君、無事なの?」
「え……エナさん?」
振返ると、エナさんが苦しいのを必死に我慢しながら微笑んでいた。彼女は今にも息絶えそうなか細い声で、僕を勇気づけるように言った。
「よ……良かった。私……タタラ君を……助けられたんだ」
「あまり喋らないで下さい。すぐにみんなと合流しますから! そうすればきっと!」
「ここまで……頑張れたのはタタラ君……のお陰だよ……ありがとうね」
「そんなことないです! 僕はあなたがこんなになるまで止めなかったんだ!! いいから、黙ってて下さい!!」
きっとエナさんは自分がどうなるか分かっていたのかもしれない。僕がいくら止めても、彼女は喋るのをやめなかった。彼女が消え入りそうな声で紡ぐ言葉は、僕への感謝と謝罪、そして深い愛で満ちていた。
「ごめんね……タタラ君。私……都合のいいこと……ばかり言って、いつも君を利用……してた。悪い女……だね」
「それはみんなを守る為でしょ! 残念ですが、僕はあなたみたいな善人見たことがないですよ!!」
「えへへ……ありがとう……ね。みんなも……そう思って……くれてるかな?」
「そんな当り前のこと聞かないで下さい! 僕らの中であなたに感謝していない人間なんているわけないでしょ!!」
「そうか……でも、もう私は無理みたい……だからタタラ君、私からの最後の……お願い――」
「いいから、あなたは自分が助かることだけ考えてろ! 勝手にもう無理だなんて言うな!!」
こんなに感情的になってしまったことなんてなかった。僕は感極まって涙をボロボロ流して泣いていたんだ。
この人の願いなんてわざわざ聞かなくたって分かり切ったことだ。エナさんは最後の力を振り絞り、その言葉を発した。
「――どうか……あの子たちを……」
振返ってそこにいた彼女はまるで美しい女神のようだった。アルベリーまではもうすぐなのに、僕は狂ったように罵詈雑言を叫んでいた。
「ふざけるな!! 何勝手に死のうとしてんだよ!! あんたの名前を言ってみろ! 生年月日は!? あんたのお願い聞いてやるから、答えてみろよ!! いいよ、もう無理なんて言うなら戦わなくていい!! 揶揄われたっていい! こき使ってくれて構わない! ガキんちょの面倒だって見てやる! だから……だからさ――」
喋るなと言ったり喋れと言ったり、忙しい話だった。それだけ空木 恵那という女性は、僕の中で掛け替えのない人になっていたということだ。僕は前が見えなくなるほど涙を浮かべ、神様にでも懇願するように言っていた。
「――お願いだから、あなたは消えないでくれよ……」
もう何も望まない。ただいてくれるだけで良かった。皆そうだろう。あなたがいてくれるだけで安心できた。辛い状況でも乗り越えられた。
薄暗いコックピットの中では、無機質な稼働音と自分のすすり泣く声だけが虚しく響き、僕は目の前に広がる黄金色の田園地帯をただひたすら駆け抜けた。
アルベリーに着いた頃には、エナさんは完全に意識を失っていた。ただ一つ、こちらの世界での死は、アカウントごと完全に消えてしまうということだけははっきりしている。まだどうにかなるはずだ。
仲間たちの乗るトラックと合流した僕は、飛燕やカイたちの力を借りてエナさんをコックピットから運び出した。皆一様に大きく狼狽え、中でも普段感情を露わにしないカイの取り乱しようは半端じゃなかった。
「エナさん!! どうしたんですか!? 目を開けて下さい!! あなたがいなくなったら、俺は!!」
エナさんを一旦草の上に寝かせ、ヤドカリちゃんが回復の呪文で処置を試みる。もう彼女だけが頼りだった。
「お姉ちゃん、しっかりして! キュア! ハイ・キュア!!」
ヤドカリちゃんはエナさんへ向かって、あらゆる回復の呪文や蘇生の呪文をかけていく。皆戦々恐々としながらそれを見守り、ヤドカリちゃんは必死に叫び続けた。
「……リカバー! トータル・リカバー! レザレクション!! どうして……どうして目覚めないの!?」
「ヒカリ、ちゃんとやれよ!! エナ姉が……エナ姉が死ぬわけないだろ!?」
ソウヤが痺れを切らした。決して死んではいなかったが、それでもエナさんは目覚めなかった。ヤドカリちゃんは同じような魔法を泣きながら声が渇れるまで何度何度も唱え続け、彼女の叫びだけが虚しく辺りにこだましていた。
そしてもう何をしても無駄だと悟り、シェリルがヤドカリちゃんの肩を叩いて首を振って見せる。
「残念だけど、もう何をしても同じよ。彼女の体はとっくに癒えているわ。よく分からないけど、彼女が目覚めないのは何か別の理由のせい……」
それを聞いて、ヤドカリちゃんはエナさんの胸の上で泣き崩れ、残りのメンバーはその事実に呆然と立ち尽くした。
ああ、やはり僕のせいだ。あの力を使った後のエナさんやヤドカリちゃんの疲労具合を知っていただろ? あの強大な力の代償をもっと考えておくべきだった。見て見ぬふりをしていたが、あの力は確実にエナさんを蝕んでいた。あれは悪魔の力なんだ。あんなものに女子供を乗っけて利用していた自分が恐ろしくなり、僕は背筋が凍りついて吐き気を催した。
そして、こんな状況の僕らにはもう一つ残酷な事実があった。彼らの足止めも、少しの時間稼ぎにしかならないだろう。恐らく奴はまたやって来る。僕は確信していた。『鋼鉄の処女』が再び僕らの前に現れるということを。
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