EP.33 侍VS騎士の決闘

 ついに姿を現した世界に七体だけのSS級TS、『鋼鉄の処女』ことエーデルワイス。その最強TSを駆るロキシーは、僕らに大剣を向けて武装解除を要求する。

 ただでさえ大きい全高18メートルはあるだろう重TSは、覆いかぶさっていた花びら状の装甲をマントのように広げ、より一層強大に見える。



 エナさんは必死に説得を試みるも、鋼鉄のように固いだろう石頭の彼女は全く聞く耳を持たなかった。



 「ロキシーさん、自警団が追っていたプレイヤー二人は潔白だよ! だから私たちは彼らを庇ったんだよ!!」

 ――テロリストの言うことなど信用できない! 事実、我々の同士が多数犠牲となった。それに例えそれが真実だとしても、君たちのやったことが許されるわけではない! 反論があるのであれば、自警団本部で聞こう!!」



 ロキシー本人が如何に公明正大であったとしても、やはり僕らを許してくれるつもりなんて更々ないようだ。彼女自身もパンデミックの影響で、平静ではないように伺えた。



 ――十秒だ! 警告した通り、君たちを撃破する!」

 「エナさん、ダメだ! もう戦うしかない!」

 「……わかったよ。もうそうするしかないんだね。……行くよ、タタラ君!」



 ロンドン郊外の長閑な町で向かい合った、侍と騎士を彷彿させる二機のTS。朝焼けが純白のエーデルワイスの機体を、美しい薄紅色に染めていた。

 エーデルワイスの力は未知数であったが、セイバージークだってあのランブレッタを撃破している。全く戦いにならないほどの実力差はないはずだ。

 


 「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



 エナさんが先手必勝、魔剣グラムを下段に構え、大きな叫び声とともにエーデルワイスに向けて斬りかかって行く。

 すると、エーデルワイスは持っていた大剣で、セイバージークの斬撃を重TSとは思えないような正確さで薙ぎ払って見せた。鈍い金属のぶつかり合う音が辺りに響き渡る。ただ薙ぎ払っただけのエーデルワイスに、セイバージークは100メートル近くも吹っ飛ばされてしまった。



 「く……速い! それになんて力なの!?」

 「気を付けて、エナさん! あいつは見た目よりずっと速い! それに出力もこっちとは段違いだ!!」



 一旦距離をとって体制を立て直そうとする僕たち。そんな隙を『鋼鉄の処女』が見逃してくれる筈なんてない。



 ――そんなものか、タタラ。今度はこちらから行くぞ!!」


 

 盛大にスラスターを噴かせ、その巨体は物凄い速さで僕らに斬りかかってくる。あの大きさでこの速さは反則もいいところだ。

 エーデルワイスの強さの理由、それは重TS特有の大型ジェネレーターによる膨大な出力、巨体を俊敏に動かす為の無数のスラスター、Sランク武装大剣『クレイモア』と様々だ。だが、一番の理由はそのピーキーなじゃじゃ馬を、自身の手足のように操る人並み外れた彼女のパイロット能力にあるだろう。

 その巨体から放たれる嵐のような斬撃の連打に、流石のセイバージークも防戦一方となってしまう。



 「強い……TSだけじゃなくて、ロキシーさんの剣のセンスも相当なものだね……」

 ――よく分からんが、この剣はエナのものだな? 中々やるじゃないか」

 「でも負けるわけにはいかない! はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



 本気になったエナさんは、相手の圧倒的なパワーをいなしながら勇猛果敢に斬りかかっていく。しかしロキシーもそこは譲らない。正に一進一退の攻防が行われていた。

 


 「そこっ! どおおおおおぉぉぉぉぉぉう!!!!」



 エーデルワイスの一瞬の隙を突き、エナさんは技ありの胴打ちを試みる。しかし、エーデルワイスもすんでのところでそれを受け止めた。剣の勝負であれば互角だ。……そう、剣だけの勝負であれば。



 「ダメだ、エナさん! こいつの懐に入ったら!」

 「私にも分かるよ。凄く嫌な予感がしてる……」 

 ――中々やるじゃないか。これは私も全力で潰さねばならないようだな……。行くぞ、エディ!!」



 『鋼鉄の処女』の二つ名の所以。それはエーデルワイスがバックパックに装備した巨大な十枚の可動装甲に隠されていた。攻防一体となるこの花びら状の装甲は、文字通りエーデルワイスの花びらと呼ばれ、この重TSの大きな特徴となっている。その美しい花びら一枚一枚は機体を守る盾であり、また敵を切り裂く十本の刃となり得るんだ。

 かつてこのエーデルワイスに敗れた者たちは、その多くが機体の全身をこの十本の刃で貫かれ、見るも無残な最後を遂げていった。世界で最も美しく、そして最も残酷なTS。猟奇的と言っていい敗者のやられ方を見て、いつしか人はエーデルワイスを中世の拷問具に準えて『鋼鉄の処女』と呼んだ。

 鬼気迫るロキシー。至近距離で剣を交えていた僕らに、十本の刃と化したエーデルワイスの花びらが牙を剥いた。この攻撃により機体の肩や脚部をえぐられ、エナさんは嗚咽を上げる。エナさんは自身の危険予知『クローストゥジエッジ』で何とかその後の攻撃を躱すものの、無数の刃での猛攻に踏み込むことができなくなってしまう。



 

 ――悪いがすぐに終わらせてもらう! 死にたくなくば、観念して降伏しろ!!」

 「エナさん、一旦下がりましょう!」

 「剣だけならまだしも、こんなのどうしろって言うの!?」



 辺りの小屋や樹木を、徹底的に破壊しながら向かって来る『鋼鉄の処女』。僕らは障害物の多い街中へと逃げ込み、建物を盾に一撃離脱の戦いを試みようとする。

 しかし、猟奇的な十本の刃の前では、僕らの付け焼刃の戦術など全く意味を成さなかった。



 ――それで逃げているつもりか? であれば、君たちを少し過大評価していたようだ」



 僕らの戦術など全く意に介さないロキシー。エーデルワイスの花びらの刃は、大小様々な構造物を紙きれのように切り裂き、アスファルトをえぐりながら僕らに迫ってくる。

 自分たちの実力を過大評価していたのは、僕らかもしれない。いや、『鋼鉄の処女』の実力を過小評価していたと言うべきか。とにかく、このままであれば絶望的な状況だ。



 「タタラ君、このままじゃまずいよ! もうクラスチェンジして戦うしかない!!」

 「クラスチェンジって、でもあれは五分間しか……五分以内に倒せなければ……」

 「仕方ないでしょ! もうそれしか道はないの!! 大丈夫、今度は絶対にみんなを守るから!!」



 “トランスデータ『エナ』が、当機のトランスリミット解除を申請・・承認しますか?”



 確かにモノノフモードとなったジークは圧倒的強さだ。上手くすれば、『鋼鉄の処女』にだって勝てるかもしれない。そう、五分間という縛りさえなければ……。

 しかし、最早僕らにはそれくらいしか選択肢はなかった。このままでは確実に負ける。もうこれはゲームであって、ゲームではない。僕らに負けは許されないんだ。



 「タタラ君、早く!!」

 「……分かりました。でも、あまり無茶はしないで下さいね」



 “トランスリミットの解除を承認・・・リミット解除に伴い、武装・追加パーツを周囲のオブジェクトより調達・・分解・・再構築します・・・”



 すぐそこに迫っているエーデルワイスを振り切り、ジークを赤い光が覆って形状が変化していく。それを見たロキシーは、怪訝に感じ進行を止めた。



 ――なんだそれは? まだ何か隠しているのか?」

 「行くよ! タタラ君!!」



 “・・リミッター解除・・完了・・・当機はこれより近接決戦特化形態・・・『モノノフ』モードに移行します・・・活動限界まで・・あと二九五秒・・・”



 覆っていた赤い光から飛び出し、戦国武者を思わせる甲冑を纏ったモノノフジークが、名刀『鬼切丸』でエーデルワイスに向かい斬りかかった。



 ――は、速い! 馬鹿な!?」

 「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



 目にも止まらぬ速さで斬りこんだモノノフジークは、瞬く間にエーデルワイスの花びら一枚斬り落とす。流石のロキシーも驚きを隠せなかった。



 ――ほう、驚いたぞタタラ。これがジョン・ウォーカーを倒した変身するTSという奴か……だが面白い!!」



 ここにきてエーデルワイスは、更にアクセルを上げた。正面からは大剣クレイモア、周囲からは容赦なく花びらの刃が襲い掛かってくる。エナさんはその攻撃全てを上手く捌きながら、時間を掛けて花びらの刃を一本、また一本と斬り落としていく。



 “活動限界まで・・あと一五〇秒・・・”



 戦況はややこちらが有利といったところであったが、活動限界までの時間は刻一刻と迫ってくる。



 ――私は今日この日の為に【TSO】をやっていたのだな。タタラ、エナ、こんなに嬉しいことはないぞ!!!」



 不利な戦況にあって、それでもロキシーは嬉々としながら戦っていた。

 本来彼女は一対一のTS戦を好んだ。単機で大ギルドを撃破してしまうほどの強さ故の孤独。最早世界に彼女の好敵手と呼べるような相手は、彼女以外の六体のSS級TSくらいだった。

 だが、SS級同士の決闘など、国籍や各エリアの戦力均衡の観点からまず見られない。



 もうロキシー個人の立場だったり、死んだときのリスクなんてものは関係なかった。彼女は今この戦いを純粋に楽しんでいたんだ。



 “活動限界まで・・あと六〇秒・・・”



 残酷にもモノノフジークの活動時間は、残り一分を切っていた。僕とエナさんにもいよいよ焦りの色が出てくる。一気に攻勢をかけようとするも、エーデルワイスは一歩も譲らない。絶え間ない剣と剣の応酬が続く。



 “活動限界まで・・あと一五秒・・・警告・・間もなく活動限界・・トランスデータ『エナ』との接続を解除されたし”



 「エナさん……このままじゃ!」

 「諦めないで! まだ私はいけるよ!!!!」



 モードチェンジイコール僕らにとっては「死」そのものだった。戦っている最中に解除なんてできるはずがない。コックピット内にアラートが発報するも、エナさんは頑なに勝利を諦めなかった。



 「私が……私がみんなを守るの!!!」



 “活動限界・・警告・・トランスデータ『エナ』との接続を即時解除されたし・・警告・・トランスデータ『エナ』との接続を即時解除されたし”


 

 もうとっくに活動限界は過ぎていた。僕はこの時、何が何でもエナさんを止めるべきだった。しかし最後の最後、エナさんは命を燃やしながら必死に斬りこみ、ついにその力はエーデルワイスを圧倒する。



 ――な、何!?」

 「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!! 突きぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」



 その瞬間、エーデルワイスが手にしていた大剣クレイモアは回転しながら後方へ飛んでいき、地面へと深々と突き刺さった。そしてエナさんが放った渾身の突きは、エーデルワイスの喉元へと達していた。

 勝ったと思った。しかしエナさんは寸止めしたまま剣を動かさない。またいつものエナさんの甘さが出たのかと思っていたよ。



 ――見事だ……本物の侍と戦えたことを誇りに思うよ。さあ、どうした? 躊躇えば君たちが死ぬぞ!!」 

 「エナさん! 情けを掛けていられる状況じゃない! 止めを刺さないと……!?」



 “警告・・・トランスデータ『エナ』に深刻なトラブルが発生・・・トランスデータ『エナ』に深刻なトラブルが発生・・接続を強制解除します”



 僕らはもっと早く気付くべきだった。大きすぎる力を得たが故の代償ってやつを。恐る恐る振返った僕が見たものは、顔面蒼白で苦しそうに座席へもたれかかっているエナさんだった。

 ジークは再び赤い光に包まれ、ノーマルモードへと換装していく。その現象にロキシーは狼狽え、僕は柄にもなくただ大声で叫んでいた。



 「エ……エナさぁぁぁん!!!!!!」

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