EP.32 エスケイプ

 あれほど僕が憧れ、【TSO】の生ける伝説とも言うべき『鋼鉄の処女』エーデルワイスの正体は、あの軍服を着た少し変わった女の子、ロキシーだった。だが、驚いている暇などない。

 僕は急ぎコックピットから降りて、この事実を皆に打ち明ける。とりあえず、エナさんの意見だけは聞いておきたい。

 既存のメンバーたちはこの事実を聞いて一様に戸惑いを見せるが、エナさんは嫌に落ち着いた様子で僕に聞き返した。



 「そうか……仕方ないね。ロキシーさんに関しては、色々と選択肢はあると思うけど、まずタタラ君はどうしたいと思うの?」

 「そうですね。知り合いってことだけで、下手に交渉するのは危険だと思います。仮にも彼女は自警団の幹部クラスです。いくら何でも、全て赦免されるなんて考えにくい……。何より、交渉している時間がもったいない」

 「例えクロベたちが潔白だとしても、私たちがしたことを考えたら、あの人を困らせるだけかもね……」

 「もし逃げるのが遅れて捕まりでもしたら、パンデミックでみんなおかしくなってるから、どんな目に遭わされるか分かりません。どんなに運が良くても、日本行は不可能になるでしょう」



 エナさんは決して自分の意見を前に出さなかった。最早自分では皆を守れないと気付いていたからだ。それでも僕は、まだ彼女に何かを期待してしまっている。



 「みんな、ごめんなさい。ここから先は何が正しいのか私には判断できないの。だから私はかなりリスキーではあるけど、タタラ君の言う通りポーツマスを目指そうと思う――」



 いつもと違う様子のエナさんの表情を、皆が不安そうに伺った。一歩間違えれば、ゲーム世界での死……。果たしてそれがどういう意味なのか、最早僕らには判断がつかなかった。

 しかしそれは、その後どうなるか誰も知る由のないことと言う点で、やはりリアルでの死によく似ていた。最年長とは言え、高々二十代前半の女性が簡単に決断できるようなことではない。

 皆が不安になっていることに気付いたのか、エナさんは覚悟を決めた様子で顔を上げて言った。



 「私はみんなを守りたい……。だけど、ここから先はどうなるか約束できない。こんなの卑怯かもしれないけど、どうするかは一人一人の意思を尊重したいの。ついて来たい人だけ来て。勿論、ここから先も全力でみんなを守るつもりだけど……」



 エナさんは馬鹿だ。お客さんの二人は除くとして、エナさんにこんなこと言われて、付いて行かない奴なんてここにいるわけがない。予想通り、皆示し合わせたように答える。



 「私は……お姉ちゃんに付いて行くよ……だって、お姉ちゃんは……私たちのギルドマスター……だもん!」

 「水くせーな、エナ姉。俺はここを追い出されたら、もうどこも行くとこねーんだよ」

 「エナさんは、黙って自分に付いて来いと言って頂ければいいんです」



 元のギルドメンバーたちは当然こうなるわけで、最早疑う必要なんてなかった。そして、あとを追うように飛燕がエナさんの前に歩み寄り、凛とした眼差しで言った。



 「私はあんたたちを本当の仲間だと思ってる。私もみんなを守りたい!」



 これで僕らの意思は決まったと思ったけど、一人面倒なのを忘れていた。先程から憔悴しきっていたミズキは、僕がコックピットから降りてくると再び僕の後ろに回ってジャケットの袖を掴んでいた。あーあ、これが本当の女の子だったら、ぐっときちゃうだろうにね(※勘違いです)。

 ミズキは僕らの意思決定など全く聞こえていないかのように、終始無言で俯いていた。状況的に一緒に連れて行くしかなかったわけだけど、ここまで離れてくれないと、これからの行動に影響を及ぼすぞ。まさかまた一緒にジークに乗せるわけにもいかないし、どうしたものか? 

 すると、徐に飛燕が僕の後ろに回り込み、ミズキのすぐ横に立った。よしてくれよ、ここでミズキに罵声でも浴びせたら、シャレにならん事態になるぞ。



 「あんただけじゃない。みんな怖いんだよ……。でも、アイドルってのは、人に夢を売るのが仕事でしょ?」



 あーあ、やっぱり喧嘩腰の台詞だ。ミズキは何も答えなかったが、僕はヒヤリとして止めようかと思った。

 でも、どうもいつもと飛燕の様子が違う。何を思ったか、飛燕は唐突にミズキの左腕を掴んで持ち上げた。ミズキは必死に振り払おうとするが、力で飛燕に敵う筈なんてない。



 「今のタタラにはエナが必要……あんたを守っていられない。気に喰わないこともいっぱいあるけど、あんたも仲間だから……だから、あんたのことは私が全力で守る――」



 その瞬間、ミズキが驚いて振向いた。そこにはいつもいがみ合っているのとは真逆の、凛として爽やかに微笑する乱暴者の素顔があった。



 「あんたが本当にアイドルならさ、私たちにもいい夢見せてよ……」



 いつの間にか、僕の袖にすがり付くように握られていたミズキの手は放れ、いつもの嘲笑するような顔で飛燕を見ていた。



 「いい加減放してくれない? あんたの馬鹿力で、僕の腕が折れちゃうっての!」



 あれ? 何か元気になったのは良かったけど、態度も声も素になっちゃってる。皆耳を疑っていた。でも、これはミズキなりの心情の変化だったんだ。

 握られていた手を振り解き、ミズキは自信満々の様子で飛燕を指さして言った。



 「このスーパーアイドルSUM48の絶対的エース、ミズキを見くびるなよ! 今に見てろ! あんたが土下座してでも会いたいって言うような、クソ偉大なアイドルになってやるんだから!!」



 おそらくミズキも本当の意味で皆を仲間と認識したってことだろう。飛燕はそれを聞いて、お返しでもするかのように、



 「猫被ってるより、そっちの方があんたらしくていいよ。どんな夢を見せてくれるのか、楽しみにしててあげる」



 と言って、これから乗り込むトラックへ向かって歩き出した。冷や冷やしたが、とても微笑ましい光景じゃないか。

 しかし、子供たちには些かこのミズキの本性は刺激的だったようで、悪夢でも見てるかのように目をぱちくりさせていた。



 「おい……ヒカリ、ミズキに仮面キャラ設定なんかあったっけ? キャラ変か?」

 「わ……分かりません。でも……とりあえず怖い……です」



 多少時間をくってしまったが、これで皆の意志は一つになった。夜の闇が幻想的な青い光を帯びてくる中、僕らは夜明けを待たずにポーツマスを目指して旅立ったんだ。

 僕とエナさんはジークに搭乗し、薄暗闇を索敵しながら進む。後を追うように、クロベの運転する仲間の乗ったトラックが追いかけて来る。自警団を警戒して街中は避けて進んでいたが、トラックが追走しているので道路のないところは進めない。

 比較的辺りは静かだったが、ハイドパークの自警団員たちが発見されれば大変なことになる。少しでも早くロンドンを離れなければならない。緊張したコックピット内で、エナさんが何気ない様子で語り掛けてくる。



 「何だかんだ言って、やっぱりタタラ君は男の子なんだね……。頼りになるよ」

 「よして下さい。何です、こんなときに?」

 「みんな頼りにしてるし、もうタタラ君がリーダーでいいくらいだよ」

 「そんなの真平御免ですよ。それに、あなたがリーダーやってたから、みんな付いて来たんでしょ? こんな状況下で、立派にやってきたと思いますよ」

 「えへへ……タタラ君に褒められちゃった」

 「調子狂うな……」



 今思えば、僕はもうエナさんを後ろに乗っけていても余りストレスを感じなくなっていた。モードチェンジのことを抜きにしても、むしろいてくれた方が安心するくらいになってたんだ。

 僕としては歓迎すべきではなかった一連のトラブル、つまり別タイトルのプレイヤーたちとの出会いは、良くも悪くも確実に僕を変えてしまっていた。中でも、エナさんの人間性や信条が、僕に与えたものは最たるものだった。

 ロンドン中心部から進路を南西に取り、僕らはギルフォード付近へ差し掛かる。薄暗い青い空は、徐々に東から朝焼け色に染まっていく。周囲を警戒しながらも、僕はこの英国であった出来事に思いを馳せていた。

 


 “十二時の方向より、敵TSと思われる未確認の機影八機接近・・距離五〇〇・・”



 不自然なまでに幻想的な夜明けの沈黙を、けたたましいアラートが切裂き、コックピット内に再び緊張が走った。



 「タ、タタラ君! もう自警団が!?」

 「いや……TSであればもっと早く発見できた筈です。恐らくは、TSと誤認してしまうような大きいモンスターか何かかと……」

 「わかった! カイ、一旦車を停めさせて! モンスターとのエンカウントだよ!」



 田園の彼方から現れたのは、TS程の大きさもある類人猿か原始人みたいな奴らで、巨大な石斧で武装していた。

 街中から距離をとっていた為、どうやら彼らのテリトリーに入ってしまったみたいだ。でも躊躇している余裕はない。すぐに駆逐して先を急がないと。



 「……ファモールの巨人だね。タタラ君、ちょっと厄介だよ!」

 「あの大きい原始人みたいなの、そんなに強いんですか?」

 「TSに比べたら大したことはないけど、他のモンスターより知性を持ってるから気をつけて!」



 ファモールは、ケルト神話に出てくる古の巨人族らしい。僕は前進してくるファモールの巨人に対して砲撃し、すぐに一体撃破する。しかし、残りの七体は蜘蛛の子を散らすように建物や木などの物影に隠れ、大きな岩などを放り投げてくる。

 決して強くはないが、今この時に最も戦いたくない連中だった。時間がかかり過ぎる。僕は多少イラつきながら更に一体を撃破した。見かねたエナさんが僕に提言する。



 「タタラ君、私を使って!」

 「いや、しかしこんなところで……」

 「時間がないんでしょ! 私ならすぐに撃破できるよ!」

 「わかりました……お願いします」



 “・・・当機をトランスデータ『エナ』に最適化・・モードチェンジに伴い、武装・追加パーツを周囲のオブジェクトより調達・・分解・・再構築します・・・”



 あまり濫用は避けたかったが、時間が惜しいので急ぎジークにモードチェンジさせ、僕とエナさんは三回目の融合を果たした。

 エナさんの大きな叫び声と共に、巨剣グラムが隠れているファモールの巨人を次々に切り裂いていく。



 「はあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 このスピードと圧倒的なパワー。エナさんと一体となったセイバージークは、あっという間に三体の巨人を撃破してしまった。

 正直ブリキ乗りとしては、この力に頼り過ぎるのも複雑な気分であった。だけど、今はそんなこと言ってはいられない。もうチートでもなんでもいい。体感ではおそらくSS級のTSにも匹敵する潜在能力を持っているだろう。

 これで残り三体。さっさと倒して先を急ごうと思った時、コンソールに一機の航空機接近を知らせるアラートが入る。



 “八時の方向より未確認の航空機接近・・距離五〇〇〇・・上空からの爆撃に警戒されたし”



 「なんだこの忙しいときに!?」



 地上戦では無類の強さであったセイバージークも、対空戦闘となれば話は別だ。対空装備など皆無だからな。この状況下で飛べる航空機なんて軍用機くらいだ。単独なので偵察機か何かかと思ったが、重爆撃機クラスの大きさだった。僕らの件とは無関係の可能性もある。

 しかし、事態は僕らが想定していたどんなものよりも深刻であった。あっという間に僕らの真上に到達した航空機は、地上に向けて巨大な何かを投下して行った。



 「た、タタラ君! もしかして爆弾!?」

 「いや……スラスターが? あれは!!!」



 投下された巨大な塊は、スラスターでバランスをとりながら地上へ到達し、付近に潜んでいたファモールの巨人が驚いて引っくり返った。

 降り立った物の通信回線が開かれていて、僕は自然とその通信を拾ってしまった。いつか聞いた懐かしい声で、会話が聞こえてきた。



 ――こちらエディ、目標ポイントに降下完了。これより目標を撃破する。……増援? 不要だ。一人でやった方が楽だ」



 その機体は、蕾のように覆いかぶさっていた複数の花びら状の装甲を展開させ、ついにその姿を露わにした。

 突然現れた騎士の甲冑を彷彿とさせる純白のTSに、引っくり返っていたファモールの巨人は、取り乱して苦し紛れに石斧を大きく振り上げた。しかしその石斧は振り下ろされることなく、純白の騎士が抜いた巨剣によって呆気なく胴体を貫かれる。



 ――この前とは見違えるような姿だな……。聞いているんだろ、タタラ?」

 「畜生……あと少しだったのに!!!」

 ――まさか君が、あのジョン・ウォーカーに土をつけたブリキ乗りだったとはな……。できれば君たちとは戦いたくはなかった。だが自警団第一方面隊隊長として、君たちのやったことを許すわけにはいかない!!!」

 「待って、ロキシーさん! 私たちの話を聞いて!!」



 冷静な口調とは裏腹に、彼女の心の内には抑えきれない怒りが沸々と煮えたぎっているようだ。エナさんの制止など、最早意味を為さなかった。ジークより一回り大きなその純白の騎士は、串刺しにしたファモールの巨人をいとも容易く持ち上げ、血でも振り払うように遠くに放り投げたんだ。

 最も相対したくない形で、そいつは僕らの前に現れた。世界に七体しか存在しないランクSS……世界で最も美しく、そして最も残酷な『鋼鉄の処女』の二つ名を持つ最強の機体……稀代のブリキ乗りロキシーの駆る伝説のTS、エーデルワイスは僕らの前に確かに立っていた。

 


 ――ここまでだ!! 十秒以内に武装解除して投降しろ! さもなくば、このエディが君たちに鉄槌を下す!!!」

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