EP.31 鋼鉄の処女
きっともっと上手くやれる方法があったはずだ。冷静にその場の情勢を見極めて、最善の手を打っていけば、こんなことにはならなかったはずなんだ。
おそらく僕らの選択を後から見た人は、「なんて馬鹿なことを……」などと言うかもしれない。でも、いくら偉そうなことを言ったところで、そんなの後出しジャンケンに過ぎないんだ。
限られた情報、限られた時間の中で、全て最善の選択をするなんてことは容易ではない。ドイツの哲学者ヘーゲルは「ミネルヴァの梟は夕暮れに飛翔する」なんて言っていた。結局知恵の女神でさえ、そんなもんなんだよ。
自警団に宣戦を布告後、僕は電光石火の勢いで二機目のヴェスパを撃破する。未だ降りやまない雨の中、僕は急ぎエナさんの後を追った。
あんな過激な内容で啖呵を切ったもんだから、僕の感情はかつてない程高揚していたのかもしれない。間もなく戦闘中の自警団TSを確認できた。既に一機は撃破されたようで、二機のヴェスパが小さな目標に四苦八苦してるのが目に取れた。
「砲撃はまずいな……接近戦で何とかするしか」
敵機が機銃を掃射する中、飛燕が器用に飛び回っているのが見えた。樹木という遮蔽物がるとはいえ、複数のTS相手に苦戦しているようだ。
僕が手を拱いていると、片方のヴェスパの腕が切断されて宙を舞った。間違いない、あれはエナさんだ。僕は同士討ちを避けるため声を上げた。
「飛燕、エナさん、どいてくれ! あとは僕が始末する!」
ジークの身を低くさせ、僕は手負いのヴェスパの頭部を銃剣で突き上げた。その隙を狙って、もう一機のヴェスパが銃剣で襲い掛かって来る。
「これでも喰っらえぇぇぇーー!!!!」
僕は銃剣で串刺しにしたヴェスパを振り上げ、襲い掛かってくるヴェスパ目がけて勢いよく投げつけた。巨大トレーラーの正面衝突のような物凄い衝撃音を上げ、二機のヴェスパは数100メートル吹っ飛んだ。
最後に、吹っ飛んで行った残りの一機の頭部を破壊して無力化させ、一旦この戦いは終結する。最近はこういう戦いに慣れてたもんだから、五名の自警団パイロットには一人も死者を出さずに済んだ。
とは言っても、彼らをすぐに逃がすわけにもいかなかったので、焼け残った樹木に全員を縛りつける。彼らは単独では通信できないので、これで少し時間を稼げるはずだ。
「今気付いた。お前らだな? ジョン・ウォーカーをやったっていう日本人は? 道理で強いわけだ」
「悪く思わないで下さい。僕らも必死だったんです」
僕らはヤドカリちゃんの座標転移魔法を使い、少しでもこの場所を離れようとした。よく分からない制約で国外へは出られないあの魔法も、一度行った場所へは一瞬で飛ぶことができるんだ。まあ、魔力を大量に使用するみたいだから、乱用はできないらしいけど。
木に縛りつけた自警団に背を向けた時、一人の男が僕らを嘲笑するように悪態を吐いた。単なる負け惜しみかと思っていたが、彼の最後の言葉に僕は戦慄した。
「ジョン・ウォーカーを倒したからって、調子に乗らない方がいいぞ。お前らは絶対に逃げられない……『鋼鉄の処女』がお前らに必ず鉄槌を下す!」
「な……なんだって!? 嘘だ! 『鋼鉄の処女』が自警団なんかにいるわけがない!」
「別に信じたくなければ、信じなくていいさ。だが、『鋼鉄の処女』は必ずお前らの前に現れる! せいぜい、怯えながら逃げ回るんだな……」
何のことなのか説明を求める皆を遮り、僕は急いでヤドカリちゃんに呪文を唱えさせた。そして、以前立ち寄ったことのあったリッチモンド公園まで飛ぶと、真っ暗闇の中、エナさんが訝し気な様子で僕に説明を求める。
「タタラ君……『鋼鉄の処女』って、TSか何かのこと?」
僕は先程のピンチの時より焦燥していたのかもしれない。握りしめた拳がブルブルと震え、焦りから呼吸は荒くなった。
『鋼鉄の処女』……。かつて最も会いたくて、今となっては絶対に会いたくない奴だった。僕はゆっくりと顔を上げ、不安そうなエナさんの瞳を見て言った。
「前にエナさんには言ったと思います。僕がこの国に来た理由……戦いたいTSがいるっていう話を……」
「確か、絶対に誰とも組せず、一機で全ての戦いを決する孤高のブリキの巨人がいるって……」
「はい、世界に七体しか存在しないランク「SS」のTSです。世界で最も美しく、残酷なブリキの巨人……『エーデルワイス』――」
以前、TSのランクは「S>A>B>C」の四段階だと説明したことがあったと思う。だが僕らの業界では非公式ではあるが、Sランクの上にもう一つランクが存在している。それが世界のビッグセブン、世界に七体しか存在しないランク「SS」のTSだ。プレイヤーたちが勝手に呼んでいる二つ名みたいなものかな。
そして、英国に二体存在するうちの一機が、『エーデルワイス』……通称『鋼鉄の処女』だ。『エーデルワイス<セイヨウウスユキソウ>』という可憐な花の名前には、決して似つかわしくない『鋼鉄の処女』という二つ名。何でも、倒された機体がよく全身を串刺しにされていたことから、中世の拷問具に準えてつけられたという話だ。
どこのギルドにも属することなく、単独で全ての戦いを決する圧倒的な力、そして猟奇的な二つ名を持ち、多くの謎に包まれながらも、『エーデルワイス』は「光栄なる孤立」を体現する、半分伝説と言っても過言ではないTSだったんだ。
だから僕は不思議でならなかった。あのエーデルワイスが非常時とは言え、自警団なんていう組織に属していることが信じられなかった。
「とにかく……奴に出会ってしまえば、もうお終いです。何とかこのままポーツマスまで逃げ切るしかない」
「私と……タタラ君が力を合わせても?」
「分かりません……。だけど戦うなんて選択肢は持たないで下さい。下手にぶつかれば、今度こそ確実にみんな殺されますよ……」
僕の不吉な言葉に、闇夜の中周囲で聞いていた皆が沈黙した。状況は最悪だ。自警団を敵に回したってことだけでも絶望的なのに、よりにもよって『鋼鉄の処女』が敵だなんてね。
ここに来て、クロベとシェリルが申し訳なさそうに僕らへ謝罪をした。とてもやり切れないが、無実の彼らを誰も責められない。安易に受け入れてしまった僕らの落ち度だ。
それもあってか、エナさんが酷く神妙な面持ちで僕に頭を下げてきた。
「あの……タタラ君、さっきはごめんね。本当は私がああいう風に判断しなきゃいけなかったのに……」
「あの時は、たまたま僕の方が状況が良く見えてただけです。僕らは対等な同盟者のはずです。あなただけに責任があるわけじゃない……と思いますけど?」
「ありがとね……タタラ君」
エナさんは少し安心したように微笑した。もうエナさんばかりには頼っていられない。僕も必死にこの共同体が逃げのびられる方法を考えなきゃ、僕自身の消滅に直結しているんだから。
緊迫しながらも、徐々に平静を取り戻しつつあったパーティーのメンバーたち。そこにあって、ミズキだけは僕のジャケットの袖を掴んだまま、だんまりと俯いていた。
戦闘能力皆無であるミズキにとって、これまでの再三にわたる危機や希望の消失、そして今回のことで彼女の精神はもう限界だった。その派手ないで立ちがより一層彼女を憐れに見せ、天敵の飛燕でさえも気を使わざるを得なかった。
ミズキの心配もあったが、ここからは一刻の猶予もない。何としても夜のうちに自警団の目を掻い潜って、ロンドンを脱出しなければならないんだ。
幸か不幸か、リッチモンド公園内に軍用のトラックが乗り捨ててあった。後ろの幌の中に入れば、全員でポーツマスを目指すことも可能だ。ジークが先行して障害となる敵を撃破し、少し離れてトラックで追走させれば、どうにか夜のうちにポーツマス付近まで行けるかもしれない。
僅かながらでもこれからの道筋に光明が見えたことで、ソウヤがエーデルワイスについて思い浮かんだしょうもない疑問を上げる。
「よく分かんねーけどさ、『鋼鉄の処女』って言うくらいだから、そいつ女なんだよな? それにしても、エナ姉にしろ飛燕姉にしろ、本当につえ―のは女ばっかだよな……ヒカリ以外」
「ちょ……ちょっと、何で一々……私の名前出すの? きっと……今はソウヤ君より……強いもん!」
「へん、『魔神の腕輪』を手に入れたからってな、持ってる奴がヒカリみたいなポンコツだったら、猫に……じゃなくて豚に小判だよな!」
「ひ……酷い、お姉ちゃん……ソウヤ君が……猫をあえて……豚って言った!」
全くこいつらは、こんな緊急時によくもこんなアホみたいなことが言えたもんだ。しかし、このガキんちょ二人のお馬鹿なやり取りは、張りつめ過ぎていた場の雰囲気を些か和やかなものにさせた。
言われてみれば、『鋼鉄の処女』の性別なんて考えたことがなかったよ。【TSO】の世界では、単なる一プレイヤーというか、最早神様みたいなレベルだからな。
「そうか……女かもしれないな。孤独を愛し、皆に畏怖される無敵のTS乗りの女が自警団に……って、……ん?」
頭の中で、何か変なパズルが繋がった。僕はハッとして、ジャケットの袖を掴んでいたミズキをエナさんに預け、ジークのコックピットへ駆け登った。
「タタラ君、どうしたの? そんなに慌てて……」
エナさんが傷心したミズキの肩を抱きながら、僕を見上げて首を傾げた。
僕がもう少し冷静であったなら、手遅れになる前に気付いていたのかもしれない。コックピットに入り込んだ僕は、急ぎインターフェイスを起動させ、膨大な【TSO】の蓄積データにリンクした。
「確か、前に見た記事に書いてあったよな……」
コンソールに映し出されたのは、数年前に日本のブリキ乗りが投稿した古い記事だった。当時この記事を見て、世界中のブリキ乗りたちがある一機のTSに驚愕をしたんだ。
“イングランドである一機のTSが、【TSO】の歴史に燦然と輝くだろう大きな記録を打ち立てた。その機体は、英国でも指折りのTSギルドを単機で撃破してしまったのだ。
何を隠そう、そのデタラメな強さのTSこそ、『鋼鉄の処女』の二つ名を持つ重TSエーデルワイスだ。昨日未明に行われた戦闘では、エーデルワイスはS級A級も含む優に五十機を超えるTSを、僅か数十分で撃破し、相手ギルドの拠点要塞をいとも容易く陥落させた。
これは今までの単機での複数TS戦闘の常識を大きく覆し、ソロのブリキ乗りには大きな希望となることだろう。しかし、それと同時に世界中のTSギルドが恐怖したに違いない。ギルドと言う集団がたった一機のTSによもや撃破されるなど、それ以上ない屈辱に他ならないからだ。
今回の件を踏まえ、私たちはS級を超えると言われるS級TS、いわゆる『SS級』のTSユニットたちの評価を改めざるを得ないだろう。また、もしも世界中のSS級TSたちが、エーデルワイスと同等以上のポテンシャルを持っていた場合、仮にもリアルミリタリーロボットものと呼ばれる【TSO】の、ゲーム性そのものも揺るがしかねない出来事だ。
今後、【TSO】の各方面に物議を醸すことが予想されるものの、今はこの歴史的記録を打ち立てた偉大なTSとそのパイロットに改めて敬意を表したい――
僕はこの長ったらしい記事を、ある言葉を探しながら急ぎ読み進めて行く。この状況にあって、僕はまだ何かの間違いであって欲しいと祈っていた。
だが、どう都合よく頭を整理しても、彼女以外に考えられない。孤独を愛するが故に集団行動が苦手で、世界中のブリキ乗りから畏怖と尊敬を集める少し変わった女性なんて他にあり得ない……。
――重TSエーデルワイスを駆り、『鋼鉄の処女』の異名を持つ孤高のブリキ乗り……彼女の名はロキシー、現代の鉄の女である”
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