EP.30 ロンドンは燃えているか

 僕らのキャンプへ逃げん込んだ二人組を追ってやって来た、五機の自警団ヴェスパ。緊迫した状況の中、エナさんは僕に指示を出し、一人自警団の元へ走って行った。僕は急ぎ河畔伝いにジークの元に戻る。

 コックピットに駆け上がった僕に驚き、爆睡していたミズキが慌てた様子で飛び起きる。



 「ちょっと何事!? せっかく気持ちよく寝てたっていうのに!」

 「緊急事態だ! 自警団のTSが来た。念の為ジークを出すから、大人しくしててくれ!」



 ミズキを黙らせながら、僕はジークのインターフェイスを起動させる。とりあえず、一旦他のメンバーに現状を伝えなきゃならない。

 まず誰だ? 子供二人に言っても混乱するだけだし、カイはまともに話したことがない。ってなると、あいつだけだな。



 「飛燕、聞こえるか? タタラだ。応答してくれ!」

 ――……な、何? どうかしたの!?」

 「緊急事態だ! あの二人を追って、公園内に自警団のTSが入って来てる。今エナさんが対処中だ。他の奴らは全員そこにいるか?」

 ――う……うん。エナとミズキ以外はクロベとシェリルも含めて、みんなここで休んでるよ。どうすればいい?」

 「まだここに二人がいるって確信はなさそうだ。みんな絶対にそこから動かないように伝えてくれ! 僕も念の為、エナさんのところに向かう」



 飛燕への通信を切って、僕はジークを立ち上がらせる。湖の対岸では、自警団のヴェスパのライトが闇夜に煌々と灯り、辺りをゆっくりと探索していた。



 「ちょっと、大丈夫なの? もしも私たちが匿ってるってばれたら……」

 「心配ない……とも言い切れないが、ここは戦闘禁止区域だ。証拠もないし、まさか自警団が手荒なことをしてくるとは考えにくい」

 「も、もしかして、僕もこのまま連れて行く気? もし戦いになったらどうするの!? 僕を安全な所へ連れて行ってよ!」

 「みんなのところへ送り届けてる余裕はない。こんなとこで降ろすよりは、このまま乗ってた方が安全さ。それに四六時中君を守らないといけないんだろ? SPって奴は?」

 「ぐぬぬぬ……まあいいよ。でも、僕の身に何かあったら、覚えておけよ!」



 悪態を吐くミズキをあしらって、僕は自警団がいる対岸へと進路をとった。僕には強がって見せてはいたが、ミズキのか細い体が震えているのが見てとれた。この状況じゃ怯えるのも致し方ない。

 ミズキの本性を見てしまって以来、彼女は僕と二人のときは素の状態だった。あからさまなカマトトぶりも、頭が浸食されるような甘ったるいアニメ声も、ここではどこ吹く風だ。僕としてはあの声でずっと話されるよりはだいぶマシであったが、露骨に悪態を吐くので、これはこれで困ったものだった。

 しかし、こいつもずる賢いんだか馬鹿なんだか分からないな。僕を勝手にこの同盟で一番強いって判断するのは結構だけど、残念ながらある意味一番戦闘に巻き込まれる可能性が高くて、危険っていう見方もできる。

 まあいいか、こいつの身に何かあったら本当に面倒事になりそうだから、僕のあるかどうか分からないやる気にも火が灯るってもんだ。それに素のこいつは本当に男だから(※勘違いです)、女みたいに変な気を使わなくていいので楽だった。



 「あ、エナさん!」



 エナさんが視認できるくらい接近すると、彼女に対して自警団ヴェスパのライトが、まるで刑務所の脱走者のように照らされていた。何かを必死に説明しているようだ。



 ――そこの接近中のTS、応答せよ。こちらは自警団所属のTSである。速やかに停止して所属を名乗られたし」

 「こちら日本籍のTSユニット。特定のギルドには属していない。現在は彼女たちと行動を共にしている。自警団と争うつもりはない」



 こちらの接近に、自警団のヴェスパが停止を要求してくる。僕は指示通り機体を停止させ、外部音声を拾ってエナさんへの聴取内容を伺う。



 ――ここはしばらく私たちがベースキャンプにしています。あなた方が言うような指名手配者など見ていません!」

 ――奴らの進路と目撃証言から、ハイドパーク内に逃げん込んでいるのは間違いない。感染毒をばら撒いた嫌疑のあるテロリストだ。我々の仲間も数多く犠牲になっている。同じゲームのプレイヤーだからと言って、匿えば重大な罪に問われるぞ!」

 ――罪って……? 誰がそんなの裁くっていうの?」

 ――ペナルティー執行機関の運営が機能してない今、我々がそれに代わって治安維持の元ペナルティーを執行している。自警団の執行を妨害すれば、それも罪に問われるということだ」

 ――な、なんてことを……」



 交渉はだいぶ芳しくない様子だ。僕らの知らない間に、ずいぶんと素晴らしい組織になってくれていたもんだ。ここだけ聞いてても、こいつらが尋常じゃないのがよく分かった。


 

 ――まあいい、貴君らの意思はよく分かった。我々は更なる殺人毒の感染拡大阻止とテロリストの捕縛の為であれば、超法規的権限も与えられている。悪いが少し手荒な手段をとらせてもらう……」



 すると、ヴェスパのパイロットは、外部の不特定多数のプレイヤーに対し、大音量で一方的な最後通牒声明を突きつけた。



 ――我々自警団の目的は、感染毒をばら撒いた嫌疑のある【MSPO】プレイヤー二名の拘束である。速やかに投降せよ! 投降なき場合は、今から五分後に公園に火を放つ! 無関係のプレイヤーも速やかに園外へ退避されたし! これは自警団本部も認めた超法規的な武力行使である。繰り返す――」

 ――え……? 人がいるんだよ!? や、やめてーー!!」

 「う……嘘だろ!? お前ら正気か!?」



 もうダメだ。こいつら完全に運営か憲兵気取りだ。最初はただの脅しだとも思った。だがそうじゃないとすれば、今この国を覆うパンデミックの恐怖によって完全に理性のタガが外れてる。

 仲間たちの危機を前に、僕とエナさんは決断に迫られていた。一体どうする? 下手に動けば、あの二人が見つかってしまう。だけど、本当に公園が火の海にでもなったら……。まさか自警団を相手に一戦おっぱじめるわけにはいかないだろ? そうこうしているうちに、時間は刻一刻と進んで行く。

 エナさんは奴らと対峙してるし、僕が的確な指示を出さなきゃならないのか? もっと早くすべきだった。少しの間迷って、僕はようやく通信で飛燕を呼び出した。



 「飛燕、聞こえるか? こちらタタラだ」

 ――タタラ、一体何があったの? 外が騒がしいみたい」

 「自警団が五分後……いや、三分後に園内に火を放つと警告している。至急安全な場所へ皆を連れて退避してくれ!」

 ――な、なんでそんなことを!? そっちは大丈夫なの? エナは!?」

 「細かい話は後だ! こちらはエナさんと何とかする。時間がない! 急いでくれ!!」

 ――分かった! こっちも何とかやってみる!」



 あとは彼らだけ無事に逃げてくれれば、この場はやり過ごせるかもしれない。緊迫した状況が続く中、僕は時が経つのをまだかまだかと待ちわびていた。



 ――よし、もうすぐ時間だ。これでテロリストどもをあぶり出せる。感染毒をばら撒いたテロリストだ。逮捕が遅れれば、更なる被害者が出る! 絶対に逃がすな!」

 「……お前ら! ここは戦闘禁止区域だぞ! 自警団がルールを破るのか!?」

 ――何を言っている? 法の執行者である我々こそがルールだ! 我々は更なる殺人毒の感染拡大阻止と言う正義を遂行している! 秩序を乱す者への正義の執行に戦闘区域など関係あるか!」


 

 先頭にいたヴェスパが、後方に控えていたTSに指示を出す。後方のヴェスパ三機が、装備していたミサイルランチャーを周囲の至る所に向けて無差別に発射していった。

 夜の闇に花火でも放ったかのように無数のナパーム弾が発射され、凄まじい炎とともに次々と炸裂していく。ほんの数十秒で、夜の静かな公園は地獄のような火の海に変わってしまった。

 自警団の予想もしていなかった暴挙に、僕もエナさんも戦慄した。僕の後ろでは、頭を抱えたミズキが席の上に蹲って震えていた。



 「なんだ? 何か光ったのか?」



 仲間たちのいる方角で一瞬何かがピカッと光り、その直後辺りは激しいスコールに見舞われた。これはあれだ。僕の予想が正しければ、いつかヤドカリちゃんが森の火を消した時に使っていた魔法だ。確かにこの火の回り方じゃ、この対処は致し方なかったのかもしれない。しかし、それは今この状況下にあって、取り返しのつかない悪手であった。



 ――十一時の方向に発光を確認。パターン照合……【MSPO】の魔法使用エフェクトと一致!」

 ――テロリストの一人は【MSPO】の魔法職だったな。あの光の出所を追え!」



 敵の通信を拾うと、自警団もあれが魔法の光だということに気づいていた。降りしきる豪雨で火災が弱まっていく林の中を、ヴェスパ三機が樹木を薙ぎ倒しながら進行して行く。真夜中だとは言え赤外線探査が可能なTSが、プレイヤー集団を探知するのにそう時間はかからなかった。



 ――先程の発光地点付近で【MSPO】と思われるプレイヤー集団を発見。……プレイヤー集団内に手配中のテロリスト二名を確認しました!」

 ――そのままテロリストを確保しろ! 他のプレイヤーも含め、抵抗するのであれば機銃にて応戦を許可する!」



 非常にまずかった。最悪クロベとシェリルの二人だけ大人しく捕まってもらえればとも思ったが、そうは問屋が卸してはくれない。この状況じゃ、僕ら全員が彼らを匿ったことが筒抜けなんだ。間もなく、ジークとエナさんにも自警団ヴェスパの銃口が突きつけられる。


 

 ――動くな! TSは直ちに武装解除せよ! テロリスト隠匿の容疑で、貴様らも自警団本部へ連行する。我々を騙して凶悪なテロリストに協力していたんだ。生半可なペナルティーで済むと思うなよ!」



 僕らが思っていた以上に、彼らを匿ってしまったことは重大なリスクだったようだ。ペナルティーって、裁判もなしに僕らを銃殺にでもするつもりなのか? 機銃を突きつけられ、焦燥するエナさんが僕と仲間たちに同時回線で叫んだ。



 ――みんな、絶対に手を出さないで! 自警団に手を出せば、取り返しのつかないことになる!!」

 


 一方、ジークもコックピットの前にヴェスパのライフルが向けられる。モニター越しにそれを見たミズキが、恐怖のあまりいよいよ取り乱した。



 「大丈夫って言ったじゃない!! 嘘つき!! 僕を守るって約束したでしょ!? どうして戦わないの!!?」



 ミズキは蹲って頭を左右に振りながら泣き叫んでいた。ただでさえ焦っているのに、泣き叫ぶミズキが僕を更にイラつかせる。

 エナさんの言う通りに戦わなかったとしても、このまま武装解除して連行されたら運が良くて期限無しの軟禁、下手をすれば……いや、順当にいけば銃殺だろう。

 だからと言って、自警団に手を出したらどうなる? 最悪ここにいるヴェスパくらいなら、どうにかできるかもしれない。だがその後はどうだ? 大袈裟じゃなくて、英国中のTSを敵に回す羽目になるぞ。そんな中をどうやって軍港まで向かうんだ?

 戦っても死ぬ。戦わなくても死ぬ。僕には分かった。おそらくこの状況で、エナさんは絶対に僕らに戦えとは言わない。彼女は良くも悪くも優し過ぎるんだ。



 ――何をしている? さっさと機関砲を捨てて武装解除しろ!」

 


 コックピットに狙いを定めたヴェスパが、ジークに再度武装解除するよう警告をする。

 さっきもそうだったが、僕は多分エナさんの指示を待っていたんだ。彼女がきっと正しい判断をしてくれるものだと。いつの間にかそうするのが当り前になっていた。元々エナさんは僕の上司でもリーダーでも何でもない、ただの対等な同盟関係のはずなのに。

 そんな中、エナさんは振返ってジークを見上げた。いつもの冷静で自信に満ちた彼女の顔じゃなかった。雨に打たれてビショビショのエナさんが、不安と絶望に押し潰されそうな表情で僕を見たんだ。

 考えてみれば、当り前の話だった。ミズキはあんなに憎らしくてもまだ十六歳の子供で、エナさんだってまだ二十三歳の若い女性だ。自分や仲間の死の可能性に直面したとき、普通でいられるはずがないんだ。ああ、そうだ。僕は対等でありながら、エナさんに甘えていたんだ。このパーティーただ一人の大人にね。

 ならどうする? 僕の答えはもう決まっていた。僅かでも可能性のある方へ。あいつがエナさんの指示を無視して、僕の言うことなんて聞くかは分からない。だが僕はもう叫ぶしかなかったんだ。



 ――飛燕、戦え!! 捕まったら終わりだ! お前ならどうにかできるはずだ!!!」



 無限とも言えるような長い長い沈黙だった。もう少しの間武装解除しなければ、僕は撃たれていたかもしれない。だが、全ての膠着は遠方での爆発音によって突然破られたんだ。



 ――ど、どうした!? 何が起こっているんだ!?」

 ――て、敵プレイヤーが!! う、うわぁぁぁーー!!!」



 予想もしていなかった味方機のピンチに、僕とエナさんを狙っていたヴェスパの注意が逸れた。どうやら最初のハードルはクリアできたみたいだ。今しかない。



 「エナさん、逃げて! あとは僕が何とかする! 可能なら、飛燕の応援に行って下さい!!」



 エナさんは一瞬驚いた様子だったが、軽く肯いてその場を離脱した。彼女を狙っていたヴェスパも慌てて機銃を掃射するが、直後にエナさんがモノノフモードにクラスチェンジした為、捉えることができずに見失ってしまう。

 そして敵機が動揺する最中、僕はヴェスパのライフルを左腕で掴み、超至近距離から頭部目がけて機関砲を連射させた。不意を突かれたヴェスパは頭部を爆破され、その場へ崩れ落ちる。

 残った一機に砲身を向けると、酷く慌てたヴェスパのパイロットが、僕に向かって警告をしてきた。



 ――貴様、自分のやってることが分かっているのか? 自警団を攻撃したとなれば、全英中のTSから袋叩きに合うんだぞ!!」



 こっちだってできればそんな目には遭いたくなんてない。だが、そんなことは百も承知だ。こんなことを言っても何にもならない。だけど僕は自分の戦う目的を確認するように、その場にいる通信可能な全員に回線を開いて宣戦を布告した。



 「貴君らがテロリストと呼ぶプレイヤーの拘束には感化できない。未知の感染毒に恐怖するあまり、自警団の名の下、他ゲームプレイヤーに対する偏見と傲慢で、何ら罪のない我々にペナルティーを科すことは不当括野蛮である。我々は貴君らを正当な法の執行者とは認めない。よって当機は、自警団を名乗る武装テロ集団から邦人プレイヤーを保護する為、貴君らを駆逐する! これは我々の正当な権利の行使、即ち自存自衛の為の戦いである。繰り返す、これは自存自衛の為の戦いである!!」

 


 まさか面倒臭がりの僕が、こんな長ったらしい能書きを垂れるなんてね。気が付けば、僕は残ったヴェスパの頭部を銃剣で貫いていた。

 もう賽は投げられた。こうして僕らが英国を脱出する為の明日なき逃走が、そして今までで最大の戦いの幕が切って落とされたんだ。

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