EP.27 ちびっ子お悩み相談室再び

 あのクソみたいな魔法の世界で、僕と二人で長い時間を一緒に過ごしたヤドカリちゃん。苦労して言い包めたお陰で、僕に対しての抵抗はなくなり、あの世界でのイベントクリアに大いに役立ったわけだ。

 しかしながら、少しやり過ぎてしまったのか、僕の予想の範疇を超えて思わぬ副産物を生んでしまった。



 「た、タタラ君! 【TSO】って……難しそう……ですけど、私にも……できますか?」

 「別に誰だってできるよ」

 「その……女の子は……あまりやってないん……ですか?」

 「男のが多いけど、今は女のトップランカーなんかも結構いるみたいだな……」

 「やっぱり……タタラ君は……ガーリーな女の子……より、ボーイッシュな……子の方が……好きですか?」

 「さあね、そういう括りでは考えたこともないな(美人ならどっちでもいいんじゃないか?)……」

 「えーと、じゃあ――」



 どういうわけか、やたらに懐かれてしまった。ロキシーと別れ、一旦ハイドパークへ移動中のコックピット内で、僕はヤドカリちゃんの質問攻めに合っていた。

 僕の話を聞いてくれてる賢明な皆さんであれば、僕が子供なんて好きじゃないことくらい分かってくれていると思う。僕はずっと気怠さ満々で答えていたよ。

 機体腹部につけたジークの椀部の上では、エナさんが相変わらずニヤニヤしながらこちらを見ていた。それとは対照的に、何かそわそわしているソウヤがたまに口を挟んでくる。



 「タタラ君は……と、年下と……年上なら、どっちが……す、好きですか?」

 「別に拘りはないよ(美人ならどっちでもいい)」

 「へん、年下がありだったとしても、ヒカリみたいな子供なんか相手にされっかよ!」

 「う……うるさいな! ソウヤ君……には聞いてない!」

 「ヒカリが身の丈に合わないことばっか言ってるからだろ?」

 「そんなこと……ないもん! た、タタラ君が……私も大きくなったら……エナお姉ちゃんみたいになれる……って言ってたもん!」

 (内面だけのお話で、誰も見た目がそうなるなんて言ってないんですけどね……)

 「へへん、ヒカリみたいな地味な奴がエナ姉みたいな美人になるわきゃねーだろ!」

 「ソウヤ君の……意地悪! ……お姉ちゃん!」



 この二人も、一度口喧嘩をし始めたら止まらないんだよな。お願いだから、僕を挟んで喧嘩するのはやめてくれないか? エナさんに救援を要請したいのは僕の方だ。



 「ソウヤ君、そんなことないよ。ヒカリちゃんもね、きっとあと五年も経てば、私なんかよりずっと美人さんになると思うよ」

 「ほ……ほんと!? お姉ちゃん!」

 「そんなの嘘に決まってんだろ! エナ姉が気遣って言ってるだけだよ! 鏡見てみろよ、バーカ!」

 「ソウヤ君! いい加減にしないと――」

 「ソウヤ君の……馬鹿……ボケナス! えーと……すっとこどっこい! も……もう知らない! 大嫌い! く、口きいて……あげないんだから!」

 「ひ、ヒカリ……え……?」

 「フン!」



 僕としては、騒がしいのが収まってくれて願ったり叶ったりなわけだけど、単純に男としては「あーあ……」って感じだった。

 威勢よくヤドカリちゃんに突っかかっていたソウヤは、彼女からシャットアウトされると露骨に狼狽する。エナさんも困り果てて仲裁に入るが……。



 「だから言ったじゃない、ソウヤ君! 今のはソウヤ君が悪いよ! ヒカリちゃんに謝りなさい! ヒカリちゃんもね……いつものことなんだから、許してあげて……ね!」

 「フン……嫌だもん! そ、ソウヤ君……が謝る……まで、口きかないもん!」

 「そ、そんな……お、俺だって何でヒカリなんかに謝んなきゃなんねーんだよ! ぜ、絶対やだね!」



 流石のエナさんもお手上げだった。いやいや、学校の先生ってのも大変なもんだね。こんなガキんちょ共に振り回されなきゃいけないんだから。僕は絶対に御免だ。

 ポーツマスへ出発する準備の為、一旦ベースキャンプにしていたハイドパークまで帰ってきた僕たち。あれから静かなのは良かったんだけど、ガキんちょ二人の喧嘩のせいで雰囲気は最悪だ。

 エナさんは一人で二人の説得に四苦八苦だった。で、結局ハイドパークに着いても喧嘩は収まらず、準備どころではなくなってしまったんだ。

 すると、我関せずで高見の見物をしていた僕にエナさんからお呼びがかかる。嫌な予感、また無茶な注文をされるのだと思った。



 「タタラ君、お願い。ソウヤ君の方を説得してくれないかな?」

 「え!? なんで僕が?」

 「ヒカリちゃんは私が何とかするからさ。やっぱりこういうのって、男同士とかの方が共感し合えるんじゃないかな?」

 「男同士って言われても……それに男ならもう一人……いや……」



 聞いた僕が馬鹿だった。確かにあの人格破綻者と僕の二択じゃ、僕の方を選ぶわな。国会議員の選挙じゃないんだから、与野党どっちがより劣悪かみたいなのはやめて欲しいものだ。

 エナさんに嘆願され、僕は渋々ソウヤの説得へと向かった。困ったことに一人でだいぶ離れたところまで行っちゃったんだよ。頼むから、あまり手を煩わせないでくれ。



 ソウヤは僕がこの前休んでいたピーターパンの彫刻の前で座り込み、ふてくされていた。どうしたものか。「ピーターパンじゃないんだから、もう少し大人になれよ」……なんて言ったら、火に油を注いじゃうよね……。とりあえず、僕は普通に説得しようと思い、不用意に声を掛けてみる。



 「えーと……ヒカリちゃんのことだけど……」

 「何だよ、兄ちゃん? どうせエナ姉に言われて、俺を謝らせるよう説得に来たんだろ?」

 「いや……その、何ていうか……」

 「何と言われようと、俺は絶対に謝らねーからな!」

 (こ……このガキ!)



 こっちが下手に出てれば、好き勝手言いやがって。もういいや、子供だからって容赦してやるもんか。そっちがその気なら、荒療治といこうじゃないか。

 仕方がないので、僕はなけなしの演技力で一芝居打ってみることにした。もうどうなっても知らないぞ。



 「いや、違うよ。お前を応援しに来たんだ」

 「ど、どういうことだよ?」

 「男が女にそう簡単に頭を下げるもんじゃないからな。ここでお前が謝ったら、女どもがつけ上がるだけだ。絶対に謝るなよ!」

 「そ……そうだよな、兄ちゃん!」

 「ああ、あっちがその気なら、お前もずっとヒカリなんかと口をきく必要はない。向こうが謝ってきても、そう簡単には許すなよ。いいか、絶対に謝っちゃダメだぞ。それが真の男ってもんだからな」

 「え……流石にそれは……一応、ギルド仲間だし……」



 最初は真に受けていたソウヤだったが、僕のクサい演技のお陰で少し疑念を持ち始めたようだ。やってるこっちもアホみたいだけど、もうひと押しやってみるか。



 「いいや、絶対にダメだ! ヒカリはな、向こうの世界で『魔神の腕輪』ってやつを手に入れたから、調子に乗ってんだよ。自分はお前より強くて上だってな。あんなコミュ症ポンコツ女に負けてもいいのか? 悔しくないのか?」

 「ヒ……ヒカリはそんな奴じゃねーよ! 何も知らない癖に勝手なこと言うなよな! それに……何か変だ。俺とヒカリが仲直りしたら困ることでもあるのかよ?」



 いい傾向だ。僕も流石にここまで釣られてくれるなんて思ってなかったよ。僕と違っていい意味でひねくれてない分扱い易い。

 僕は急に都合の悪そうな顔をして、掌を返した。



 「ちっ! 上手くお前とヒカリを仲違いさせとくチャンスだったんだがな……」

 「な……!? 兄ちゃん、どういう意味だよ!?」

 「あの女も単純だったからな、あっちの世界でちょっと優しくしたら、簡単に垂らしこめたぜ。これでお前らが仲違いすれば、完全にヒカリは僕のものだったのにな」

 「お、お前! ひ、ヒカリが好きだったのか!? このロリコン野郎!」

 「おいおい、勘違いするなよ。僕の目的はあくまであのパーティーでハーレムを作って、馬鹿女どもを好きなように服従させて楽しみたいだけだ。どうだ? 楽しそうだとは思わないか?」

 「な、何だと!? た、確かにミズキと飛燕姉ちゃんは……そう見えないことも……ないかも!」



 あんまりコロコロ乗せられてくれるもんだから、僕もついつい調子に乗ってしまったよ。途中から、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。



 「そうだ! もしお前が僕のハーレム計画に協力してくれるって言うなら、分け前をやってもいい。ヒカリへお前に服従しろって命令して、何でも言うこと聞かせてやるよ。いい提案だと思わないか?」

 「な……なんて奴だ!! お、お前なんかの好きなようにはさせねーからな!!」



 そう言い捨てると、ソウヤは凄い勢いでパーティーメンバーたちのいる方向へ駆け出して行った。荒療治だとは思っていたが、僕の予想以上にとんだ劇薬だったみたいだ。

 今の様子だと、ソウヤはみんなの所に戻って、僕の恐ろしい計画を暴露するに違いない。ヤドカリちゃんとも今は喧嘩などしてる場合じゃないと、勝手に自滅してくれそうだ。



 そのまま数分待ち、僕は少しずつ不安が湧いてきた。いや、待てよ……。もしあいつらが僕のでっち上げの計画を本気にしてしまったとしたら……。まさかな、この展開であんな大ぼらを信じる馬鹿がいるわけ……。



 「くぅおらぁぁ!! タタァラァァァ!!!」

 「いたーーーーーっ!!」



 彼方から物凄い形相の飛燕が、土煙を上げながらこちらへ向かって走って来ていた。とりあえず臨戦態勢万全って感じで、僕を誅殺する気なのは間違いない。

 勿論逃げる暇なんてなかった。間もなく僕は、激昂している飛燕に胸ぐらを掴まれて持ち上げられた。



 「少しはマシな男だと思っていたのに、よくもあんなことを!! その腐った性根、私が叩き直してやる!! はぁぁぁぁー!!!」

 「い、いや、待って!! ダメだから! お前に本気で殴られたら、今度こそマジで死んじゃうから!!!」

 「問答無用!! 必ぃぃ殺っ!!!」



 飛燕の拳がオレンジ色に燃え上がっていく。もしかして、この前ギガデスを吹っ飛ばした技を使うんじゃないだろうな? あんなの喰らったら、僕なんか跡形もなく消え去るぞ。アリンコを駆除するのにダイナマイトを使うようなもんだ。

 


 「飛燕ちゃーん!!! ちょ、ちょっとストーップ!!!!」



 息を切らしながらエナさんが走ってくる。ああ、この時ばかりは本当にエナさんが救いの女神に思えたよ。流石の飛燕も手を止めてエナさんに問い返した。



 「エナ、何で止めるの!? こいつ最低な奴だよ?」

 「はあ……はあ……確かにね、タタラ君のやり方にも問題あるけどね! あれはきっとソウヤ君とヒカリちゃんを仲直りさせる為の嘘だから! ……ね、タタラ君?」



 エナさんが僕にアイコンタクトを取ってきたので、僕は胸ぐらを掴まれたまま必死に首を縦に振った。そうすると飛燕は、拍子抜けしたように僕の胸ぐらを放した。



 「え……そうなの? タタラ、その……ごめん」 

 「あ……うん、別にいいけど、一般人に向けてあの必殺技使うのはやめようね……」



 少し遅れて、ソウヤと残りのメンバーたちも走ってきた。ソウヤはまだ騙されている様子で、拍子抜けしている飛燕と僕の前で槍を振りかざし、



 「もうお前の好きなようにさせないぜ! ヒカリにももう謝って仲直りしてやったからな!! ヒカリや姉ちゃんたちは俺が守る!!」



 と、啖呵を切って見せた。どうしよう。誰かこの哀れな少年に、早くネタ明かしをしてくれないんだろうか?

 僕がそう心配していると、ソウヤの後ろからヤドカリちゃんが溜息を吐きながら歩いて来る。



 「ソウヤ君……タタラ君に乗せられたんだよ……。タタラ君は……少しひねくれてるけど……あんなこと本気で……言ったりしないよ」

 「そ……そんな馬鹿な!? じゃあ、みんなはもう気付いて……?」



 ソウヤは唖然としながら周囲を見まわした。エナさんとヤドカリちゃんは、何とも言えない憐れみに満ちた笑みを浮かべていた。地獄だなこれは。

 そして、ミズキが得意気な顔をして、僕と飛燕の元へ歩み寄って来る。



 「まあ、子供は仕方ないにしてもー、あんな出任せに本気で騙される単純お馬鹿さんなんているわけないですよー。……ね、タタラさん!」

 「ちょっとあんた、私のこと単細胞で馬鹿だって言いたいの?」

 「別に飛燕さんのことは言ってないですよ。それとも、何か心当たりでもあるんですかー?」

 「こ、この女! やっぱり一遍ぶっ飛ばさないと――」

 「……ミズキさん、頼むからこの子を煽るのはやめようね……シャレにならないから……」



 ミズキと飛燕が、いつもの世界一無益な争いをおっ始めた後ろで、未だ唖然としたままのソウヤにヤドカリちゃんがもじもじしながら歩み寄っていた。



 「ソウヤ君……さっきは、口きかない……なんて言ってごめんね……」

 「え……いや、その、俺の方が悪かったって言うか……」

 「あのね……ソウヤ君が、必死に……守ろうと……してくれて、う、嬉しかったよ! あ……ありがとう!」



 ヤドカリちゃんは顔を赤らめながらソウヤにそう言い放つと、一目散にどこかへ走り去って行った。

 ああ、体中がこそばゆくなりそうな光景であったけど、ああいう子供の初々しさって心が洗われるよね。目の前で無益な言い争いをするミズキと飛燕を見ながら、僕は何故人はこんなにも心が汚れてしまうんだろうと思ったよ。

 しばらく鳩が豆鉄砲喰らったような顔していたソウヤは、突然厳めしい顔をして僕の方へ歩いて来た。流石に騙されたのを根に持ってるのかと思ったけど、僕の腕を肘で軽く小衝き、



 「兄ちゃん……ありがとな」



 と言って、スタスタと去って行った。なんだよ、あのクソガキ、意外に可愛いところもあるじゃないか。手間取らせやがって。

 


 これは後から聞いた話だ。ソウヤは元々違うギルドに属していたが、その自信満々の言動に実力が伴わず、虚言癖のある厄介者としてギルドメンバーから疎まれていた。やがて居場所がなくなりギルドを移るが、やはりそこでも同じ憂き目に合ってしまう。その悪循環を繰り返したソウヤは、いつしか「狼少年」と罵られ、どのギルドからも相手にされなくなっていた。 

 そんな狼少年に手を差し伸べたのが、当時結成間もない『ハッピーファウンドグローリー』のエナさんとヤドカリちゃんだった。ソウヤはエナさんの寛容さ、ヤドカリちゃんの直向きさから、弱いことは決して恥ずかしいことではないということを学び、初めてそこに居場所を見つけたんだ。

 


 クソガキはクソガキなりに、本当に大事なものは何かってことくらいちゃんと理解してるってことだ。僕は歩み去って行くソウヤの後姿を見ながら、やれやれって感じで微笑した。



 「とりあえず、これにて一見落着か……」

 「ターターラ君!」

 「ターターラさん!」



 僕の背筋に悪寒が走った。今日はこれで綺麗に終わるはずだったのに、何故かエナさんとミズキがニヤニヤしながら僕の前に立っていたんだ。



 「タタラ君、私ね、『馬鹿女のハーレム』ってやつに凄く興味があるんだ! 詳しく聞かせてくれないかな?」

 「タタラさん、僕を服従させてー、一体何をさせたかったんですかー? 気になるなー」

 「い、いや……だからあれは、ソウヤを説得する為の嘘って……」

 「ごめんね、タタラ君。やっぱり私、馬鹿女だからよくわからないんだ!」

 「もったいぶらずに教えて下さいよー! 僕、気になっちゃって! 馬鹿女でも分かるように詳しくお願いします!」



 あんなに頑張ったのに……飛燕には殴り殺されそうになったのに……、僕の苦労は報われなかった。

 口は災いの元だ。この後、僕の言動は子供の教育に良くないとのことで、エナさんには真面目に怒られ、ミズキには飽きるまでおもちゃにされたのでした。

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