EP.26 軍服を着た麗人(後編)
幸運にも、僕らはウェストウェイで思わぬ拾い物をしてしまった。拾い物と言っても、軍服を着ている少し変わったイギリス人の女の子だ。
この見た目は子供、中身はおっさんみたいな喋り方をする不思議な女の子ロキシーは、息詰まっていた僕らに東京へ行ける可能性を示唆してくれたんだ。
ジークのコックピット内で、僕の後ろにヤドカリちゃんと一緒に座った彼女は、沸き立つ僕らに少々とまどいながらも、東京行の手掛かりについて語る。
「少なくとも【TSO】では、一度ログアウトしないと国境を跨ぐ様な大きな移動はできない。航空機系ゲームのプレイヤーの力を借り、空からという手もないことはない。しかし、現在民間機の航空管制が機能停止中で、ヒースロー空港は閉鎖されている。使えたとしても、TSは無理だしな……」
「ああ、そこまでは調べてみた。飛べたとしても、日本への直行ってのはハードルが高い。経由地の空港が機能しているかも分からないし……」
「そうだな、もし私だったら、時間はかかるが船舶で向かうのが現実的かと思う」
「それも考えたけど、一ヵ月以上かかる船旅に協力してくれる船舶なんてそう簡単にいるかな? 寄港地の問題もあるし」
飛行機にしろ船舶にしろ、ゲームとは言え、僕らでは自力で動かせない。パイロットや操舵手とか以外のほとんどの乗組員はNPCだろう。それでも、こんな緊急事態にリスクを冒してまで、そんな酔狂なことに手を貸してくれる奴なんているとは思えない。
やっぱりダメか……と思ったけど、この軍服女子、かなりいい拾い物だったようだ。
「アドミラルオーダー・オンライン【AOO】という艦隊戦略バトルゲームがあるだろ? 自警団の団員に聞いたのだが、システムトラブル後もシーレーンは生きていて、少ないながら艦船の往来もあるらしいんだ」
「なるほど……。軍艦であれば有事への対応もある程度は可能か……」
「それにだ、我が国の軍港には、平時であれば普段から世界中の軍艦が寄港しているらしいからな。運が良ければ、日本籍のプレイヤーに会える可能性もある」
ああ、確かに必ず行けるかどうかは分からないが、あたってみる価値はありそうだ。母港が日本の艦船であれば、訳を説明して協力を仰げるかもしれない。それが無理だとしても、航路が機能しているのであれば、英国以外の状況も聞き出せるかもしれない。
腕に乗っていたエナさんが、喜びのあまりコックピットの入口まで上がりこんできて、ロキシーに感謝の言葉を伝える。
「本当にありがとうね、ロキシーさん! 凄く助かったよ!」
「いや……礼を言うのはこちらだ。あんな道端で一人きりになってしまって、途方に暮れていたところだったんだ。君たちも、早く日本に帰れるといいな。それと……」
それまで不敵なくらいに淡々と喋っていたロキシーが、急にもじもじと恥ずかしそうに言葉を詰まらせた。
「わ……私も剣術を少しかじっていてな、その……いつか日本に行って、日本の剣術道場で学んでみたいと思っているんだが、どうかな……良い伝手はないだろうか?」
「凄い! ロキシーさん剣道に興味あるんだ! だったらうちに来なよ! 私の家剣道の道場だよ!」
どうやら、ロキシーは日本の剣道に興味があるみたいだ。まあ、それも日本人としては嬉しかったけど、僕らにとって重要なのはエナさんの家が剣道の道場だったってことだ。え? 何が重要なのかって? 何かエナさんとの距離が近づいた気がするだろ? 気のせいだろうけどさ。
それからが大変だった。コックピットまで入り込んできたエナさんと、喜びに震えるロキシーの剣道談義が止まらないんだ。美人に囲まれるのは嫌いじゃないけど、操縦者としては邪魔臭くて複雑な気分だった。
剣術以外にもロキシーは相当な日本贔屓で、京都奈良や富士山、お遍路さんなどの文化的なことを嬉しそうに話していた。
「よかった。いつか日本に行ってみたいとは思っていたが、この分ならツアーガイドを頼む必要はなさそうだな」
「ううん、こちらこそ日本にそんなに興味を持ってくれてありがとね! 私たちもイギリス大好きだよ!」
「不思議なものだな……。かつて敵国同士だったこともあるのに、今私たちははこんなに互いの国に惹かれ合っているのだからな」
ロキシーは少ししんみりした声で言った。今じゃ、過去に日英が戦争していたなんて聞いて、本気で驚くような奴も沢山いる。そう、うちにも一人……。
「エナ姉、俺よく分かんねーけど、日本とイギリスってこんなに遠いのに戦争してたのか?」
「そうだよ、ソウヤ君。世界大戦って聞いたことあるでしょ? 日本は昔、アメリカとかイギリスを中心とした連合国と戦争してたんだよ」
「はぁー!? そんなの絶対勝てっこねーじゃん! 何でそんな無理ゲーな戦争やったんだよ?」
「そうだね、確かに最終的に日本は負けて、何百万人もの人たちが命を落としたけど……」
ソウヤのこの反応も無理はない。世界大戦なんて、今となっちゃ大昔もいいところなんだ。このお堅い軍服を着た変わり者でもなければ、きっと話題に上ることすらなかっただろう。
過去の戦争について理解不能そうなソウヤへ、ロキシーが諭すように言う。
「少年、物事は多面的に見なければならない。時には勝てる可能性が僅かであっても、戦わねばならないこともある。私は勇敢に戦った兵士たちには、敵であれ敬意を表すべきだと思っている。それに先の大戦で、我が国は確かに連合国として形式上勝利した。しかし我が国は日本と戦ったが為に、マレー、シンガポール、ビルマ……そしてインドと、戦後多くの領土を失い、かつて日の沈まぬ帝国と呼ばれた英国は大きな陰りを見せた――」
「……?? 姉ちゃん、ちょっとか……え……?」
「――プロイセンの軍人クラウゼヴィッツは、戦争における勝利とは自らの戦争目的を達成することだと言っていた。それに照らして考えた場合、果たして我が国は本当に勝利したと言えるのだろうか……」
「え……? プロいせん? クラウ……ヴィッツ?」
「ご、ごめんね、ロキシーさん……その説明だと、少し難し過ぎてソウヤ君の頭がパンクしちゃうから……」
放っておけば何時間でも喋っていそうなもんだったけど、流石に困り果てたエナさんが申し訳なさそうに止める。ソウヤだけでなく、後ろの席のヤドカリちゃんも目を回していた。
ふと我に返ったのか、ロキシーは元の落ちついて物静かな状態に戻っていた。
「すまない、下らぬことを語ってしまったな……」
そうこうしているうちに、僕らはハイドパークを抜けてウェストミンスターまで辿り着いていた。ミズキとソウヤが、はしゃぎながらビッグベンを指さす。
ビッグベンの周囲には数機のTSが警備についていた。僕らがそのまま進もうとしたところ、警備についていた一機のヴェスパが止まるように手で合図をし、通信を求めてきた。
――こちらは自警団所属のTSである。現在当該宮殿は自警団本部となっている。関係者以外の立ち入りは遠慮願いたい」
警備TSの呼び掛けに、ロキシーが通信に応答すると前に乗り出す。
「こちら、自警団第一方面隊所属のロキシーである。警備中のトラブルにより一般プレイヤーの機体をチャーターしている。宮殿への通行を許可されたし」
――ろ、ロキシー? 何だって!?」
よく分からないが、滅茶苦茶驚いているようであった。ヴェスパは後方に控える他のTSに合図を送り、どこかと通信をしていた。
すると、数十秒後にビッグベンの方から軍用車が走ってきて、僕らの前で停車する。中から慌てた様子で、軍服を着た屈強な白人男性が出てくる。
「ろ、ロキシー隊長!! ご無事でありましたか!?」
「え……? 隊長?」
何だか余計に分からなくなってきたぞ。この一見子供みたいな軍服を着た女の子が、自警団の隊長だとでも言うのか? まあ、態度だけはそれ相応に偉そうではあるが。
ロキシーは溜息を吐きながら、やれやれとでも言った様子で後ろの座席から出て、先程の男に答えた。
「すまんな、ゲム。今帰った」
「今帰ったじゃないですよ! 警備中に急にいなくなったって聞いて、みんな大騒ぎだったんですから! ご連絡頂ければ、お迎えに行ったのに!」
「車ごと通信機をダメにしてしまってな……。慣れない物には乗るものではないな」
「だから隊長がお車で警備に行くなんて、危険だと言ったんですよ! 少しはご自身のお立場を考えて下さい!」
恐らくロキシーの方が立場が上なのだろう。だが、僕らが呆然としてしまう程、彼女はこのゲムとかいう男性に本気で怒られていた。
因みに、エナさんや飛燕のゲームと違い【TSO】は通信を機械に依存していて、プレイヤー単独での通信はできなくなっている。リアルさを追求したがばかりの不便さだよ。
ロキシーは非常に面倒臭そうな苦笑いを浮かべ、僕らに別れを告げる。
「どうやら、見苦しいところを見せてしまったようだな。とにかく送ってもらい感謝する」
「君って、自警団の隊長だったの?」
「嫌だと言ったのだが、押しつけられてしまったんだ。宮殿の中でずっと大勢に囲まれているのも息苦しくてな。視察だのあれこれ理由をつけて外の警備に出てこの様さ。今回の失態で、できれば罷免して欲しいものだよ……」
そう言い残して、彼女は昇降機で下まで降りる。何だか彼女の話を聞いていると、少し勇気が湧いてくるような気がした。世の中には、僕よりも恵まれない奴もいるんだなってね。……いや、いい勝負かな。
ゲムの乗ってきた軍用車に向かって歩き出したロキシーは、何かを思い出したように振返り、僕らに向かって言い放った。
「一番近い軍港は、ここから南西にあるポーツマス海軍基地だ! 何かあれば私を頼ってくれ! 幸運を祈る!」
「ありがとー! ロキシーさん! いつか日本に遊びに来てねー!!」
エナさんが大きく手を振ってお礼を言うと、彼女は薄っすらと微笑み、最後に敬礼をして車に乗り込んだ。
だいぶ風変わりな女の子ではあったが、僕らにとって見たら幸運の女神もいいところだったな。走り去って行く軍用車を見ながら、僕も薄っすらと笑みを浮かべていた。
すると、コックピットハッチに手を掛け、僕を見上げていたエナさんがニヤニヤしながら言う。
「口調はアレだったけどさ、ロキシーさんて可愛くていい子だったよねー。やってるゲームも同じだし、タタラ君と似たようなところもあるし、しかも同い年かー……それはタタラ君も満更じゃないよねー」
「わー、嫌な言い方……。確かにどこかミステリアスで、お人形みたいに綺麗な子ではありましたけどね……」
いつものエナさんのお戯れではあったけど、確かに彼女のことはどこか他人とは思えないものを感じていた。基本人嫌いの僕が、友人になってもいいかなと思えた数少ない女の子であったよ。
僕とエナさんのそんなやりとりを聞いて、何を触発されたのか、ヤドカリちゃんが徐に後ろでもじもじしながら囁く。
「た、タタラ君……は、女の子の髪形って……ショートとか……金髪とかの方が好き……ですか?」
「なんだよ、いきなり? まあ、よく分からんけど、中学生は中学生らしい髪型してりゃ何でもいいんじゃないか?」
「え……(ガーン!)?」
「タタラ君、アウトだよ! そういうところ!」
「へん、どうせモブのヒカリには、金髪なんて似合うわきゃねーだろ!」
「ソウヤ君……酷い! お姉ちゃん!」
「ソウヤ君、またそんなこと言って! 本当にヒカリちゃんに嫌われちゃうぞ!」
「べ、別に俺は……ヒカリに嫌われたところで、何にも困んねーけどな!」
「ふん、美女のグローバルスタンダードは、エナさんのような黒髪ポニーテールになるべきなのだ」
それを皮切りに、ジークの腕や肩にいた他のメンバーまで入り乱れて、僕にとっては動物園のようなカオスが始まる。僕もロキシーのように、一人きりで自分探しの長いパトロールに出てしまいたいと心から思ったよ。
唯一の救いは、普段一番揉めると厄介な二人が大人しかったことだ。この収拾のつかないカオスの最中、普段は犬猿の仲である二人が息ぴったりで呟いていたそうだ。
「「バッカじゃないの……」」
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