第三章 鋼鉄の処女

EP.25 軍服を着た麗人(前編)

 電車の機械トラブルのように、遅くとも数時間で復旧するかと思われたパークライフ社の大規模なシステムトラブルは、一週間が経過しても全く復旧に関する進捗メッセージはなく、外部との連絡は遮断されたままであった。

 ゲーム間の境界崩壊も相まって、最初は事態を楽観視していた多くのプレイヤーたちも、流石にこの状況には戸惑いを隠せず、大きな不安が広がっていた。

 唯一分かっているのは、一度ゲームオーバーになったプレイヤーは、アカウントごと抹消されて二度と戻ってこないという事実だけ。いつしか一部のプレイヤーたちの中で、ゲームオーバーイコールリアルでの死という根の葉もない噂が実しやかに囁かれるようになっていく。



 そういった不安や絶望が渦巻き出す混沌の中、自暴自棄になった者や愉快犯のプレイヤーたちによる暴行や略奪、PK行為が後を絶たなくなっていた。

 本来であれば、運営側がペナルティーを科してそういった不穏な輩を取り締まっていたのだが、システムトラブルの影響か違反行為は野放し状態。それが分かると更に悪さする奴が出てきて、英国は無政府状態、正にアナーキー・イン・ザ・UKとなってしまっていたんだ。



 流石にこの状況を見兼ねた一部の有志プレイヤーたちが、大ギルドを中心に自警団を結成し、違反プレイヤーたちの取り締まりに乗り出していた。

 僕らはと言えば、異種ゲーム間の同盟を結んでいたお陰で、自分たちの身の安全を守ることくらいは容易にできている。しばらくは、何か日本行きの手掛かりになる情報がないか、ロンドン近郊を回って情報収集に勤しむ日が続いた。



 そんなある日のことだった。僕らは情報収集を終えてロンドン中心部へウェストウェイを東に進んでいた。こともあろうに、ジーク一機に仲間全員を乗っけてね。

 飛燕はいつものように左肩に陣取り、右肩にはカイが、高所恐怖症のヤドカリちゃんは後ろの座席に、エナさんとソウヤ、そしてミズキは機体腹部前の位置で固定した腕の上に乗っていた。

 暑苦しいので、コックピットハッチは開いたままだった。そんな乗車率350パーセントでの行軍にウンザリしていた時、僕らが進む方向に一人の変わった格好をした女の子(僕らが言えたことじゃないけど)が、とぼとぼと歩いているのが見えた。



 「タタラ君、気を付けて! 人が歩いてるよ!」

 


 エナさんが僕に注意を促す。その女の子は接近するジークの存在に気が付くと、振り返ってこちらへ向かい手を挙げて止まるように合図をした。

 少しウェーブの入ったワンレンセミショートのブロンド、背丈はうちの飛燕くらいの小柄な女の子で、緑色の瞳が印象的だった。問題の格好はというと、カーキ色のイギリス陸軍の準礼服、要は畏まった軍服を着ていたんだ。ご丁寧に少佐の階級章まで付けている。

 彼女の求めに応じ、僕はその子の立っている場所で一旦機体を停止させる。その子から近い位置にいたエナさんが声を掛けた。



 「君ー! どうしたの? こんなところを一人で?」

 「すまない、一緒にいた仲間とはぐれて、乗っていた車を事故でダメにしてしまったんだ。できれば、ビッグベンまで乗っけて行ってくれないだろうか?」



 男みたいな喋り方をする子だった。と言っても、翻訳がそうなっているだけなんだけどね。こういう奴っていうのは、良くも悪くも普通じゃないってことだ。

 乗っけてってやりたい気持ちも山々だったが、これ以上どこに人を乗っけるって言うんだよ? 流石のエナさんも渋々お断りを……。



 「いいよ! 乗っていきなよ!」

 「え、エナさん!? 正気ですか? 一体どこに乗せるんですか?」

 「厳しいけど、こんな年端もいかない女の子を、一人で歩いて行かせるわけにはいかないでしょ? 小柄な子だし、後ろの座席をヒカリちゃんとシェアできるんじゃないかな?」



 まあ、エナさんならこうなるよね。まさかの乗車率400パーセントへの挑戦。百人乗っても大丈夫ってか? 僕は深い溜息を吐いた。

 そんな僕の気持ちも知らずに、その軍服を着たブロンドの女の子はジークの足元へ駆け寄って来る。



 「感謝する。昇降装置を降ろしてくれ!」

 「なんだ、やっぱり同業者か……」



 ロープ式の昇降装置を降ろすと、その子は慣れた様子でコックピットまで上がってきた。この感じは間違いなく【TSO】の住人だ。

 僕は立ち上がって、彼女をヤドカリちゃんの座る後部座席へ誘導する。コックピットを見た彼女は、何やら感心したような顔をする。



 「ほう、複座の操縦席とは珍しい。第一世代のジーク型のカスタム機かと思ったが、これはそれ以前に作られた試作機……所謂、第零世代機というやつだな。興味深い機体だ」

 「な……わ、分かってるじゃないか! わ、若いのに感心だな!」



 英国に来て以来、初めて自分の機体を褒められたことに僕は半ば興奮気味で答えた。ほら見ろ、ちゃんと分かる奴が見れば分かるってもんなんだよ。



 「私も最初は、スクラップ置き場に捨てられた機体でも化けて出て来たのかと思ったが、まさかこんなに珍しい歴史的にも貴重なTSを見られるとはな……。初めて見たよ、実に素晴らしい」

 「……え?」

 「まさか、今でもこんな文化遺産のような機体に乗っている酔狂なブリキ乗りがいたとはな……。私にはとても真似できない。尊敬に値するよ」



 僕は褒められてるんだか、馬鹿にされてるんだか分からなくなってきた。少なくとも、素直に喜んではいけないというのは間違いなさそうだ。



 「まあいいや、後ろの席のその子の隣に座って、歳も近いだろうし仲良くしてやってくれ」

 「よ……宜しくね、わ……私、ヒカリだよ」

 「世話になる身で恐縮ではあるが、私を子供扱いするのはやめてもらいたい。これでも私は来月二十歳になるんだ」

 「え!? まさかの同い年(タメ)?」



 僕とヤドカリちゃんはギョッとする。そりゃ、見た目と喋り方がおかしいのは気になってはいたけど、ワンチャン高一くらいだと思ってたよ。特に白人は実年齢より大人びて見えるからね。まあ、飛燕も似たようなもんだけどさ。



 「す……すみません。私……てっきり、少しだけお姉さん……なだけなんだとばかり……」

 「これは大変失礼しました、少佐殿。まさか貴殿のようなお若く美しい佐官がおられたとは夢にも……。小官はタタラと申します。僭越ながら、少佐殿と同じ年の生まれであります」

 「ふん、面白い男だな君は。そんなに気にしないでくれ。ここでもリアルでも慣れているからな。自己紹介が遅れた。私はロキシー、英国人だ。ビッグベンまで宜しく頼む」



 ちょっと気まずかったので、僕はごまかすように珍しくお道化てみせた。そう言うと彼女は、口調に全くそぐわないような柔らかい微笑みを浮かべ、握手を求めてきた。なんだ、改めて見ると本当に結構可愛いじゃないか。綺麗なブロンドに緑の瞳ってのも神秘的でいい。お世辞ではなく、お人形みたいだ。

 僕は不覚にも顔が少し緩んでしまっていたようだ。必要以上に長く握手を交わす僕に、ヤドカリちゃんからクレームが入る。



 「た、タタラ君……いくらなんでも……握手、少し長すぎや……しないでしょうか?」

 「あ…いや、別に……そんなことは!」



 珍しくヤドカリちゃんの言葉から棘が感じられた。僕は慌ててロキシーの手を離し、彼女は首を傾げていたよ。

 何やらクスクスと笑い声が聞こえたので、腕に乗っているエナさんを見ると、滅茶苦茶楽しそうな顔でほくそ笑んでいた。で、その隣のミズキは、便所コオロギでも見るかのような軽蔑の眼差しで僕を見ている。

 あー、また何かロクでもないことになりそうだよ。とりあえず、後部座席にロキシーを誘導して、僕らはロンドン中心部へと再び進み始めた。

 このロキシーと言う女の子、ちょっとお堅いところはあるみたいだけど、悪い奴じゃなさそうだ。でも、やっぱり後ろのヤドカリちゃんは喋ってくれないので、僕が情報収集がてら会話を繋ぐ。



 「そう言えばさ、なんでこんなところを車で移動してたの? TSは?」

 「私は自警団でな。団員とここいらの治安維持にあたっているんだ。TSは必要以上に目立つので置いてきている」

 「へー、あの有志でやっているやつだろ? 偉いな、何の見返りもないのに……」

 「ゲームとは言え、私の国だからな。面倒だが立場上やらざるを得んよ……。だが、私は集団行動はあまり得意でないんだ。それでこのありさまさ、慣れないことはするものではないな……」



 その話を聞いて、何だか他人事には思えなかったよ。このクソみたいな状況で、僕と同じような苦労をしてる奴もいるんだな。この軍服を着た少し不思議な女の子に、僕は少し親近感を覚えていた。

 


 「ところで、君たちはこんなところで何をしているんだ? 見たところ、【TSO】以外のプレイヤーと一緒のようだが」

 「ログアウトする為、東京の運営管理本部へ行こうとしてるんだけど――」



 僕はロキシーにビッグベンでの通信のことなどを教え、自力で東京へ行く為の手段を探しているのを伝えた。まあ、これだけ歩き回っても手掛かりなんか何もなかったから、半ば諦めムードだったんだけどね。



 「そうか、必ず行けるとは約束できんが、心当たりならあるぞ」

 「そうだよな……やっぱり難し……って、あるの!? 心当たり!?」



 ロキシーの何気なく言い放った一言に、エナさんやミズキも含むメンバー全員が沸き立った。

 全く、エナさんのやり過ぎなくらいの親切心に助けられるなんてね。未だロンドンからも出られない僕らに、一つの光明が差したんだ。

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