EP.24 ハッピーバースデイ
VRMMOの世界ってのは偽物の割に良くできていて、たまにリアルとこんがらがってしまうこともある。正直言って、実際に海外旅行なんかしなくても、観光くらいだったら十分に楽しむことができるんだ。
東京へ向かう手段を絶たれてしまった僕らは、エナさんの提案で少し息抜きをしようということになった。ずっと張りつめた日々が続いていたからね。
で、向かったのはロンドン中心部にある巨大な都市型公園、ハイドパークだった。そう言えば、ミズキも元々ハイドパークに向かう途中に撃墜されたんだっけ。
普段なら賛成し兼ねるところであったが、僕にも色々あったから流石に疲れていたよ。願わくば、豊かな自然に囲まれて一人で過ごしたいもんだ。
「じゃあみんな、暗くなるまで自由時間ね! 十七時になったら、集まってみんなでごはんにしよ!」
エナさんがメンバー全員に集合時間の指示をする。別に僕らは食事なんて摂る必要はなかったが、こういうのは雰囲気でやるやつだ。食物の味なんかも結構忠実に再現されている。
因みに公園全体が戦闘禁止区域になっていて、敵TSの襲撃を受けるってことはない。ファンタジー系のモンスターの出現する可能性はあったが、カイの偵察によれば、とりあえず安心であるらしい。
しかしながら、この前のミズキの件で、自由時間とは言っても今の僕に本当の自由なんて訪れるはずがなかった。
「タタラさん、一緒に公園を見て回りましょう!」
「ああ、やっぱりそうなるよね……」
全くもって予想通りの展開に、僕はがっくりきてしまった。ところが今回は、どうやら救いの女神も僕のことを見放していなかったようだ。
「あ、ミズキちゃん! ちょっと一緒に来て欲しいんだけど。タタラ君、ミズキちゃん少し借りるね」
「え……? 僕に何か用ですか?」
正に救いの女神、神様仏様、空木 恵那様の降臨ってね。よく分からないけど、ミズキに用があるらしい。いや、もう遠慮せずにどんどん持って行ってくれ。熨斗つけてお渡ししますよ。
「わかりました……。じゃあ、タタラさんまた後でね」
「うん! 行ってらっしゃい!」
エナさんたちに連れられて行くミズキを、僕は満面の笑みで見送った。何という僥倖、久々の一人っきりの完全自由時間じゃないか。
僕はジークで園内のピーターパン彫刻がある付近まで移動し、その近くの木陰で休憩することにした。穏やかな日差しに、心地よいそよ風が木々を優しく靡かせていた。
何にも解決したわけじゃないけど、思って見れば大変な日々だった。散々な目に合わされたもんだけど、まあ、ギリギリゲームオーバーにならずに済んでいるのは、あいつらのお陰なのかもしれないね。
リラックスできたせいか、ついつい柄でもないことを考えてしまった。さてさて、この狂った世界を創ったゲームマスター様(パークライフ社)は、どんなクロージングを用意してくれているのか。今は神のみぞ知るってな感じだな。
あんまり気持ち良かったもんだから、僕は無用人にも木にもたれ掛かったままいつの間にか眠りに落ちてしまっていた。
「――タタラ……タタラ!」
「う……むにゃむにゃ……もう大丈夫だって、誰にも言わないから!」
「――タタラ、ちょっとタタラ! いつまで寝てんの! モンスターに食われるぞ!」
「え、あ……ひ、飛燕!?」
目を開けると、僕のすぐ真ん前にはスタジャンを羽織ったボーイッシュな少女が、超至近距離で僕の顔を覗きみていた。周囲は既に薄暗くなっている。
「どうしたの、タタラ? ずいぶんな驚きようだったけど、私の顔に何かついてる?」
「い……いや、何でもない」
僕の要領を得ない反応に、飛燕は首を傾げていた。危なかった。不覚にも久々に近くで見たせいで、乱暴者の飛燕に見惚れてしまうところだったよ。
どうやら、彼女は僕のことを探しに来てくれたようだった。ああ、そう言えば、十七時からみんなでごはんとか言ってたっけ。
ジークの肩に飛燕を乗せると、僕らは集合場所の湖の畔へと向かった。
「なんだ? 焚き火でもやってるのか?」
「あそこだよ。火を焚いて料理してんだ」
リアルでやったら絶対に通報されそうだけど、ゲームの中じゃご愛嬌。まさか、そんなにちゃんと食事を作ってるなんて思わなかった。
到着してコックピットから降りてみると、地べたにシートを引いただけの簡易的なものだったが、用意された料理は鶏肉のローストに、山盛りの魚介パスタ、英国名物のフィッシュアンドチップスなど、リアルであれば実に食欲をそそるものであった。
一体全体、どこでこんな食材を用意してきたのか。それに失礼だけど、うちの女性陣がここまでちゃんと料理ができるなんて思ってもみなかったよ。
「す……凄いですね! これ全部エナさんが? それとも、まさかミズキ……?」
「う……うん、近くにね、小さなレストランがあって、もぬけの殻だったから厨房を借りたの。みんな手伝ったんだけどね。料理はあんまり得意じゃないから、その……飛燕ちゃんがレシピを考えてくれて、ほとんど……」
「え!? 何それ? イメージに反して女子力高過ぎ!」
「って、タタラ……あんた、私のことを何だと思ってたんだよ!」
僕の素の驚きに、飛燕は滅茶苦茶照れ隠ししながら文句を言った。人は見た目によらないなんて、正に彼女の為に存在する言葉だよな。普通なら、明らかに料理を焦がすようなキャラなのに。
むしろ、認めたくはないが見た目はそれなりに可愛いんだから、ガサツなところと、口の悪いところ、あと乱暴なところをなんとかすれば、結構いい線行ってんじゃないか? まあ、治らんだろうけど。無性に残念な奴だよな。
飛燕のことは一旦置いといて、他の連中がやけにそわそわしていて、含み笑いを浮かべていた。なんだなんだ、何か良からぬことでも考えてるんじゃないのか?
「タタラ君、ちょっといいかな……?」
「な、何ですかエナさん、改まっちゃって?」
エナさんは後ろで手を組み、もどかしそうに僕に告げる。まさか、こんな公衆の面前で愛の告白なんてわけじゃないだろ? 他の奴らもそれに合わせて僕を取り囲むように集まる。そしてエナさんは覚悟を決めた顔をして、僕の目の前にそれを掲げたんだ。
「タタラ君……二十歳の誕生日、おめでとう!」
「……え?」
僕の前に差し出されたのは、とても豪華なものとは言えなかったが、彼女たちが一生懸命に作ったことが伺えるシンプルなバースデイケーキだった。
別に何も間違ってはいなかった。今日は僕の誕生日で、人生でただ一度っきりの子供から大人になってしまうロクでもない日だ。してやられたよ。自分でもほとんど忘れてたくらいなのに、完全に不意を突かれてしまった。
「な、なんで僕の誕生日なんか……?」
「お姉さんは何でもお見通しなんだぞ……って、君の付けてるネックレスあるでしょ? いつか見せて貰った時、生年月日が書いてあったの」
「ドッグタグですか……まさかそんな些細なもので……」
「だって言ったでしょ? タタラ君の二十歳の誕生日はみんなでお祝いするって。私たちが今全員無事でいられるのは、タタラ君……君のお陰なんだよ。本当にありがとうね……」
バースデイケーキのロウソクに灯った温かな火の向こうで、エナさんが柔らかく微笑んでいた。
何なんだよ、一体何なんだよ。何だってこいつらは、昨日今日会ったばかりの僕に対してここまでできるんだよ。頭おかしいんじゃないか? 僕はあまりの衝撃に完全に立ち尽くしてしまっていた。
それに追い打ちをかけるように、他の奴らも僕に頼んでもいない祝福を叩きつけてくる。
「た、タタラ君……その……本当におめでとうございます! 私……タタラ君のお陰で……ほんの少し……強くなれました! こ、これからも……宜しくお願いします!」
「おめでと、兄ちゃん! いつも守ってくれてありがとな!」
「フン……最近のお前の働きは、まあ評価に値する。だが調子に乗って、エナさんに手を出したら殺す」
「タタラさん、おめでとうございます! もう大人なんですね! これからも僕……じゃなかった、みんなのことお願いしますね!」
そんなこと言われて、僕は一体どんな反応をすればいいんだよ。いつもお前らのことを、ただの厄介者だと思っていた僕にさ。
そして、最後に一際もじもじとしながら飛燕が目の前に来て、帽子で顔を隠しながら小さな声で囁く。
「タタラ……二十歳の誕生日……おめでとう。あんたには……その、感謝してる。あいつらに捕まった時……命懸けで助けてくれて……ありがと」
こいつの言葉が止めの一発だった。僕は無言のまま、きっと人生最大の間抜け面でその場に立ち尽くし、あろうことか目から何か光るものが伝っていくのが分かった。
「……ん? なーにタタラ君、泣くほど嬉しかったの? でも、早くロウソクの火を消さないと、パーティーが始まらないぞ」
「べ……別に泣いてないですよ! 本当にあなたは、善人だけど人が悪い……」
「褒め言葉として受け取っておくね。じゃあ、ミズキちゃん、歌をお願い!」
「はい! タタラさんの為に、SUM48、ミズキ歌いまーす!!」
そう言って、一応現役VRアイドル、ミズキの脳ミソとろけちゃうくらい甘ったるいアニメ声の『ハッピーバースデートゥーユー』が始まった。逆に今はこのくらいのが、間が抜けて調度良かったのかもしれない。
最後は六人の合唱になって、僕は歯を食いしばりながらロウソクの火を吹き消した。なんだよこれ、新手の拷問みたいだ。
「はい、タタラ君、今はこんな物しか送れないけど、私たちからの気持ちだよ……」
そう言ってエナさんは、赤い宝石がついた古めかしいネックレスを差し出した。普通に考えたら、男の僕がこんな物貰っても喜ぶわけない。僕は微妙な表情をしていると、エナさんが急に顔を近づけてきて、僕の首の後ろに手を回した。
「多分、これからもタタラ君には一番危ない思いをさせちゃうと思ったから、だからこれにしたの。『魔除けのアミュレット』だよ。あんまり嬉しくないかもだけど、一応貴重なレアアイテムなんだから!」
不思議なものだよ。あれだけ早く一人になりたいと思っている僕に、システムトラブルが起きた途端、願望とは正反対のことばかり起こり続けるんだからね。正直、こんなことされてしまったら、流石の僕だって変な集団心理に絆されてしまうよ。
「さあ、タタラ君、せっかくの料理が冷めちゃうよ。頂きましょう」
「ええ……そうですね」
エナさんが穏やかに微笑んで、僕を宴に誘う。ちょっと悔しいが、今日だけはこいつらの施しに感謝して呑まれてやるか。僕らは焚き火を囲んで、これまでの緊迫した状況を忘れるようにひと時の宴に酔いしれた。
「エナお姉ちゃん! ……ソウヤ君が、私の……お肉取った!!」
「んだよ! 食わねーから、いらねーのかと思ったんだよ!」
「ソウヤ君、あんまりヒカリちゃんに意地悪すると、嫌われちゃうぞ!」
「フン……俺のエナさんに対する態度を見習うのだな……」
「タタラさん、はい、あーん」
「あんたね、いちいちいちいちあざといんだよ! 大人しく食べてろ!」
「酷ーい! 僕は普段大変なタタラさんに、少しでも喜んでもらおうと思ってるだけなのに……」
「大変なのは、あんたのせいなんじゃないの?」
……と思ったけど、これはこれで大変疲れたので、やはり早く一人になりたい気持ちがすぐにぶり返してしまった。
ようやく宴もたけなわってことで、小一時間も騒いだら、みんな疲れ果ててその場で眠り始めていた。お陰様で僕は昼間十分眠ったので、その限りではない。
エナさんは眠りこけるみんなを見守るように、焚き火の側に座っていた。まだ燃えきらない炭からはバチバチと火の粉が舞い、エナさんの透き通るような肌はオレンジ色に染まっていた。
「エナさんは眠くないんですか?」
「みんな寝ちゃうわけにはいかないでしょ? それにほら、星が綺麗だよ。まるでリアルと見紛うくらい……」
エナさんに促され、僕は真上に広がるロンドンの夜空を見上げた。確かにそれは、まるで作られたものとは思えないくらい、煌びやかで幻想的な美しさだった。
素直に彼女の言うことに賛同しておけばいいものを、また僕の悪い癖が出てしまう。
「そうですかね……? 僕からしてみれば、キラキラし過ぎてて逆に不自然だと思いますけどね。リアルの夜空なんて、もっとくすんでて、こんなにはっきり星なんて見えたことないはずですけど……」
「……はあ、タタラ君らしいっちゃらしいけど、女の子と二人でいるときに言うことじゃないぞ! ……確かにね、偽物を本物に見せようとすれば、本物以上に本物にさせようとするものなのかもしれないけどね……」
「すいませんね。興を冷ましてしまって……」
これがもしデートだったら、雰囲気ぶち壊し、三分と待たずにフラれていただろうね。そりゃ、僕も本当のデートだったら流石に自重するだろうさ。いや、多分……おそらくね。
まあ、この時既にエナさんは僕というものの人となりを大体分かっていたので、露骨に気分を害したりはしなかった。
「でもさ、この世界が本物でも偽物でもさ……私たちが今こうして泣いたり笑ったりしてるのも、タタラ君への感謝の思いも、みんな本物だと思うよ」
「そんなもんですかね……」
「そう言えば、タタラ君は何で一人で英国に来たの?」
正直、聞かれたくない質問だった。出会ったばかりであったら、絶対に答えなかったと思う。ただ、今日の僕は雰囲気に絆されてしまっており、ついつい口が滑ってしまった。
「あるTSと戦いに来たんです。こんなことになってしまったんで、もう叶わないと思いますがね……」
「とても強い相手なの?」
「はい、ランブレッタも強かったですが、それ以上ですね。絶対に誰とも組せず、一機で全ての戦いを決する孤高のブリキの巨人がいるんです」
「そんな相手……勝てるの?」
「勝ち負けはあまり関係ないんです。ただ、そいつと会って戦えば、僕の追い求めているものっていうか、答えみたいなものが見つかると思ったんです……」
今思えば、僕が探し求めていたものなんて幻想に過ぎなかったのかもしれない。結局僕は、全て嫌になってここまで逃げてきたようなもんだ。
それを知ってか知らずか、エナさんはただ炎を見ながら優しく微笑んでいた。
「そうか……じゃあ、その答えが見つかったら教えて欲しいな……。今度はリアルでお酒でも酌み交わしながらね」
「お酒か……人は二十歳で大人になるって言いますけど、実感が湧きません。大人になるって一体何なんですかね?」
「そうだね……。これは私の見解だけど、人は自然に大人になるわけじゃない、大人になろうとして初めて大人になるものだよ」
「どっかの哲学者みたいだ。それじゃ、まだ僕は子供のままなのかもしれないですね……」
インチキ臭いくらい幻想的な星空の下、まだまだ燃え止まない温かな炎の灯かりを囲み、ハイドパークの夜は更けていく。
散々な時に迎えた二十歳の誕生日であったが、これはこれで生涯忘れることのできないものになるだろう。
ひと時の心安らぐ日々は過ぎ去っていく。二十歳になったばかりの僕に、まさか英国に来て以来最大の戦いが待ち受けているなんて、この時の僕は知る由もなかった。
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