EP.23 美少女(?)アイドルの苦悩

 謎めいた言葉を残し、アンスラは傷付いたギガデスと空の彼方へ消えて行った。

 一応、奴の言ってたことが真実であるのか飛燕に確認をとったところ、彼女が『ベイビークイーン』の二つ名を持つ【SFMO】の有名なプレイヤーであったことは、間違いないらしい。とは言うものの、飛燕自身その二つ名について、あまり好ましく思っていないようではあったが。



 飛燕が【SFMO】の日本チャンプであることはさておき、今回のことでとりあえず分かったのは、ヤドカリちゃんが必死に覚えてきた座標転移魔法をもってしても、東京へ向かうのは不可能ということだ。最早打つ手無しってな状態だな。



 ログアウト不能になってから、リアルタイムではかれこれ一週間が経過していた。相変わらず、運営会社からの新たな案内はない。僕ら以外の多くのプレイヤーたちにも大きな不安が覆っていた。

 エナさんはギルドのメンバーに、ジークのモードチェンジのこと、ビッグベンで一度ギガデスと接触していたことを新たに告げた。多少の文句はあったものの、全て良かれと思って伏せていたことと伝えると、やはりギルドメンバーたちはそれ以上エナさんを責めなかった。エナさんの人徳なのか、こいつらがアホなだけなのか、まあ、僕には知ったこっちゃないけどね。



 その後、エナさんはメンバー全員に現在の状況を事細かく全て話した。半ばリアルへ帰れるのではと思っていただけに、メンバーたちの落胆は深いものであった。



 「……でね、残念だけど東京へ帰る手段を絶たれてしまったわけだけど、でもみんな気を落とさないで……何とかまた東京へ帰る方法を探すから……」

 「そう……ですか、やっぱり僕ら帰れないんですね……」

 「ミズキちゃん、辛いけど諦めないで解決策を探しましょ。きっと何とかなるよ!」

 「……ごめんなさい、今はそういう気分になれません。少し一人にさせてください」

 「……ミズキちゃん」



 そう言ってミズキは、キングスクロス駅近くのホテルの中へと駆け込んで行った。アイドルゲーム出身の非戦闘員であるミズキの意気消沈ぶりは、普段迷惑している僕からしても若干気の毒に感じてしまう程だった。

 僕は傍らでそのやり取りを見ながら、「あーあ」ってな感じで俯瞰していた。まさかエナさんから、あんな無茶な指示を下されるなんて夢にも思っていなかったんだ。



 「タタラ君、追いかけて!」

 「……はい? 何で僕が?」

 「私たちも辛いけど、戦うことのできないあの子の不安はそれ以上だよ。一番タタラ君に懐いてるんだから、君が追いかけてあげて!」

 「え……ええーーーー!!?」



 見た目はとびっきり可愛いが、あざといネカマアイドル(※勘違いです)相手に、僕に一体どう励ませって言うんだ? 立場的に断れるんだろうけど、何故かエナさんの言うことには逆らえなくなっていた。僕も段々この集団に呑まれてしまっていたんだね。

 仕方なく僕は、ミズキの入ったホテルの中へと様子を伺いに行った。全く、それにしてもどうしたものか? ネカマアイドル(※勘違いです)の扱いなんて、僕の数少ないコミュニケーションスキルの守備範囲外であることは明らかだ。



 「ん……なんだこの音?」



 ロビーの奥の方から、何かを強く踏みつけるような激しい音が聴こえてきた。まさかこんなところに敵がいるとも思えないが、僕は気配を消すようにその音の方へと向かった。何か汚い言葉で罵倒しているような声も聴こえてきたぞ。



 「……ん?」

 「――ったくよー! あの女、大丈夫そうなこと言ってた癖に役に立たねーな!!」



 僕が物陰から覗くと、そこには普段とは真反対のドスのきいた声で、自慢の衣装を振り乱し、ツインテールをブンブン振り回しながら、ガシガシとソファーを踏みつけているミズキの姿があった。


 

 「何だよあのコミュ症のガキも! 散々待たせた挙句にやっぱりダメでしたじゃねーよ!! それに、あの殴り合いしか能のない脳筋馬鹿女も、僕に突っかかってばかりきやがって!!」



 僕の背筋は凍りついていた。さっき飛燕の正体が明らかになったわけだけど、それに付随して絶対に知らない方が良かったものの正体まで、明かされてしまったようだ。



 「それにしても、一番気に喰わないのはあの男!! 僕がこんなに気を持たそうとしてるのに、硬派気取りやがって!! あいつ絶対にむっつりスケベの童貞だな!!!」



 なんか、僕に対する悪口だけ他のメンバーよりも辛辣な気がするぞ。エナさんはああ言っていたけど、むしろ僕が一番ここに来ちゃダメだったんじゃないのか……?

 とりあえず、今どんな言葉を掛けても地雷を踏むのは間違いなさそうだったので、僕はこっそりその場から離れることにした。



 「だ、誰かいるの!?」

 「や、やば!!」



 やっぱり僕の女運って最悪なんだよね。こういうときだけ調度よく段差に足を取られるなんて、我ながら狙ってやってるとしか思えないよ。

 ミズキはあからさまに狼狽し、脚をソファーから降ろして引きつった愛想笑いを浮かべた。あの露骨にドスのきいた声も、いつもの甘ったるいアニメ声に戻っていた。



 「い、嫌だなータタラさん、いるんならいるって言ってくれれば良かったのに……あはは」

 「ああ……何か取り込み中みたいだから、帰ろうかな……って……てへへ」



 僕が帰ろうとすると、ミズキは満面の笑みを浮かべながら僕の元へ急ぎ足で歩み寄ってきた。かつて、人の笑顔をこんなに恐ろしく感じたことがあっただろうか?



 「で……タタラさん、どの辺から……聞いてたのかな?」

 「え、あ……つまり、その……べ、別にみんなの悪口なんて全然聞いてないから! 僕は全然気にしてないし……ね?」

 「……そ、そうですか……ほとんど聞いていたんだ……」

 「いや……ちょっと、その……ミズキさん? あの……ええーーー!!?」



 僕の間抜けな弁明に、ミズキは俯いてブツブツと呟く。僕が首を傾げていると、いきなり上着を脱ぎだして下着姿となり、自身の裸体を隠すようにその場へへたり込んだんだ。

 何かに怯えるように、自分で脱いだ上着で必死に裸体を隠そうとする姿は、明らかに犯罪の臭いを感じさせた。そしてミズキは再度先程の地声に戻り、僕を睨みつけながら言い放った。



 「動かないで!! もし変な動きをしたら、声を上げて、あんたに無理矢理服を剥ぎ取られたって言ってやるから!!」

 「な……!」



 やっぱりこんなとこ来るべきじゃなかった。もし僕がネカマアイドル(※勘違いです)を襲って、無理矢理服を剥ぎ取ったなんて言いふらされてみろ。僕は歪んだ性癖の変態野郎だってレッテルを張られ、きっと女性陣だけでなく男性陣からも変な目で見られるに違いない(※勘違いです)。

 落ち着け、落ち着くんだ。まずは相手の要求を聞いて、それから対策を決めよう。



 「分かった分かった。言う通りにしよう。お前の要求はなんだ?」

 「この画像、スナップショットで保存しておくから。今見たことを少しでも誰かに喋ったら、あんたに乱暴されたって訴えてやるからね!」

 「言わない言わない。約束する。それでいいんだな?」

 「それから……これから何があっても……僕だけは、僕だけは必ず守れ!」

 「……は?」



 ミズキはとても必死だったが、僕にはその意味がすぐには理解できなかった。だがそれは、今までのミズキの僕に対する態度の理由を、一番物語ったものだったんだ。



 「僕は……VRだけじゃなく、リアルでもトップアイドルになるんだ! こんなところで、アカウントごと消えたくない!! ロボット乗ってるあんたが一番強いんでしょ? だから……何があっても、僕だけは必ず守って……いや、絶対に守れ!!!」



 全く同情する気はなかったが、非戦闘員であるミズキがこの混乱した世界で身を守るには、誰かに取り入るしかなかったんだ。まあ、巨大ロボットに乗ってる僕が一番強いって理屈も分からんでもない。

 他の奴らも大概だとは思っていたが、それにしてもアイドルであざとくてネカマ(※勘違いです)で、挙句の果てに本性がえげつないとか、どんだけキャラが濃いんだよ。

 あ、そうか。考えてみれば、こいつは本当は男のわけだから(※勘違いです)、これが男としてのミズキの素ってわけか(※勘違いです)。こんなロクでもない状況の中、僕は嫌に納得をしてしまったよ。



 「分かった、善処するよ……」

 「分かればいいんだよ。今日からあんたは僕のSPになったと思って、四六時中僕を守ってよね!」

 「……はあ、どうでもいいけどさ、お前いつもの甘ったるい声より地声の方が自然でいいぜ。いちいち声色変えてて疲れないの?」

 「う、うるさいな、それが僕のキャラなんだよ! ま、まあ……あんたがそこまで言うなら、二人のときは地声で喋ってあげなくもないけど……」



 ミズキは自分の地声を褒められて、満更でもない様子だった。僕的にはただミズキの甘ったるい声が、頭に響くからやめて欲しいだけだったんだけどね。彼女が地声にコンプレックスを持っていたと知るのは、まだ先のお話しだ。

 あーあ、また他のゲームの奴らに関わったせいで、ロクでもなことに巻き込まれてしまったよ。僕は溜息を吐きながら、ホテルのエントランスを抜けた。傍らには、僕の左腕にべったりとしがみつくミズキの姿があった。

 他のメンバーたちも心配だったようで、ホテルのすぐ近くで僕らの帰りを待っていた。



 「ミズキちゃん、もう大丈夫かな?」

 「はい、タタラさんに色々励ましてもらって、少し元気が出ました! ね、タタラさん!」

 「え!? ……あ……うん、そうだね」

 「タタラさんが戦いのできない僕を、これからはずっと傍で守ってくれるって言ってくれたんです!」

 「ありがとう、流石タタラ君! 二人の絆も深まったみたいだね!」



 ああ、エナさん。少し考えれば、僕がそんなこと死んでも言わないことくらい分かるってもんだろ? 二人の絆が深まったっていうより、むしろ僕だけが深みにハマったって表現の方が正しいよ。

 結局、僕はミズキのSP代わりにされてしまって、可能な限り四六時中一緒にいる破目になったってわけ。更に面倒なことに、こんな展開になればまた飛燕が突っかかってくるのは目に見えていた。しかも、何故か更に余計なものまで混ざってるし。



 「あんたさ、何かタタラの弱味でも握ったんじゃない? タタラの顔が引きつってるように見えるけど?」

 「た、タタラ君……そ、そうなんですか……!? と……とりあえず……くっつき過ぎです! は、離れて下さい!」

 「やだなー、今度は二人して。仕方ないじゃないですか、タタラさんは二人と違ってか弱い僕を、ずっと傍で守りたいって言ってくれたんだから。……ね、タタラさん!」

 「そ、そうそう、やっぱり非戦闘員を守るのは兵士の役目って言うか……男の役目って言うか……」



 心にもないことを自分で言ってて、僕は物凄い虚しさを感じていた。よりによって、この世界一無益な争いにヤドカリちゃんまで参戦してくるなんてね。これが今回あんなに苦労したキングスクロス・ゲート事件の唯一の成果だと思うと、涙が出てくるよ。



 「フン……あーベタベタしちゃって見っともない。何があったか知らないけど、勝手にやってれば、馬鹿らしい!」

 「えーと、その……タタラ君……ふ、ふふ……不潔です!」

 「もう、本当にタタラ君はモテモテね。お姉さん羨ましいぞ」



 最早エナさんの呟きは、皮肉にしか聞えなかった。あざとくて本性のえげつないネカマアイドル(※勘違いです)に、殴り合いしか能のない脳筋の乱暴者(※モテてるというよりは、単にミズキと仲が悪いだけ)、そして明らかに手を出したら犯罪のポンコツコミュ症少女(※僕は断じてロリコン野郎じゃない)……。こんな際物ばかりの女子に囲まれて、神様は一体僕にどうしろって言うんだよ。

 ログアウトは勿論、東京へと向かう方法も暗礁に乗り上げたまま、僕の災難はまだまだ続くのであった。

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