EP.22 もう一人の使者
差し違えたように見えたギガデスと換装中のジーク。戦闘の最中、西洋風の甲冑を纏ったセイバージークの武装は、戦国武者のような深紅の具足に変化していた。
魔剣『グラム』から変化した大きな野太刀が、開け始めた空から差す光に照らされて眩く輝いている。
「姿も……武装も変化してる?」
「得物はかつて坂上田村麻呂が悪鬼を退治したと伝えられる、名刀『鬼切丸』! 時間がないから、一気に行くよ!!」
振返れば、機体と同じように武者姿になったエナさんが、物凄い気迫で息巻いていた。
コンソール上には、“活動限界時間”が表示されている。どうやら、この形態でいられるのは五分間くらいのようだ。
モニター越しに両手を切り落とされたギガデスを伺うと、先に切り落とした左腕からうねうねと触手みたいなのが伸びていて、再生を始めているようだった。
「あ、あいつ無敵か!? エナさん、活動限界まであと四分を切ります。行けますか!?」
「同じことを何度も言わせないの! 一気に止めを差すよ!! ……はぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
『モノノフ』となったジークが、信号機や交通標識を薙ぎ倒しながら、ギガデス目がけて一気に突進して行く。まるで規格外の早さだった。先程まで速さでは圧倒されていたギガデスを完全に捉えている。
エナさんの意図する動きに、自分の意識を追いつかせるのが精一杯だ。堪らず離脱しようとするギガデス、しかしこの広いロンドンで奴はもう袋のネズミだった。
「ぃいやぁぁぁぁぁああああ!!!!! 面えぇぇぇんっ!!! 胴ぉぉぉおお!!! 突きぃぃぃぃいいい!!!!」
最早ギガデスに、モノノフジークの猛攻を防ぐ手立てはなかった。エナさんは激しい叫びと共に四方八方から斬撃を叩き込み、最後の突きは完全に奴の不気味な鉄仮面を貫いた。
「今度こそやりましたね、エナさん!!」
「待って、……鉄仮面だけ? 一体どこに?」
伝説の名刀『鬼切丸』の刃は、完全にギガデスの鉄仮面を捕えていたが、奴の本体は忽然と姿をくらましていた。
ここへ来て更なる反撃でもあるのかと思い、疑心暗鬼になっている僕とエナさんの元へ、飛燕から通信が入る。
――エナ、タタラ! 下だよ。私も今行くから、油断しないで!!」
飛燕の言葉に促され、地面を映したカメラの映像を拡大した。道路上に何やら黒いものが横たわっているのが分かった。僕とエナさんは息を呑む。
「あ、あれって、ギガデス? やられて小さくなったのか?」
「飛燕ちゃん! 油断しないで、まだ僅かに動いているように見えるよ!」
うつ伏せに倒れ込むギガデスの元へ、飛燕が様子を伺うように近づいて深々と被っていたフードを掴んだ。
――ずいぶん手こずらせやがって、正体を見せろ! ……!!?」
「ひ、飛燕ちゃん! どうかしたの!?」
飛燕が影になっていて、一体彼女が何を見たのかは分からなかった。しかし、怯えるように後ずさる彼女の姿を見て、僕もエナさんも何か見てはいけないものを見てしまったんだと確信した。
――し……守門? そ、そなんはずは!?」
「飛燕ちゃん、今行くから!! タタラ君、ハッチを開けて!!」
エナさんに指示されるまま、僕は機体を中腰にさせてコックピットハッチを開ける。エナさんは僕を跳び越え、戸惑う飛燕の元へと急ぎ降りて行った。それと共に、機体はまた夢でも覚めるようにあっと言う間に元の状態へ換装していく。
僕はコックピットハッチに乗り出して、二人の姿が見下ろせる位置へと移動した。
「あいつ……人間だったのか?」
ここにきて、初めてギガデスの素顔を見ることができた。あれだけ手こずらせてくれた冥府の王の正体は、人間の男……いや、まだあどけなさの残る高校生くらいの少年に見えた。
首を左右に振って錯乱する飛燕の肩を、エナさんが心配そうに支える。
「一体どうしたの、飛燕ちゃん? こいつ、知り合いだったの?」
「違う違う違う……。だって守門のアカウントはもう! ……だって、あいつらにやられて……」
酷く取り乱している為、飛燕の言ってることはよく分からない。ギガデスはまだ生きているようだし、そうこうしているうちに目覚めでもしたら、今度こそ大ピンチだ。
「お取り込み中のところ悪いですけど、早く止め刺さなくていいんですか!? そいつ、起きちゃいますよ!」
「飛燕ちゃんがおかしいの!! 少しだけ待ってあげて!!」
「嘘だよ嘘だよ嘘だよ……!!!?」
もう埒が空かないと考えたエナさんは、取り乱す飛燕を落ち着かせようと、徐に飛燕を抱きしめていた。
「落ち着いて……飛燕ちゃん。大丈夫だから……」
路上で飛燕を抱きしめるエナさんの求め、ミズキ以外の残りの三人のメンバーも駆け寄って来る。
「やっぱり、お姉ちゃん強いね……。飛燕お姉ちゃん……どうかしたの?」
「なんて羨まし……ではなく、エナさん、このエナさんのコスプレをしていたけしからんロボットは一体!?」
「エナ姉、勝ったから別にいいけどさ、そいつのことといい、ロボットのことといい、また俺たちに何か隠し事してただろ? それに、そいつまだ生きてるみたいじゃん。止め刺さないのかよ?」
そうだ、ヤドカリちゃん以外はモードチェンジのことを知らなかったんだっけ。さっき一悶着あったばかりだったのに、公になるのも早かったな。まあ、隠し事されてたのに怒らないのは、こいつらの凄いところだよな。よっぽどエナさんを信頼しているってことか。
外野がガヤガヤとしてきたところで、ようやく飛燕も少し冷静さを取り戻してきたようだった。飛燕はそのままエナさんの胸から離れると、横たわるギガデスの前まで行き、メンバーたちの方を向いて手を左右に大きく広げたんだ。
「みんなごめん……勝手なのはわかってる。でも、どうかこいつを殺さないでくれない?」
「どういうことなの、飛燕ちゃん?」
「こいつの名前は『守門』……私の仲間だった奴なんだ……」
さっきは本当に酷い取り乱しようであったが、それも無理はなかった。ゲーム世界の境が突然消えて、見たこともないTSとの戦闘で失ったはずの仲間の一人が、今回のシステムトラブルに関わっているだろう敵キャラとして現れたのだから。
とは言ったものの、飛燕の仲間のアカウントは既に消えているわけだし、キャラだけ乗っ取られた別人だっていうことも考えられる。何か情報を持っている可能性もあるが、起きたところで素直に情報を吐くとは到底思えない。冷静に考えて、起きる前に倒しておくのが無難だろう。
「アカウントはもう消えてるし、この人が本当に飛燕ちゃんの仲間だとは限らないと思うけど、どうかな?」
「わ、わかってる……。でも、私にはこいつを殺すことなんてできない……」
エナさんは至って冷静だ。それに比べてギガデスを庇おうとしている飛燕は、さっきのように錯乱こそしていないものの、感情的になっているのは明白だった。
うんうん、残念だがここは年長者としてエナさんが、ときに優しく、ときに厳しく年下を導くときなんだ。
「……うん、わかった。飛燕ちゃんのしたいようにしていいよ」
「ちょちょちょちょっと! エナさん正気ですか!?」
想像と真反対の返答に、僕は思わずコックピットハッチの上から転げ落ちそうになった。エナさんは僕の方を見上げて、穏やかに微笑みながら言った。
「タタラ君の言いたいことも分かるよ。でもね……これも武士の情けかな。武田信玄も言ってたでしょ? 情けは味方、仇は敵なりってね。情けは人の為ならずだよ!」
「またそれですか! 武田信玄でも上杉謙信でもいいですけど、人の為って、そいつがプレイヤーかどうかも分からないのに!? 他のみんなはどうなんだよ?」
僕は後から来た三人に目をやる。ヤドカリちゃんはともかく、少なくともソウヤとカイはギガデスに手酷くやられてるし、そんな安易な答えは出せないはずだ。
「た、タタラ君……ごめんなさい。私は……飛燕お姉ちゃんと……エナお姉ちゃんの意見を尊重します……」
「よく分かんねーけど、エナ姉がいいって言うなら、別にいいいんじゃね?」
「ふざけるな、エナさんの言うことこそ全てであり、紛うことなき正義だ!」
あーあ、そうだった。エナさんはこういう人だったし、こいつらも最早宗教じゃないかってくらいエナさんを信奉していたんだっけ。
色々と気に食わないところはあったが、これも仕方ない。これが民主主義ってやつだ。僕は髪の毛をクシャクシャしながら溜息を吐いた。
で、倒れたまま空中にぷかぷかと浮かび出しているそいつを、これからどうするって……?
「どうなってんです!? そいつ浮いてますよ!!」
「タタラ君……そんなわけって、ええー!?」
倒れ込んだまま空に上がっていくギガデス。空からはそれに呼応するように、ギガデスと同じような黒ずくめで旧時代のガスマスクみたいな仮面を被った、小柄な奴がゆっくりと降りてきた。
ガスマスクの奴は上ってきたギガデスと同じ高さのところ、大体地面から10メートルくらいの空中で静止し、呆然と見上げている僕らをせせら笑うように言った。
「まさかギガデスが、ここまでやられるとは思わなかったわ。プレイヤーってのも、案外侮れないものなのね」
ギガデスのように声こそ変えられていたが、口調からして比較的若い女のような感じだ。ギガデスを連れ去ろうとするガスマスクの女に、飛燕が怒鳴り声を上げる。
「お前、堕天使『アンスラ』だな? 守門をどこに連れていく気だ!? 降りてきて私と勝負しろ!!!」
「ご紹介ありがと。でも私は彼と違って無益な戦いはしない主義なの。それに、そっちだってもう満身創痍なんじゃない? そんな状態で私と戦って、果たして勝てるのかしら?」
「ふざけるな!! 守門を一体どうする気だ!?」
どうやら、いきなり出てきたあいつも飛燕のゲームの敵キャラみたいだ。無機質で機械染みていたギガデスとは違い、いくらか感情があるように伺える。
感情的になっている飛燕を抑えるように、エナさんがアンスラに対して質問を投げかける。
「君たちは一体誰? システム不具合のことについて何か知っているの?」
「さてね、そんな大事なこと簡単にバラしちゃったら、つまらないでしょ? でもまあ、今回は頑張って彼を倒したご褒美をあげる……。今みたいにズルしてここから出ようとするのは無理よ。これだけは覚えておいて」
「そんな馬鹿なこと!! 一体誰の指示でそんなことを!?」
「そんなこと、分かったところで意味はないの。どうせ出られないのだから……。ルールの範囲内で、このゲームを楽しんでいってね。もしまたズルしようとすれば、今回以上の災厄が起こると思って」
ガスマスクを被った怪しい女の言ってることなんて、普段であれば絶対に信用できないが、事実に則して考えたら嘘ではないと推察できる。
ギガデスを回収し、再び空に昇っていこうとするアンスラに飛燕が叫ぶ。
「待って!! そいつは守門なの!? 守門を……一体どうする気だ!!」
「なーに守門って? 彼はギガデスよ。そうなる前は……まあ、よく知らないけどね。でも安心して、別にあんたたちに負けたからって、とって食ったりはしないわよ」
そう言い残して、アンスラは再び空に昇っていく。しかし、何か言い忘れたことがあったようで、もう一度静止して僕らを見下ろしながら言った。
「あー! 思い出した! あんた強いと思ったら、【SFMO】の有名人だよね!」
「うるさい!! そんなのどうでもいいでしょ!?」
楽しげに語ろうとするアンスラに対し、飛燕は大きな声でがなり立てる。そう言えば、飛燕が【SFMO】の何者かなんて考えたこともなかった。特に他のゲームなんて全く関心のない僕にとっては尚更ね。
小柄で見た目は可愛いが、口の悪い乱暴者くらいの認識しかなかったけど、確かに彼女の強さは異様だったのかもしれない。図らずも、飛燕の正体が明らかとなった瞬間であった。
「若干一六歳で【SFMO】日本チャンピオンとなった天才少女……。規格外の強さとは裏腹に、その可愛らしい姿から巷ではこう呼ばれていたわよね? “小さな女王”……『ベイビークイーン』て」
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