EP.21 そして巨大ロボットは再び彼女の夢を見る

 エナさんを助ける為、ジークへと向かって走っていた僕の前に、突然現れる死神のような姿をした鉄仮面。

 本当の話、生身だとただの人間くらいの体力しかない僕が、飛燕とかみたいに吹っ飛ばされでもしたら、間違いなく即死だった。

 僕はあまりに驚いて腰を抜かしてしまったが、何故かギガデスも振り上げた右腕をゆっくりと下げて、まるで何かを警戒するように半歩下がった。

 そう言えば、後ろの方からまるでお経でも唱えるように不気味な呟きが聴こえてきたぞ。



 「油断した油断した油断した……許さない許さない許さない……絶対に潰す絶対に潰す絶対に潰す……」

 「ひ、飛燕なのか!?」



 振返ると、ボロボロで傷だらけの目を血走らせた飛燕が、怒りをメラメラと滾らせてゆっくりと歩いて来ていた。控えめに言っても、ブチ切れているのは間違いない。しかも、飛燕の右拳からはオレンジ色のオーラみたいなものが噴き出しているように見えた。

 不気味なほどゆっくりと僕の後ろまで歩いて来た飛燕は、腰を抜かしてへたり込んでいる僕を一瞥し、徐に左腕で襟元を掴んできた。


 

 「ちょっとどいてて……。エナ! タタラをお願い!!」

 「ひ、飛燕ちゃん、何を!?」

 「ちょ、ちょっと待った! って、ああぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 飛燕は洗濯物でも放り投げるように、僕をエナさん目がけて投げ飛ばしたんだ。僕は大きな放物線を描いてひと時の空の旅を……そして気付いたら、僕は見事にエナさんにキャッチされていた。お姫様抱っこでね……。



 「タタラ君! 大丈夫!?」

 「肉体的には問題ありませんが、精神的にはかなり複雑です……」



 それで、僕をご親切に投げ飛ばしてくれた飛燕はっていうと、凄い気迫でメガデスの前に立ち塞がっていた。正直今は、ギガデスよりも飛燕の方が恐ろしく見えてしまっていたよ。



 「たかがNPCもどきの癖に……あったまきた! ……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 


 飛燕が言葉を重ねる度に、彼女の周囲の空気は大きく震えて、小石やアスファルトの破片が円を描くように舞い上がっていく。流石のギガデスも警戒しているようだ。

 そして、いよいよ飛燕のオレンジ色に燃え上がった右腕が、彼女のカナギリ声と共に宛ら火の鳥みたいになってギガデスへ繰り出された。



 「……必ぃ殺っ!! 神風しんぷう!! 薬師やくし鳳凰拳ほうおうけんぇぇぇぇぇん!!!!!!!」



 まるで小型サイクロンのような飛燕のパンチを、ギガデスは咄嗟に手をクロスさせて防ごうとするが、それはあまりに愚かな選択だった。



 「グゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」

 「あまい!! そのまま吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」



 飛燕の拳が激しい衝撃波と共に振り抜かれ、メガデスはその体制のまま周囲の樹木やビルの外壁を吹っ飛ばし、地面のアスファルトをえぐりながら百メートル以上離れたビルへと激突。そのビルは崩落し、奴も押しつぶされたみたいだ。

 一体TNT火薬何百キロ分の威力だよ? ギガデスを完全に倒したかどうかはわからない。少なくとも今言えるのは、間違っても今後絶対に飛燕をキレさせてはいけないとういうことだ。



 「……ハア……ハア……ざまあみろ」



 飛燕は流石に疲れ果てた様子で、息を切らせながら片膝を付く。この光景に、先程吹っ飛ばされたカイやソウヤを含め、仲間たちが一斉に飛燕の元へ駆け寄って来る。



 「あ……ありがとう! ひ、飛燕お姉ちゃん!」

 「やっぱ、飛燕姉って滅茶苦茶つえーんだな!!」

 「ふん、エナさんのモノノフの方が上だがな……」

 「飛燕ちゃん、ありがとう! 助かったよ!」

 「え、エナさん……。どうでもいいんですが、恥ずかしいんでそろそろ降ろして頂けませんか?」



 飛燕の活躍に湧くメンバーたちであったが、僕は相変わらずエナさんにお姫様抱っこされっ放しで、生き恥を晒していた。

 当の飛燕はって言えば、まだギガデスが押しつぶされたビルを注意深く見つめている。普通であれば、あれで助かるはずはない。だが、相手が飛燕みたいにおかしな奴であればどうだろう?



 「……地響き? みんな油断するな! あいつはまだ死んでない!!」



 僅かな揺れに、飛燕が皆へ檄を飛ばす。直後、ギガデスが突っ込んで崩落したビルの外壁が、更にガシャガシャと音を立てて崩れ始める。エナさんも慌てて声を上げた。



 「みんな、少しでも遠くに離れて!!」



 僕はまだエナさんの腕に抱かれながら、ビルが跡形もなく崩落していくの目の当たりにしていた。そして崩れ落ちた瓦礫の中から卵の殻を破るように、巨大な姿となったギガデスが現れたんだ。

 おいおい、やられそうになったら巨大化するなんて、昔のヒーロー特撮もののお約束じゃないんだからさ。

 まあ、今は何が起きても対処するしかない。いい加減お姫様抱っこされているのがうんざりな僕は、エナさんにある提言をする。



 「エナさん、よく分かりませんが、飛燕も疲弊しているし、とりあえずジークに乗せて下さい」

 「あ……うん、そうだね! 時間がないからこのまま飛ぶよ!」

 「……え? あ、ああぁぁぁぁぁ!?」



 エナさんは僕をお姫様抱っこしたまま、こなれた様子で中腰となったジークのコックピットハッチまで、ひょいひょいとジャンプして見せた。

 確かに、エナさんの言うようにだいぶ早くジークに搭乗できそうだけど、腐っても主人公の僕には、これじゃない感が半端なかった。



 「あ、ありがとうごうざいます。……お願いだから、もう降ろして下さい」

 「どうかしたの? それより、今回は私も乗せて! あいつ相当やるわよ!」

 「は……はい、わかりました」



 僕とエナさんは素早くコックピットに乗りこみ、機体を起動させる。エナさんが乗るってことは、またあのモードチェンジを使用する可能性があるってことだ。

 案の定、エナさんが後部席に座ったら、コンソールにあの不可解なメッセージが表示される。



 “トランスデータ『エナ』にアクセス・・『セイバー』モードへ移行しますか?・・・”



 「エナさん、一旦距離をとって砲撃してみます!」

 「気を付けて、タタラ君。何をしてくるかわからないよ!」



 以前一度やっているせいか、ボタン一つですぐにモードチェンジができそうだった。とはいえ、あれを使うのは奥の手だ。まだほとんどの連中には言ってないし。

 他のメンバーが後方に退避するのを待って、僕は機関砲の砲身を約16メートルほどに巨大化したギガデスのボディーに向け、引金を引いた。



 「当たれ!!」

 「だ、ダメ! タタラ君! やっぱり下がって!!」



 エナさんのいつもの虫の知らせだった。ギガデスはあんなにでかい図体で、音速を上回る速さで飛ぶ砲弾を、まるですり抜けるように躱して距離を詰めてくる。



 「は、早すぎだろ!? こんなのTSの動きじゃない!!」

 「これ以上近づかせてはダメ!!」


 

 ギガデスの動きは、まさに生物のそれであった。縦横無尽に左右を行き来しながら、奴はどんどん接近してきて、ついには右手でジークの頭部を鷲掴みにしたんだ。



 「つ、捕まった!? こんなにあっさり!!?」



 次の瞬間には、ギガデスは掴んだ頭部ごとジークを地面へと叩きつけていた。その衝撃で、コックピットのメインモニターの映像が遮断され、僕とエナさんの叫び声とけたたましいアラートが鳴り響いた。



 “敵未確認TSの攻撃により・・頭部に深刻な損傷・・メインカメラ機能停止・・至急撤退を提言”



 「タタラ君、こいつをTSと考えちゃダメ! 早くこの前みたいに私を使って!!!」

 「くそ、まだ間に合うのか!?」


 

 頭部のカメラをやられたせいで、敵の様子がほとんどわからないまま、僕はコンソールに表示されたメッセージに拳を叩きつけていた。



 “・・・当機をトランスデータ『エナ』に最適化・・モードチェンジに伴い、武装・追加パーツを周囲のオブジェクトより調達・・分解・・再構築します・・・”



 周囲のサブカメラの映像を見ると、例の如く周囲の瓦礫や建物が赤い光となってジークを取巻いていた。警戒したのか、ギガデスは追い打ちはせずに掴んでいた頭部を手放して、後退して行くのが分かった。

 


 “・・最適化・・完了・・・当機はこれより近接斬撃特化形態・・・『セイバー』モードに移行します”



 原理は分からないが、思った通りエンシェントドラゴンと戦った時みたいに、損傷してしまった頭部も再構成されていた。

 相手の様子を伺いながら、ゆっくりと立ち上がるセイバージーク。この前と違って腰には鞘が付いていて、最初から魔剣『グラム』が実装されていた。



 「タタラ君、いつでも行けるよ!」

 「エナさん、あいつの動き、今のジークで捉えられますか!?」

 「大丈夫だよ……この子は私、私はこの子なんだから! さあ、剣を抜いて!」



 モードチェンジして尚、僕はトリッキーで圧倒的に速いギガデスの動きについて行けるか半信半疑であった。しかしながら、ジークと一体化しているエナさんの言葉は、直感的な自信に満ちているようだ。

 魔剣『グラム』を鞘から抜き、僕は剣先をギガデスに向ける。エナさんが待ちかねていたかのように、大きな雄叫びを上げた。



 「ぅうぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!!!!!!」



 地響きを上げて踏み込むセイバージーク。ギガデスは警戒しながらも応戦の為、こちらへ向かって来ていた。



 「はぁぁぁぁああああああ!!!! 突きぃぃぃぃいい!!!!!」



 ジークとギガデスが交わる刹那、僕らが繰り出した突きは相手の不気味な鉄仮面の顎をかすめていた。いくら相手の動きが速くても、やはりリーチの差で接近戦はこちらが有利だ。

 ギガデスは堪らず距離を取って、両手で損傷個所を押さえていた。今の攻撃で、奴の鉄仮面の口元に亀裂が走っていた。



 「や、やったか!?」

 「まだ浅いよ! 当たる瞬間に僅かにスウェーして、直撃を防いだみたい。タタラ君、もう一度行くよ!!」



 もう一度踏み込もうとするエナさんであったが、ギガデスは態勢を整えると、低い姿勢となって再び目を赤く光らせる。まるで本気になったと言わんばかりの威圧感だ。



 「エナさん、あいつ何か仕掛けてくる気だ!」

 「来るなら来なさい! こちらからも行くよ!」



 僕らが再び踏み込んだ瞬間、すぐ前にいたはずの巨大ギガデスは姿を消していた。僕が右往左往する中、エナさんの雄叫びが再びコックピットに鳴り響く。



 「タタラ君、上だよ! カウンターを入れてやる!! ぃいやぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!!!」

 「クソ! いけぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」



 ギガデスは曇り空の合間に差した太陽の光を背に、体操選手みたいに空中をグルグルと回転してセイバージークに襲い掛かってくる。紙一重のタイミングでそれを捉えたエナさんの強烈な意思を、僕は魔剣『グラム』に込めてギガデスへとぶつけた。

 お互いが攻撃を繰り出し、すれ違って数十メートル離れると、銀色に光る何かが向かいの道路に落下して街灯をへし折った。



 「今度こそやったのか!?」

 「まだみたいね。完全に胴を入れたつもりだったけど、インパクトの瞬間に腕を犠牲にして機動を逸らしたみたい……しかも、こっちも少しやられたね」



 どうやら、吹っ飛んできたのはギガデスの左腕であったようだ。振返ってモニター越しに奴を見ると、右腕で斬られた箇所を押さえている。

 更に、ギガデスは差し違えるように、こちらの腕にも一撃を入れていたようだ。エナさんは僅かに嗚咽を上げつつ、すぐに反撃するよう僕にある策を提言する。



 “当機左腕外部装甲損傷・・出力20パーセント低下・・敵の殴打攻撃に警戒されたし”



 「やっぱり、このままじゃ埒が空かないわね。こうなったら、一気に決めてやる! タタラ君、クラスチェンジの承認を!!」

 「え、あ……クラスチェンジ!?」



 いい加減、僕をおいてけぼりにするのはやめて欲しかったが、エナさんの意思を通じてやりたいことは伝わってくる。つまりは、エナさんが毒ガエルを斬った時みたいに、もう一度モードチェンジできるってことか?



 “トランスデータ『エナ』が、当機のトランスリミット解除を申請・・承認しますか?”



 「よく分りませんが、エナさんにお任せします!」

 


 “トランスリミットの解除を承認・・・リミット解除に伴い、武装・追加パーツを周囲のオブジェクトより調達・・分解・・再構築します・・・”



 僕がコンソールの承認ボタンを押すと、再びジークを赤い光が覆い、形状が変化していく。

 だが今回はまずい。こっちのモードチェンジを脅威と感じとったギガデスが、片手を負傷しながら換装中のジークに向かって襲い掛かってきたんだ。

 昔っから、ヒーローの変身中っていうのは、無防備で危険だと思っていた。しかしながら、変身中に襲って来る敵なんてナンセンスで、美学に反するってもんだ。まあ、今それを目の前のNPCに求めるのもどうかしているのだが。 



 「クソ! まだか!? こんなところで……」



 正にギリギリのタイミングであった。片腕を失ったギガデスの拳が、赤い光に包まれるジークの胸部を捕えようとしていた。

 もう間に合ったのか、間に合わなかったのか分からない。僕は後ろでずっと沈黙しているエナさんの意思に触れたような気がして、操縦桿を動かしていた。



 「あ、あいつは!?」



 既にギガデスの姿はなかった。後部カメラの映像を確認すると、奴は後方で微動だにしていない。エナさんが何も言わないものだから、僕の心臓の鼓動だけがバクバク高鳴っているのが聴こえる。


 

 「……さあ、止めを差すよ、タタラ君」



 これまでの沈黙を破って、エナさんが何かの封印でも解くようにゆっくりと口を開いた。

 そして数秒後、奴の右腕が目の前の道路に大きな音を立てて落下していた。



 “・・リミッター解除・・完了・・・当機はこれより近接決戦特化形態・・・『モノノフ』モードに移行します・・・活動限界まで・・あと二九五秒・・・”

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