EP.20 冥府よりの使者

 僕とヤドカリちゃんはエナさんから呼び出しを受け、ヤドカリちゃんとモードチェンジしたことで問い詰められていた。

 あのことに関しては、確かにまだわからないことだらけで、秘匿したい気持ちも分かる。だけど、いずれバレることなんだから、別にいいじゃないか。

 それでも、エナさんからはもうヤドカリちゃんとモードチェンジはしないことと、まだ皆には口外しないよう口を酸っぱく言われた。

 


 再びキングスクロス駅前でジークの周りに集合し、いよいよヤドカリちゃんの魔法で皆が東京へと転移することとなる。

 魔法のことをよく知らない飛燕が、確認するようにヤドカリちゃんに問い掛けた。



 「ヒカリが覚えてきた魔法で、もう東京に行けるってことでいいの?」

 「はい……一度行ったことがある……ところであれば、例外を除いて……世界中に行くことができます」



 ヤドカリちゃんの言葉に、皆……特に現状をあまり分かってないミズキなんかが、大いに沸き立った。



 「やった! 僕らこれでついにリアルに帰れるんですね!」

 「喜ぶのはまだ早いわ。まだ東京へ行けるってだけだし、向こうが安全かどうかも分からないの」



 みんながフワフワした気持ちになっているのを諌めるように、エナさんが東京へ転移することの注意を促す。

 それでも、やはりずっと異邦の地で緊迫した状況にあった為、皆嬉しい気持ちを隠せないでいた。



 「あーあ、俺はこういうのスリルがあって楽しかったけどな! 怖がりのヒカリと違ってさ」

 「そ、ソウヤ君……は、き、危機感がないだけ……なんだよ!」

 「ふん、俺はエナさんと一緒であれば、一生ログアウトできなくとも構わん」



 エナさんは数回手を叩いて、気の緩んだメンバーたちを再び諌めた。正直僕も、やっとこの煩わしい人間関係から解放されると思って、少し安堵し過ぎていた。



 「みんな、これから東京へ転移するけど、転移後は無防備になるから気を抜かないで! さあ、ヒカリちゃん、お願い」

 「うん……わかったよ、お姉ちゃん。……我らを彼の地ジパングへと導かん……オールアラウンドザワールド!」



 ヤドカリちゃんは先程のように高らかと呪文を唱えると、掲げたステッキを勢いよく地面に突き立てた。みんなを取り囲むように紫色の魔法陣が展開される。

 東京に行けるのは嬉しい。だけど、またあの亜空間を流されるのは正直勘弁であったので、僕は冷や汗をかいていた。

 しかし、さっきエラスティカから戻った時とは何か違う。周囲の異国情緒溢れる街並みの風景は一向に変わらず、ついには展開していた魔法陣が徐々に薄くなり、とうとう消えてしまったんだ。

 そして、ヤドカリちゃんは地面にへたり込んでしまい、エナさんが心配そうにヤドカリちゃんの肩へ手を伸ばす。



 「ヒカリちゃん、どうかしたの!?」

 「だ……ダメなの。な、何か結界のようなものに……干渉されていて……転移できない」



 ヤドカリちゃんの言っていることはよく分からないが、つまりは僕らが東京へ行くのを何者かがジャミングしてるってことなのか?

 そうだ。僕らは魔法を覚えれば無条件に東京へ行けると信じたくて、頭の奥に引っ掛かったあの出来事に目を伏せていたのかもしれない。



 「だ、誰だ!?」



 背後で何か物音がしたような気がした。それは無機質で耳障りな金属が地面を踏みつけるような。一瞬遅れて他の連中も振返り、そいつを目撃した。



 「諦メヨ……汝ラノ行為ハ違反行為ダ。今スグヤメヨ。サモナクバ……」



 ローブのような黒装束で、深々と被ったフードの陰からは、ドクロのような不気味な鉄仮面がこちらを見定めていた。間違いない。ビッグベンの通信機に映っていた奴だ。

 それを聴いて激昂したのか、飛燕が凄い勢いでギガデスと名乗っていた謎のキャラに殴りかかって行く。



 「ふざけるな! お前は冥府の使者『ギガデス』……ただのNPCだろ!? 私たちをここから開放しろ!」

 「ま、待って、飛燕ちゃん! 不用意に交戦するのは!」



 エナさんの制止を全く聞かず、飛燕はギガデスと交戦状態になる。何でも、奴は飛燕のゲームである【SFMO】に出てくる隠しキャラらしい。しかし、本来単なるゲームキャラであるはずのそいつが、未だ復旧しないシステムトラブルと関係しているのは、間違いなさそうであった。



 「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



 飛燕は突きや蹴りを、目にも止まらぬ速さで繰り出していく。ギガデスは反撃する様子もなかったが、飛燕が次々に繰り出す圧倒的連打を、器用に紙一重で躱していく。



 「避けてるだけじゃ、私は倒せない! それとも、何もできないってこと?」



 一向に攻撃してこないギガデスに対し、飛燕は挑発するかのように言った。それのせいかどうか、ギガデスの目が真っ赤に光り、飛燕の繰り出した足を徐に掴んだ。



 「無駄ナ行為ハヤメロ……」

 「……え!?」

 「ひ、飛燕ちゃん!」



 ギガデスは掴んだ飛燕の足を振り回すように、勢いをつけて彼女を投げ飛ばした。キングスクロス駅のエントランスへ向かって数十メートル宙を舞った飛燕は、駅舎の大きなガラス窓を凄まじい音を立てて突き破り、辺りに無数のガラス片を飛散させる。



 「まずい、カイ、ソウヤ君! 応戦するよ! ヒカリちゃんは下がって支援魔法を! タタラ君はミズキちゃんを連れて、飛燕ちゃんをお願い!」

 「わ、わかりました! ミズキ、一緒に来い!」

 「は、はい! タタラさん、あのめっちゃ怖い奴……何なんです?」

 「よくは知らないけど、元々は飛燕のゲームの敵キャラらしい。話は後だ、急いで!」



 いきなりの緊急事態に、エナさんがみんなに指示を飛ばす。僕は困惑するミズキの手を取り、一目散に飛燕が吹っ飛ばされたキングスクロス駅構内に向かおうとする。

 振返ると、ギガデスの左右にカイ、ソウヤ、正面にエナさんが陣取り、相手の様子を伺っていた。



 「この、よくも飛燕姉をやりやがったな!」

 「エナさん、俺にお任せ下さい!」

 「待って二人とも! 相手は強敵よ、不用意に踏み込まないで!」



 カイとソウヤは油断をしているようだった。少なくとも、奴らは飛燕の強さを直に見たことがないからな。あいつがあんなに簡単にやられるとか、実は過去最大のピンチなんじゃないのか?

 二人はお約束通りエナさんの忠告も聞かず、同時にギガデスへ斬りかかった。すると、ギガデスは再び目を赤く光らせ、周囲の空気が奴に吸い込まれるように波打つ。そして奴は左右から斬りかかってくる二人に向かい、両手を広げて掌を突き出した。




 「がはっ!!」

 「うわっ!!」

 「か、カイィィィ!!!」

 「そ、ソウヤ君!!!?」



 ギガデスの突き出した両手から凄まじい衝撃波のようなものが発生し、カイとソウヤは一瞬で吹っ飛ばされ、建物の外壁に激突した。



 「よ、よくも二人を!!!」

 「お、お姉ちゃん!」



 激昂したエナさんが声を上げ斬りかかって行く。流石のエナさんであっても、飛燕を一瞬で倒すような奴には叶わないんじゃないのか? ところが、エナさんの繰り出す斬撃にギガデスは少し戸惑っているように見えた。キャラの強さもあるが、エナさんはリアルでも剣道の有段者だったっけ?

 しかしながら、事態は予断を許さない。僕とミズキは足を止めてバトルの動向を伺っていたが、エナさんとの戦闘でギガデスがジークとだいぶ離れたのが分かった。



 「リスクは高いが……やってみるか?」

 「た、タタラさん、どこへ行くの!?」

 「飛燕を頼む! 僕もジークで応戦する!」



 以前の飛燕とのこともあり、僕にとってはだいぶ相性の悪い相手ではあった。だけど、今はエナさんも戦ってくれている。上手く協力すれば、案外いけるかもしれない。

 僕はジークが置いてあったキングスクロス駅前の広場へと引き返し、全力で走った。



 「待ってろ、エナさん!!」



 周囲に目もくれずにジークに向かってひたすら走っていた僕は、様子見でちらっとエナさんを伺った。

 ん、何かおかしいぞ? そこにいたのはこっちへ向かって手を伸ばす、悲壮な顔をしたエナさんだけであった。



 「ダメ! タタラ君、逃げてぇぇ!!!!」

 「……え?」

 


 僕が再び前を向くと、あの不気味な黒装束の鉄仮面が、まるで死神が鎌を構えたみたいに右腕を大きく振り上げて立っていたんだ。おいおい、何なんだよ。僕に何か怨みでもあるのかよ?



 「た、タタラさぁぁぁん!!!」

 「タタラ君……待ってて! 今……攻撃魔法を!!」

 「お願い!!! 逃げてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」



 ミズキ、ヤドカリちゃん、エナさんの三人の叫びが虚しくこだまする中、僕はいつもの間抜け面のまま、もう何回目だか覚えていないゲームオーバーの危機を迎えていた。

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