EP.19 竜殺しの英雄の帰還

 エンシェントドラゴンとの激闘を終えた僕らは、少し休んだ後にエラスティカへと無事帰還を果たした。

 その足で僕らはアカデミーへと向かい、約束通り『魔神の腕輪』を手に入れたことを告げる。右手にはめた金色の腕輪を申し訳なさそうに見せるヤドカリちゃんを見て、アルバーン学長とアリシアは口をポカンと開けて立ち尽くしていた。あの時の彼らの間抜け面ったらなかったよ。

 だがしかし、ヤドカリちゃんにとっての本当の戦いは、むしろここからだったのかもしれない。



 「まさか本当に『魔神の腕輪』を手に入れてくるなんてね……。馬鹿げてはいるけど仕方ないわ。この子に座標転移魔法を教えてあげる」

 「よ、宜しく……お願いします」

 「でも覚悟してね。私も約束した手前、二日であなたに覚えてもらわないといけないの。休む暇なんてないと思って。さあ、今から急いで修行開始よ!」

 「ひ……ひえーーーー!!」



 ヤケクソなのか、滅茶苦茶やる気満々のアリシアの手に引かれ、ヤドカリちゃんは悲鳴を上げながら地獄の授業へ連行されて行った。

 何かを求めるような眼差しで、ヤドカリちゃんは唖然とする僕の顔を伺った。僕は親指を立てて満面の笑みで彼女を見送ってあげた。



 「た、タタラ君の……鬼ぃぃーー!」



 アカデミーの廊下にこだまするヤドカリちゃんの断末魔……僕はそれを聴きながら、久しぶりに些かの安息の日を過ごせることに胸を撫で下ろしていた。




 ――二日後。



 僕らはアカデミーの教室で再会を果たした。アリシアは言うこと言うだけのことはあって、仕事はきちんと納期を厳守する。しかしまたその代償も大きかったようだ。



 「た……タ……タラ……君……お、お元気でしたか?」



 二日ぶりに見たヤドカリちゃんは目の下にクマ全開で、ゲームなのにだいぶやつれたように見えた。虚ろな目で僕を見て微笑した後、彼女は唐突にバタリと前のめりに倒れた。



 「し……死んだ? 死んだのか!?」

 「馬鹿、殺してないわよ! ちょっと無理させちゃったから、休ませれば大丈夫よ!」



 精魂尽き果てて気を失ったヤドカリちゃんを保健室で寝かせ、成り行きで僕はアリシアと雑談することとなった。

 いくら美人とは言え、ファンタジーゲームのNPCと雑談とか、正直何言ってるか分らないことばかりで、結構億劫だったんだけどね。


 

 「あんたのこと見直したわ。まさか伝説の古代竜、エンシェントドラゴンを本当に倒してくるなんてね。良かったら、あのブリキのゴーレムの術式を教えてくれないかしら?」

 「あ……え……えーと、それは何というか、機密……国家機密だよ!」

 「なるほどね、あれだけの力を持っているのだから、他国には知られたくないわよね。……じゃあ」



 すると、いつもツンとしていたアリシアが、急に妖艶な笑みを浮かべて僕に顔を近づけてきた。NPCと分かっていても、僕は堪らずたじろぐ。



 「どれくらい仲良くなったら、あなたの秘密を教えてくれるのかしら?」

 「あ……いや、無理無理! 国家反逆罪で銃殺されちゃうから!」

 「うふふ……冗談よ。揶揄っただけ」



 まさかこんな異世界で、しかもよりにもよってNPCなんかに、人生で初めてハニートラップにかけられそうになるなんてね。やっぱり女ってのは、ゲームのキャラでさえ油断ならないもんだな。



 「この国が隣国のシャーラタンと戦争中なのは知っているでしょ? もしもあなたみたいな強い魔導士(?)が一緒に戦ってくれたら、とっても心強いの。どうかしら?」

 「いいえ、僕はこの子を元いた世界に連れて帰らないといけないんで。そうしないと、顔向けできない人がいるからね……」

 「ふーん、残念だけど仕方ないか」



 後から聞いた話だけど、このエラスティカを舞台にした隠しイベントには、まだまだやりこみ要素が多数あるらしい。隣国との戦争云々もそれっぽいけど、それはまた別のお話で……って、僕はもう金輪際こんなとこ来るつもりはないけどね。

 溜息を吐いて微笑するアリシアが、呑気に眠りこけているヤドカリちゃんの顔を覗き込んで言った。



 「この子ね、色々不器用で打たれ弱い子かと思ったけど、『タタラ君の為に頑張ります!』って言って、とうとう最後までやり切ったのよ。あなた結構思われてるじゃない」

 「そう思わせられているんだったら、僕がこれまで骨を折った甲斐もあったな。子供のお守りは大変だったからね」

 「……あんた、悪い奴ではなさそうだけど、だいぶひねくれているわね。あまり女の子にモテないでしょ?」

 「よく分かったね……って、余計なお世話だ!」


 

 僕も人のことは言えないが、ずいぶんと失礼なNPCだった。だが所詮はNPCだ。僕の本質を全く理解していない。僕は女の子にモテないんじゃなくて、女運が悪いだけなんだ。……ああ、なんか自分で言ってて虚しくなってくるよ。



 ヤドカリちゃんも十分に睡眠をとったところで、僕らはついに元いたロンドンへと帰還できることになった。何でも、ヤドカリちゃんの覚えた座標転移魔法を使って、元いたキングスクロス駅の座標に戻ることが可能らしい。

 で、僕らは穏やかに晴れ渡ったアカデミー敷地内にある大きな広場の真ん中にいた。ジークを巻込んで元の世界に転移するんだから、ある程度の広さは必要らしい。広場にはアリシアを始め、学長のアルバーン、忘れかけてたローレンスさんが見送りに訪れ、遠くではアカデミー生徒の少年少女たちが、伝説の竜退治の英雄を一目見ようと人だかりとなっていた。

 出会った時はあれだけ不愛想だったアリシアが、朗らかに微笑んで別れを告げる。



 「あなたたち、元の世界に戻っても無理しすぎないようにね。大変だったら、いつでもこっちに戻ってきていいんだからね」

 「い、いや、そういうことだけには、死んでもならないように頑張るよ」

 「た、タタラ君! す、すみません。い……色々とお世話になりました」

 「うふふ……タタラのそういうところ、そんなに嫌いじゃないわよ。でも、もうちょっと素直になった方が、女の子にモテるんじゃない?」

 「だから、余計なお世話です……」



 僕の空気を読まない台詞を窘めるNPCの美女魔導士……何ていうか、シュールな光景だよね。そのやり取りを見たヤドカリちゃんは、両拳を上下に振りながら必死に何かを訴えようとしていた。



 「あの! その! た、タタラ君……は、えーと……その!」

 「ど、どうしたんだ?」

 「そ、そのままで、タタラ君は……そのままでいいと思います!」



 ヤドカリちゃんは恥ずかしがりながら、ただそれだけのことを必死に僕に伝えた。やめてくれ、僕が出任せで言ったことを、本気で言わないでくれ。恥ずかしいったらありゃしない。

 それを聞いたアリシアさんが、大笑いをしながらヤドカリちゃんの頭を優しく撫でた。



 「ヒカリも元気でね。今のあんたなら、きっと前より皆の役に立てるはずだから!」

 「はい……あ、ありがとうございました! アリシアさんも……お元気で!」



 宴もたけなわ……とはだいぶ違うけど、そろそろ本当にこの人たちともお別れの時だ。僕とヤドカリちゃんは中腰のジークの元へ集い、学長のアルバーンが両手を上げて伝説の竜殺しの英雄の帰還を讃えた。


 

 「伝説の古代竜、エンシェントドラゴンを退治せし他国の英雄に大いなる祝福を! 我らエラスティカの民はその勇気を永遠に讃えん!」

 「さあ、ヒカリ、教えた通りにやってみて!」



 緊張した面持ちで肯いたヤドカリちゃんは、持っていたステッキを天高く掲げ、その呪文を高らかに唱えた。



 「……我らを彼の地ブリターニアへと導かん……オールアラウンドザワールド!!」



 ヤドカリちゃんがステッキを勢いよく地面に突き立てた瞬間、紫色に光る怪しげな文字の魔法陣が直径10メートルくらいの幅で展開された。

 と思ったら、その魔法陣から紫の閃光が噴き出して、間もなく僕らはそれに呑み込まれていた。目を開けたら、来るときに通った亜空間のような場所にいたよ。ここを流されるのは、何度体験してもあまり気分の良いものではなかった。



 「だ……ダメだ! もう酔いそう」

 「もう少しです……タタラ君、が……頑張ってください」



 僕の横を上下逆さまで時空に流されていたヤドカリちゃんが、ほんの少し心強く見えた。いずれにしろ、この気持ち悪い演出はもうやめた方がいいと思うんだ。訴訟沙汰にでもなる前にね。

 あまりの気持ち悪さに僕がまた気を失いそうになる寸前、僕らは亜空間の穴から吐き出されて地面に突っ伏していた。周囲はまだ紫色の光が覆っていて、何も見えたもんじゃない。

 徐々に視界は晴れていき、空を仰げばどんよりとしたロンドンの曇り空が広がっていた。横を見ると、キングスクロス駅の駅舎が見えた。どうやら、成功したみたいだ。



 「ひ、ヒカリちゃん!? タタラ君!」



 やけに懐かしい女性の声がした。僕とヤドカリちゃんはムクッと起き上がると、凄い勢いでエナさんが駆け寄って来てヤドカリちゃんをギュッと抱きしめた。



 「良かった……無事でいてくれて、本当に良かった!」

 「お姉ちゃん……私、頑張ったよ!」



 涙を流してヤドカリちゃんの無事を喜ぶエナさん。これはこれで感動的な再会ではあったけど、横にいた僕のおいてけぼり感は半端じゃなかった。

 そうこうしているうちに、他の四人も僕らの元へ歩み寄って来る。で、いの一番に僕に向かって飛び込んできたのは……。



 「タタラさんも無事で良かったです! 僕、心配したんですよ!」

 「いや……ええー?」


 

 ネカマアイドル(※勘違いです)のミズキが、いきなり座込んでいた僕に抱き着いてきた。僕は自分の手のやり場に大いに困った。できれば僕もエナさんが良かったよ。

 当然ミズキが僕にべたべたしてくれば、鼻についてあいつが怒り出すから手に負えない。



 「いい加減にしろ。あんたもそういうの懲りないな。タタラも困ってるでしょ?」

 「そう言う飛燕さんだって、本当は羨ましいんでしょ? タタラさんのことが心配で、さっきまで放心状態だったじゃないですか?」

 「な、そんなことない! あんた勝手なこと言ってると本当に――」



 ああ、この誰も得をしない世界一無益な争いも何だか懐かしいよ。小競合いをする小娘二人(?)をよそに、やっとエナさんが僕に声を掛けてくれた。



 「ありがとう、タタラ君。タタラ君ならきっと、ヒカリちゃんを無事に連れ帰ってくれると信じてたよ……」

 「まあ、色々大変でしたよ。正直ゲームオーバーも覚悟しましたが、その子のお陰で何とかクリアできました」

 「そ、そんなこと……ないです! タタラ君が……色々守ってくれたんだよ、お姉ちゃん!」


 

 恥ずかしがりながら必死に僕をフォローするヤドカリちゃんを見て、驚いた様子でエナさんは僕とヤドカリちゃんの顔を交互に見回す。



 「ヒカリちゃん、ちょっと見ない間に随分タタラ君と仲良くなったのね。お姉さんは嬉しいけど、正直ちょっと心配だぞ」

 「どうして……お姉ちゃん?」

 「え、エナさん、言わんとしていることはわかりますが、そういうレッテルを張られると流石に傷つくんで……」



 向こうでヤドカリちゃんと一緒に行動している時から、帰ったらこういういじられ方をするんじゃないかっていう危惧はしていた。エナさんはそういうのを揶揄うのが好きだったからね。



 「ごめんごめん、タタラ君はちょっとくらい揶揄ったくらいじゃ、怒らないのを知っているから。むしろ、秀逸に返してくれると思っていつも期待してるんだよ」

 「案外、僕みたいな人間の方が繊細で傷つきやすいんですよ。僕の心は、それはそれはガラスのように薄くて壊れやすいハートで――」

 「そ、そうだよ、お姉ちゃん! た……タタラ君はガラス……? みたいに、えーと……薄っぺらい人なんだよ!」

 「フォローになってないから! それじゃ僕がまるで軽薄な奴みたいじゃないか……」



 ヤドカリちゃんは首を傾げ、みんなお腹を抱えて笑っていた。全くその気が無いのに人から笑われるっていうのは、実に不愉快なものなんだ。

 みんな笑ってと言ったけど、男のメンバー二人は渋い表情であった。人格破綻者のカイはおいといて、ソウヤってガキンちょは、怒っているんだか悲しんでるんだか分からないような表情でこちらを凝視していた。何だか面倒ごとを増やしてしまったようで、僕はまたげんなりしてきた。



 「へへん、ど、どうせヒカリのことだから、その兄ちゃんの足引っ張っただけなんだろ?」

 「そ……そんなことないもん! タタラ君……には助けてもらったけど、ちゃんとこの『魔神の腕輪』を手に入れて……座標転移魔法だって覚えてきたんだもん!」



 よく分からんけど、あれかな? 小さな子が好きな子に意地悪したがるっていうやつだな。僕は蚊帳の外だったので、半ば微笑ましいくらいの気持ちでそれを眺めていた。そう、エナさんに鋭い突込みを受けるまでは……。



 「『魔神の腕輪』ってSランク級の超レアアイテムなはずよね!? 確か、レベル90以上のモンスターじゃないとドロップしない筈でしょ? いくらタタラ君が一緒だったからって、そう簡単じゃないはずだよ。ヒカリちゃん、一体どうやって?」

 「そ、それは……えーと、私とタタラ君だけの……大事な秘密です!」



 エナさんの指摘に、ヤドカリちゃんはキョドりながら如何にも思わせぶりな返答をする。僕はこの時、自分の軽率さを心底呪ったよ。あのモードチェンジのことはエナさんに口外しないように言われてたから、ヤドカリちゃんにも一応口止めはしておいたんだ。これじゃ本当のことがバレても、バレなくて勘違いされても、どちらにしろ僕にとって最悪だっていうことは間違いない。



 「タタラ君、ちょっと後でお姉さんと話そうか?」

 「は、はい……」



 この時のエナさんの笑顔ほど恐ろしいものはなかった。この後、僕は本気でエナさんに問い詰められ、二人で生き残る為に仕方なくモードチェンジを使ったことをゲロってしまった。まあ、今回は情状酌量の余地もあるってことで、そんなに怒られはしなかったけどね。言っとくけど、僕は断じて美人に怒られて喜ぶような変態野郎じゃないからな。

 そんなこんなで大変だったが、僕はこの後すぐに東京に行けるものだと思い、少し安堵していた。まさかこの先にあんな災難が待ち受けているなんてね。

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