EP.18 巨大ロボットはコミュ症魔法少女の夢を見るか?

 赤石 光(アカイシ ヒカリ)は心優しい両親の元、幸福な家庭で何不自由なく育ったごく普通の十三歳の女の子だ。

 いや、お世辞にもごく普通なんて言うにはかなり無理があった。彼女は重症なほどシャイなコミュ症で、控えめに言ってもトロくてどんくさかった。

 小学校六年間を通じて、友達こそ一人か二人できたものの、運動会の競争では毎回ど派手に転倒し、水泳の授業では例外なく足をつって保健室へ運ばれた。遠足にでも行こうものなら、人込みに流されて迷子になったことも一回や二回ではない。

 そんなダメダメな自分に対する自己嫌悪が、余計に彼女のコミュ症に拍車をかけていったのだろう。



 彼女が【MSPO】と出会ったのは、小学校五年生の時であった。コミュ症でぼっちの彼女が、何でよりにもよってギルド単位のチーム戦が主体のファンタジーゲームを? なんて思うかもしれない。

 それは少しでも自分を変えたいっていう、彼女なりの悪あがき……じゃなくて努力だったんだと思われる。

 これで、晴れてヤドカリちゃんも信頼できる大切な仲間ができて、徐々にその内向的な性格も変わっていく……なんて都合よくはいかなかった。

 試しに入れてもらったギルドでは、彼女のコミュ症やどんくささが幸いしてドジをしまくり、とうとう三日で干されてしまったらしい。

 そんなのやってて何が楽しいのか。僕なら速攻やめて一人でも楽しめるゲームを探すけどね。意外に諦めの悪かった彼女も、ギルドを十度も干された時には流石に路頭に迷ったらしい。

 もし【MSPO】をやめてしまえば、また夢も希望もないただ退屈なだけなリアルに戻ってしまう……って、【MSPO】でも同じようなもんだったから、何も変わらないんだけどね。



 そんな可哀想なヤドカリちゃんの前に現れたのが、何を隠そう神様仏様、空木 恵那様ってわけ。

 才色兼備、美人で性格も頭もよくてレベルまで高かったエナさんは、当時決まったギルドに属していなかった。偶然街角で出会った見ず知らずのヤドカリちゃんに対して、自分とギルドを組まないかと誘ったって話だ。

 はっきり言ってエナさんにとってしまえば、ヤドカリちゃんなどと一緒にいても足手まとい以外の何ものでもなかったと思う。それでもエナさんは、不満を吐くどころかむしろヤドカリちゃんを無条件で全て受け入れた。それを皮切りに、冗談みたいな名前のギルド『ハッピーファウンドグローリー』は、一人二人と一癖も二癖もあるようなプレイヤーたちを迎え入れて行くんだ。

 ついにヤドカリちゃんは『ハッピーファウンドグローリー』で自らの居場所を見つけ、掛け替えのない仲間たちを手に入れた。

 それと同時に、彼女はいつしか思うようになっていた。こんな自分でももっとエナさんの――もっとギルドの皆の――もっと誰かの役に立ちたいと。

 救いようのないコミュ症で、どうしようもなく不器用な少女であったが、彼女の抱いた一つの願いだけは今も決して揺らぐことはなかった。



 “トランスデータ『ヒカリ』にアクセス・・インストールを開始します・・・”



 「……タタラ君……これは?」

 「何か苦痛があったら、言ってくれ。すぐに止めるから!」

 「だ、大丈夫……です! 少し変な……感じはしますが、このまま続けて下さい……」



 一瞬後方を伺うと、ヤドカリちゃんは前のエナさんの時のように虚ろな表情で静止していた。この間もエンシェントドラゴンの猛攻は続いていたので、僕は数秒に一度後方に目をやりながらインストールの完了を待った。



 “3・・2・・1・・・インストール完了・・・当機をトランスデータ『ヒカリ』に最適化・・モードチェンジに伴い、武装・追加パーツを周囲のオブジェクトより調達・・分解・・再構築します・・・”



 周囲の森林の樹木や岩石が紫の光となってジークの元へ集い、傷ついた機体を覆っていく。ほんの数十秒の出来事ではあったが、エンシェントドラゴンの猛攻と相対した僕は、それが永遠とも呼べるほど長い時間に感じた。



 「な……なんだ!? 敵の様子がおかしい!」



 既での所で、何とかエンシェントドラゴンが吐き出す閃光を回避していた僕であったが、痺れを切らしたのか、奴は怒り狂ったように凄まじい咆哮を上げて口内に膨大な光を蓄え始める。

 何もわからない僕でも嫌な予感しかしなかった。まるでエネルギーのチャージでもするように溢れんばかりの光を蓄えたエンシェントドラゴンは、それを破裂させるように一気に拡散させたんだ。



 「熱照射の飽和攻撃だって!? く、クソ! 間に合わなかった! エナさん……ごめん!」



 “・・最適化・・完了・・・当機はこれより遠距離特殊砲手形態・・・『メイジ』モードに移行します”



 辺り一帯に照射されたエンシェントドラゴンの高熱攻撃に、モード移行中のジークは為す術もなく呑み込まれてしまった。流石の僕も、この時ばかりは瞳をそらして両腕で顔を覆った。

 僕らは天国にでも昇るかのような眩い閃光に包まれ、もう全てが終わってしまったのだと思った。アカウントデータの損傷? 脳神経に深刻な影響? この後僕らはどうなるかわからない。わからないから余計に怖い。何だかそれは、リアルでの「死」という概念に似てるような気もした。



 「何を言っているんです? これからがいいところなんですよ」

 「は、え……?」


 

 聴いたことはあったが、とても沈着冷静で自信に満ちた少女の声によって、僕はまだ自分がゲームオーバーになっていないことに気が付いた。

 恐る恐る振返ると、あのヤドカリちゃんが不敵な眼差しでエンシェントドラゴンを見据えていたんだ。


 「ヒカリ……なのか?」

 「寝ぼけているんですか? これから二人でドラゴン退治をするんですから、そんなことでは困りますよ。タタラ君?」



 僕の後ろに座っている少女には、壊れかけの無線機みたいなブツ切れの喋りも、深刻なコミュ症だった面影さえも微塵もなかった。エナさんの時とはちょっと違う。どういうわけか、完全にキャラが変わってしまっているようだ。



 「ドラゴン退治って、あんな攻撃を喰らったら相当のダメージが……?」



 コンソールに映し出された機体の損傷状況を確認すると、ほぼ無傷の状態であった。いや、むしろさっき損傷した左腕まで元通りになっている。

 不思議に思ってコンソールの画面を変更すると、ジークはマントのようなディープパープルの保護アーマーに覆われており、その後も吐き出され続けるエンシェントドラゴンの熱照射を全て跳ね返していた。



 「な、なんだこの装備? バリアなのか?」

 「魔法障壁(ワンダーウォール)です。この子は別の名前で呼んでますけど」



 “対魔導攻撃遮断装甲に・・損害無し・・・魔導コンバーター正常・・即時反撃を提言”



 とりあえず、この防御装甲で相手の攻撃は防ぐことができるようだ。とは言え、物理攻撃が効かない相手に対してどう反撃をすればいいものなのか、未だに不明であった。



 「武装は何かないのか? ……ハイブリッドシェルカノン?」



 コンソールに表示された武装は、元のジークが装備していた機関砲とは異なり、貴族趣味の装飾が施されたような聞き覚えのないカノン砲だけのようだった。



 「タタラ君、砲弾の準備はできています。反撃を開始して下さい」

 「反撃って……奴に通常弾頭は効かないんじゃ?」

 「私を信じて。さあ、トリガーを引いて下さい!」


 

 状況を上手く把握できてないのもあったが、ヤドカリちゃんのこの態度はどうも調子が狂うな。少なくとも彼女の方が今のジークを理解しているのだから、やってみるしかないんだけど。



 “対魔導攻撃遮断装甲展開・・・魔導弾頭装填完了・・敵未確認重TSにロックオン”



 「当たれーーーっ!!」



 カノン砲から発射された三発の弾頭は、エンシェントドラゴンの胸部に命中して次々に炸裂する。エンシェントドラゴンは苦痛に悶えるように首を振って嗚咽を上げた。さっきまでとは違い、一定のダメージを与えられてるようだった。



 「き、効いているのか……?」

 「無属性術式の魔導弾頭です。砲弾には魔力を増幅させた私の魔法が込められています」



 正直、このトランスしているヤドカリちゃんの言ってることは、さっぱり解らなかった。だが、とりあえずこちらの攻撃が効いてるのは間違いなさそうだ。

 しかしながら攻撃は効くようになったとはいえ、魔法攻撃もダメージは半減だったな。まだまだ体力もありそうだし、削り倒すのには苦労しそうだ。



 「このままじゃ、埒が明かない。あいつに弱点とかはないのか?」 

 「すみません。全ての属性に対して耐性を持っています。このまま砲撃を続けて下さい」



 僕はその後も相手からの攻撃を掻い潜って、魔導弾頭を撃ち込んでいく。だが裏ミッションのボスだけあって相当敵も堅いようだ。一発逆転と思いきや、僕らは持久戦を強いられることになっていた。



 精神をすり減らしながら、僕は地道に砲撃を続けた。そう言えば、ヤドカリちゃんの声を聴いていないな。振返ると彼女は俯き気味で呼吸を乱し、何かに耐えているようだった。



 “搭乗者魔力量低下・・・魔導弾頭への魔力充填限界に注意されたし”



 「おい、大丈夫なのか?」

 「だ、大丈夫です。このまま……このまま続けて下さい!」

 


 いつもの癖で砲弾の残弾数にばかり気を取られていて、ヤドカリちゃんの力を使っていることを完全に忘れていた。彼女はああ言っているが、強がりであるのは目に見えていた。この魔力ってのが切れるとどうなるんだ? 急にしっかりしだして忘れていたが、まだ子供なんだ。もしこのまま今の戦いを続けて、この子の身に何かあったら……。

 考えろ。最低限の大人の責任ってやつだ。何か打開策を探せ。ここはファンタジーの世界だが、戦っているのはTSなんだ。ポンコツな癖して勇敢に戦う覚悟を決めたこの子を、どうにかしてエナさんの元に連れ帰らないと。

 手傷を負い、怒り狂ったエンシェントドラゴンは再び口に膨大な光をチャージし始めた。防御装甲がある今、あの熱攻撃事態はそんなに脅威ではない。



 「金属も融解させる熱攻撃か……。試してみる価値はありそうだ。弾頭に水系の魔法か何かを込めることはできるのか?」

 「はい。水属性の術式を込めれば、炸裂時に水属性の魔法が発動します。でも一体何を……?」

 「時間がない。今は言うことを聞いてくれ!」

 「わかりました。タタラ君を信じます!」



 “水属性術式魔導弾頭装填完了・・・警告・・敵未確認重TSの大規模熱照射まであと五秒・・至急対魔導攻撃遮断装甲を閉じられたし”



 「間に合えぇぇぇーーーーーーーーーーー!!!!!」



 長いチャージの時間が奴の仇となった。僕が放った魔導弾頭は、まるで僕らの意識だけが暴走しているかのようにゆっくり、ゆっくりとエンシェントドラゴンの口の中へと吸い込まれていった。

 

 

 「タタラ君……魔法障壁(ワンダーウォール)を閉じて下さい!!」

 


 正に間一髪であった。砲撃の為展開していた保護装甲を閉じた瞬間、エンシェントドラゴンの頭部が凄まじい爆音と共に大爆発したんだ。

 ジークは辛うじて無事だったものの、物凄い爆風が土煙を巻き上げて視界は一瞬で利かなくなった。



 「な……なんです? 今の大爆発は?」

 「灼熱だったエンシェントドラゴンの口内に、大量の水を発生させた。蓄えられた膨大な超高熱の魔法(?)と反応して、水蒸気爆発を起こしたんだ」



 僕の知識の及ばない「魔法」って概念が、予想通りに化学反応してくれるかは半信半疑であった。でも、何とか僕の目論見通りになったみたいだ。

 普通であれば、あの大爆発で無事で済むはずがない。だが相手は、控えめに言って普通ではない敵だ。視界が遮られていて、奴がどうなったかはまだ確認できない。僕は疑心暗鬼になっていた。

 


 「奴は……どうなったんだ!?」

 「安心して下さい。私たちの勝ちです」



 ヤドカリちゃんは、相手の姿が見える前から何かを感じとっていたみたいだ。そして、土煙が晴れる頃にはそれが確信であったのだと僕は理解する。

 あんなに強敵だったエンシェントドラゴンは、頭部を吹っ飛ばされた状態でその場に立ち尽くし、絶命していた。よく見てみると、無くなった頭部の付け根のところで何かが光っている。



 「あの光が『魔神の腕輪』です。さあ、タタラ君!」



 機体を上手くホバリングさせ、コックピットハッチを開いた僕は、目いっぱい身を乗り出して光輝く黄金の腕輪を掴んだ。



 「全く、手間取らせやがって……」



 実際手に取ってみると、何てことはない。ただの高そうな装飾の施されたブレスレットだった。機体を地上に降下させて川辺にしゃがみ込ませると、僕は後部座席のヤドカリちゃんに手を伸ばした。



 「疲れただろ? 外に出て休めよ」

 「は……はい」



 “アクセスデータ『ヒカリ』の離脱を確認・・当機はこれよりノーマルモードへと換装します”



 ヤドカリちゃんが僕の手を取って立ち上がると、エナさんの時のように機体の追加装備が光に包まれ、細かい粒子となって空に消えて行った。

 立ち上がったヤドカリちゃんでは、やはり相当疲れている様子だ。ハッチの上で倒れそうになって、僕は慌てて彼女の体を支えた。



 「だ、大丈夫か!?」

 「た、タタラ君……私、タタラ君の……役に立てました……か?」



 虚ろな表情で微笑する彼女。もとはと言えば、ヤドカリちゃんのせいでこんな貧乏くじを引く破目になってしまったわけだが、今は素直にこの言葉を送りたい。



 「ああ、助かったよ。君がいなかったら、絶対に勝てなかった……」

 「よ、良かった……ひぐっ」

 「は、え? 何で泣くんだよ?」

 「だって……ひぐっ……怖かったし、私のせいで……ひぐっ、タタラ君が……死んじゃったら……わぁーん!」

 


 ヤドカリちゃんはまるで子供のように声を上げて……って、子供だったか。とにかく、僕が困り果ててしまうくらい大きな声を上げて泣き出した。

 やれやれ、これじゃ本当にエナさんから託児料でも貰わないと割に合わないよ。それでも、この子は全力で僕を助けようとしたわけだし、実際救われたのは事実だ。今回は初回無料サービスにでもしておいてやるか。



 「せっかく勝ったんだから、いい加減泣き止めよ。それにほら、君への勲章だ……」

 「……ひぐっ」



 先程手に入れた『魔神の腕輪』を、僕は泣きじゃくるヤドカリちゃんの右腕に着けてやった。彼女は光輝くその腕輪を見て、目を腫らし鼻水を垂らしながらも渾身の笑顔を浮かべた。

 家族以外の女性への初めてのプレゼントが、まさかこんなガキんちょへになってしまうなんてね。全く、僕はロリコン趣味の変態野郎かよ? ノーカンだ、ノーカン。

 そう思いつつも、僕は彼女の涙と鼻水だらけのばっちい笑顔を見て、不覚にも少し温かい気持ちになってしまっていた。

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