EP.17 伝説の古代竜に挑め!
エラスティカ北方の国境付近、東西に連なる山脈の間を抜けるトラヴィス渓谷は、人の手の入っていない美しさと恐ろしさが隣り合ったこの世界の神域だ。
別に、国から保護されている風光明媚な国立公園とかじゃない。本当に危な過ぎて人が近づかないって話らしい。
まあ、今回の攻略対象が、こういうファンタジーでよくありがちな洞窟とかじゃなかったのがせめてもの救いであった。ジークが入っていけないからね。
で、必死に止める学長、呆れ果てているアリシアをそっちのけで、僕らはジークでごゆるりと北のトラヴィス渓谷に向けてエラスティカを出発した。
これから危険なダンジョンに向かうとは思えないほど、天気は雲一つない大晴天だったが、後ろの席のヤドカリちゃんはというと、不安からか青白い顔で硬直していた。
「いい天気だな……こういうのはあれか、“天気晴朗なれども波高し”っていうのかな……?」
「……」
間抜けなことを呟く僕を、ヤドカリちゃんは相手にしてくれなかった。全く耳に入っていない様子だ。
ヤドカリちゃんが不安に思うのも無理はないが、僕も何も考えていないわけじゃない。トラヴィス渓谷についての最低限の情報はちゃんと調べて来てるんだ。
ていうか、トラヴィス渓谷に着いてしまえば、モンスターは出るが基本は一本道。渓谷の最奥部にいる『クレシェンド』だか『タンジェント』何とかっていうドラゴンを撃破すればいいだけの話らしい。ゲーム的にはどうかと思うけど、今はこういう変に凝っていなくてシンプルな方が助かる。
途中、昨日散々軽散らしてやった竜騎士の乗った飛竜が二~三匹現れたが、問題なく撃ち落として渓谷へと進んだ。
「あ、着いた。ここが渓谷への入口みたいだね」
天空を突き抜けるように東西へ連なる山脈の間を、一本の清流が伸びているのがわかった。樹木や川の中の岩など良く作りこまれていて、僕は半ばハイキング気分であった。
そんな間抜け面な僕へ警鐘を鳴らすように、不意にヤドカリちゃんが声を上げる。
「わわわ、ワイバーンです!!」
「……え?」
“三時方向に敵戦闘機二機確認・・至急応戦されたし”
小うるさい鳴き声を上げ、二匹の空飛ぶドラゴンがジークに襲い掛かろうとしていた。エラスティカで倒した奴とは違い、小ぶりで理性とかは感じない。恐らく普通のモンスターなのだろう。
不意を突かれた感はあったが、奴らの爪がこちらを捕えるよりも、辛うじてジークの機関砲が火を噴くのが早かった。翼を撃ち抜かれたワイバーンは無惨に地表へ落下していく。
“敵航空戦力の殲滅を確認・・引続き警戒されたし・・”
「たた、タタラ君……気を付けて下さい! いくらこの……ロボットが強くても……敵は沢山です!」
「ああ、ちょっと危なかったかな……。もう少し気を付けなきゃね」
こんなことがあったので、流石に警戒は密にした。その甲斐もあってか、それから先は多少のモンスターは出現するも、ほとんど瞬殺で撃破できてしまった。TSの本気の索敵能力を甘く見てもらっては困るってもんだ。
その後もジークは、岩や樹木を掻き分けつつ渓流沿いに渓谷奧部へと進んで行く。ふと気を抜けば、穏やかに流れる美しい清流に心を奪われて、気が抜けそうになってしまう。
「た、タタラ……君……」
「え……何?」
しばらく黙っていたヤドカリちゃんが、何やら不安そうな感じで僕に声を掛けた。今度は何だ? まさかおしっこじゃないだろうな? って、そんなわけないか。
「タタラ……君は、本当に……凄いですね。エラスティカ……ではあんなに沢山の……魔竜を追い払って、アカデミーの人たち……の言うことも恐れず……啖呵を切って、こんな恐ろしい…ダンジョンを……何も臆することなく進んで……」
「ああ……うん。ありがとう……?」
何だかよくわからないが、ヤドカリちゃんが僕のことを唐突に褒め始めた。何を意図しているのかさっぱり分からなかったが、彼女の口調からはとても面倒そうな雰囲気が醸し出されていた。
「私……こっちに……来てから、何の役にも……立ってないですよね……?」
「え、あ、いや……(しまった、本当のこと過ぎてフォローできない!)」
彼女がたまにネガティヴな身の上話をし出すのは、発作みたいなものなのだろうか? 僕は必死に「そんなことはない」と誤魔化そうとしたけれども、こないだネタを使い過ぎて適当に言い包めることができなかった。
「いいんです……。結局お姉ちゃんも……タタラ君も優しくして……くれますけど、それって……どうしようもない人間に対する……憐れみみたいなもの……なんですよね……?」
「そ、そんなことは……(僕は憐れんですらいなかったけどね……)」
よりにもよって、なんでこの子はこんなミッション攻略中に思春期のお悩み相談的なことを言い出すのだろうか? 最早狙って言ってるとしか思えないタイミングの悪さだ。アホなのだろうか?
「別に……エナさんも僕も、憐れんでるわけじゃないと思うよ」
「どういうこと……ですか……?」
「少なくとも、エナさんが君にとって大きく見えるのは、単に大人の責任を果たそうと必死だからなんだと思う」
「大人……ですか?」
この前、エナさんから聞いたことのほぼ受け売りだった。苦し紛れにでも何とか言っとかないと、このまま後ろの席でお通夜をされてても困るからな。
「大人として、何とかして子供の君たちを守らなければならない。その覚悟が大きな原動力になっていて、君にとっては自分が惨めに思えてしまうくらい凄く見えるのかもしれないね」
「私……には、到底真似……できません」
「別に今はそれでいいと思うよ。エナさんみたいな人を間近で見ていたら、五年後、十年後には君もきっと同じように考えられる大人になっているんじゃないかな……?」
何とかそれらしいことを言おうと思って、普段だったら歯も浮いちゃうような台詞を惜しげもなく語ってしまった。お願いだから、僕がこんな恥ずかしいことを言ったなんて、他の奴らには言わないでくれよ。
「ヤ、ヤバくないです?」
「ぐぐぐ、確かにちょっと語ってしまったが、ヤバいは酷くないか?」
僕は振返って、ヤドカリちゃんの顔を見ながら話していた。その為、彼女が突然血の気が引いたような顔で声を上げた時、その事態に気付くのに少し時間がかかってしまったんだ。
僕のアホみたいな返答と同時に、アラートがけたたましく発報した。
「ち、違います! 前です! 前!」
「……え?」
“敵未確認重TSと思しきNPC急接近・・即時迎撃されたし”
この世界に来て以来、一番の間抜け面で振返ってメインモニターに映っていたのは、ゴツゴツとした岩壁のような鱗に覆われ、どんな固い金属でも粉砕してしまいそうな恐ろしい牙と爪を持つ、20メートルはくだらない巨大な翼竜だった。
何てことはない。僕がヤドカリちゃんの思春期のお悩み相談に惑わされている間に、とっくに渓谷の最奥部に辿り着いてしまっていたって話さ。
「こ、これが、クレシェンド……? いや、タンジェント……だっけ?」
「“エンシェントドラゴン”です!!」
その禍々しいくらいに巨大で邪悪そうなドラゴンは、機体ごと丸呑みしてしまいそうなほど大きな口を開け、ジークに鋭い牙で噛みついてきた。
僕は寸でのところで後方へ跳んで事なきを得たが、あれをまともに喰らったら、ジークと言えどもただでは済みそうにない。エンシェントドラゴンは上を向いて地響きを起こすような雄たけびを上げた。
「ちっ、脅かしやがって、巨大だってことはどんなに無茶苦茶撃っても、当たるってことだぞ!」
「た、タタラ……君、お、思い出しました!」
「こんな時に! ちょっと後にしてくれ!」
ヤドカリちゃんは何か言いたげだったが、事態が事態なので僕は聞く耳を持たず、エンシェントドラゴン目がけて機関砲を連射させていた。
放たれた砲弾は、一発の無駄もなく巨大なドラゴンに命中していく。止むことのない轟音と爆音、辺りを山火事でも起きてるかのような大量の硝煙が覆う。間もなくエンシェントドラゴンの姿は見えなくなって、その禍々しい咆哮だけが辺りにこだましていた。
「や、やったか……?」
手応えはあった。むしろ全部当たっているのだから、これで倒せていないはずなんてない。僕はこの標的を、以前撃破した巨獣と重ね合わせていた。
そうだ。【TSO】の世界であれば、この状況で倒れない機体なんてイカサマもいいところだ。この時僕は、ファンタジーゲームというオカルトチックな世界の本当の恐さをまだ知らなかった。
「え、エンシェントドラゴン……は?」
「……え?」
ヤドカリちゃんが何か重要そうなことを言いかけたその時、エンシェントドラゴンを覆った大量の硝煙の奥から目も眩むような閃光が飛んできて、瞬く間に機体を覆った。
“警告・・・敵重TSより超高出力の熱照射を確認・・機体表面の融解限界温度を突破します・・至急離脱されたし”
僕は慌てて機体を右に離脱させ、突然の危機を凌いだ。そして徐々に晴れていく硝煙の向こうには、あの禍々しいエンシェントドラゴンが無傷で立ち塞がっていた。
“敵特殊戦術兵器の使用を確認・・機体左腕損傷・・関節部融解により稼働不能・・勝利確率低下・・戦略的撤退を提言”
「が、馬鹿な! 金属を融解させるほどの熱照射をする生き物とか存在できないだろ! しかも、あの砲撃を喰らって無傷だって!?」
「ぜ、“絶対物理障壁”です! エンシェントドラゴンに……物理攻撃は通用しません!」
「ななな、何だって!!!?」
この時ばかりは、さしもの僕も焦った。“絶対物理障壁”だって? 物理学も生物学も全てを無視して、ただそれだけの理由でTSの特殊装甲をも貫く機関砲が無効とか、いくらなんでも理不尽過ぎるだろ?
しかしながら、良くも悪くもここはゲームの世界だ。設定次第で僕らの常識は非常識になり、黒も白になってしまう。死んだらどうなるかわからない今、ここはある意味現実以上に恐ろしい世界なんだ。
「ぶ、物理攻撃が効かないって、奴は一体どうやって倒せばいいんだ!?」
「こ、効果は半減……してしまいますが、魔法攻撃……ならダメージを与える……ことはできます……」
「じゃあ、君の魔法を使えばどうにかなるのか?」
「す、すみません! 本来……このエンシェントドラゴンを……倒すルートは、レベルをカンスト……させた上級者が挑む……イベントなんです! 私程度……の魔法で挑んでも、数秒でゲームオーバーです!」
そんなこと、恐らく聞く前からわかっていた。敵戦力の過小評価……ジークの戦闘力を過信した、正に僕の痛恨の作戦ミスであった。
僕が焦っている間にも、エンシェントドラゴンは次々に閃光を放ってくる。辛うじてそれを躱すものの、勝利する算段が全くない。最早ゲームオーバーは時間の問題であった。
一体どうする? いくら僕がこんな人間だからって、自分の作戦ミスで子供を殺してしまったとか、流石にシャレにならないぞ。
「考えろ……考えろ……考えろ……!」
敵の激しい猛攻によって撤退もままならない。僕の静かな呟きだけがコックピット内に虚しく響いていた。
「タタラ君、役立たずでごめんなさい! 私がもっと早く思い出していれば、こんなことには!」
こういうときに限って、異様にヤドカリちゃんの滑舌が良くなっていた。彼女の言う通りであったが、今彼女を責めても何の意味もない。
いや、絶対絶命のピンチ……。確か前にもあったはずだ。こんな絶望的状況で起死回生の一手があるとしたら、あの奇跡をもう一度起こすしかない。
「クソッ! エナさんに止められてはいたけど、ここで二人ともゲームオーバーになるよりかは……」
「ど、どうしたんですか、タタラ君?」
「一つだけ……一つだけ、絶対ではないけど、こいつを倒せる方法があるかもしれない。ただし、君の力が必要だ……」
「私の力……?」
「細かい説明をしてる暇はない。もしかしたら、凄く危険な方法かもしれない。……それでも君に戦う覚悟はあるか?」
もうちょっと上手く誘導して、言うことをきかせれば良かったのかもしれなかった。でも、何となくそんなことはしたくなかった。やれやれ、エナさんの病気がうつっちゃったのかもしれないね。
ヤドカリちゃんは僕の後ろで黙り込んでしまった。あんなこと言って、ビビりの彼女が簡単に戦うなんて言う筈もないと思った。でもそれは、僕が彼女という人間を本当の意味で理解していなかっただけなのかもしれない。
「私……戦います! 戦わせてください!」
コミュ症でどんくさくて、お世辞にも頼りになるとは言えない少女のものとは思えないほど、この時の彼女の言葉は気高い覚悟に満ちたものであった。
エナさんとの約束を破り、こんな子供を戦わせるっていう罪悪感も大いにあった。だが、もう引き返すわけにはいかない。ヤドカリちゃんの覚悟の言葉と共に、コンソール上に再びあのメッセージが表示されていた。
“新しいトランスデータ『ヒカリ』にアクセスできます。インストールしますか?”
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