EP.16 敵飛竜航空部隊を撃滅せよ
地平線の彼方から押し寄せる竜騎士を乗せた飛竜の群は、編隊を組んで整然とエラスティカに迫っていた。まさかあんな連中と戦うことになるなんてね。
“十一時の方向より・・敵機動部隊と思われる航空機五十機接近・・・爆撃機からの空爆に警戒されたし・・・対空戦用意を提言”
案の定、ジークのお利口さんなAIは、敵のドラゴンを飛行機かなんかと勘違いしちゃってるようだ。まあ、そんな敵は【TSO】じゃ想定されてないから仕方ないんだけどね。
思いっきり街中だが戦闘禁止区域ってわけじゃないらしい。そもそもここにそんな概念あるのかも疑問だ。コックピットに乗りこんだ僕は機体を起き上がらせると、コンソールとモニターを確認して敵戦力を分析する。
――た、タタラくーん!」
「あ……流石にここにおいて行くわけにはいかないか……」
モニター越しにヤドカリちゃんが手を振り、あたふたとしているのが見えた。ここにおいて行き、万が一ゲームオーバーにでもなられたら目も当てられない。僕は機体の掌を彼女のいる場所へ伸ばした。
「早く乗って! 時間がない!」
――す……す、すみま……せん!」
おっかなびっくりジークの左手に乗ったヤドカリちゃんを、僕は少し急かしながらコックピットへと招き入れる。とりあえず、あの魔竜とやらの航空部隊を迎撃するのかどうか決めなきゃならない。
「一つだけ聞いておくけど、あいつらは僕らにとっても敵なのか?」
「……あ、はい。……アカデミー……のあるエラスティカ……が滅ぼされたら、このイベント自体……がクリアできなくなります!」
「わかった。とりあえず、あの敵の航空部隊を追い払えばいいんだよな……」
“対空戦闘用意・・・対TS重機関砲を高射砲モードに変更・・・射程圏内まであと五〇”
「た、タタラ……君、こんな……ところから大砲を撃って……あんな沢山……の敵を倒せる……んですか?」
「この高射砲は、その気になれば戦闘機だって撃ち落とせる仕様になってる。あんな遅い的だったら、止まっているのと同じだよ」
エラスティカの防空圏内に入った敵の第一陣が高度を下げてくる。まだ敵は無防備のように見えた。
“敵機、当機の射程圏内に侵入・・ロックオン可能”
「よし、撃ち方始めっと!」
一発、二発、三発と、この街の人たちが聞いたこともない耳を劈く砲撃音が辺りに響き渡り、NPCたちはこの世の終わりではないかとばかりに、飛竜そっちのけで悲鳴を上げながら逃げ惑う。
そして放たれた砲弾は、一発も外れることなく敵飛竜に次々と命中していく。まるで安っぽい射的のボーナスゲームのようだった。敵は何が起こっているのかわからず、混乱して散開を始める。これじゃ、さっきみたいな統制も何もあったもんじゃない。
「す、凄いです! 竜騎士が……飛竜が……まるでゴミ……のようです!」
「こんなのロックオンさえできれば誰だってできるよ。……これで十匹目!」
予想外であった遠距離からの砲撃に、敵飛竜航空部隊は編隊を崩して右往左往している。もうデタラメに撃っても、当たるんじゃないかって状況であった。
そうこうしているうちに、僕は三十匹目の飛竜を撃ち落として、敵航空部隊はようやく撤退を始める。そりゃ、何の戦果も上げられず、戦力の半数以上を失ったとあっちゃ指揮官はそうせざるを得ない。
“敵航空機動部隊の撤退を確認・・・”
「か、勝ったんですか……?」
「ああ、こんなにボロ負けしたんだから、敵の指揮官の首が飛ぶだろうね……」
僕的には別に大したことをしたつもりもなかったのだが、敵の航空部隊が引き上げていくと、街の人々から歓声が上がった。
「す、凄いぞ、あのゴーレム! 魔竜の群れを簡単に追い払っちまった!」
「あんな強力な魔法、きっとアカデミーの新術式だよな?」
「やっぱりアカデミーの魔導士の魔法は、一味違うよな」
「一体どんな凄い魔導士が呼び出したんだ?」
だいぶ勘違いされてしまっているようだが、僕があの間抜けなカトンボみたいな連中を追っ払った事に関しては、かなり好意的に受け入れてくれてるようだった。
ふとモニター越しに機体の足元を見てみると、さっきのローブのおっさんが、かしこまった感じでこちらに合図を送っていた。何か言いたげだったので、僕はコックピットのハッチを開いて身を乗り出した。
「先程までの御無礼……失礼致しました。私はアカデミーの魔導指導官 ローレンスと申します。あなた様のお力、実に素晴らしい! 是非我がアカデミーの学長とお会い頂きたい」
「別に構いませんが、どういうご用件ですか?」
「詳細は直接学長からお聞き下さい。しかしながら、あなた様にとって決して悪いお話しではないかと存じます」
いずれにしても、このアカデミーとやらでヤドカリちゃんに座標転移魔法を覚えさせないといけなかった。何かお礼の一つでもしてくれるのではないかと思って、僕らはこの胡散臭いローレンスに同行することにした。
大そうご立派なゴシック様式の建物の内部には、趣味を疑うような気味の悪い絵画や、今にも動き出しそうな気色悪い石像なんかがこれ見よがしに飾られていて、僕の予想通りインチキ臭さ満載であった。
「なーに、あのちっちゃい子? 向こうの世界の魔導士?」
「変わったゴーレムで、シャーラタンの竜騎士を追い払ったらしいよ」
「あの男の人の格好おかしくない?」
「分かんないけど、向こうの世界の流行りなんじゃない?」
ローレンスが僕とヤドカリちゃんを先導して歩いて行くのを、これまたヤドカリちゃんみたいなコスプレをした少年少女たちが、ざわざわと好奇な目で眺めていた。
「ここが学長室です。学長、先程敵の竜騎士団を追い払って頂いた客人をお連れしました」
奥の大きな机のところに立って出迎えてくれたのは、青いローブを着たかなり高齢そうなおじいちゃんだった。床に付いちゃうんじゃないかってくらいの豊かな白い髭を蓄え、もはや顔から髭が伸びているのか、髭から顔がのびているのか判別不明なくらいだ。
この見た目百五十歳は優に超えてそうな白髪の老人は、気さくな笑みを浮かべ、物腰の柔らかな態度で僕らに挨拶をした。
「これはこれは、ご足労頂き感謝します。私はエラスティカ魔法アカデミー学長のアルバーンと申します。この度は我がエラスティカの脅威である敵国の竜騎士団を追い払って頂き、誠にありがとうございます」
「始めまして、タタラと申します。大したことはしてませんが、お役に立てたのなら良かったです」
「は、は……始めまして……ヒカリ……です。宜しく……お願いします」
さっきのローレンスとは違い、学長であるアルバーンに横柄な様子は全くなく、実に好意的に今のこの街の状況を教えてくれた。
何でも、エラスティカは現在竜使いの魔導士が支配する隣国シャーラタンから侵攻を受けており、何とか食い止めているものの、苦戦を強いられているとのことだった。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが、こちらとしては何としても早く座標転移魔法の手掛かりを掴みたいところだ。
「先程、魔竜を追い払って頂いたお礼と言っては何ですが、私にできることであれば何かお申し付け下さい」
「え? 本当ですか?」
「ええ、私の力が及ぶ範囲のものであれば何なりと……」
本当にこっちの世界へ来てからロクなことがなかったが、ここにきて渡りに船であった。僕はここぞとばかりに本来の目的について協力を要請した。
「あの、ここに来れば座標転移魔法とかいう特別な魔法を覚えられると聞きまして。是非この子にその魔法を覚えさせたいんです」
「なるほど、座標転移魔法ですか……いいでしょう。このお嬢さんを本アカデミーの特待生として迎え、魔力の強化及び座標転移魔法習得にお力添えしましょう。おい、アリシア! 来てくれ!」
アルバーンが声を上げると、濃い緑のローブを着た二〇歳くらいのブロンドで青い瞳をしたかなり美人なお姉さんが、フッと目の前に現れ、アルバーンに首を垂れた。
「アルバーン学長、お呼びでしょうか?」
「アリシア、このお嬢さんの指導官に就いてもらいたい。座標転移魔法を覚えたいらしいのだ」
すると、アリシアとかいう美人のお姉さんは、チラッと無表情でヤドカリちゃんを伺い、その後僕のことをかなり冷たい視線で一瞥し、アルバーンに笑顔で返答をする。
「学長の仰せとあれば……」
僕を見た時のあの得も言われぬ表情こそ気になったが、何とかこれでヤドカリちゃんの座標転移魔法習得への道筋が見えた気がした。
しかし何か気になった。特待生だか何だか知らないが、さっきのものの言いようだと、座標転移魔法習得まで結構時間がかかるのではないか?
「あ、あの、アリシアさん……?」
「はい、何か?」
「えーと……その、座標転移魔法習得までってどのくらいの時間がかかるんですか?」
僕が質問をすると、アリシアは露骨に嫌な顔をした。それでも学長の依頼である手前、答えないわけにもいかないので、彼女は無感情で機械的に答える。
「そうですね。早くておよそ一ヵ月といったところでしょうか……」
「いいい……一ヵ月!?」
僕は思わず大きな声を上げた。勿論ゲーム内で毎日数時間プレイできた場合のお話なので、フルタイムで一ヵ月っていうわけじゃない。それでも、今この緊急事態においてはとても待っていられる時間じゃなかった。そう言えば、プレイタイム百時間なんて前情報もあったな……。
「あの、ちょっとわけあって急いでいるんです。少ない時間でどうにかならないですか?」
「た、タタラ君……そ、それは!」
ヤドカリちゃんの静止も虚しく、アリシアの顔がどんどん真っ赤になって、ついに彼女の何かが爆発した。
「あんたね! こっちが下手に出てれば好き勝手言って、いい加減にしなさいよね! この子の今の魔力量で座標転移魔法なんて覚えられるわけないでしょ!?」
「あ、アリシアよしなさい!」
「大体ね、さっきの魔竜だって私たち魔導騎士団だけで迎撃できたんだから! 学長が人がいいのにつけ込んで、何でも叶うなんて思ったら大間違いなんだからね!」
学長が止めに入るも、長いブロンドを振り乱して怒りを大爆発させるアリシア。僕は唖然とし、ヤドカリちゃんは僕の後ろで怯えていた。
何だろうか、手柄を横取りされて怒っているのだろうか? だからさっきから僕に対してだけ、あんなに冷ややかなのか?
「よしなさいアリシア、確かにお前たちだけでも街を守れたかもしれないが、あのゴーレムの力のおかげで街にも魔導士にも犠牲が出なかったのだからな」
「で、ですが学長……」
学長の窘めに、ようやくアリシアも平静を取り戻すが、やはり話はそんなに簡単ではないらしい。
「タタラさん、お話はわかりますが、空間移動の魔法は高等術式で大きな魔力を必要とします。アカデミーで皆と共に学んで友情を深め、切磋琢磨しながら魔力を成長させるのが我がアカデミーの教育指針なんです。ですから……」
「いや、すみませんが、本当にそういうのどうでもいいんで、少しでも早くどうにかなる方法を教えて下さい」
「……え?」
「ちょ! たた……タタラ君!?」
まさか学長も、こんな空気を読まない返答がくるなんて思ってもみなかったようで、口をあんぐり開けて固まってしまった。ヤドカリちゃんは青い顔してブルブルと怯えていた。
こんなこと言ったら、またアリシアがカンカンになって怒るんじゃないかと思ってけど、予想に反して意外な反応が返ってきた。
「いいわ、自信があるのか、それともただの馬鹿なのか知らないけど、どうにかできる方法を一つだけ教えてあげる……」
意外な反応ではあったが、勿論親切心などではない。アリシアは僕のことをせせら笑うように言った。
「北のトラヴィス渓谷にあると言われる『魔神の腕輪』という神具を手に入れることね……。それがあれば、魔力を大幅に増強させることができるって話よ……」
「え……? そんなんでいいんですか?」
「ええ、万が一あなたたちが『魔神の腕輪』を持って帰って来れたら、二日で座標転移魔法を習得させてあげるわ」
アリシアの言いようは、明らかに不可能であるかのうような言い回しであった。僕らに期待を持たせぬよう、アルバーンが補足を加える。
「アリシア、いい加減にしなさい。タタラさん、残念だが諦めて欲しい。トラヴィス渓谷は現在シャーラタンとの国境近くで、紛争地帯だ。しかも、これまで数々の優秀な魔導士の調査隊が『魔神の腕輪』を持ち帰ろうとしたが、守護している伝説の古代竜を見て、生きて帰った者はいないのです……」
ここまできて滅茶苦茶ゲームのイベントっぽくなってきた。僕はこの学長からの警告をNPCのポジショントークだと思って、良くも悪くも正直あまり真には受けなかった。
横にいたアリシアは、勝ち誇ったような顔で僕に言う。
「これでわかったでしょ? 最初から私の言う通りにしてれば……」
「忘れないで下さいね」
「……え?」
「二日で教えてくれるって話……忘れないで下さいよね」
「ちょ、ちょっと、あんた馬鹿なの? 学長の話聞いてた!?」
アリシアは僕が気でも振れたんじゃないかと驚嘆した。何となく難易度の高いルートだということはわかったが、僕にとっては一ヵ月も何もしないで待つよりは、余程現実的な選択肢だと思えた。
「タタラ……君……ほ、本当に……大丈夫なんですか?」
「ま、まあ、ジークがあれば何とかなるんじゃない……?」
この時、僕はトラヴィス渓谷攻略の算段も何もないまま、ただゲーム感覚でこの曰く付きのイベントを引き受けてしまった。……ゲームなんだけどね。
仕方ないだろ? まだまだこの世界での【TSO】プレイヤーの戦力的有利は崩れていないんだから。しいて言えば、後は生身でTSを倒してしまうような野蛮人が、この世界には存在しないことを祈るだけだ。
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