EP.15 奪われたブリキの巨人

 僕とヤドカリちゃんの魔法都市攻略一日目は、虎の子のジーク持ち込み禁止という形で華々しく幕を開けた。これでわけの分からないモンスターを徹底的に無双して、さっさとエナさんたちのところに帰るという僕の計画は、見事に頓挫したわけだ。



 来る途中にあった森の中にジークを隠した僕は、流石に丸腰というわけにもいかないので、護身用の拳銃を一丁懐に忍ばせて再び街へと向かった。

 ジークで移動すればものの数分だった距離も、徒歩となればそうはいかない。ヤドカリちゃんはそれに輪を掛けて歩くのが遅いので、この時の僕のフラストレーションは中々のものだった。

 ようやく城壁の前まで来た僕は、生身で見るその圧倒的な高さに目を見張った。まるで刑務所の塀みたいだ。


 

 「ちっ……」



 今度は門番も快く門を通してくれたが、僕はさっき止めた奴をチラッと見て舌打ちをした。甲冑を着た門番が訝し気にこちらを見る。



 「なんだ? どうかしたのか?」

 「……た、タタラ君!」

 「いいえ、何も……お勤めご苦労様です……」



 ヤドカリちゃんが慌てた様子でこちらを見るので、僕はさらっと流した。いくらフラストレーションが溜まっているからといって、別のゲームのNPCに喧嘩を売っても仕方がない。

 城門を抜けると、石畳が敷き詰められた古いヨーロッパの街並みが広がり、馬車や行商人が通りを行き交っていた。何だかインチキ臭いテーマパークにでも来たみたいだ。

 僕もヤドカリちゃんも全く違う理由ではあったが、キョロキョロしてお上りさんてな感じだった。



 「あ……あの杖は!?」

 「ちょ、ちょっと!」



 ヤドカリちゃんが何かに気付いたみたいで、街角のお店のショーウインドウへ駆け寄り、カエルみたいにガラスにへばり付いた。



 「さ……流石魔法……都市! こんなレアアイテムの杖が……普通に置いて……あるなんて……」



 仕方ないので、僕も彼女のところに行って見てみると、ヤドカリちゃんが持ってるのとは少し変わった形のおもちゃみたいなステッキが飾ってあった。はっきり言って、何がどう違うのかさっぱり分からない。

 


 「う……でも、高い……5万サクル……なんて……とても買えない……」



 通貨の単位も相場も知ったこっちゃないから、僕にはそれが高いのかどうかもさっぱりだった。少なくとも彼女にとっては手の届かない代物らしい。

 残念だが、その新しいおもちゃはクリスマスにサンタさんにでもお願いしてもらうとして、今はそんなこと後回しだ。街に来たのはいいが、僕はこの先どうすれば良いのかをヤドカリちゃんへ問い質した。



 「どうでもいいけど、まずはどこに行ったらいいんだ? さっさと終わらして、エナさんたちのところへ帰らないと……」

 「あ……ごめんなさい! タタラ君……あそこ……です」



 ヤドカリちゃんが慌てて指さした先には、僕らがこの世界に降り立った時に見えていたゴシック様式の巨大な城だか宮殿のような建物が、大そう物々しく佇んでいた。



 「あれはお城かなんか? あの中に王様でもいるの?」

 「あ、あれは……アカデミー……と呼ばれる魔法……学校です。入学できれば……私たちの……いる世界には……ないような、珍しい魔法を……伝授してもらえます」

 「つまりは、あそこに入学すれば、例の座標転移の魔法ってやつを覚えられるってわけだな?」

 「は……はい……おそらくは……」



 とりあえず、ファンタジー初心者の僕にとっても非常にわかりやすいイベントのようだ。一旦は胸を撫で下ろすものの、僕はふと疑問に思って聞いてみる。



 「ちなみに、その魔法を習得するまでには、一体どのくらいの時間がかかるの?」

 「噂によれば……プレイ時間……で言うと……百時間……くらいと……」

 「ひゃ……百時間!?」



 イベント一つでクリアに丸四日かかるとか、流石にどんなクソゲーかと思ったよ。勿論僕らは常にゲーム内にいるわけだが、純粋に攻略に対して行動する時間が丸四日必要って意味だ。僕の落胆ぶりが伺えるだろ?

 何でも、アカデミーとかいうインチキ臭い新興宗教みたいな学校に入学後、学友との様々な交流を通じて困難を乗り越え、強力な魔法を習得していくとかいかないとかいうのが、このイベントの趣旨であるらしい。

 残念だが、そんな悠長なことをしている時間はない。ヤドカリちゃんには飛び級でも補習授業でも何でもやってもらって、一日でも早くロンドンに戻らなければならない。

 僕がこのグダグダの状況に頭を抱えていると、ヤドカリちゃんが何かを訴えかけるように僕のジャケットの裾を引っ張っていた。



 「た、タタラ君……あれって……タタラ君の……じゃ?」

 「え……・? 僕の? って、ああああぁぁぁ!!?」



 僕が振返ると、沢山の馬の引くトレーラーのような巨大な馬車が、激しい音を立てて城門からアカデミーに伸びる大通りを通り過ぎて行った。

 まあ、それ自体はどうでもいい。こんな世界なんだから、馬車や牛車の一つや二つ走っていてもおかしくない。問題なのは、その巨大な馬車の積み荷だ。その問題の積み荷が、哀れにもガリバー旅行記のように体中を縛られた僕のジークだったってこと。

 


 「ど、ドロボーォォォッ!!!」



 街の中心部にあるアカデミーに向かって、粛々と走り去って行く馬車を必死に追いかける僕とヤドカリちゃん。当然追いつけるわけもなく、馬車はどんどん見えなくなっていく。ふと振返れば、ヤドカリちゃんが盛大にずっこけて顔面を地面に激突させていた。

 一体僕が何をしたっていうんだ? コミュ障のガキんちょとわけのわからない世界に迷い込んだと思ったら、頼みの綱のジークが持ち込み禁止で、挙句に森に隠したジークをかっ払われるとか、災難にも程があるってもんだろ。まさかジークを置いてきた場所が駐禁で、レッカー移動されてるなんてことはないよな?

 僕はただただため息を吐き、うんざりしながらジークを乗せた巨大な馬車が向かった方向へ足を速めた。



 「た……タタラくーん! 待ってくださーい!」



 相変わらず足の遅いヤドカリちゃんが迷子にならないよう、僕は時折振り返りつつ何とかアカデミーとかいう巨大な建物に辿り着いた。

 


 「あ! タタラ……君……ありました!」



 ヤドカリちゃんが指差す方向に目をやると、ジークを乗せた巨大な馬車がアカデミーの側面に横付けされているのが見えた。僕は慌てて馬車へ向かって走った。



 「ちょっとちょっと、それは僕のTSだぞ! 一体どうするつもりなんだ?」



 僕はそこにいた、バーガンディーのローブだかマントだかを羽織ったインチキ臭いNPCのおっさんに、かなりイラついた様子で捲し立てる。

 そのおっさんは僕の憤っている様子を見て、馬車の御者の方を向いて嘲るように肩をすぼめた。



 「……君がこのゴーレムの所有者だって? 見たところ、魔力も全くないようだし、嘘を吐くのはやめなさい」

 「いやいや、魔力とかゴーレムとか、ちょっと何言ってるかわからないし。その機体は巨大人型機動兵器……ブリキの巨人こと、ティンソルジャーだって! この街には乗ったまま入れないって言うから、森に隠してきたんだよ!」



 それを聞いたローブのおっさんは、再び御者と顔を見合わせ、こともあろうにお腹を抱えて大笑いし出したんだ。

 まあ、ファンタジーゲームのNPCにSF巨大ロボットの話をしたって分かるわけないか。覚えてろよ、この原始人どもめ。

 僕があまりにカンカンになっているもんだから、見かねたヤドカリちゃんがローブのおっさんに質問を投げかける。



 「あ……あの……このロボ、じゃなくてゴーレムを……どうするんですか?」

 「ああ、森に珍しいゴーレムが落ちていると門番から報告があってね。アカデミーで調べる為に回収してきたんだ」

 「え……あ……門番て……え?」

 「あ、あの野郎!」



 門番なんて何人もいるだろうに、僕は街に入れさせなかった門番にしてやられたと思ったよ。

 できることなら、城門まで戻ってあのクソ門番に報復してやろうとも考えたが、今はジークを取り戻すのが先決だ。

 しかしながら、こいつらにいくらジークの所有権を主張したところで、百年かかっても理解なんてしてくれそうにない。



 「わかった。僕をこいつの胸の操縦席に乗せろ。そうすれば、僕にしか動かせないのがわかるはずだ!」

 「そんなことを言って、このゴーレムを奪って逃げるつもりじゃないだろうな?」

 「じゃあ、どうすれば僕のものだと認めてくれるんだ?」

 


 そう言うと、ローブのおっさんは不敵な笑みを浮かべて、勝ち誇ったように言った。



 「エラスティカでは魔力が全てを決するのだ。強大な魔力を持つ者が正義! 魔力のない者……力無き者は、ここでは虫けらに等しいということだよ!」

 「は、はあ……」



 ノスタルジックな街並みとは裏腹に、どうやらこの世界は力(魔力)のみが正義の甚だ世紀末なところのようだ。そんなこと言われたら、僕の取れる手段なんて一つしかない。



 「それじゃ、僕があなたを倒せば返してくれるんですか?」

 「……はん、笑わせないでくれよ。そっちのお嬢ちゃんも大した魔力もないようだし、ましてや君には全く魔力がなさそうじゃないか。……まあいい、どっからでもかかってきなさい。愚かな君たちにこの街の掟を教えてあげよう」



 ローブのおっさんは、またもや嘲笑するように肩をすぼめて首を振った。まあ仕方ない。あんまり気は進まないが、そうしないと返してもらえないようだし、やるしかないよね。



 「では、本当にいいんですね?」

 「ああ、構わんよ。好きにしなさい」

 「はい……わかりました」

 「た、タタラ君! な……何を!?」



 ヤドカリちゃんが止める間もなく、かん高い銃声が鳴り響き、自信満々に踏ん反り返っていたローブのおっさんの胸と腹には、二発の銃弾が撃ち込まれていた。

 どうやら護身用に拳銃を持って来たのは正解だったようだ。御者は腰を抜かし、ローブのおっさんは血だらけでその場に倒れたけど、NPCだし構わないよね?

 これでジークを取り返せると安堵している僕の横を、ヤドカリちゃんが慌てた様子で倒れたおっさんの元へ駆け寄って行った。



 「し、死んじゃう! レ、レザレクション! た、タタラ君……やり過ぎです!」



 ヤドカリちゃんが奇妙な呪文を唱えると、彼女のおもちゃみたいなステッキから淡い光が放たれ、おっさんの傷が見る見る癒えていった。



 「……は! 無詠唱であんな強力な術式を!? 一体何をしたんだ?」



 むくっと起き上がったローブのおっさんは、鳩に機関銃でも喰らったみたいな顔して呆然と僕を見た。



 「ちょっと何言ってるかよく分からないです。いいから、早くジークを返して下さい」

 「わわわ、わかった! 言う通りにしよう! おい、縄をはずすんだ!」



 指示を受けた御者が、慌てた様子でジークに巻き付けられていた縄を解いていく。やれやれ、ようやくジークを取り戻せるってもんだ。

 溜息を吐きながら、僕は大きな馬車に積まれたジークの胸元へとよじ登った。



 「全く、本当にロクなことがない……」



 何とか仰向けの機体のコックピットハッチまで辿り着いた僕は、一息吐いて空を仰いだ。



 「……ん? 何……あれ?」



 遠くの空に編隊を組んだ航空機みたいな影が、大挙して押し寄せて来るのが見えた。でも何かおかしいぞ。飛行機にしては少し遅いし、どちらかというと鳥の羽ばたきに近いような気もする。僕が間抜けな顔で目を凝らしていると、ローブのおっさんが叫び声を上げた。



 「ひ……飛竜!? 敵国シャーラタンの竜騎士団だ!」

 


 何をそんなに騒いでいるのかわからなかったので、僕はポカンとしながらヤドカリちゃんに聞いた。



 「何なのあれ? 敵なの?」

 「た、確か、エラスティカ……は、ドラゴンを使役している……国と敵対……していたんだと……」 

 


 一難去って、また一難。これが正規のルートとは思えないけど、プレイタイム百時間ってのもあながち嘘でもないようだな。本当にロクでもない世界に連れてこられたもんだ。

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