EP.14 ちびっ子お悩み相談室

 それではまず、前回までのあらすじを……。って、もうクソ過ぎて話す気にもならない。

 ヤドカリちゃんの座標転移魔法習得イベントということで、今回僕はお役御免で悠々自適のはずだったんだ。

 それがどうだ? 蓋を開けてみれば、僕の愛機ジークを高所作業車代わりに使われたあげく、よりにもよってパーティー一頼りなさそうなガキんちょと、更にロクでもない異世界に飛ばされちゃったんだ。



 僕らが立っている小高い丘の上からは、何とも異国情緒溢れる街並みが、僕にとってはまるで嫌がらせかのように広がっていた。

 この世界が件の魔法都市であることを僕に告げて、ヤドカリちゃんは僕の横であわあわとキョドっている。予想してなかったとんでも展開に呆然としてしまっていた僕。とりあえず冷静になってヤドカリちゃんに質問を投げかけてみた。



 「えーと、とりあえず一旦元いた場所に戻れない? エナさんとかも一緒にいた方がいいよね?」

 「……は! ……えーと……それは……ちょっと……(あわあわあわあわ)」

 「え……? ちょっと何?」

 「え、えーと……この……イベント……が……つまり、えーと……終わらない……と(あわあわあわあわ)」



 全く会話は成立っていなかったが、彼女の言わんとしていることは何となくわかった。どうやら、状況は僕が考えていたより更に最悪らしい。



 「その……ちょっと! ……イベント……をクリア……するか……ゲーム……オーバー……に、なら……ないと(あわあわあわあわ)」

 「……? つまりは、何かの決まったイベントをクリアするか、死なないとこの世界からは出られないってこと?」



 僕がヤドカリちゃんの言おうとしていることを何とか通訳すると、彼女は嬉しそうな顔をしてコクコクと何回も肯いて見せた。

 状況がわかったところで、最低の状況であることには変わりない。後は、エナさんや飛燕が気を利かせて助けにでも来てくれるのを期待するしかないかな。



 「あ、あの……げ……ゲート……は、一回……開く……と、その……えーと(あわあわあわあわ)」



 ヤドカリちゃんは更に僕に対して何かを伝えようと、しどろもどろに必死に訴えてきた。よしてくれ、この後に及んでまだ最悪の上塗りがあるっていうのか?



 「つまり……その……ゲートは、あの……違う場所に……移動します!」

 「……? ええええぇぇぇぇ!?」



 なんてこった。僕はこのコミュ障系魔法少女とたった二人で、このわけのわからない世界のロクでもないイベントとやらをクリアしなきゃいけないらしい。

 僕はただその場に佇んで、ひたすらあたふたとするヤドカリちゃんを呆然としながら見つめていた。

 非常に納得はいかないが、でももう仕方ない。こうなったら僕が自力でこのふざけたミッションをクリアして、少なくとも元いたロンドンに戻らないといけない。



 「まあ、とりあえずあの街に行けば、探してる転移魔法やら帰る為のイベントがあるんだよな?」

 「……あ! ……は、はい!」



 立ち止まっていても、一生この世界から出られないようなので、僕はヤドカリちゃんと目の前に広がる魔法都市『エラスティカ』へ行ってみることにした。

 一旦登って来た道を少し下り、僕らは地面に倒れるように屈んでいたジークの所へ帰ってきた。移動するにしても、ヤドカリちゃんも連れて行かなきゃならない。高所恐怖症らしいから、手に乗っけて運ぶわけにもいかないよな。



 「ちょっと、待ってな。機体の姿勢を直すから、後ろの席に乗るんだ」

 「……!? (あわあわあわあわ)」



 ひたすらキョドっているヤドカリちゃんを尻目に、僕はジークを起き上がらせてコックピットを水平にする。そして機体の左手を階段の踏台のようにして身を乗り出すと、僕は彼女へと手を差出した。



 「!?!?!?!? (あわあわあわあわ)」

 「早く掴まってくれ。さっきみたいに高い所じゃないから、恐くない恐くない……」



 エナさんたちがいないせいだろうか? ヤドカリちゃんのコミュ障に拍車がかかって、余計に口数が少なくなっていた。捨て猫でも保護してる気分だよ。

 びくびくしながらも、彼女は何とか僕の手を握り、ジークのコックピットへと乗り込んだ。物珍しいのか、コックピットの中で必要以上にキョロキョロとするもんだから、僕もいい加減痺れを切らす。



 「とりあえず、早く座ってくれないかな? 僕が座れないんだけど」

 「!!! (あわあわあわあわ)……す、すみません!」



 ヤドカリちゃんは逃げるように後部座席に座り、萎縮し俯いていた。まあ、昨日今日会った知らない年上の男と二人きりなんだから、彼女のこの反応も仕方ないっちゃ仕方ない。それにしても、先が思いやられるな。

 とりあえず早く出発したかったので、僕は無言でヤドカリちゃんの席のベルトを締めてやり、ジークを立ち上がらせると街へ向かって歩き出した。

 コックピット内には機体の駆動音だけが虚しく響いていて、酷い沈黙だった。ヤドカリちゃんは完全に僕に対して怯えてしまっているようで、一言も口をきかない。まあ、怯えてなくても同じようなもんかもしれないが。

 どんなにこの状況を嘆いたところで、僕はこの少女とそのイベントってやつをクリアしなきゃいけないんだよな。あまり気は進まないけど、最低限のコミュニケーションが取れるくらいには打ち解けとかないとまずい。



 「うーん、えーと、ヒカリちゃ……」

 「すみません……私、トロいですよね? いつもドジやって……皆に迷惑をかけて、ソウヤ君に馬鹿にされて……」

 「あ、え……?」



 僕がない知恵絞って必死に優しい言葉を掛けよとした時、唐突にヤドカリちゃんが話し出す。少し落ち着いたようで、何とか会話になった。



 「エナお姉ちゃんは、私がこんなでも……ヒカリちゃんは……そのままでいいんだよって、言って……くれるんです……」

 「ああ……そうなんだ……」



 さっきまで、必要なことすらまともに話せていなかったのに、ヤドカリちゃんは聞いてもいないネガティブな身の上話を一方通行で喋り始めた。



 「私……学校でもいつも……浮いちゃって、皆と……中々仲良くなれないんです。お昼休み……とか……いつも一人っきりで……」

 「あ……うん(だろうね)」

 「……お姉ちゃんは……ああ言って……くれますけど、やっぱり……このままじゃ……ダメ……だと思うんですが、……どう……でしょうか?」



 ジークが粛々と街に向かって歩みを進める中、コックピットの中は異様な空気感に包まれていた。勘弁してくれ、いつからジークのコックピットは、ちびっ子お悩み相談室になったんだ? これじゃ、エナさんに託児料でも請求しないと割に合わないぞ。

 ご存知の通り僕はこういう性格だから、ヤドカリちゃんの思春期の心の悩みなんてものは、便器には蓋があった方がいいのかって問題に匹敵するくらいどうでも良かった。まああれだ、何かそれっぽいことを適当に答えておけばいいんだよな。  

 


 「まあ、ダメなのはわかったけど、君は一体どうなりたいんだ? それが一番重要じゃないのかな?」

 「……エナお姉ちゃんは、強くて……美人で……頭が良くて……優しくて……凄いんです!」

 「なんだ、つまりエナさんみたいになりたいのか?」

 「……私も……お姉ちゃんみたいに……なれれば……きっと……今とは違う自分に! って、おこがましい……ですよね? せめて……周りの皆……みたいに普通に……」



 表情こそわからなかったが、きっと彼女は顔を赤らめて恥ずかしがりながら語っていたのだろう。

 確かにエナさんは美人で信用に値する人物だ。ヤドカリちゃんが憧れるのも十二分に理解できる。とりあえず、適当にポジティブそうなことを答えておこう。



 「そうかな? エナさんは確かに憧れるに値する人だとは思うけど、僕からすれば善人過ぎて危うくも感じるけどな……」

 「そ……そんなこと……ないですよ! 私なんかとは……比べものにならないくらい……凄い人です!」



 僕がエナさんに少し否定的な発言をすると、ヤドカリちゃんは珍しく興奮気味で反論をしてきた。だけど結論はそこじゃない。僕はただ、結局皆似たようなもんだってことが言いたかった。



 「他人に憧れるのもいいけど、君には君のアイデンティティがあるだろ? 昔の偉い学者が言ってたんだ。“我々は、他の人たちと同じようになろうとして、自分自身の四分の三を失ってしまう”ってね。そんな生き方、ただ疲れるばかりでナンセンスだとは思わないか? 自己否定ばかりしてないで、自分を認めてもっと気楽に生きてもいいんじゃないのか?」

 「そ……そんな……簡単に……」



 僕は虎の子のショーペンハウエルの言葉を引用した。恐らくエナさんが彼女に言ったことも、きっと似たようなニュアンスだったんだろう。だけど、それを完璧人間のエナさんに言われても、あまり説得力がない。僕みたいなひねくれた人間が言うことで、逆に信憑性が担保されるってもんだ。……たぶん。

 ヤドカリちゃんは何だか複雑そうな感じでもじもじしていたが、ちょっと心が揺れ動いたような声色で言った。



 「じゃあ……私みたいに……トロくて、恥ずかしがりやで……皆と上手くやっていけない……人間のこと、嫌いじゃ……ないんですか?」

 「僕が嫌いなのは、やたら騒がしかったり、人の中に図々しく踏み込んでくるような無神経な奴だ。君みたいな奴はこれまでにもいたけど、嫌いと思ったことなんてない(好きでもないけどね)。大体、君がまともだと思ってる周りの奴らなんて、蓋を開けてみりゃ大概はロクでもない連中ばかりなんだぜ?」



 ヤドカリちゃんはそれを聞いて再び沈黙してしまった。可能な限りヤドカリちゃんの存在を肯定してやったつもりではあったが、逆効果だったかな? まあ、最後の方なんかは調子に乗って余計なことを言ってしまった気もする。ジークの駆動音がこの沈黙の中に危機感を掻き立てる。

 永遠にも感じられるような、長い長い数十秒間の沈黙が続き、彼女はようやく決心がついたように口を開いた。



 「ありがとう……ございます! 今の言葉で……何だか心が少し晴れやかになりました!」



 さっきまでとは打って変わって、ヤドカリちゃんはぱっと明るい口調になっていた。どうやら、現状打開の為の僕のヤドカリちゃん懐柔作戦は、一応のところ成功したみたいだ。



 「凄いんですね……何だか自分を持ってるっていうか……周りに流されないっていうか……それで……あの……すみません……」

 「ん……?」



 と思ったら、再び何だか恥ずかしそうにもじもじしだし、覚悟を決めたように強い口調で言った。



 「あの……“師匠”とお呼びしてもいいですか!」

 「うん……絶対ヤダ」



 僕らがジークのコックピットの中で無益なやりとりをしている間に、ジークは丘を下って小さな森を抜け、魔導都市をぐるりと囲んだ巨大な城壁へと近づきつつあった。

 僕の懐柔作戦が凄かったのか、彼女がちょろ過ぎたのか分からない。ただ一つ言えるのは、ヤドカリちゃんの憧憬の対象を一人増やしてしまったってことだ。何だか余計に面倒なことになりそうだった。過ぎたるは及ばざるが如しってやつだよ。



 「で……では、師匠のことは……何とお呼び……すれば?」

 「だから師匠じゃないって! そうだな……呼び捨てとか、変な仇名とかじゃなけりゃ何でもいいよ(どうせ短い間だけだろうから……)」

 「それでは……」



 またまたヤドカリちゃんのもじもじタイムが始まる。どうやら、このもどかしさに耐えることが、僕にとってこの世界最大の試練なのかもしれないね。

 既に飛燕が僕のことを普通に呼び捨てにしてたけど、流石にヤドカリちゃんに呼び捨てにされたら、しばらく立ち直れないよ。



 「……お姉ちゃんみたいに……“タタラ君”て、……呼んでいいですか?」 

 「あ……うん、まあ別にいいけど……(師匠なのに“さん”付けはしてくれないのね……)」 

 「ヤッタ! これから……宜しくお願いしますね……タタラ君! 私のことは是非“ヒカリ”……と呼んで下さい!」

 「あ……うん、宜しく……ヤドカ、じゃなくて、ヒカリ……?」



 ヤドカリちゃんは後ろの席でやたら嬉々としていて、何だかこっちの調子が狂っちゃいそうだった。まあ、ギリギリで結果オーライってことにしておこう。問題なのは、忘れてたけどまたコンソールにあのメッセージが表示されたことだ。



 “新しいトランスデータ『ヒカリ』にアクセスできます。インストールしますか?”



 エナさんのときとは違って、よくわからない時間差表示だった。当然あのジークのモードチェンジのことは秘密だったので、僕はメッセージを消して何もなかったかのようなフリをした。



 そんなこんなで、ジークは魔法都市の入口である巨大な城門に差しかかっていた。幸い大きな門であった為、ジークに乗ったままでも何とか中には入れそうだ。

 さあ、来るなら来い。どんなロクでもないイベントだろうが、この世界でのジークの戦力的優位は、最初にエナさんたちと会った時に証明されているんだ。ジークさえいればどうにでもなるに違いない。



 「……ん? 門から人が出てきたな」



 鎖された門の方から、甲冑を身に纏った門番らしき男が走ってきたと思ったら、厳めしい顔で両手を大きく振ってジークの前進を止めた。NPCのようで通信はできないようだ。僕はハッチを開けて身を乗り出した。



 「あの、この中に入りたいんですけど!」

 「ちょっと待つんだ! 珍しいのに乗ってるな。……それはゴーレムか?」

 「ゴーレム……? よくわかりませんが、しいて言えば“ブリキの巨人”ですかね……」

 「ブリキのゴーレム……? 初めて見るな……」



 この門番らしき男は、ジークのことを勝手にゴーレムだかエルサレムだかと勘違いして珍しがっていた。正直このNPCにSF巨大ロボットの話なんてしても無意味だったので、好きなように言わせておけばいいと思った。それが浅はかだった。



 「ゴーレムを連れての通行は許可できない! 入りたいなら魔法で一旦消しなさい!」

 「あ、ええ!? 消せるわけないでしょ!」

 「それならどっかに置いて来なさい!」

 「そ、そんな、馬鹿なぁぁぁーーー!?」



 何とかコミュ症系魔法少女を懐柔したと思ったら、今度は頼みの綱のジークが街の中に入れないときたもんだ。

 いきなり出鼻を挫かれ、僕の不幸はまだまだ続くのであった。

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