第二章 キングスクロス・ゲート事件
EP.13 夢と魔法の世界へ?
既に機能を失っていた運営支部と通信装置に映った不気味な鉄仮面の出現。やっとのことでビッグベンに辿り着いた僕らであったが、リアルへの帰還の道筋は暗礁に乗り上げてしまっていた。
その後僕らはラムフォードに残してきたメンバーと合流し、ロンドン中心部の北にあるターミナル駅、キングスクロス駅に辿り着いていた。
わざわざ何でこんな駅まで来たのかって? 何でも、彼らの言うブリターニア(英国)は魔法使いにとっての世界の中心で、キングスクロス駅はその聖地であるらしい。
どうやら【MSPO】には座標転移魔法っていう隠し魔法があって、ここにその魔法習得の手掛かりがあるんだと。簡単な話、その魔法があれば日本へ行くことも夢ではないんだそうなんだ。
「わぁー! こ……こがキングスクロス駅……なんですね!」
ここで登場するのが、我らがコミュ症系魔法少女のヤドカリ(ヒカリ)ちゃんってわけ。初めて見るネオゴシック様式の荘厳な駅舎を前に、彼女はいつになくその瞳をキラキラと輝かせていた。
今は皆こんなにご機嫌だけど、お留守番させられたギルドメンバーの機嫌を直すのに、エナさんはだいぶ手を焼いていたっけ。まあ、彼らの為を思ってのことだけど、嘘を吐いちゃったのだから仕方ないね。
とりあえずエナさんは、イングランドの運営は機能していなくて、手掛かりは自力で日本まで行かないとわからないってことだけ伝え、ジークの謎のモードチェンジだったり、通信機のモニターに映った鉄仮面のことなんかは彼らに言わなかった。不安になり、パニックを起こすことを防ぐためだ。
駅舎の前でジークから降り立った僕は、ゲーム内の聖地に色めき立つ【MSPO】メンバーたちを尻目に、無関心で眠たそうにそれを傍観していた。
「……で、キングスクロス駅に着いたのはいいですけど、これから一体どうするんです? 駅員か運転手か誰かが、その転移魔法とやらを教えてくれるんですか?」
ファンタジーゲームにに全く興味も知見もなかった僕は、少し皮肉めいた感じで【MSPO】のメンバーたちに質問した。まあ、デリカシーもクソもなかった。
「タタラ君、いくら興味がないからって、そんな夢のないこと言ってると女の子に嫌われちゃうぞ……」
「ふん、これだから素人は困る。馬鹿も休み休み言え……」
「兄ちゃんさ、空気読めよ……」
「……ひ、酷い……です」
案の定僕の間の抜けた発言に対して、彼らからは総スカンを喰らった。【MSPO】以外のある一名を除いて。
「仕方ないですよね、タタラさん! 僕もファンタジーには詳しくないから、よくわからないんですよー」
「あ、うん……そうなんだ……」
恒例行事みたいに、VRアイドルのミズキが僕の左腕へべったりとしがみついてきた。僕はこの瞬間、いつも背筋に悪寒が走った。
それだけならまだいいんだけど、ミズキがこういうあざといスキンシップをしてくると、決まってあいつの機嫌が悪くなるんだ。
「あんたいい加減そういうのやめたら? タタラに取り入って何がしたいのか知らないけど、やってて恥ずかしくないの?」
「ひ、酷い、飛燕さん! 僕はただタタラさんと仲良くしたいだけなのに! 羨ましいなら、飛燕さんももっと積極的にアプローチすればいいじゃないですか?」
「だ、誰がタタラなんかと! ふざけたこと言ってると、アイドルだろうがサンダルだろうが本当にブッ飛ばすよ!」
「や……やめようね、二人ともお互い煽るのは……」
「プッ! ……タタラ君、モテる男は辛いね」
※ネカマアイドル(※勘違いです)のミズキと、このパーティー一の乱暴者の小競合いに挟まれて、僕はげんなりして頭がクラクラしていた。エナさんはそれを見て、盛大に噴き出していたよ。
全く、改めて自分が不幸の星の下に生まれてしまったことを、僕は呪っていた。本当に女の子に関わると、ロクなことがない。ああ、ミズキはネカマだったんだっけ(※勘違いです)。
そんなこんなで、一度仕切り直して僕らはその転移魔法やら何やらの手掛かりについて話し合っていた。
「この駅のどこかに異世界への入口があるって話みたい。そこには魔導士の国があって、座標転移魔法を覚えられるって話なの。そうだよねヒカリちゃん?」
「うん……駅のどこかの壁に……隠された見えない……ゲゲ、ゲートがあって、……そこに飛び込むと、NPCしかいない……魔法都市……があるらしい……です」
エナさんの問い掛けに、ヤドカリちゃんはまるでビッグベンの通信機を彷彿とさせるたどたどしさで答えた。
それにしても、相変わらず僕からしたら眉唾な話だった。どこかの壁に飛び込んで異世界へ行けるなんて、ただ単に壁に頭でもぶつけて、一人で素敵な世界に行っちゃっただけのようにしか思えない。
もう少しで自分の思っていることを、正直に言いそうになっちゃったけど、さっきと同じ轍を踏むだけだと思ってやめた。
「で……どうやってその誰も見えないゲートとやらを探すんですか? まさか、駅舎中の壁に突っ込んで確かめるわけじゃないんでしょ?」
「当り前でしょ。メイジのヒカリちゃんは、ジョブ特性で魔力探知力が高いの。ヒカリちゃんならゲートの場所を探し出せるはずだよ」
それを聞いて僕は一安心した。どうやら今回のイベントでは、僕はお役御免みたいだからだ。ヤドカリちゃんにはさっさと異世界でも不思議の国にでも行ってもらって、その転移魔法とやらを覚えてきてもらおうじゃないか。
僕が高を括っていると、ヤドカリちゃんは子供のおもちゃみたいなステッキを前に掲げて、うろうろと異界へのゲートを探し始めていた。
「……ここです! ……ここが一番魔力を……強く感じるんです」
ヤドカリちゃんはキングスクロス駅の正面玄関のど真ん中で立ち止まり、皆にそこが怪しいと呼び掛けた。
仮にも隠しゲートだってのに、よりにもよってこんな入口のど真ん中にあるとか、流石にこういうことに疎い僕でも訝しんでいた。
「おかしいわね、どこにもそれらしい怪しい壁はなさそうだけど?」
「ヒカリ……本当にここなのかよ?」
エナさんとソウヤが、首を傾げながらヤドカリちゃんを取り囲むと、ヤドカリちゃんはステッキを高く掲げてそれに答えた。
「よく……わかんない……だけど、上の方から……より強い……魔力を感じるよ」
ヤドカリちゃんが高く掲げた子供のおもちゃみたいなステッキは、入口中央の真上にある時計台の方を向いていた。それを見てエナさんが何か閃いたようだ。
「なるほどね……あそこなら飛翔魔法でもない限り、場所が特定できても簡単には辿り着けないわね」
「どうしよう……お姉ちゃん……?」
「えーと……そうだ! 調度いいよ、タタラ君! ちょっと手伝って!」
エナさんがまた何か閃いたようだ。満面の笑みでこっちに手を振ってくる彼女を見て、僕は悪い予感しかしなかった。
「君のTSの手にヒカリちゃんを乗っけて、もっと上の方を調査したいの!」
「え……?」
全くこの人は、僕のジークを高所作業車かなんかと勘違いしてるんじゃないのか? こういう使われ方には正直思うところはあったが、まあ仕方ない。僕は渋々調査に協力することにした。
コックピットに乗り込んだ僕は、小鳥でも手に乗っけるように機体を跪かせて地面へ右の掌を伸ばした。
「上の方を見るのはいいですけど、時計台の半分くらいまでしか届きませんよ!?」
「別にいいの! 届かなくても、ゲートの位置がどのくらいにあるか検討をつけられるから!」
戦闘でもないので、僕はコックピットハッチを開けたままエナさんの指示を仰いだ。ヤドカリちゃんにはジークの掌に乗るように促す。
「さあ、気を付けて乗ってくれよ」
「う……うん……よ、宜しく……お願い……します」
ヤドカリちゃんは酷く緊張した様子で、まるで熱湯風呂にでも足をつけるように慎重にジークの掌に足を踏み入れた。乗ったはいいものの酷く怯えている様子で、何だか僕まで恐くなってきた。
「えーと、上げて大丈夫……かな?」
「は……はい! ゆ……ゆ、ゆっくりお……願いします!」
僕は水を一杯に入れたコップを動かすみたいに、ヤドカリちゃんの乗ったジークの掌を、超ゆっくりと慎重に時計台の方へと上げていった。
全く、これなら普通に敵と戦ってた方がよっぽど楽なような気がするよ。僕はリアルなら脂汗でも出そうなほど、集中しながら作業を行っていた。
「こ……ここです!」
大体12メートルくらいの高さだろうか。ヤドカリちゃんが声を出して僕に制止を求めてきた。
ヤドカリちゃんが止まった時計台の壁は他と大差ないレンガの壁だった。彼女はその壁を見つめたまま微動だにしない。
「どーお!? ヒカリちゃん! そこがゲートなの!?」
「ヒカリ―! どうかしたのかー!?」
下からエナさんたちが心配そうに彼女へ向かって呼び掛けるが、やはりヤドカリちゃんは動かなかった。
流石の僕も心配になって、コックピットから出る。そしてジークの掌で棒立ちになっている彼女の様子を伺った。
「お……おい! 一体どうしたんだ?」
すると彼女は出来の悪いカラクリ人形みたいな動きで振返り、僕の顔を今にも泣き出しそうな表情で見つめて言ったんだ。
「あ、あの……私……た、高い所……凄く……ダメ……なんです! こ……これ以上……たたた耐えられませーん!」
「え……ええええ!? そ、そういうことは最初に言いなさいよ!」
確かに何かおかしいと思っていた。いや、あの怯えようを見て薄々僕も感づいていた。全く、この子はどんだけポンコツなんだよ。
「ま、待ってろ! 今すぐ降ろすから!」
僕は急いで操縦席に戻ると、上に挙げていた右手を下そうと操縦桿を握りしめる。だがTSの手はエレベーターじゃないんだ。揺れずに安全に速くなんて、当然いくわけがない。
「も……もう駄目です!!」
「ヒカリちゃーん! 頑張って!」
「ヒカリー! しっかりしろー!」
完全に緊張の糸が切れたヤドカリちゃんは、フラフラと前のめりになって前方の建物の方へと倒れようとしていた。そんなもんだから、僕は慌ててジークの手を前に出してしまい、図らずもあんなロクでもない事件に発展してしまったってわけ。
「な、なんだ!? 壁が裂けたのか? す……吸い込まれてる!?」
普通であれば、建物の外壁に巨大な穴を開けてしまうところなんだろう。だけど、ジークの伸ばした右手の先にはワームホールみたいな大きな穴が発生していて、巨大なジークの機体ごと僕はその中へと吸い込まれていった。
「ヒカリちゃーん!! タタラくーん!!!」
「ヒカリーーーー!!」
「タタラーー!! ヒカリーー!!」
「タタラさーん!!」
パーティーメンバーたちの僕らを呼ぶ声が辺りに虚しく木霊する中、僕とヤドカリちゃんは為す術もなく、あのロクでもない世界へと旅立って行ったんだ。
これが後に『キングスクロスゲート事件』と僕が勝手に命名した、このキングスクロス駅周辺で巻込まれた理不尽で不幸な一連の出来事の始まりってわけ。
僕とヤドカリちゃんは、時空が目まぐるしく流れて行く亜空間の中をただひたすら流され、徐々に意識は薄れていった。
一体どうなってるんだ? ただでさえここは狂ったゲームの世界だって言うのに、これ以上一体どんなクソな場所に連れて行かれるっていうんだ?
僕は脳内でひたすら不平不満をぶちまけながら、あまりの気持ち悪さに意識を失った。
★
「……下さい!」
「……きて……下さい!」
あ、なんか聴こえるな。もう少し寝かせてくれないか? 今日はロクでもないことばっかりで、とても疲れているんだ。
「……起きて……下さい!! 大丈夫ですか?」
「……んんん?」
あまり聞き慣れない呼び掛けで起こされたと思ったら、すぐ目の前にあったのはヤドカリちゃんのおどおどした幼い顔だった。
何だか草の匂いがする。周りを見回すと、僕は草の大地に倒れ込んでいて、ジークは何かから僕らを守るように大地に屈んで僕らに覆いかぶさっていた。コックピットハッチを開けっ放しで、シートベルトをしてなかったから、操縦席から落っこちたみたいだ。
でも、どうやらゲームオーバーってわけではないらしい。当然っちゃ当然だけど。
横でおどおどしているヤドカリちゃんを尻目に、立ち上がった僕は周囲の様子を伺おうと歩き出した。どう考えても、さっきいたキングスクロス駅とは似ても似つかない。
僕が倒れ込んだ場所は緩やかな斜面になっていて、辺り一面青々とした草原が広がっていた。穏やかな風に吹かれて青い草がざわざわと波打っている。この斜面をちょっと登れば、景色が開けるかもしれない。どんなところなのかを確かめる為、僕は斜面を登っていた。
「ここって一体……?」
斜面を登りきった僕の眼下に広がっていたのは、ロンドンよりも青くて高い空の下に広がる、まるでタイムスリップしてしまったようなノスタルジックな中世ヨーロッパの街並み、そしてその街の中心にはゴシック様式の宮殿のような巨大な建造物が見えていた。
一人で勝手に歩いて行ってしまった僕を、ヤドカリちゃんが息を切らせながら急ぎ足で追いかけて来た。山道って程ではないけど、ミリタリーブーツを履いてる僕とは違って、彼女の古めかしい木底のブーツでは多少歩き難いようだ。
「ハァ、ハア……ま、間違い……ありません。あそこが……魔法都市……『エラスティカ』です!」
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