EP.12 東京本部応答せよ

 とあるファンタジーゲームプレイヤーと特殊な融合を遂げた愛機ジークは、「S」ランクTSラブレッタ率いるイングランド最大のギルドを追い払ってしまった。

 まるで夢幻のようじゃないか。いや、この状況が夢幻であったなら、どんなに良かったことだろう。これもまた、僕らの苦難の始まりに過ぎなかったのだから。



 「あー! 疲れたーー! ちょっと外に出ていいかな?」

 「あ……はい、お疲れ様です」



 後部席に座っていたエナさんが外に出たがったので、僕はコックピットのハッチを開ける。強烈な西日に僕は掌で目を覆った。

 すると、ジークのサポートAIが条件反射のようにメッセージを発し、機体を覆っていた甲冑が再び光り出した。



 “アクセスデータ『エナ』の離脱を確認・・当機はこれよりノーマルモードへと換装します”



 「そうか、エナさんが降りると戻るのか・・」

 「ふーん、なんか不思議だね」

 


 ジークが身に纏っていた大袈裟な鎧や剣は、幻であったみたいに細かい光の粒子となって周囲へと飛散して行った。これで元のお世辞にもスタイリッシュとは言えないが、シンプルで兵器然としたいつものジークに戻ったってわけだ。

 ふと下を見ると、先程後方へ下がらせた飛燕が不思議そうな顔をして僕らのことを見上げていた。



 「エナ、タタラ……ありが――」

 「……飛燕ちゃん!」



 飛燕が気恥ずかしそうにお礼を言おうとしたその時、エナさんが急に血相を変え、凄い勢いで飛燕の所へ飛び降りて行った。



 「え、エナ!?」

 「……助かって……助かって本当に良かった!」



 エナさんは飛燕の頬を優しく撫でると、自身の胸の中に飛燕の顔を埋めさせるように強く抱きしめていた。

 飛燕はエナさんのオーバーな言動に狼狽し、酷く反応に困っているようだった。しかし、エナさんが自分のことを本当に心配していたのだと気付くと、自身の軽率な行動を詫びた。



 「……ごめんね、エナ。迷惑かけちゃったよ……せっかく二人が命を懸けて逃がそうとしてくれたのに……」

 「……本当に無茶するんだから! お姉さんは寿命が縮んだよ!」



 エナさんは胸を撫で下ろすように、飛燕の頭を優しく撫でた。まあ、コックピットから飛び出してTSに斬りかかろうとしてた人が言うかとも思ったけど、少なくとも彼女が心から僕らのことを守ろうとしてくれているのは間違いない。

 過剰なまでの責任感、圧倒的献身、自己犠牲も厭わぬ勇気……どう考えてもエナさんは同盟者として十分過ぎるくらい信用に値する人格者であった。飛燕だってガサツでぶっきら棒だが、仲間の為なら損得抜きで命がけで戦う馬鹿正直な奴だ。

 エナさんの先程の不思議な力もあるし、僕としてはこの同盟は喜ぶべきものだったのかもしれない。だけど僕は気持ちがすっきりしなかった。彼女たちと一緒にいると、まるで自分の生き方を否定されている気分になるからだ。

 でもまあいい、こいつらとは長くてももう少しの付き合いのはずだ。平時に戻れば、またいつもの一人気楽なVRMMOライフが始まるはずなんだから。



 「エナさん、暗くなってきましたし、一旦戻りますか?」



 とんだ強行偵察になってしまったが、奇跡的に今のところ最大の脅威と目されていたクワイエットプリーストと停戦することができたのは大きい。ホテルに残してきたメンバーと合流しても、特に問題はなさそうだった。

 僕の最もな提案を耳にしたエナさんは、ゆっくりと僕の方を見上げた。夕焼け色に染まった彼女の美しくて凛々しい顔には、何か張りつめた覚悟のようなものを感じた。



 「いいえ……このままビッグベンへ向かうよ……」

 「……って、それじゃ偵察の意味がないですよね?」

 「ごめんなさい……最初から私たちだけでビッグベンへ行くつもりだったの。これが一番皆を危険に晒さない方法だと思ったから……」



 最初から何か訝しげな偵察だと思っていた。嘘を吐かれていたことは同盟者としては釈然としなかったが、彼女の信条を考えると、それが善意から出た嘘だということは間違いない。善人ではあるが、やっぱり少し腹黒なんだよね、この美人さんは。

 飛燕はって言うと、エナさんの言うことには「エナがそうしたいなら、そうする……」なんて、借りてきた猫みたいに大人しく従順なんだぜ? よくもまあ、こんなきかん坊を手懐けたもんだよ。

 まあいい、早いとこビッグベンに到着してリアルへの帰還の方法が分れば、このどうも調子の狂う同盟は自然消滅で、結果オーライじゃないか。



 僕らは作戦目的を当初の偵察からロンドン中心部への到達へと変更し、日が刻々と落ちて行く中、ボウロードを西へ西へと進んで行った。

 薄暗くはなってきていたが、右手にこれから青い闇に沈もうとするロンドン塔が見えてきて、ロンドンに来たんだなと実感が持ててきた。

 そして、ふと平常心に戻った僕は、既にあり得ないことに対してさして疑いを持たなくなってきていることに気付いていた。まあ、これだけ荒唐無稽なことが起こり続ければ無理もない話なのだが。



 「もう今更かもしれませんが、さっきの機体のモードチェンジみたいなのは、何だったんですかね? まあ、あの力のおかげで助かったんで、あまり深くは追及しませんでしたが……」

 「そうだね、実際私がわかるのは、この子と一体になった時の感覚的なものだけだからね。私というより、この子の方に原因があるんじゃないかな? この子結構古そうだけど、どうやって手に入れたの?」



 テムズ川に架かる街灯に彩られたタワーブリッジを渡りながら、僕らはさっきの不思議な出来事についてお互いの疑問を向け合っていた。僕は周囲を警戒しつつも、エナさんの問い掛けに答える。



 「あまり課金したくなかったんで、古すぎて倉庫に眠っていたこいつを譲ってもらって、自分でいじったんです。複座なのは昔の戦闘機みたいでレトロでいいなと思ってましたが、まさかこんな機能があったとは……」

 「ちょっと待って、違うゲームのキャラクター個性を実体化させる能力なんて、作って一体誰が得をするっていうの?」

 「そんなの知りませんよ。システム不具合のせいかわかりませんが、僕らもこいつも夢でも見ているのかもしれませんね……」



 結局こんなこと議論したところで、情報がなさ過ぎてロクな仮説も思い浮かばない。原因はリアルに戻った後にでもゆっくり運営さんに考えてもらえばいいとして、今はどうこの難曲を乗り越えるかが大切ってわけだ。


 

 「では、あの力ってエナさん以外でも使えるんですかね? 剣士のエナさんが乗ったら剣士で、飛燕が乗ったら格闘家にでもなるんじゃないですか?」

 「タタラ君、まだあの力には分らない点が多いの……。だから今はこの三人だけの秘密にして欲しいな。それと、私以外でこの力は使わないでくれないかな? 飛燕ちゃんもいい?」

 ――別にあの子たちに言ったりしないよ。それに、私だって仲間をやった奴と同じロボットになんてやっぱり乗りたくないし……」



 エナさんの切実そうなお願いに、やはり機体の肩に陣取った飛燕が淡々と答えた。そうか、まだこいつも仲間へ対する思いを精算できているわけではないんだな。

 そうこうしているうちに、僕らは再びテムズ川に差しかかった。テムズ川に架かるウェストミンスター橋には趣のある街灯が灯り、闇の中にライトアップされたビッグベンが幻想的に浮かんでいた。

 ビッグベン内部は事実上パークライフ社の運営支部になっており、勿論如何なる戦闘行為も禁じられていた。どうやらこの時計塔は【MSPO】にも存在し、同じような役割をしているらしい。



 「あんなに明りが灯っているのに、恐いくらい静かね……」



 橋を渡りきったところで僕らはジークから降りた。誰もここには来たことがなかったが、エナさんはその異様な静けさを訝しんでいた。

 入口の扉は開け放たれていて、僕らは少し警戒しながら建物内部へと入って行く。まあ、普通の強盗や怪物が出てくるくらいなら、この二人がいれば恐れるに足らない。

 しかし、パークライフ社の運営支部であるはずの正式名称ウェストミンスター宮殿内部には、強盗や怪物どころかネズミ一匹見当たらなかった。本来なら、運営スタッフのアバターやサポートNPCがうろうろしているはずなんだ。



 「もぬけの殻……ですね。でも、不思議とさっきまで誰かがいたような……」

 「仕方ないね……それじゃ、東京の運営本部との通信装置があるはずだよ、それを探して! 運営の通信網は私たちと別回線のはずだから」



 僕らはエナさんの言う通信装置ってやつを探して、ウェストミンスター宮殿の中を駆け回った。案の定人っ子一人見当たらなくて、豪華な装飾や壮大な絵画に囲まれた空間が、余計に寂しさを醸し出していた。

 


 「エナさん! こっちです。通信装置みたいなものがあります!」



 薄暗く埃っぽい小さな部屋の一角に、モニターこそ付いてはいるが、まるで旧世紀の記録映画にでも出てくるような古臭い通信機を見つけた。まあ、こういう一見無意味だが遊び心のある趣向は嫌いではない。



 「何これ? タタラのロボットみたいにオンボロだけど、ちゃんと使えるの?」

 「お前はいちいち人の癇に障ることを言うんだな……」

 「まあまあ……飛燕ちゃんに悪気はないのよ。使えそう?」



 電源は簡単に入った。モニターが点いて通信機からは雑音が聞こえてくる。モニターはわざわざブラウン管みたいにザーザーとノイズが入るように作られていて、映りはお世辞にも良いとは言えなかった。



 「全く、こんなところまでそれっぽく作らなくてもいいのにな……」



 段々周波数か何かがあってきて、モニターの向こうに人影らしきものが見えてきた。どうやら、こっちが通信しようとしていることに気付いているみたいだ。ノイズ混じりだが人の呼び掛けらしきものも聴こえた。



 「……ちらは……東京……本部……ロンド……何か……いるのか? 応答……たし」

 「呼び掛けてみます! メーデー、メーデー、メーデー、こちらは日本国籍の邦人ユーザー、日本国籍の邦人ユーザー、日本国籍の邦人ユーザー。メーデー、日本の邦人ユーザー。位置は英国ロンドン、ウェストミンスター宮殿内。システムの復旧はまだか? ゲーム内に深刻なバグが発生しており、危険な状況……すぐに救助されたし。邦人ユーザーは七名。メーデー――」



 おそらく東京の運営管理本部と繋がっていることは間違いない。僕は必死にモニターの向こうの運営スタッフらしき人影に救難信号を出した。



 「深刻……は何か? ……ンドンで何……ている? ……我々……の情報……要……いる。……応答……し――」

 「はぁー!? 何言ってんだか全然わかんない! 何でこんなに通信状況が悪いの?」



 通信状況の悪さに飛燕がイラついて悪態を吐く。ブツギレの相手の言葉を聞くところによると、どうやら向こうも相当混乱しているらしきことはわかった。

 僕らは手に汗握りながら相手の言葉に耳を澄ませるが、僕らが期待していたような展開にはどう考えてもなりそうになかった。堪らず、エナさんが声を荒げる。



 「ちょっとどうなっているの!? こっちには沢山の子供がいるの! 復旧はいつなの? 東京はどうなっているの? 答えて!!」

 「こち……安全……確保……いる。外部……界中……支部……現在……くなっている。現……因調……君た……救助ない。そ……待機か……自力で東京へ――」

 「待って! このまま東京へ行けってこと!? ちょっと!!」

 「ダメです! 通信が切れたみたいです……」



 モニターに映った運営スタッフらしき人物は、異邦の地で難民となった僕たちに自力で東京へ向かえというような言葉を残し、いよいよ障害だらけの通信は途絶えてしまった。



 「エナ……東京へ来いって行ってるの? 私はログイン時のステージ指定でここに来たけど、普通に移動したらどのくらいあるの? そもそも行けるものなの?」

 「東京とロンドン間の距離は約一万キロ……ゲームとはいえその間も再現されているはずだから、物理的には可能だよ。でも……」

 「無理ですね……飛行機でもない限り」



 たかが人が創ったゲームの中の偽物の世界ではあったが、その絶望的とも言える距離感に僕ら三人は絶句してしまった。僕らが辿り着いた帰還への僅かな手掛かりは、ここまで来て潰え、振り出しに戻ってしまったんだ。



 「ま……待って下さい! またモニターに何か?」



 完全に消えてしまっていた通信装置が再びノイズを発し、モニター上には酷く薄暗い空間の中に異様な人影が映し出されていた。



 「なんだこいつ!? 不気味なマスク付けやがって! 誰だ?」

 「気持ち悪い……まるでホラーゲームのキャラみたい」

 「こ、こいつは……!?」



 飛燕は何かに気付いたようだったが、僕らにそれを確かめている余裕はなかった。黒装束でまるでドクロのようなおどろおどろしい鉄仮面を被ったそいつは、僕らの反応など無視するように沈黙していた。そして、何かに反応するようにゆっくりと喋り出したんだ。



 「……コノ世界ハモウ……テイル……」

 「マシンボイス!? こいつAIか何かか?」

 


 邪悪ないで立ちに不釣合いな無感情で機械みたいな声が、余計にこいつの不気味さを強調させた。その不遜な態度にエナさんが激昂し、通信機に拳を叩きつけた。



 「ふざけないで! 何なの一体!? 悪い冗談はいい加減にして!!」

 「ま、待ってエナ……こいつは……!」



 エナさんの激昂に全く動じる様子もなく、何かに気付き戸惑う飛燕。焦燥する僕らを嘲笑うかのようにそいつは淡々と最後通牒を突きつけてきたんだ。



 「諦メヨ、汝ラノ道ハ閉ザサレタ……。我ハ『ギガデス』……新世界秩序ノ監視者也」

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