EP.11 巨大ロボットは侍女剣士の夢を見るか?

 僕はこんなミリタリー色の強いロボットゲームなんかやってるから、敵を虫けらみたいに無双するスーパーロボットなんてナンセンスで非科学的だと思ってる。

 だけどそうだな、小さい頃はそういう馬鹿げた無敵のスーパーロボットに胸を高鳴らせ、大昔のテレビアニメに釘付けになっていたっけ。

 そうだ、そんな子供っぽくて安っぽい無敵のスーパーロボットだったら、こんな状況も覆せるんじゃないか? 目の前のクソ野郎どもをぶちのめせるんじゃないのか?



 目の前の赤い光が消えてコンソール上の機体の全形は、まるでジークがエナさんみたいな甲冑を身に纏っているようだった。

 僕の美学には反するものの、機体性能も大幅に向上しているように見てとれた。それになんだ? 誰かの意思が僕の中に入ってきて、これからどう動かせばいいかを示唆しているように感じる。



 「エナさん、一体どうしたんですか? 戦うって……?」

 「よくわからない……だけど、今はこの子と私は一体となってるみたい。この子の状態も力も、手に取るようにわかるの」

 「じゃあ、エナさんがこいつを動かせるってことですか?」

 「いいえ……動かすのは君。君があいつらに私の意志をぶつけるの!」



 エナさんはさも当然のように言ってるけど、僕にとっては意味不明もいいところだった。しかしながら、頭では理解できなくても体は理解している気がする……ゲームの中だけどね。

 そうか、僕の中に入ってきているのはエナさんの意思なんだ。原理は不明だが、僕とエナさんの意思が繋がっていて、目の前の敵と戦いたがってるのが、まるで自分のことのようによく伝わってくるんだ。

 お利口なサポートAIいわく『セイバー』モードとなったジークは、中腰からゆっくりと立ち上がり、目の前に結集したランブレッタをはじめとする“クワイエットプリースト”の面々を見据えた。



 ――なんだ? 機体の形が変貌しただと? データにはない装備だな。ケニー機、ロッド機、ドギー機は前方の敵へ向かい砲撃用意!」



 ジョン・ウォーカーの口調にさっきまでの余裕がなくなっていた。とりあえず、未確認の敵に対して距離を取って砲撃で様子見するみたいだ。

 しかしながら、奇妙な現象が起こったわけだが、相変わらず大ピンチなのには変わらなかった。今敵に飽和攻撃をされたら、あっという間に蜂の巣になるのは目に見えているんだ。


 「どうすりゃいいんだ!? これじゃ、あいつに辿り着く前にスクラップになっちゃいますよ!」

 「大丈夫だよタタラ君……私とこの子の力を信じて!」



 取り乱す僕とは対照的に、エナさんは恐いくらい落ち着き払っていた。仕方ない、もうヤケクソだ。エナさんの思うがままに動かすしかないみたいだ。



 ――撃てぇぇ!」



 “不可視シールド展開・・敵機からの通常弾頭攻撃を遮断します”



 ジョン・ウォーカーの号令とともに前衛の三機が一斉に砲撃を開始する。僕はエナさんの意思のまま、左腕に申し訳程度に付いていた盾を前方へ掲げた。

 普通に考えて、こんな控えめな盾で敵の砲撃を防げるはずなんてなかった。僕が瞬きをした短い間に目の前で砲弾が次々に炸裂していたが、それは全て掲げられた盾の向こう側での出来事だった。



 「……見えない盾なのか?」

 「そうだよ……私たちのゲームで言ったら、『ワンダーウォール』って言ったところかしら? 範囲は限定的だけれどね」



 よく分からないシールドのおかげで、何とかやり過ごしたようだ。しかし砲撃により立ち上った煙が晴れたら、一体どう攻撃すればいいんだ? あっちだって黙っちゃいないはずだ。



 ――あの砲撃を受けて無傷だと? 一体どうなっているんだ?」

 ――マスター・ウォーカー、あの敵に遠距離からの砲撃は通じないようです。とは言えたかが一機、ライフルも装備してないみたいです。かくなる上は突撃して近接戦闘にて撃破を! ロッド、ドギー、俺に続け!」

 ――待て、ケニー! まだどんな武装を隠しているかわからないんだぞ!」



 ジョン・ウォーカーの制止も聞かず、三機のヴェスパが銃剣を構えて僕らの元へ向かって突進を開始する。変貌したジークは機関砲を持っていなかったので、どうやって迎え撃つっていうんだ?



 「まさか銃剣相手に素手で戦うってわけじゃ!?」

 「いいえ、こっちにだってあるよ……この子に相応しい剣がね」



 “トランスデータ『エナ』の思考データに基づき新規武装・・・魔剣『グラム』を実体化・・・完了”



 手ぶらだったセイバージークの両手は、これまた大昔の騎士物語にでも出てきそうな大そうな剣を握りしめていた。

 しかし、こんな見掛け倒しの剣を装備したところで、今向かってきている三機のヴェスパを、一体全体どうやって倒すっていうんだ?



 「エナさん……?」

 「行くよ、タタラ君。……ぃやぁぁあああああああああああああああああ!!」



 創り出した剣を敵に向け構えると、エナさんは前に座っている僕がビビッてしまうくらい強烈な叫び声を上げた。僕はそれに導かれるまま三機のヴェスパの攻撃を掻い潜って前進し、全力で敵に斬りかかる。

 気が付くと、二機のヴェスパは頭部を刎ねられて沈黙。最後の一機は胴体を一刀両断されて、下半身だけが明後日の方向へ走り去って行った。よく周囲を見回せば、傍にあった建物まで綺麗に真っ二つになっている。



 「な……敵三機を一瞬で一刀両断? 仮にも金属だぞ! どんな切れ味してんだ!?」

 「北欧神話の英雄、ジークフリートの魔剣『グラム』……石や鉄も簡単に切裂き、ドラゴンも退治したと言われる伝説の剣よ……」

 「そ……それはいいとして、あのかけ声って剣道ですか?」

 「あら、言ってなかった? 私、剣道三段なの」



 エナさんは得意気に微笑していた。ランク「B」ではあったが、一瞬で三機のTSを撃破したインパクトは相当なものに違いない。

 前方で様子を伺っていたランブレッタ以外のTSたちは、まるで恐怖に慄くように後ずさりをしている。とは言え、敵はまだ十機も残っているし、ランブレッタも健在だ。好転しているとはいえ、状況は予断を許さなかった。

 敵との通信はまだ生きていたので、ジョン・ウォーカーや他のギルドメンバーのざわつきが、雑音混じりで聴こえてくる。

  


 ――マスター・ウォーカー、ご、ご指示を!」

 ――くっ……騎士の甲冑のような姿にあの化物染みた強さ……嫌な奴を思い出す。クラスター弾だ! クラスター弾の飽和攻撃で敵の足を止めろ!」



 ジョン・ウォーカーの号令の元、二機のミサイルランチャーを装備したヴェスパが前面に出てくる。どうする? これじゃ、あいつを助けたくても、これ以上近づけない。



 “敵機よりロックオン・・特殊戦術兵器による攻撃に警戒されたし・・”



 「危ない、エナさん! クラスター弾だ!」

 「大丈夫だよ、タタラ君……このまま行けるよ!」



 左右二方向からクラスター弾が発射される中、僕とエナさんは敵目がけて走り出した。敵が発射した弾頭が分裂して多数の子爆弾が炸裂する。僕らは瓦礫が無数に飛び交う爆炎の中、ほんの僅かな隙間を針で縫うように前進して行く。

 まるで爆弾が僕らを避けて爆発しているようだ。そう、これがエナさんの第六感『クローストゥジエッジ』の真骨頂だった。



 「エナさん、行けます!」

 「はぁぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!」



 爆炎の中を躊躇なく進み続けた僕らは、あっという間にミサイルランチャーを装備した二機のヴェスパを、一刀両断に斬り捨ててしまう。



 ――マスター・ウォーカー、こうなったらその女を人質に、降伏を宣告してみては?」

 ――馬鹿か? たかが一機のTSを相手に、女を人質に取るなんてしてみろ! “プリースト”は英国中の笑いものだぞ!」


 

 狼狽するクワイエットプリーストのメンバーたち。イングランド最大のギルドであるという面子により、行動に迷いの出たジョン・ウォーカーの隙を、エナさんは見逃さなかった。



 「そこッ! 籠手ぇぇぇぇぇぇぇええええい!!」



 無駄のない一瞬の剣捌きだった。飛燕を掴んでいたランブレッタの青い腕は、付け根を綺麗に切断されて宙を飛んでいた。

 エナさんはそれが想定内であったかのように、次の瞬間には飛燕の掴まれたままの腕を追って空中でキャッチする。握りしめられた指をこじ開けると、飛燕は少し衰弱しているようだったが大事はないようだ。



 「飛燕ちゃん! 大丈夫なの!?」

 ――ああ……ありがとう。少し体は痺れてるけど、動けるよ……。そのロボットは、タタラ……? エナなの?」

 「話は後だ。飛燕、動けるなら下がっててくれ!」



 飛燕を助け出したと言っても、まだまだ戦闘中だってことには変わりない。敵だってまだ十機近く残っているんだ。

 僕らは飛燕が後方へ下がって行くのを確認すると、再び剣を構えて手負いのランブレッタをモニター越しに見据えた。



 「タタラ君、そろそろ決着をつけるよ。狙うは大将騎!」

 「エナさん、あいつ剣を持ってる!」



 “敵隊長機・・「S」ランク武装、『超硬度高周波ソード』を装備・・・至近距離での斬撃に注意されたし・・”



 気付けばランブレッタは斬り落とされた腕を、兄弟機である味方のヴェスパから拝借し、物騒な超ハイテク兵器を装備していた。流石イングランド最大のギルドマスターだ。「S」ランク武装ってのは、世界中のブリキ乗りたちが喉から手が出るほど欲しがる超レアアイテムなんだ。

 因みに、『超硬度高周波ソード』は剣先を高周波で振動させて敵の装甲をプリンみたいに切裂くっていう、接近戦用の武装としては最強クラスの代物だった。ランブレッタの立ち姿にジョン・ウォーカーの自信が現れているようだ。



 ――強力な剣を持っているのは、そちらだけじゃないってことを教えてやる!」

 「あいつの剣、かなりヤバいやつだ! 斬られたらまずい!」

 「剣士が相手の剣を恐れてどうするの? 真剣勝負よ・・ぅあぁぁぁぁあああああああああああ!!!」



 相手の「S」ランク武装に全く臆することなく斬りかかって行くエナさん。どんなものでも切断できると思われた双方の剣先は、合わさった瞬間大きな金属の悲鳴を上げて拮抗した。

 セイバージークとランブレッタは、お互いの出方を探るように剣を斬り結ぶ。激しい斬撃の応酬に、衝撃で周囲の建物の窓ガラスが一斉に飛散する。そして最接近した二機は、一歩も譲らぬ熾烈な鍔迫り合いとなった。



 「クソッ! やっぱり一筋縄ではいかないのか!?」

 「何を言っているの? 剣術に関しては、この人素人同然だよ。接近戦を選んだ時点で、既に勝負は決しているの……」



 双方全く譲らない拮抗した戦いと思いきや、長い鍔迫り合いが終わって互いの剣先が離れた一瞬を彼女は見逃さなかった。



 「めぇぇぇえええええええええんんんん!!!」



 エナさんの威勢のいい叫び声と共に、渾身の引き面がランブレッタの頭部を捕えていた。



 ――そ……そんな馬鹿な!?」



 ランブレッタの頭部を真っ二つに勝ち割った魔剣グラムの剣先は、ジョン・ウォーカーの搭乗している胸部コックピットまで達し、ジョン・ウォーカー本人まで僅か数十センチのところで止まっていた。



 「勝負あったわ、負けを認めなさい!」

 ――くっ……俺たちの負けだ。殺れ……」

 「本来ならそうさせてもらいたいところだけど、今は事態が事態よ……今後一切私たちの仲間に手出ししないと誓うのであれば、命まではとらない……斬り捨てた他の機体も急所(コックピット)は外してある」

 「ちょ……? ちょっと待って下さいエナさん! そんな約束、こいつらが本気で守るとでも!?」



 いくら死んだらどうなるか分からないと言っても、こいつらをこのまま生かしておくなんて危な過ぎるだろ。近い将来、絶対に報復しに来るに決まっているんだ。



 「武士の情けです。それに今は悪戯に争っているときではないの。私の話を聞いてくれないかな――」



 エナさんはそこにいる全員に、自分たちが今置かれている状況を洗いざらい話した。荒唐無稽な話に動揺が走るものの、今の周囲の現状、セイバージークの特異な変化を目の当たりにしていた彼らは、それを信じざるを得なかった。

 


 ――信じ難い話だが、納得感はあるな。何れにしろ、我々は敗北した身だ。ギルドマスターとして、プリーストのメンバーが君たちの仲間に今後手出ししないことを約束する……」



 そう言い残して、イングランド最大のTSギルドであるプリーストは、傷付いたランブレッタを連れて粛々と撤退して行った。

 やれやれ、あんなクソみたいな状況で、よくもまあ生き残れたものだよ。だけど、エナさんとジークのこの不思議なユニゾンは一体何だったのか? バグにしては良くでき過ぎているし、ゲームが違うんだから裏技なんてこともないだろ。とりあえず結果オーライだったので、僕はこれ以上深くは考えなかった。



 ゲーム内の時間は夕刻に差しかかり、僕らの目指す時計塔の空は、不吉なほど鮮やかな夕焼けで真っ赤に燃え上がっていた。

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