EP.10 Qプリーストの逆襲

 “クワイエットプリースト”……言わずと知れたイングランド最大のTSギルドだ。

 そりゃ、先程こいつらと戦闘になって二~三機くらい撃破してしまったが、それでもギルド総出で敵討ちにやってくるとか、いくらなんでも執拗過ぎる。

 完全に逃げるタイミングを逃し、十機以上のTSに囲まれてしまった僕らは、最早相手の要求に従わざるを得なかった。僕が振返ってエナさんにどうするか伺うと、彼女は緊張した面持ちで肯いた。



 「システム不具合の緊急事態下につき、当方も貴方との戦闘を望むところではありません。先程の戦闘の報復が目的ではないと?」

 ――貴君と当方の所属機の間で小競合いがあったという報告は受けている。日本の旧式TS一機にこっ酷くやられたとな……貴君の実力に敬意を表し、この大所帯でのコンタクトとなってしまった。了承して欲しい。報復どころか、むしろ貴君の腕を素直に称賛しているところだ」

 「報復が目的ではないというのなら、取引とは……?」

 ――先刻、当ギルドが謎の生身のプレイヤー集団に襲撃を受け、幹部クラスも含め多数のギルドメンバーの機体が撃破されてプレイ続行不能となった。我々は必死に応戦し、クラスター弾を使用して何とか撃退できたが、リーダー格のプレイヤーを取り逃がした……」



 巨大クワイエットプリーストのリーダー、ヨーロッパ屈指のブリキ乗りであるジョン・ウォーカーは、好感の持てるような丁重な口調で、僕らに事の経緯を説明する。

 まあ、こいつらの狙いが僕じゃなかったことは不幸中の幸いだった。だが彼の懇切丁寧な口調を聞いて、僕には悪い予感しかしなかった。そんな話、どう考えてもあいつのせいに決まってるじゃないか。



 ――戦闘禁止区域内での騙し討ちという蛮行……他のブリキ乗りも含め、我々にはそのような不穏な輩から仲間を守る義務がある。貴君の頭部の陰に隠れたその女の身柄引渡しを要求する」



 それは不幸な事故だったとしか言いようがなかった。ゲーム間の境界が消えてしまった世界で、飛燕たち【SFMO】一行は不幸にも見たこともないTSと遭遇し、ゲーム内のイベントか何かと勘違いして戦闘に発展してしまったのだ。

 しかも、よりにもよってそこは戦闘禁止区域で、相手はイングランド最大のTSギルドだったってわけ。通常、戦闘禁止区域内での戦闘はペナルティーが科されるわけだけど、そんなの別のゲームの奴にとっては知ったこっちゃない。プリーストの皆さんも油断したんだろう。まさかTSを圧倒する生身のプレイヤーがいるなんて誰が考えるものか。



 ある程度予想はついてはいたが、よりにもよってとんでもない厄介事に巻き込まれてしまったぞ。しかも、相手の主張は言いがかりってわけでもない。

 困り果ててしまっている僕を見かねて、エナさんが話に割って入る。



 「そちらの事情はわかりました。でも今はパークライフ社のゲーム内にいる皆が危険な状況下にあるの。プレイヤー間で争っている場合じゃないでしょ?」

 ――イングランド最大のギルドが、生身のテロリストに襲われて大きな被害を出した……。巷ではいい笑いものだ。それに奴らの特殊な攻撃によって撃破された仲間は、アカウントを抹消されている」

 「待って! それは誤解だよ!」

 ――ギルドマスターとしてこの状況を見過ごせば、ギルドの結束にも関わる。その女さえ引渡してくれれば、貴君へ危害を加えるつもりはない。10秒待つ、その女を引渡すか我々と戦うか、賢明な返答を期待したい……1……2……」



 いくらエナさんでも、こいつらをあと10秒で説得するのは無理そうだ。僕は後ろのエナさんの顔色を伺うが、明らかに焦燥が見てとれる。飛燕をこいつらに引渡すとか、エナさんの信条では一番やってはいけないことだからな。

 全く、なんで飛燕なんて一緒に連れて来てしまったんだ? あれほどエナさんは反対していたのに。誰かの余計な提案さえなければ……って、あ……。

 僕とエナさんが返答を出しかねていると、機体肩部を映したモニターに飛燕が姿を現した。彼女は会った時のように鋭い目つきでジョン・ウォーカーの乗るランブレッタを睨み付け、小刻みにジャンプしながら慣れた動きで地面へと降り立った。



 「ちょっと飛燕ちゃん、何をやっているの!?」

 ――元々私の私怨だから、もうこれ以上迷惑は掛けられない。エナ、タタラ、今までありがとう……」



 モニター越しに振返った飛燕の顔は、全てを覚悟したかのような清々しいものだった。そして、一人小さな体で相手の元へと歩いて行く彼女の後姿に、僕もエナさんもただ唇を噛みしめることしかできなかった。

 冷静に考えれば、彼女の犠牲一つでその他のメンバーは全て救われるんだ。それにさっき会ったばかりで、僕だって酷い目に合わされたじゃないか。一体何が問題なんだよ?

 でも仮に飛燕があいつらに捕まったりして、一体どんな仕打ちを受けるんだ? ジョン・ウォーカーって奴の話だと、奴らは相当飛燕のことを恨んでるみたいだった。いくらアバターだからって、この運営も機能してない無秩序状態だ。どんな辱めを受けるのか想像もつかない。

 あーあ、ざまあないな。これに懲りてもう勘違いで人を殴るのはよすことだな。まあ、出会いも最悪だったが、別れの後味の悪さも吐き気を催すくらい最悪だったよ。ほんと、ロクでもない女に関わってしまったもんだ。もう金輪際こんな奴に関わることなんて――。



 「え……何? どうしたのタタラ君!?」



 次の瞬間、ランブレッタの横に陣取っていたヴェスパ2機の頭部から爆炎が上がり、のけ反るように地面へと崩れ落ちていた。エナさんが後ろで叫ぶように声を上げていた。



 「あ……手が滑った……」

 ――タタラ?」

 「……飛燕ちゃん! 早く逃げて!!」



 僕の手は無意識に引金を引いてしまっていた。やっちまったよ。よりにもよって、イングランド最大のTSギルドに真っ向から喧嘩を挑んじまった。

 イングランドに来てから、これで三度目くらいのゲームオーバーの危機だった。いよいよ僕の悪運もこれまでみたいだ。破れかぶれの僕は、飛燕が離脱するのを確認すると、着剣させた機関砲でランブレッタに対し突きかかっていた。



 ――わかった、それが貴君の回答であるなら仕方ない……」

 「こんのぉぉぉぉ!!」



 運良く取り巻きのヴェスパは砲撃してこなかった。いや、する必要がないと判断したんだ。ジークは必死にランブレッタに斬りかかるものの、まるで動きを全て読まれているみたいに攻撃は躱されていく。



 ――たった一機で、そしてそんな旧式で我々に挑むとは……日本人は昔から自爆攻撃が得意だと聞いたことはあるがな……」

 「……え!?」



 ランブレッタはジークの捨身の突進を躱し、カウンターでジークの腹部に強烈な蹴りを入れた。コックピットが強烈な打撃音とともに前後に振動し、エナさんが悲鳴を上げた。

 長いことこのゲームをやってはいたが、キックで倒されたことなんてなかったよ。流石S級ともなるとやることが違うな。ジークはランブレッタの蹴りで吹っ飛ばされ、石造りの民家の上に仰向けになってお寝んねしていた。ああ、出力が違い過ぎる。コックピットではアラートが鳴り響いていた。



 “警告・・・勝利確率1%未満・・即時撤退を提言・・”



 「タタラ君……もうこれ以上は」

 「畜生……やっぱり無理だったか」

 ――撃つな! 取り押さえるんだ。こんな骨董品でもまだ使い道はある」



 僕らはこのままゲームオーバーになるものだと思っていたが、ジョン・ウォーカーは他の機体からの攻撃を制止させた。ジークは二機のヴェスパに無理矢理起こされ、身動きが取れないよう両腕を取り押さえられた。

 捕まった僕らの元へランブレッタがゆっくりと接近してきて、ジークのコックピットのある胸部にライフルを向けた。



 ――勘違いしないで欲しい。俺は貴君を買っているんだ。そんな旧式に乗っていてランク「A」とはな、機体さえまともならランク「S」も夢ではないだろうに。物好きな奴だ……」



 ジョン・ウォーカーは嘲笑するように言った。褒めてんのか貶しているのか、いずれにしろ全く嬉しくはないけどね。

 そう言えば、戦いに夢中になってすっかり忘れていたが、僕の暴走にエナさんを完全に巻き込んでしまっていた。こりゃ、ごめんで許してくれとか難しいよね。



 「エナさん、すみませんね。あなたまで巻き込んでしまって……」

 「ううん……ごめんね、何もできなくて……本当は私がやるべきことを、君が全部自分で背負って戦ってくれたんだよ。ありがとう、タタラ君……」



 後部座席のエナさんは、まるで聖人君主みたいに穏やかに微笑んでいた。よしてくれ、なんであんたはこんな状況になってまで、そんなに善人でいられるんだよ。何だか自分が惨めでならなかった。



 ――先程この場から逃走した生身の女に告ぐ、大人しく出て来い! 取引だ。出てこなければ、この機体に乗る二人のプレイヤーをこれから吹き飛ばす!」



 僕らをいつでも殺せるよな体制で、ジョン・ウォーカーは周囲に自身の声明を流した。逃げろとは言ったが、あいつの性格からいって、まだ近くでこちらの様子を伺っているに違いない。こりゃまずいぞ。



 「飛燕ちゃん! 早く逃げて! 君が助からないと、タタラ君のやったことが全て無駄になってしまうんだよ!」



 ジョン・ウォーカーの脅し文句に、エナさんがまだ付近にいるだろう飛燕に向かって悲痛な声で呼びかける。すかさず、ジョン・ウォーカーがそれに言葉を被せた。



 ――さっきもそうだったが、またお前は仲間を見捨てて一人で逃げるのか? まあいいさ、お前のような腰抜けの負け犬は、仲間を囮に逃げ回るのがお似合いだな!」



 いくらTSに匹敵するほどの戦闘力があるからといっても、生身の少女をTS数十機で追い回している奴らが、他人を卑怯者呼ばわりなんて盗人猛々しいってもんだ。だがしかし、あいつを激昂させるのにはこれ以上ない挑発だった。



 「ダメ! 飛燕ちゃん! そんな挑発に――」

 「な……なんだ!?」



 エナさんの叫び声が響く前に、僕らの目の前のモニター越しに構えられたランブレッタのライフル銃が、横からオレンジ色の閃光のようなものの直撃を受け、くるくると回転しながら数百メートル先まで吹っ飛んで行った。

 閃光の正体は、超高速で体当たりをした飛燕だった。僕らはそれに驚くのも束の間、ライフルが吹っ飛ばされたランブレッタの手には、怒りを露わにして必死にもがく小柄な少女が、ネズミか鳥みたいに握りしめられていたのだ。



 ――クソ! 放せ! このくず鉄野郎!」

 「あ、あいつ、あのタイミングで飛燕を掴んだのか!?」

 ――おっと、危ない危ない。安い挑発に乗りやがって、馬鹿な女だ。ランブレッタをそこらの低級TSと思うなよ。運営が機能しない今、お前のようなテロリストは連れ帰って公開処刑だ。ま、それまでお前のライフポイントが持てばだがな……」

 ――あぁぁ……ぐぅぅ!!」



 ランブレッタに掴まれた飛燕は、苦しさに顔を振りながら嗚咽を上げた。間違いない。あれは対人戦用の放電攻撃だ。おそらく、あいつじゃなければとっくに黒焦げのバーベキューになってるところだろうな。

 僕もこれには引いた。ゲームだからってここまでするものなのか? 悪趣味にも程があるぞ。あまり熱くはならない僕だが、正直こいつらのやり方にはうんざりだった。



 「タタラ君、ここを開けなさい! もう我慢できない!」

 「え、エナさん? ちょっと押さないで下さい! あなたが出てってどうすんですか!?」



 ダメだ。エナさんが切れた。いつもの彼女からは想像もつかないようなおっかない怒鳴り声で、目を血走らせながら外へ出せと言って、僕と押し問答になる。

 僕とエナさんがそんな小競合いをやっていると、空気の読めないジークの優秀なサポートAIが、また意味不明なメッセージをコンソールに出していた。



 “新しいトランスデータ『エナ』にアクセスできます。インストールしますか?”



 「お願い! 戦わせて! ……あんな奴、あんな奴私が叩き斬ってやるんだから!!」

 「無理ですって! 落ち着いてエナさん! ……ん?」

 

 

 エナさんが僕を押しのけて外に出ようとするもんだから、僕の肘がコンソールの決定ボタンを押してしまい、サポートAIは更に不可解なメッセージを流し始めた。



 “トランスデータ『エナ』にアクセス・・インストールを開始します・・・”



 「な、なんだよ!? こんな大変なときに! ……ってエナさん?」

 「……何? ……タタラ君? これは……」



 三秒前まで息巻いていたエナさんが、借りてきた猫みたいに席に座って放心しているようだった。もうわけが分からなかった。



 “3・・2・・1・・・インストール完了・・・当機をトランスデータ『エナ』に最適化・・モードチェンジに伴い、武装・追加パーツを周囲のオブジェクトより調達・・分解・・再構築します・・・”



 すると、周囲の倒壊した建物が赤い光に呑み込まれ、その光はジークに向かって一直線に飛んで来て僕らも呑み込んだ。ジョン・ウォーカーも驚いた様子で仲間に呼びかける。



 ――なんだ? まだ何か新兵器を隠しているのか? ……危険だ! 一旦そいつから離れろ!」



 ジョン・ウォーカーの警告により、“クワイエットプリースト”のTSたちはランブレッタの元へと集まって行く。コンソールには相変わらずわけのわからないメッセージが羅列されていく。



 “・・最適化・・完了・・・当機はこれより近接斬撃特化形態・・・『セイバー』モードに移行します”



 さもそれらしく状態を解説しているわけだけど、今までの【TSO】でそんなモードチェンジなど全くもって聞いたことなかった。いや、そもそもそんなものあるものか。

 色々あり過ぎて、僕はただただ呆気に取られていた。そして、恐る恐る振返って僕が見たエナさんは、ゆっくりと顔を上げ、鋭い眼差しでモニター前方の敵を睨んだ。



 「さあ、行きましょうタタラ君……あの子を助けるよ!」

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