EP.9 ロンドン中心部へ進め
僕の切なる願いも虚しく、この異様な異種ゲーム間の同盟にアイドルグループ『SUM48』のミズキが加盟した。まあ、控えめに言っても戦闘じゃクソの役にも立ちそうもないけど。
てなわけで、やっと落ち着いた僕らは、赤煉瓦の小さなホテルのロビーで今後の作戦会議を始めた。運営支部のあるビッグベンに行くにしても、そこまでの道のりが安全とも限らないからだ。
戦闘禁止区域を出たと思ったら、さっきみたいにいきなりTSに襲撃される可能性もあるし、はたまた飛燕みたいな未確認の敵プレイヤーに遭遇する可能性も否めない。
「ここは一旦少人数で偵察を行って、安全を確保してから先へ進みたいと思うの」
エナさんが顎に親指をあて、真剣な眼差しで提案をした。まあ、それに異論はないのだが、問題は誰を偵察に出すかってこと。
「隠密行動ならエナさん、このカイにお任せ下さい! 必ずやエナさんの期待に応えてみせます!」
ここぞとばかりにカイが偵察を買って出る。そういえば、忍者みたいな格好してたなこいつ。人格破綻が強烈過ぎて忘れていたよ。
ところが、一見適任かと思われたカイの立候補を、エナさんは冷静な口調で遮った。
「いいえ、悪いけど今回の偵察は私とタタラ君で行かせてもらおうと思うの……」
「……ええ?」
「な……え、エナさんが!? 俺が役不足だと……しかもなんでよりにもよってこんな奴と一緒に?」
別に僕はカイが行こうが、エナさんが行こうがどうでも良かった。そう……僕が行くってお話しじゃなければね。
エナさんは予想外のこういう無茶ぶりをよくしてきた。まあ、今回はエナさん大好きの変態イケメン野郎が、そう簡単に折れるとは思わなかったけどね。頑張れ、人格破綻者。
すると、エナさんはカイの両肩に徐に手を置き、さも清廉潔白そうな顔して何やら諭すような口調で言ったんだ。
「あのね、カイ……偵察と言っても、今回はある程度戦闘を伴うかもしれない威力偵察を想定しているの。そうなった場合、TS戦になる可能性もある。タタラ君のTSの力はどうしても必要なの……」
「し、しかし……」
「それに、カイのことは誰よりも頼りにしてるんだよ……。だから、カイには私たちの留守を守ってもらいたいの。お願い……カイ!」
「(じ~ん)はい、喜んで!」
おいおい、もう少し頑張れよ。僕の淡い期待は見事に打ち砕かれ、この人格破綻者はエナさんの切実なお願いに呆気なく言い包められてしまった。
とほほって感じだったが、エナさんの言うことも一理あるような気がするから、とても反論できる空気じゃない。こりゃ、諦めるしかないな。
「待って、その偵察……私にも行かせて」
半ば偵察要員が決まりかけた時に、飛燕が不意に話に割り込んだ。
まあ、どうせ僕が行かなきゃならないなら、戦力は万全な方がいい。敵にまわしたら南京虫みたいに厄介な奴だが、味方なら下手なTSより強力な兵力になる。
僕にとっては喜ばしい提案であったが、それを聞いたエナさんは不都合そうな顔をして彼女を窘めようとする。
「ごめんね飛燕ちゃん、さっきカイに言ったみたいに少し危険な偵察になるかもしれないの……だから今回は……」
「私はただ仲間をやった奴らのことをよく知りたいだけ。それに、危険てことなら尚更私も行った方がいいんじゃない? ロボット以外の小さな敵にだって警戒しなきゃならないわけだし?」
「そ、それは……」
あんなに口八丁だったエナさんが言葉を詰まらせた。もうひと押しってところだったので、僕も珍しく自分の意見を提案してみる。
「あの……同盟者として言いますけど、こいつの言ってることにも一理あります。どうせ行くなら万全を期したい。こいつの強さは、直に戦った僕が一番良く知ってますからね」
「あんた、たまにはいいこと言うじゃない。見直したわ、タタラ」
「“たまには”は余計だ」
「……そうね」
僕の提案を素直に快く思ったのか、飛燕は微笑を浮かべて僕の顔を見上げた。まさかこいつも、自分が南京虫に例えられてるなんて夢にも思ってないだろうな。
エナさんは大分気が進まない様子だったが、僕ら二人の思わぬ反論に渋々飛燕の同行を承諾した。
これでようやく偵察に行くメンバーも決まって、僕らは出発の準備を始めた。ホテルの外に出て、ジークに乗りこもうとする僕の腕を不意に誰かがしがみついた。
「タタラさーん、気を付けて下さいねー!」
「ああ! ……え、うん」
絡みつくような露骨なボディータッチ、純真さを装う上目遣い、アイドル声優もビックリの(アイドルではあったか……)甘ったるいアニメ声に、僕は背筋がぞくりとする。相変わらず僕はこのスーパーアイドル(?)ミズキの取り扱いに大いに困っていた。
正直、彼女が本物の女の子と知っていたなら、僕もこのあざといアイドル少女にコロッと篭絡されていた可能性も否めない。
しかし、仮にも某アイドルゲームの大人気アイドルである彼女のことを、僕はただのネカマ(※勘違いです)だと思っていたので、苦笑いしながら何とかその場をやり過ごそうと四苦八苦した。
「ちょっとあんた、いつまでしがみ付いてんの? 偵察に出るんだから、さっさと離れなよ」
丁重に振り解こうとしても、中々放してくれそうにないミズキに向かって、飛燕が少しイラつきながら言った。この時ばかりは飛燕がいい奴に見えちゃったよ。まあ、ただ単にこいつらの相性が悪かっただけなんだろうけどね。
そうすると、今度はミズキがせせら笑うような顔をして飛燕に言い返す。
「なーに飛燕さん、ひょっとして嫉妬ですかー? タタラさんとはどういう関係なんですー?」
「はぁー? んなわけないでしょ! ふざけたこと言ってるとぶっとばすよ!」
「えーコワーイ! タタラさん助けてー!」
「え……ええ!?」
「あー! もうムカつく! タタラもいつまで引っ付いてんの? さっさと離れろ!」
一体どんな災難なんだ。不愛想でぶっきら棒な暴力女と、あざとくてぶりっ子なネカマアイドル(※勘違いです)の間に挟まれるとか、こんな惨事一体誰が想像できるっていうんだよ? あいにく僕はこんなときの対処方法なんて持ち合わせてなんかいない。
それを見ていた【MSPO】の四人組はというと、少し羨ましそうに指をくわえるソウヤ、あたふたするヤドカリちゃん、エナさん以外には全く関心のないカイ、エナさんはというとやたら微笑ましそうな顔をして困り果てた僕を見守っていた。
「凄いわねタタラ君、モテモテじゃない!」
「エナさん……本気で言ってるなら、あなた意外と腹黒いですね……」
この時は僕の勘違いであったにせよ、このポニーテールの美人さんが意外と腹黒なのはあながち間違ってはいなかった。
僕はようやくミズキを振り解き、さっきみたいにコックピットへエナさんを先導する。飛燕はというと、器用に機体の上へジャンプして行き、ジークの左肩へと陣取った。
ジークのインターフェイスを起動させると、エナさんを乗せてるせいか、さっきみたいに“新しいトランスデータ『エナ』にアクセスできます。インストールしますか?”と奇妙なメッセージがコンソールに表示される。僕はただのシステム不具合によるバグだと思って舌打ちをして消した。
機体は起動音を上げてゆっくりと立ち上がる。やっぱり後ろに誰かいる感覚は中々慣れなかった。
前進を開始すると、ホテルの前で手を振るギルドメンバーたちがどんどん小さくなっていく。
別にあちらからは見えていないだろうに、僕らが見えなくなるまで手を振りやめない彼らに、エナさんは微笑みながらモニター越しに手を振り続けていた。
「ごめんねタタラ君……今度も同行させちゃって。できれば飛燕ちゃんも連れて行きたくはなかったんだけど……」
エナさんは先程までの笑顔が演技であったかのように、少し儚げに呟いた。さっきからエナさんの歯切れが悪くなってるのは、気のせいってわけじゃないな。
「別に行きたくはないですが、この状況では仕方ないですよ。あいつだって自分から志願したわけだし、何か問題でもあるんですか?」
「……私はただ、子供たちはできるだけ危険から遠ざけたいの。死んだ場合どうなるか今のところわからないでしょ? 君もまだ19歳だったよね? 本当は私一人で何とかできればなんだけど、最年長の男性として今は甘えさせてくれないかな?」
僕は今の告白から彼女の行動原理がわかった気がした。エナさんはこの状況にあって、ただ一人の大人として彼女なりにどうにか子供たちの安全を守ろうとしていたわけだ。
まあ、本来僕には関係ないことだったわけだけど、彼女にこんなに律儀に子供を守りたいなんて聞かされたら、流石に自分のことしか考えてない僕も恥ずかしくなってきてしまう。
「安心して下さい。残念ながら、僕ももう間もなく二十歳です。あなたが大人とか子供とかに拘るのであれば、大人として扱ってもらって結構ですよ……」
「ありがとう……タタラ君! 二十歳の誕生日にはみんなでお祝いするからね!」
「まあ、できればその日を迎える前に、こんな状況からはおさらばしたいですけどね……」
それに、エナさんから頼られるのもそんなに悪い気はしなかった。面倒臭がりには自信があった僕だけども、美人に頼まれると弱いとか、悲しいけどやっぱり男の子なんだよね。
僕らはモニターに映るロンドンの長閑な街並みを見ながら戦闘許可区域に入り、ロンドンロードを西へと進んだ。今この世界で大きなシステムトラブルが起こっているなんて、つい忘れちゃいそうなくらい穏やかな街並みが続いた。
視認できる範囲では、TSや他のゲームのモンスターの姿は見えない。この分なら、あっさりビックベンまで行けたりするんじゃないか? あんまり平和なもんだから、僕はつい楽観的に考えてしまっていた。
「飛燕ちゃん、もうすぐイルフォードよ。そちらの様子はどう?」
――結構遠くまで見えるけど、今のところ異常はなさそう……」
エナさんがジークの左肩で周囲を警戒していた飛燕に通信で状況を確認すると、彼女は淡々と答えた。エナさんの要望もあるし、できるだけこいつには危険が及ばないようにしないとな。こいつが一番危険そうな気もするけど。
機体頭部に付いてる小型カメラは、飛燕の凛とした横顔を捉えていた。ジークの肩で風を浴びながら、心なしかいつもガサツな彼女が、柔らかく微笑んでいるように見えた。
――いい眺め、風が気持ちいい……」
悔しいけど、こいつも黙ってればそれなりに可愛いんだよな。僕としたことが、ついうっかりこいつの普段見せない表情に見惚れてしまっていたぜ。
少し話したかもしれないけど、一昔前に匿名性の高いアバターを使って悪いことをする奴らがいっぱいいたもんだから、アバターに対しての法規制が大分厳しくなった。昨今ではVRMMOゲームでのアバターは極力自身に似せたものにするのが主流だ。
そんなことをしたら、個人情報が洩れてリアルの世界でトラブルの種になるんじゃないかって? VR法で個人情報は厳格に管理されているからね。アバターから個人の身元を突き止めるなんてのは、不可能でないにせよ至難の業だ。それに良くも悪くも科学の発展は目覚ましいもので、AI化された警察の電子網を掻い潜ってリアル世界で犯罪を起こすってのが、至極困難になってしまっていたんだ。それでも、少なからず悪いことする奴ってのはいるんだけどね。
少し長くなってしまったが、つまりはリアルのエナさんも結構美人で、飛燕もそれなりに可愛いってことさ。だからって、女の子なんかに見惚れてるとロクなことは起こらない。僕の後ろでエナさんがほくそ笑んでいた。
「ぷぷぷ……タタラ君、飛燕ちゃんのこと見過ぎだぞ。そうか、タタラ君はボーイッシュな子がタイプなのかな?」
「い、いや、別に僕は! ……茶化さないで下さい」
――何? なんかあったの?」
「な、なんでもない! 警戒を密にしてくれ!」
全く、この腹黒美人には油断も隙もあったもんじゃない。さっきはこの人の信条に心を少し打たれちゃったけど、この人への警戒も怠らないようにしないとな。
僕らはこんなフワフワした感じで、愚かにも戦闘許可区域を進んでいた。それでもなんてことはない。敵TSやモンスターどころか人っ子一人いやしない。不自然過ぎるほど至って平和だった。
――エナ、タタラ! 少し先のビルの上に人影が見える。こっちを見てるみたい」
「えーと、あのビルか、こっちも視認した」
モニターに映った人影を拡大すると、ミリタリーパーカを羽織った男が双眼鏡でこちらの動向を伺っており、僕らに気付かれたことを察すると逃げるように姿を消した。
――どうする? あいつ捕まえる?」
「いや、ちょっと待って……何かおかしい! タタラ君、飛燕ちゃん、気を付けて!」
エナさんの第六感『クローストゥジエッジ』が反応して焦燥する僕ら。数秒の沈黙を破ってコックピット内に警報音が発報する。
“当機周囲に敵TSと思われる機影多数展開・・距離5000・・4500・・急速に接近・・至急迎撃準備されたし・・”
「タタラ君、どういうこと?」
「どうやら網を張られていたみたいです。13……14……15機はいますね。完全に包囲殲滅したいらしいですよ」
「さっきの場所まで引き返せないの?」
「ダメです。後方は数が多いみたいです。比較的手薄な前方を叩いてみます!」
何かに導かれるみたいに急速前進した僕の前に、三機のTSが待ち構えていた。左右に展開したニ機はさっきと同じヴェスパだったが、真ん中の奴は、青一色の一際強い存在感を醸し出すただならぬ機体だった。
“前方の機体をTSデータベースと照合・・・敵機は第二世代機『ランブレッタ』・・・――”
もう相手がどんな奴だろうと、ここを抜かなければゲームオーバーだ。僕は全身しながら目の前の見慣れないTSに機関砲の照準を合わせた。
「おい飛燕、ジークの頭の後ろに隠れて耳を塞げ!」
「タタラ君、気を付けて! あいつ……なんか嫌な感じがする」
そんなこと言われても、今更後戻りなんてできるわけがない。いや、こんな状況ではあったが、僕は至って冷静だったと思う。いつもみたいに完璧に敵機を捕えて当り前のようにトリガーを引いた。
“――ランク解析・・完了・・・・ランク「S」・・・撃破困難・・撤退を提言”
「な……速い!」
敵の新手TS『ランブレッタ』は、僕が放った機関砲の砲弾を紙一重でかわす。しかし、その足で攻撃をしてくるのかと思ったら、不意に通信を求めてきた。
――こちらTSギルド“クワイエットプリースト”所属、ギルドマスターのジョン・ウォーカーだ。貴君と取引の用意がある。戦闘を中止されたし」
一瞬罠かと思ったが、目の前のS級を抜き損ねた僕の左右で、二機のヴェスパが銃口をこちらに向けていた。ランブレッタは持っていたライフルすら構えていない。いつでも僕のことなんてやれるってことか?
膠着していた僕らの元に、包囲していた敵のTSがぞくぞくと集結する。ここから逃げようと思っても既に手遅れだ。だがとりあえず、敵の目的は僕を袋にするつもりでもないらしい。
目の前の飄々としたディープブルーのブリキの巨人を前に、僕は操縦桿を握りしめた手が小刻みに震えるのを抑えていた。
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