EP.7 そうだ、自己紹介しない?
パークライフ社からのシステム不具合に関するお知らせが出てから、既に十二時間が経過し、事態はいよいよ笑い事じゃ済まされなくなってきた。
いくら生命維持装置付きのお得なハードだからと言っても、外の世界は大騒ぎになっているに違いない。マスコミがこれ見よがしに一斉に報道を始め、パークライフ社の運営は対応に追われている頃だ。
こんなんじゃ、また政府がVRMMOゲーム業界の運営に介入して、ロクでもない特別立法を組むんだろうな。
とは言ったものの、まずは自分自身が無事生還しなければ、VRMMOゲームへの規制強化を嘆くこともできない。
僕自身、そろそろ自分のリアルでの体が大丈夫であるのか心配になってきた。
それを知ってか知らずか、エナさんは同盟を結んだ僕らの真ん中に立って、皆を安心させるように言った。
「みんな自分の体のことが気になるかと思うけど、安心して! ユーザーの体に危険が及ぶ場合は、VR法で運営会社には提携病院への移送が義務づけられているから」
そうだったそうだった。僕らが毎月支払っている利用料の内訳の中に、得体の知れない保険料ってのも入っていたっけ。パークライフ社もずいぶんがめつい商売するもんだと思っていたよ。
まあ、取り急ぎはゲームオーバーにでもならない限りは、大きな危険はないってことかな。これで一人気ままに時間を潰せれば、尚僕の心は救われるんだが。
「そうだ、自己紹介しない? せっかく一緒に行動するんだし、みんな簡単に自己紹介しようよ! お互いなんて呼べばいいのか困るでしょ?」
出たよ。エナさんがまた余計な提案をしてくれた。僕は用が済んだらすぐに別れるつもりだったので、溜息を吐いてジークの足にもたれ掛かった。お互いを何て呼ぶかなんて些細なことより、僕はそんな苦痛な時間を過ごすことの方がよっぽど困るんだ。
言い出しっぺのエナさんを皮切りに、皆輪になって自己紹介タイムが始まる。これはあれだ。前に付き合いで無理矢理行かされた、合コンてやつの次くらいに苦痛だ。
「さっきも自己紹介したけど、私はエナ。さっきも言ったけど、本名は“
「エナさんは永遠の十八歳です!」
「カイ……気持ちは嬉しいけど、何かムカつくからやめて」
「はい!」
もう既に大体のことは知っていたので特に驚かなかったが、年齢が僕より三つ四つ上だってことがわかった。鼻から期待はしてなかったが、それだけ離れてればまず僕など相手にはされないだろうな。
一通り簡単な自己紹介を終えると、エナさんは隣にいた忍者みたいな格好をした長髪の残念イケメンへバトンタッチする。
「それじゃカイ、次はお願い。本名とか個人情報をどこまで言うかは任せるけど、お互いが何者でどんな境遇にいるかわかった方が、背中を任せるときも安心でしょ? 皆差し支えない範囲でお願い。ああ、ソウヤ君とヒカリちゃんは本名とか言わないでね」
「はい! エナさんの言う通りです!」
カイって奴は、慇懃な態度で背筋をピンと伸ばして答えた。僕に対する態度と違い過ぎるから、呆れて怒る気にすらなれない。
「俺のアカウント名は“カイ”……本名も“
「カイ、長い。早く終わらせて」
「はい、申し訳ありません! エナさん」
こいつは自分の自己紹介に、一体何回「エナさん」を出すつもりなんだ。皆呆然としだして、エナさんが堪りかねて止めると、例の如く素晴らしい返事が返ってくる。
とりあえず、こいつのことは大体わかった。もし僕に魔が差して本当にエナさんに気を持とうものなら、間違いなく途方もない面倒に巻き込まれるってことだ。
「じゃあ、次はソウヤ君お願い」
「ああ、俺はソウヤだ。一三歳な。勿論日本人だぜ。ジョブは『ランサー』……槍使いだ。宜しくな!」
ツンツン頭の生意気そうな小僧が、鼻の下を人差し指で擦って「へへん」と得意気に自己紹介をする。特に興味もなかったが、しいて言えば大昔の少年漫画かなんかの主人公みたいな奴だ。
見るからに根拠のない自信に満ちていて、独断専行してパーティーに迷惑を掛けそうな雰囲気を醸し出している。あまり関わらんようにしとこう。
エナさんはギルドメンバー最後の一人、黒い尖がり帽子を被った大人しそうな三つ編み少女の肩をそっと叩く。
「それじゃあ、ヒカリちゃん、お願い」
「は……はい! え……あ……私は、あ……ヒヒ、ヒカリです!」
もうわざとじゃないかってくらい緊張しまくりだった。人見知りとは言ってたけど、これは相当重症な奴だ。狼狽えまくりのこのヒカリちゃんに、エナさんが優しくフォローを入れる。
「ヒカリちゃん、ゆっくりでいいから頑張って」
「あ……ありがとう、お姉ちゃん。ん……名前は……“
「ヒカリちゃん、本名言っちゃダメって……」
「ご、ごめんなさい! ジ……ジョブは『メイジ』……で、えーと……十三歳で……に、ににに日っぽ本人です!」
ようやく、たどたどし過ぎて、まるで電波状況の悪い無線機みたいな自己紹介が終わった。この極度の人見知りな少女のことを、僕は名前と尖がった帽子、殻を被った内向的性格をかけて“ヤドカリちゃん”て呼んでたんだけど、本人には内緒だ。
元々のギルドメンバーの自己紹介が終わって、今度はスタジャンのポケットに手を突っ込んで無表情で聴いていた、飛燕とかいう小柄な格ゲー少女の番になる。
「それじゃあ、飛燕ちゃん、今みたいな感じでお願いできるかしら?」
「……うん。アカウント名は“飛燕”……本名は勘弁して。歳は一七、一応日本人。プレイタイトルは【SFMO】……これでいい?」
何とも味気なく情報量の少ない自己紹介だったが、気持ちもわからんでもない。大体本当なら、本名なんてそう簡単に晒すもんじゃないんだからな。まあ、僕はもう言っちゃったけど。
それに、この飛燕て少女のことは結構わかってきてる。男勝り、不愛想、ガサツ、乱暴者……これだけ聞くとロクなもんじゃないな。しいて言えば、認めたくはないが顔は少し可愛かったりするけど。
「凄い、花の女子高生だね! 飛燕ちゃんは彼氏とかいるの?」
「べ、別にそんなの……いない」
「じゃあ、好きな人はいるのかな?」
「いいじゃない、そんなの……ほっといてよ!」
こんな味気のない自己紹介にもエナさんはよく食いつき、ありきたりの質問を投げかける。
予想してなかったこの質問に、飛燕は少し顔を赤らめて帽子の鍔で顔を隠した。不覚にも、少し可愛いと思っちゃったぜ。
さてさて、ようやくこの誰得な自己紹介タイムが終わって……と、僕がふと立ち上がって機体に乗ろうとすると、皆が僕の方を見ていた。
ああそうか、あまりにしたくないから、つい自分の番を忘れてしまっていたよ。
「えーと……タタラです。一九歳の日本男児です。見ての通り、【TSO】をやってる“ブリキ乗り”で……もういいですか?」
我ながら面白さの欠片もない取るに足らない自己紹介だったわけだけど、何故かエナさんが食いついてくる。いい迷惑だ。
「軍隊みたいなその変わった格好は趣味なのかな? ……それに、素敵なネックレスしてるよね?」
「い、いや……僕の格好は何となく雰囲気です。これはネックレスっていうかドッグタグです。……まあ、個人を識別するIDみたいなもんですね(近い近い!)」
エナさんは僕の首にかかっていたドッグタグを興味深そうに見つめ、顔を近づけてくる。僕は堪らず目を逸らした。
因みに僕は、Tシャツにミリタリージャケットを羽織い、カーゴパンツを履いていた。少なくとも、あんたたちだけには格好のことをとやかく言われたくはない。
すると、エナさんは何か閃いたみたいで、徐に振返るとカイって野郎に手招きして見せた。
「一九歳って、カイと一個違いだね! 二人とも歳も近いし、いい友達になれるといいね。ね、カイ?」
「はい! エナさんのお望みとあれば、例えゴブリンだろうと、オークだろうと親友となってみせます!」
カイって野郎は、キラキラとした瞳でエナさんを見つめ、1ミリも心にはないであろう出まかせを言って見せる。
残念だが、僕はお前みたいな人格破綻者と友達になるくらいだったら、そのゴブリンさんだか、オーク君だかとお友達になった方が数百倍マシだと思うよ。
とりあえず自分の番も終わって、再び胸を撫で下ろすように機体にもたれ掛かった僕の元へ、格ゲー少女飛燕が殺気でも纏ったような鋭い眼光で僕の元へ徐に歩み寄ってきた。
なんだなんだ? 別に僕はお前の気に障るようなことは何も言ってないぞ。よくわからなかったが、僕はまた殴られるんじゃないかと思ってたじろいだ。
「な……何だよ?」
「……その、さっきは悪かった!」
「……え?」
全く予想もしていなかった展開に、僕は呆気に取られてしまった。彼女は下を向いて帽子で顔を隠しながらではあったが、一応さっきの勘違いのことについて謝罪をしてきたんだ。
まあ、そっちがそうやって筋を通すというのであれば、僕も鬼じゃない。曲りなりにも同盟関係ってわけだし、和解してやらないことも……。
「しばらくは仲間だ。宜しく……タタラ」
「……タタラって?」
「あんたの名前、タタラじゃないの?」
そうだそうだ、別にそんなこと面倒だから拘る必要なんてないんだ。だけど、面と向かって言われると何だか腹が立ってしまう。
「あのさ、お前年下だろ? タタラさんな」
「男のくせに小さいことを気にするんだな、タタラ?」
「……この! エナさんにもそうだけどな、最低限の礼儀ってもんが!」
「まあまあ、タタラ君。私は気にしないし、ゲームの中なんだから……ね!」
一触即発な僕らの間にエナさんが割って入る。僕としたことがつい感情的になってしまった。これだから誰かと関わるのは御免なんだ。
やっぱり、この格ゲー脳筋女とは頑張っても仲良くなれそうにない。勿論、なる気なんて更々なかったわけなんだけどね。
てなわけで、このロクでもないメンバーの自己紹介がようやく……ようやく終わったわけだ。今終わったばかりだが、僕が一度に覚えられる名前のキャパを優に超えていた。
願わくば、もうこれ以上わけのわからない面子が増えないことを、このロクでもない世界の神様(パークライフ社)に切に祈らなきゃならなそうだ。
「誰か! 誰か助けてーーー! お願い、誰かーーー!!」
僕の細やかな祈りは、どこからともなく聞こえてくるステレオタイプな女性の助けを呼ぶ声によって、脆くもへし折られた。
ここは戦闘禁止区域であったので、ジークのレーダーは索敵をしていない。まだ距離もあるから何が起こっているのかわからなかったが、きっとロクでもないことなのは間違いなさそうだ。
穏やかだったエナさんの表情が険しくなり、皆に注意を促す。
「みんな、臨戦体制を! 何か来る!」
直後、100メートルくらい先の民家の陰から、黒のノースリーブにピンクのひらひらスカートっていう、これまたステージ衣装みたいな派手な格好をしたツインテールの少女が、悲鳴を上げながら飛び出してきたんだ。
「お願ーーい!! 助けてーーー!!」
なんかよく分からんが、そのど派手な格好をした少女は僕らに気付いたみたいで、こっちに向かって走ってくる。
とりあえず今言えるのは、また面倒に巻込まれたってことだ。何回もこけそうになりながら、必死に逃げてくる少女にエナさんが大きな声で呼びかける。
「君ーーー!! 一体どうしたのーーー!?」
「助けてーーーー! でっかい、でっかいカエルがーーー!!」
「……げ!」
その少女の後を追うように、民家の陰から今度は全長5メートルはあるんじゃないかっていう、蛍光イエローの巨大カエルが跳びはねてきたんだ。
【TSO】の癖で、戦闘禁止区域にいるからつい安心してしまっていた。少なくとも、あの気色悪い両生類が戦闘区域を理解しているなんて到底思えない。
あの少女がいる手前、TSの機関砲で吹っ飛ばすわけにもいかない。さてどうする? ゲーム世界の壁を越えたこの奇妙な同盟に、最初の危機が迫っていた。
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