EP.8 アイドル? それとも毒ガエル?
全くもって、この世界は僕の思い通りにならないもんだ。一体どんだけ運が悪ければ、こんなに次から次へとトラブルに見舞われるっていうんだよ。
目の前の惨状をもういっそのことジークの機関砲で吹っ飛ばして、最初から何も見なかったことにしたかったが、そんなこと他の奴らが許してくれるはずなんてない。
そうだそうだ。ここはTSと素手で戦うほど体力が有り余ってる化物女の出番てやつだ。
「おい、格ゲー少女、出番みたいだぞ……?」
どんどんこっちに迫ってくる派手な格好の少女と巨大ガエルを前に、僕は格ゲー少女飛燕の姿を探すが、どこにも見つからない。
そう言えば、何か右手の袖が重いような気がするぞ。何か引っかかってるのかな? 僕は訝しみながら振返る。
「え……ええー!?」
そこには僕をぶちのめしてくれた先程までクールだった乱暴者が、まるでか弱い女の子にでもなってしまったかのように、今にも泣きそうな顔で僕のジャケットの袖を掴んでいたんだ。
「ひょ……ひょっとして恐いの……?」
「べ、別に……カエルなんか、恐くない!」
彼女は半泣きで顔を横に振っていたが、そんなの本人に聞かなくたって本当はどうなのか一目瞭然だった。全く、なんでこういうとこだけ無駄に女の子なんだよ。
「二人とも下がってて、あいつを迂闊に攻撃しちゃダメ! ジャイアントヤドクガエルって言って、奴の皮膚や体液には即死毒があるの!」
エナさんが険しい顔をして僕らに注意を促す。おっかないこった。それじゃあ、尚のこと機関砲で吹っ飛ばした方が良い気もするが、格ゲー少女がこんなんじゃ、彼らに任せる他はなさそうだ。
そうこうしていると、巨大な両生類を引き連れたツインテールの少女が、うっかり足を取られてその場に転倒する。巨大な毒ガエルは目をギョロギョロさせながら、その大きな口を開いて気色悪い涎を垂らした。
「ひーー! 誰かだずげでーー!!」
「あ、危ない!」
もうあの距離じゃ万事休すってやつだ。たとえ僕の後ろにいる半泣きの格ゲー少女が助けに行けたとしても、とても間に合わない。
残念だがこれ以上人数が増えるのは、僕の精神衛生上とてもよろしくないので、あの派手な格好のツインテールちゃんには尊い犠牲になってもらうしかないな。と、僕が不謹慎なことを考えた時だった。
「まだよ! まだ諦めちゃダメ!」
「え……エナさん?」
泣き叫ぶ少女へ声を上げ、走り出したエナさんは光輝き、纏っていた甲冑がまるで真田幸村や井伊直政といった戦国武将のような深紅の具足へと変化した。
変わったのは格好だけじゃない。大きな野太刀を抜いた彼女は目にも止まらぬ速さで加速していく。さっきの飛燕も速かったが、控えめに言ってそれ以上だ。衝撃波が草木を震わせ、ゴミ箱やベンチを吹っ飛ばしていく。
あっという間に転倒した少女の元へ辿り着いたエナさんは、その勢いのまま毒ガエルを抜き去ってやっと止まった。一瞬、何やってんだあの人は……なんて思ったよ。
「な、行き過ぎ……じゃないのか!?」
「だ、大丈夫です。も……もう終わって……います」
「……へ?」
「え、エナお姉ちゃん……の、く……クラ……スチェンジ……です」
僕が間抜けそうに呆けていると、ヤドカリちゃんが大変聴き取り辛い解説を始めてくれた。これじゃ、状況を理解する前に、彼女の言ってることをちゃんと聴き取ることに注力しなきゃならない。
「あ……カエルの首が?」
ヤドカリちゃんの言ってることを聴きとるのに四苦八苦していると、あの優に体長5メートルはあるだろうジャイアントヤドクガエルの巨大な頭が、静かに地面へと落下し、その巨体はゲームみたいに綺麗さっぱり消え去った。あ……ゲームだったか。
まるで見えなかったが、どうやらエナさんがあの大きな野太刀で毒ガエルの首を切断したようだ。とりあえず、エナさんが凄いのはわかった。だが、気付くと彼女は元の姿へと戻っていた。
「なんだ? あんなに強いなら、最初からあの格好してりゃいいのに?」
「フン……これだから素人は困る。セイバーの上位互換、“モノノフ”へのクラスチェンジは戦闘力こそ劇的に上がるが、体力の消費も激しいのさ……。それにしても、モノノフ状態のエナさんも実に美しい!」
どうやら僕の細やかな疑問は、人格破綻者のイケメン野郎の懇切丁寧な解説のおかげで解決したみたいだ。
元の姿へ戻ったエナさんは、倒れていた派手な格好をした少女の手を取って立ち上がらせる。少女は一頻りエナさんへ頭を下げ、その後安心した様子で二人は僕らの元へと歩き出した。
そんな二人の様子を見ていたソウヤは、何か大事なことを思い出そうと頭を抱え込んでいた。
「……あの女の子、確かどこかで……。いや、まさか……」
「ど……どうしたんですか? ソウヤ君」
それを見て、ヤドカリちゃんが不思議そうに首を傾げる。よくわからんが、勿体ぶってないで早く言えと僕は思った。
「あーー! やっぱり、“SUM48”の絶対的エース、センターのミズキだ!!」
「そ……そう言えば! 本物のミズキ……ちゃんです! 凄い!」
「え……サム? エース? 何それ?」
「はぁー? お前アイドルゲーム『ICO(アイドルクルセイダ―ズ・オンライン)』のトップアイドルグループ、“セタガヤ・ユナイテッド・メイデン48(SUM48)”を知らないのかよ!?」
なんだ、エースだセンターだって言うから、てっきり野球かなんかの話なのかと思ったよ。考えてみれば、エースなのにセンター(外野)なんておかしいよね。
アイドル登場に歓喜するソウヤとヤドカリちゃんだったが、案の定、僕はそんなアイドルグループなんて聞いたこともなかった。まあ、僕もそういうことに疎いっていう自覚はあったから、僕の後ろですっかり縮こまっていた飛燕に知ってるか聞いてみることにした。
「なあ、お前はその世田谷……自然……何とかのミズキって知ってるのか?」
「別に知らない……興味ないし」
「フン……ミズキだか水掻きだか知らんが、あんな女、エナさんの美しさに比べたら足元にも及ばないな……」
飛燕はさっきのヘタレっぷりが嘘のように居直って気怠げに答える。ついでに、聞いてもいないのに人格破綻イケメンのカイが、一人で何か呟いていた。
どうやら僕は、質問する相手を大いに間違えてしまっていたようだ。こいつらに聞いたところで、あのアイドルが有名かどうかを判断するのに何の参考にもならない。
そうこうしているうちに、アイドル少女を引き連れたエナさんが僕らの元へと戻ってきた。アイドルっていうことだけあって当然目鼻立ちは整っていて、先入観なしに見れば、とても目を引く女の子ではあった。でも、どうも僕はツインテールってのが何かを狙ってるみたいで、色眼鏡で見えちゃうんだよね。
待ってましたとばかりに、ソウヤとヤドカリちゃんがアイドル少女に駆け寄った。
「あ、あんた、SUM48のミズキだろ!?」
「ま……間違いありません! ……本物のミズキちゃんです!」
目を輝かせながら凄んでくる中学生二人を前に、アイドル少女は一瞬たじろいだが、何かスイッチが入ったみたいで急にポーズを取ってそれに応える。
「そうだよ、僕がSUM48のミズキさ! みんな、助けてくれてありがとう! (キラン)」
「うぉぉぉーー!」
「きゃぁぁーー!」
アイドル少女ミズキのべたな自己紹介に、ソウヤだけでなく人見知りのヤドカリちゃんまで黄色い声を上げた。
それとは裏腹に、僕と飛燕とカイの三人はどう応えたらいいかわからず、無表情で立ち尽くしていた。こりゃ、拍手の一つでもしないと失礼じゃないのかな?
「そうなんだ! 凄い! 君、有名なアイドルだったんだね!」
おそらく大して興味もないだろうに、エナさんが空気を読んでわざとらしく拍手をしてみせる。大人な対応だ。まあ、少し小馬鹿にしている感も否めないが。
「ところで、ミズキちゃんはどうしてこんなところに?」
「はい、SUM48のプロモーションでハイドパークまで向かっていたら、急に僕らの乗ってた飛行船が爆発して……脱出装置で逃げ出したんですが、その時にみんなとはぐれてしまって、何故かみんなのアカウントも見当たらないんです……」
ああ、それを聞いて僕は滅茶苦茶思い当たる節があったわけだけど、面倒臭かったので敢えて口には出さなかった。まあ、僕が撃ち落としたわけじゃないんだから、別にいいよね。
「実はね、ミズキちゃん、今パークライフ社のゲーム世界が大変なことになってて――」
エナさんは今のシステム不具合の状況を詳細に伝え、戦闘能力を持たない彼女の保護を申し出る。ここまで来てしまえば、もうしないわけにはいかない。当然彼女は保護を願い出るわけで。
「そうですか……じゃあ、多分他のみんなは……。でも、皆さんのような強い人たちと一緒にいられるんなら、心強いです! 是非お願いします!」
「一人きりになっちゃって不安だと思うけど、宜しくね。それに、いざとなればタタラ君のブリキの巨人もいるから、大船に乗ったつもりでいてね!」
よしてくれればいいのに、不意にエナさんは僕に微笑みかける。それで僕のTSに興味を持ったのか、ミズキはウキウキしながら僕の方へ駆け寄って来る。
「うわー! 大きくて強そうなロボット! タタラさん……? が動かすんですか? こんなロボットがいるんなら、安心ですね! 僕も乗ってみたい!」
「あ……うん、ありがとう(……僕?)」
目を輝かせながら近づいてくる美少女アイドルを、僕は何だか気味が悪くて警戒する。自分の仲間がどうなったか分からないのに、変わり身早すぎるよね。それに異様にカマトトぶってて、気味が悪いんだ。その気持ちをすぐに横にいた飛燕が代弁してくれた。
「あんたね、このオンボロを見てよくそんなこと言えるね? アイドルだか何だか知らないけど、カマトトぶり過ぎじゃない?」
「酷いー! 僕はただ侘び寂びというかー、この朽ち果てたものの中にある、日本的な美しさを言いたかったんですー!」
まあ、内心分かってはいたが、そこまで露骨にけなされると僕も穏やかではいられない。このアイドルのフォローもフォローになっていなかった。こいつら好き勝手言いやがって。
「タタラさん、これから宜しくです! 僕も今度このロボットに乗せて下さいね!」
「お、おう……」
と、ミズキは何気なく僕の手を取って両手で握りしめた。露骨なボディータッチ、わざとらしい上目遣い。正直僕はこのアイドル少女が、エナさんや飛燕よりもずっと苦手だった。何か得体が知れないからだ。
大体、こいつは可愛い少女の格好こそしてるけど、そもそも男なのか? 女なのか? この時の僕は、いわゆる「僕っ子」なんてものが、この世にいるなんて知りもしなかった。そう言えば、田舎のお婆ちゃんは、自分のことを「俺」って言っていたような気もするけど。
だけど僕は無駄に空気を呼んだつもりで、そういう細かいことは突っ込まなかった。そういう無粋な詮索をするなんて、失礼だしナンセンスってもんだろ?
早い話が、僕はこの見た目だけは美少女のぶりっ子アイドルを、新手のネカマか何かだと結構後まで思い込んでいたってことさ。
「ったく、鼻の下伸ばしちゃって、馬鹿みたい……」
別に見惚れていたわけじゃないんだけど、ミズキの勢いに圧倒されてたじたじの僕を見て、飛燕が冷ややかな目をして言った。
それを聞いた僕と彼女は当然噛み合ってないわけで、僕は慌てた様子で首を振って否定する。
「いやいやいやいや、そういう(BL的な)趣味はないから!」
更にそれを聞いたエナさんが、勘違いかわざとなのか、ほくそ笑んでニヤニヤしながらすり寄ってくる。
「そうか……年下は興味ないか……じゃあ、タタラ君は年上のお姉さんタイプの方が好きってことなのかな~?」
「え……ええ!? (まあ、別に嫌いじゃないけど)」
「き、貴様! やはりエナさんに対してそういう卑猥な目を向けていたということだな! 許さん!」
「タタラさんてば、恥ずかしがちゃって可愛いな!」
もうエナさんやらカイやらが入ってきて、状況は悪化していくばかりだった。やっぱりだ。やっぱり人が増えるとロクなことがない。
図らずも、僕の行動指針を再認識させられたVRアイドルとの出会いだった。
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