EP.6 締結決定? 異邦者たちの同盟

 『ティンソルジャーズ・オンライン【TSO】』の世界観は、リアルの地球をモチーフにしたちょっと変わった疑似世界だ。基本的な地理はリアルと同じだから、当然日本も東京も存在する。

 最初は、基本的に自らと馴染み深い土地をホームとしてゲームを開始するわけだが、僕は今縁もゆかりもないイングランドにいて、何故かクソみたいなトラブルに見舞われていた。平時であれば、世界中どこでも遠くにいる知り合いと連絡がとれて、ホームである日本の状況なんかも聞くことができるんだけど、今はシステムトラブルのせいか、英国外への通信は遮断されてしまっている。

 自分のホームから遠く離れるプレイヤーたちの理由の多くは、その土地限定のイベントへの参加とか、ただただ血気盛んに強い奴を探しているとか、まあそんなところだ。

 じゃあ、その両方でもない僕はって言えば、ちょっと話が長くなる。僕はこんな性格だけど、このゲームのことは結構好きなんだ。要は、もうあんなところにはいたくないってだけの話さ……。



 何とか敵TSの包囲網を突破し、戦闘禁止区域に入った僕とエナさんは、合流地点であったロンドン東部の都市ラムフォードへ向かっていた。

 とりあえず仲間の無事も確認できたところで、エナさんの興味の対象は僕に移る。



 「ねえねえ、タタラ君、“タタラ”って本名?」

 「そんなこと、昨日今日会ったばかりの人に言えるわけないですよね?」

 「連れないなー、私はちゃんと自己紹介したでしょ?」

 「あなたはもっと危機感を持った方がいいかと思いますよ。見ず知らずの人間に本名と国籍なんか晒して……」

 「だってさ、そうでもしないと、君もあの子も私たちのこと信用してくれないでしょ?」



 彼女の質問に面倒そうに答えていた僕だったが、そんなこと言われちゃ助けられた僕の立場がない。もう借りは返したつもりだったけどね。



 「わかりました……。安東 達太良あんどう たたら……本名ですよ」

 「へー、珍しい名前だね! 多々良製鉄か何から取ったのかな?」



 僕が溜息を吐いて答えると、エナさんは前にある僕の座るシートの肩を掴んで、興味深そうに前へ乗り出す。ちょっと、近い近い。

 あまり自分のことばかり聞かれても困るので、僕は思いついたように質問を返した。



 「知りませんが、多分違うと思います……。ところで、【TSO】のことについて多少知っているように見えますが、やったことあるんですか?」

 「昔付き合いでちょっとね。でも舐めた程度よ。どうも私には肌に合わないみたいで……」



 昔に比べて女性プレイヤーは増えたが、それでもミリタリー要素の強い巨大ロボットゲームに抵抗のある女子は多かった。基本は男の世界ってやつだ。

 それはいいとして、この人たちと別れる前に今のこの現状について、得られる情報は全て聞いとかなきゃならない。いい加減不具合も解消する頃だと思うんだけど。



 「あ、見えた! カイたちだよ、あそこに向かって」



 エナさんの仲間たちが、赤煉瓦の小さなホテルのところで手を振って合図しているのがモニターにアップされ、エナさんは嬉しそうに声を上げた。

 僕はジークの方向を変えて彼らの元へ向かう。どうやら、まだあの格ゲー少女も一緒にいるようだ。



 「到着です。それじゃ、僕から先に出るので、気を付けて降りて下さい」

 


 機体を中腰にさせ、コックピットハッチを開けた僕は、一足先に外へ出て後座に座るエナさんの手を取った。

 僕は乗り降りに慣れていないエナさんが誤って落ちないよう、ロープ式の昇降装置で慎重に地面まで降ろした。



 「ありがとね、タタラ君!」



 地面へ降り立った彼女の元へ、仲間たちが喜び勇んで集まって来る。彼女も嬉しそうに手を振ってそれに応える。



 「お、お姉ちゃん! 大丈夫だった?」

 「ま、エナ姉のことだから、あんまり心配はしてなかったけどな」

 「二人とも、無事でよかった」



 エナさんの元へ駆け寄るヒカリとソウヤの頭を、エナさんは微笑みながら優しく撫でた。恥ずかしながら、あのガキンチョたちが少し羨ましかったぜ。

 で、少し離れて素知らぬ顔をしていた僕の元へは、あのカイとかいういけ好かないイケメン野郎が、不遜な顔をして歩み寄って来る。いや、誰もお前なんか呼んでないんだけど。



 「お前……今いやらしい手でエナさんの手を握っただろ?」

 「……はぁ?」

 「エナさんと密室でちょっと一緒にいたからってな、いい気になるなよ!」

 「ああ……うん……何なの君?」



 良くわからんが、この勘違い野郎を何とかしてもらえないだろうか。こっちはただでさえ知らない奴らと一緒にいて、ストレス溜まってるっていうのに。

 こちらの不穏な様子に気付いたエナさんが、釘を刺すようにカイって奴に言った。



 「カイ、またよその男の子に変な因縁をつけているの?」

 「い、いいえ、全くそのようなことは!」

 「タタラ君のおかげで逃げられたんだから、ちゃんと感謝しないとダメでしょ」

 「はい!」



 おいおい、返事はいいなこの野郎。それを見ていたガキンチョ二人が、呆れた様子で呟いていた。



 「カイさん、またよその男の人困らせてるね……」

 「仕方ねーよ、カイ兄のエナ姉好きは変態的だからな……」



 再会の喜びに湧く彼等とは裏腹に、僕を宙吊りにした格ゲー少女は、厳めしい表情でこちらを見ていた。

 そんな彼女をエナさんが目に留め、確認するように問い掛ける。



 「【SFMO】の君も無事で良かった。名前は……何て呼べばいいかな?」

 「……飛燕ひえん

 「飛燕ちゃんね、名前からして君も日本人かな? とりあえずピンチは脱したみたいだけど、君はこれからどうするの?」



 エナさんの気を使った質問に、この飛燕とかいう格ゲー少女は、少し間をおいて答える。



 「……仲間と合流したいけど、皆コンティニューできないみたい。ここはあのロボットがいっぱいいて迂闊に動けないし、システムが復旧するまでじっとしてるしかない」

 「そうね、だけどじっとしていて問題が解決するかもわからないから、私たちはパークライフの運営支部に直接行ってみようと思うの。同じ日本人同士、君もどうかな? ……それに残念だけど、もう君の仲間と合流するのは難しいかもしれないの」

 「ど……どういうこと?」



 それまでその場から動かなかった飛燕は、エナさんの意味深な言い回しに驚いた様子で駆け寄ってきた。興味無さ気に聞いてた僕も、彼女たちの会話に聞き耳をたてる。



 「飛燕ちゃんの仲間のアカウント情報を確認してみて」

 「そんなことして一体……あれ、ない? み……みんなのアカウントが消えてる!?」

 「そうよ……。理由はわからないけど、システム不具合後にゲームオーバーになったプレイヤーのアカウントは、皆抹消されてしまっているの……」

 「え……じゃあ、私の仲間は今一体……?」

 「わからない……ただ一つだけ言えるのは、ゲームオーバーになったら、最低でもアカウントが破損してしまうっていうことだけ……」



 それまで気丈に振舞っていた飛燕は言葉を失い、泣き出さんばかりの顔で歯を食いしばっていた。

 それにしても危なかった。僕もあの後何回もゲームオーバーになりそうだったからな。最低でもアカウント破損て、僕みたいに何年もやってるユーザーにとっちゃ死活問題じゃないか。

 途方に暮れている飛燕に、エナさんは真剣な面持ちで言葉を重ねる。



 「今ゲームオーバーになれば、どんなリスクがあるかわからない。だから私たちは、一旦ブリターニア(英国)の運営支部のある時計塔(ビッグベン)に保護を求めに行こうとしたの。あそこなら、何があっても身の安全だけは保障されていると思うから……」

 「……わかった。エナ、あなたの言葉は信じられそうだから、私も一緒に行く」



 飛燕は覚悟を決めた面持ちで答えた。それにしても、こいつは明らかに年上のエナさんに対して呼び捨てなんだな。まあ、どうでもいいけど。顔はちょっとばかし可愛いが、短気でガサツそうだから僕はもう関わるのは御免だった。

 一時的にエナさんたちの仲間になることを承諾したヒエンに、エナさんは優しく彼女の肩に手を置き、微笑みながら言う。



 「少しの間かもしれないけど、ようこそ飛燕ちゃん、私たちのギルド『ハッピーファウンドグローリー』へ!」



 ゲームが違うとはいえ、新しい仲間の加入にヒカリ、ソウヤは喜びに沸いて駆け寄った。飛燕は気恥ずかしそうに笑い、僕は冗談みたいなギルド名に笑いそうになった。



 「……飛燕……お姉ちゃん? 私……ヒカリです……よ、宜しくお願いします」

 「姉ちゃんこのロボット素手で倒したんだろ? スゲーツエ―じゃん!」

 「フン……女ならエナさんに危険はないからな……問題ない」



 喜びに沸き立つ二人の横で、カイって奴が小声で呟いていた。お前にとって物事の判断基準は全部そこなんだな。

 こいつらが勝手に盛り上がるもんだから、僕は立ち去るタイミングをすっかり逃してしまっていた。さてさて、いつ切り出したらいいものか。

 僕がそわそわしていると、飛燕がエナさんに向かって思いついたように問い掛ける。

 


 「でも、ビッグベンへ行くまでには、まだ私の仲間をやったロボットがうようよいるよ。どうするつもりなの、エナ?」

 「そうね……でも安心して、私たちにはもう心強い守り神がいるじゃない!」

 


 ほうほう、初耳だなそれは。一体全体どこにそんな素晴らしいスーパーヒーローがいるって言うんだ? みんなこっちの方を見るから、僕は誰かいるのかと思って、後ろを振返った。

 なんだなんだ、誰もいないじゃないか。しいて言えば、僕の愛機のジークが腰を下してるくらいだ。いや、まさかね……。

 

 

 「タタラ君、君も一緒に来るでしょ? 決して悪い話ではないと思うんだけど?」



 エナさんが少しあざとい顔で僕に言葉を投げかけた。僕の悪い予感ってのは、大概的中してしまうんだ。いい予感はこれっぽっちも当たらないのにね。

 こんなわけのわからない連中と関わるのは、もうお腹いっぱいだった。いい加減一人にさせて欲しいものだ。



 「もう助けてもらった借りは返したはずです。僕が一緒にいくメリットがあるんですか?」

 「そうね、私たちは君のブリキの巨人の力が必要なのもあるけど、君だってまた飛燕ちゃんみたいなプレイヤーに遭遇する可能性だってあるよ。そうしたらタタラ君にとっても、私たちと一緒にいる意味はあると思うの」

 「なるほど、お互いの安全保障の為ってわけですか……。う……まあ、それも一理あるような……」



 はっきり言ってしまえば、集団行動が怠かっただけなんだけど、僕はどうにかして角が立たないよう断わりたかった。ところが、エナさんの言ってることが割と的を得ていたので、どうも都合のいい言い訳が思いつかない。



 「……一緒に来てくれないの?」

 「ぐぐぐ……」



 僕は危うくこのエナさんの物憂げな表情にやられるところだったが、ここはどうにか我慢だ。僕以外の男子だったらコロッとやられていたところだろうが、女の子では僕は動かないぜ。

 何とか歯を食いしばった僕の元へ、今度はエナさんが歩み寄ってきて徐に僕の右手を両手に掴んで、まるで祈りでも捧げるように胸の前で握りしめたんだ。この誘惑は非常にまずいぜ。エナさん、こりゃいくらなんでも反則ってもんだ。



 「ちょっ!? エナさん困ります!」

 「お願い、タタラ君、君の力が必要なの! 仲間とかギルドじゃなくていい。そう……同盟っていうのどう? みんなの身の安全が確保されるまでの!」

 「ぐぐぐぐぐ……物は言いようですね。まあ……それなら……いいか」


 

 改めて女性っていうのは心底恐ろしいものだと思ったが、もう手遅れだった。一人でいたいはずの僕の、捨てきれない男としての悲しい性ってやつさ。

 こうして僕は、エナさんのハニートラップ……じゃなくて、同盟という謳い文句の名の元、渋々彼女たちと行動を共にするようになったわけだ。そう、これがゲームタイトルを異にする奇妙なプレイヤー間の同盟で、異邦人たちの友好の第一歩……。

 


 「……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」



 で、エナさんの後ろで、僕と友好を結ぶ気なんて更々なさそうな残念イケメン君が、メラメラと殺意を滾らせていたのだった。

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