EP.5 敵TS包囲網を突破せよ
“悲しみのほぼすべては、他人との関係から生まれる”
またまたショーペンハウエルの引用で申し訳ないが、今の僕の率直な気分を表すものとしては、これに勝る言葉はないと思うんだ。
僕はただ一人でゲームを気楽にプレーしていたかっただけなのに、ただそれなのに、ごちゃごちゃと別のゲームからまで余計な奴らが出てきやがって。どれだけ手の込んだ嫌がらせだ。
“ただ一人でゲームを気楽にプレーする” たかがそれだけのことが、今となっては友達百人作ることなんかよりも、余程夢みたいな難事業となってしまっていた。
とりあえずこんなところで宙吊りにされていたら、ただ的にされてハチの巣になるだけだ。戦うにしろ逃げるにしろ、なんとかコックピットに戻らないと。
「申し訳ないけど、僕と同業者の敵さんがお出ましみたいです。こんなところで油売ってたら、TSの機銃掃射でみんなハチの巣になりますよ?」
「また私の仲間をやった奴らが性懲りもなく! まさかあんたが呼んだんじゃないでしょうね?」
「救援を呼びたい気持ちはやまやまだけど、あいにくイギリス人のお友達はいないもんでね」
TS接近を知った格ゲー少女は、怒りを露わにして僕に喰ってかかる。
咄嗟に空気を呼んだエナさんが、焦燥する格ゲー少女へ疑問を呈するように言った。
「この子のブリキの巨人を倒したみたいだけど、君なら一人でも戦えるんじゃないの?」
「一機や二機なら何とかなる。だけど複数で袋にされたら対応できない。私たちも銃で撃たれれば致命傷なんだ……」
そりゃそうだ。どんなに速くて人間離れした怪力でも、対人用の機銃掃射を受ければひとたまりもないんだ。だからさっきは、聞き耳も持たずにあんなに必死に向かって来たのか。
今向かってきているTSがこの格ゲー少女の仲間をやった連中だとしたら、結構えげつない対人武装をしている確率大だ。どうする、エナさん。
するとエナさんは、何か思いついたように僕の逆さの顔を見て言った。
「ねえ、ブリキ乗りの君、君ならこれから来るブリキの巨人たちを倒すか、もしくは振り切って逃げることくらいはできるの?」
「そうですね、相手のTSのランクと数によります。でも、少なくともこのままミノムシみたいになってるよりは、マシな結果が出ると思いますけどね……」
こちとら十年選手のブリキ乗りだ。こんな腕力馬鹿の脳筋格ゲー女に、何ができるっていうんだ。
それを聞いたエナさんは、格ゲー少女を諭すような口調で言った。
「もう考えている暇はないみたい。この子を開放してブリキの巨人を動かしてもらうしか、みんなが生き残る道はないと思うの」
「あなたの言うことは信じる。だけど、まだこのロボットに乗ってる奴らは信用ならない。敵じゃないにしても、逃げるかもしれない……」
「うーん、だったら……」
煮え切らない格ゲー少女に、エナさんは何か名案が思いついたようで、僕の機体を指さしながら言う。
「見たところ操縦席に椅子が二つあるみたいだし、私がこの子のお目付け役で一緒に乗るっていうのはどうかな?」
「まあ、それなら……」
「ええ!? ちょ、ちょっと、それは……!」
名案だ。名案過ぎて涙が出そうだよ。なんで僕の愛機に知らない奴を乗せなきゃならないんだ。コックピットは言わばパーソナルルームだ。いくら美人だとはいえ、トイレに他人と一緒に入るのなんて耐えられるわけがない。
僕はこの時、自分の機体の操縦席が大した意味もないのに複座なのを心底後悔した。でもまあ、仕方ない。ここで宙吊りのままハチの巣にされるよりは幾分かマシだ。
格ゲー少女と交渉が成立し、僕の縄を解きながらエナさんは再び真剣な口調で言った。
「今向かってきてるTSは、私たち全員の存在にもう気付いているの? それと何とか話し合って戦わずに済まないかな?」
「距離から言って、探知されているのはおそらく僕のTSだけでしょうね。生身のプレーヤーは視認できるくらい近づかない限り探知はされないと思います。交信することはできますが、こちらを包囲殲滅しようとしてる感じなので、あまり期待はできないかと……」
「そういうことね……。戦うにしても、停戦するにしても、この子たちを逃がす隙は作れそうだね……」
至近距離で見るエナさんは、切れ長で涼し気な目元が印象的な和風美人だった。しかもゲームの中なのに何かいい匂いがする気がする。綺麗な女性からいい匂いがするってのは、都市伝説じゃなかったんだな。
この危機的状況の中、ロクでもないことを考えている僕を尻目に、エナさんは即席で作戦を立案して他の連中に指示を出す。
「私はこの子と敵を引き付けるから、君たちはその間に西へ逃げて。上手く逃げられたら、ラムフォードで合流しましょう。【SFMO】の君も一緒に行くといいわ」
「あ、うん、わかった……」
格ゲー少女も素直に指示に従い、ようやく僕は宙吊り状態から脱することができたわけだが、相変わらずピンチなことには変わりなかったけど。
「じゃあカイ、ソウヤ君とヒカリちゃん……それとその子をお願い!」
「はい、エナさんもお気を付けて。あとそれから……」
このコスプレ四人組の最後の一人は、カイとかいう忍者みたいな格好をした鼻持ちならない長髪クールイケメン野郎だった。とは言え、ガキんちょの多いこパーティーの中では、寡黙そうだが比較的まともな奴に見える。
カイはエナさんの言いつけに慇懃そうに答えた後、僕のところまで来てまるで耳打ちをするように小声で囁いた。
「お前、エナさんに何か変なことしたら、ぶっ飛ばすからな……」
「……は……え?」
「……わかったな」
そう言って彼は、何もなかったかのように去って行った。ああ、よくわかったよ。お前が一番面倒臭い奴だってことがな。
僕とカイって奴のやり取りを見て、エナさんは不思議な様子で首を傾げた。まあいい、今は少なくともお前のことなんて考えてる暇はないんだからな。
「エナさん……でいいですか? あなたは後ろのシートに座って下さい。早くしないと敵が来ます」
「ええ、わかったわ。皆、必ず生き残るのよ!」
そう言って他の連中に別れを告げると、僕とエナさんはへたりこんでいたジークのコックピットへと乗り込む。
相手が美人だとは言っても、やはり後ろから見られているのは、あまり気分のいいものではなかった。僕の脳波認証でジークのインターフェイスが起動し、コックピットのハッチが閉じられる。
真っ暗になったコックピット内の壁に周囲の映像がモニターされ、走り去って行く彼女の仲間たちが映しだされた。
「凄い! 中身はこんなにハイテクなんだ! 見た目はボロボロなのに」
「早くシートベルトを締めて下さい。壁に頭ぶつけますよ。それと、さり気なくジークの悪口言わないで下さい……」
「う、うん、わかった、ごめんね!」
彼女は甲冑を着てるせいか、まるで昔履いてたジーンズを無理矢理履くかのように、四点式のシートベルトを締めるのにだいぶ苦労していた。まさか僕も、自分の機体にこんな美人な騎士様を乗っけるなんて思ってもみなかったよ。
彼女がシートベルトに四苦八苦している間、ふと気づくと、コンソールに見慣れない案内が表示されていた。
“新しいトランスデータ『エナ』にアクセスできます。インストールしますか?”
「……ん? なんだこれは?」
「ふぅー! やっと締まった! い……言っとくけど、私が太ってるわけじゃないからね!」
とりあえず、今はこんな意味不明な表示を気にしている暇はない。僕は表示を消して操縦桿を握り、機体を立ち上がらせる。
エナさんの立案した作戦では、僕らは敵を引き付ける為、北へ向かうことになっていた。レーダーが映す北方面の機影は三機、他の二方面と包囲網を形成していることから、相手はTSギルドの可能性が高い。僕は警戒しながらも、急ぎ足で北へと前進を始める。
張りつめるコックピット内で、気を使いながらエナさんは僕に問い掛ける。
「ごめんね、また君の力を借りちゃって。君のことなんて呼べばいいかな?」
「……タタラです。僕も日本人です。とりあえず僕も助けてもらったんで、その分くらいは働きますよ」
「あー、やっぱりね! 翻訳を介してるような気がしなかったから、そうなんだと思った!」
国籍が同じだったことにエナさんは感動する。そりゃ、こんな異邦の地で同じ日本人に会える確率なんてそんなに高いもんじゃない。むしろ僕らに限っては、ゲーム自体が違うから0パーセントなんだろうけどね。
僕が北へ向かったことで、包囲していたTSたちも釣られてくれたみたいだ。敵影は引き寄せられるように僕の元へ進路をとった。このまま前の敵を抜けば何とか逃げられる。
進路を北へ取りながらも、僕は包囲している敵TSプレイヤーたちに停戦を呼び掛ける。
「こちらは日本のTSユニット……緊急事態につき、接近中のTS各機に至急停戦を要請する。応答されたし……」
――……」
「……繰り返す、こちらは日本のTSユニット……緊急事態につき、接近中のTS各機に至急停戦を要請する。応答されたし……」
――……こちらTSギルド“クワイエットプリースト” 現在作戦行動中につき貴君の要請には応えられない。戦闘の意思がないのであれば、機体を捨て投降せよ」
ずいぶんとお行儀のいい連中じゃないか。まあ、最初から話し合いなんてのは期待してなかったんだけどね。
これ以上話し合いをしても無駄だったので、僕は通信を切ってエナさんに注意を促す。
「どうやら、聞く耳持たずって感じですね。そろそろ砲撃の射程範囲です。エナさんも警戒して下さい」
再びコックピットに緊張が走った。僕が廃ビルの影に隠れた瞬間、前方から敵の一斉砲撃が始まった。辺りに凄まじい数の爆音が響き渡る。
“戦闘中の機体をTSデータベースと照合・・・敵機は第二世代機『ヴェスパ』・・・ランク解析・・完了・・三機共にランク「B」・・”
コンソールに敵の機体の詳細が表示される。発色のいいスカイブルーとホワイトを基調としたボディーが印象的な、レトロモダンな機体だ。シンプルでカスタムしやすく、特にユーロ圏で人気が高かった。
と、呑気に敵の機体の解説をしてる場合じゃなかった。あの三機を何とか早く各個撃破しないと、後ろから来る敵に挟撃されてしまう。
「流石イングランド、おしゃれな機体に乗っていやがるな……」
「タタラ君、勝てるの?」
「三機相手は骨が折れます。だけど、B級であればなんとか……」
TSはその機体の性能、戦績などの総合評価で、「S>A>B>C」と基本四段階でランク分けされていた。
レーダーに映った敵影は徐々に前進して距離を詰めてくる。僕は相手とはビルを挟んだ隣の狭い通りへと機体を走らせ、建物と建物の間隙を縫って敵機へ砲撃する。
「よし、ビンゴ!」
「タタラ君、やるじゃない!」
僕が放った数発の砲弾は、針の糸を通すように障害物を越えて敵一機の頭部と脚部に命中した。撃たれた敵は、ビルが倒壊でもするように地面へと崩れ落ちた。
エナさんが思わず歓喜する。僕もこの緊張感が何だか懐かしかった。さっきはよりにもよって生身のプレイヤーに負けちゃったから、本気で自信喪失するところだったんだ。
残りは二機だが、今の攻撃にかなり狼狽えているみたいだ。動きに迷いが見える。
「もう一機!」
敵が動揺してくれたおかげで、二機目はあっさり落とすことができた。僕は多少安堵してしまっていたんだと思う。
最後に残った一機が肩に担いだ大型のミサイルランチャーみたいなものを構えていた。発射される瞬間、最低限の距離を取って回避行動を試みるが、突然エナさんが大声で叫んだ。
「タタラ君、ダメ! 急いでもっと距離を取って!」
「うわぁ!? 何ですかいきなり? 耳元で急に大声出さないで下さい!」
戦闘中にはた迷惑な人だと思ったが、彼女が叫んでくれたおかげで、僕は何とか手遅れになる前にその場から退避することができた。
その直後、敵機から発射されたミサイル弾頭が、僕がさっきまでいた位置で弾け、無数の小弾をばら撒いて辺りを猛烈な爆炎が覆った。正に火の海ってやつだ。
まるで地獄のような光景にエナさんは動揺を隠せない。本当にえげつないものを使ってきやがるな。機械だけに頼っていたら、正直間に合わなかった。
“敵機から特殊戦術兵器による攻撃を確認・・第二射に警戒されたし”
「ごめん、タタラ君……何か嫌な予感がしたの。あ、あれは何なの? 特殊戦術兵器って?」
「あいつが言ってた“卑怯な爆弾”……いわゆるクラスター爆弾ってやつですね。あんな化物みたいな奴の仲間がやられるわけです。生身であれを喰らうとか、考えたくもないです……」
一昔前まで、世界でも普通に使用されていたこのクラスター爆弾だが、ばら撒かれた多数の小爆弾が不発弾となってその地に残り続け、世界中で多くの悲劇を生んだ。その為、今では国際条約で使用が禁止されている代物だった。
とは言っても、それはリアルでの話だ。相手の攻撃は何のルールにも触れない真っ当なものだった。それでも、こんなもの使って対人戦とか悪趣味過ぎるだろ。
最後に残った一機のその攻撃には少々驚いたが、それ以外は大したことない奴だった。僕の接近を簡単に許したそいつは、敢え無く僕の砲撃でハチの巣になって廃ビルへと倒れ込んだ。
やれやれ、それにしてもただのお邪魔虫だと思っていたエナさんに助けられるとはね。
「やったね、タタラ君! でも急いで、後ろの敵が来る前に!」
「嫌な敵です……これ以上は御免ですね。それにしても、TSOプレイヤーでもないエナさんが、何であの時あそこにいたらまずいってわかったんです?」
「多分、私の特殊スキル『クローストゥジエッジ』のせいだと思う。簡単に言うと、“虫の知らせ”みたいなものかな?」
「へー、カルト染みててよくわかりませんが、便利なものですね……。まあいいや、合流地点へ向かいます」
久しぶりの対TS戦を終えた僕は、その余韻に浸る余裕もないまま急ぎ戦闘区域からの離脱を図る。戦闘禁止区域まで逃げ込めば、ミッションはこれにて終了だ。
少し安心したのか、エナさんは仲間たちとプレイヤー通信を始め、彼らの無事を確認する。
「カイ、こちらは何とかこのまま逃げられそう。みんなは無事?」
――はい、こちらも問題ありません。そのまま合流地点へ向かってます。エナさんも無事で何よりです。またお会いできることを楽しみにしています!」
「さっきまで一緒にいただろ!」と、思わず突っ込みそうになってしまったが、あまりこいつらに関わりたくもないのでやめた。
今回の戦闘でエナさんへの借りも返せたことだし、ラムフォードまで行けば、やっとおさらばできるってもんだ。僕は正直胸を撫で下ろしていた。集団行動ってやっぱり疲れるんだ。
だけどこの時、僕はまだ気付いていなかったんだ。もう既に、取り返しのつかないロクでもないことに足を突っ込んでしまっていたってことにね。
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