EP.4 超絶ピンチ!? 捕らわれた巨大ロボット
昔から、僕は女の子と関わると本当にロクなことがなかった。
小学校の頃は、自分より体が大きくて、教師への御注進を三度の飯よりも楽しみにしていた悪辣な女子にいじめられた。
中学校に入ったら入ったで、席の近かった一見可愛らしい女子に好意的に話しかけられたが、蓋を開けてみれば、家庭がインチキ臭い新興宗教の熱心な信徒で、勧誘を断るのが本当に大変だったよ。
そして極めつけは思春期真っ盛りの高校時代、僕は図書室で偶然知り合ったある女の子と仲良くなった。幸運にも彼女は美人で知的な育ちのいいお嬢様で、そして環境活動に熱心なヴィーガンの共産主義者であった。
図書室で知的な男子生徒を装おうと、カール・マルクスの『資本論』なんかを机に並べていた甲斐があったってもんだ。
最初は美人の彼女の横を歩く優越感に浸っていたけど、彼女は校内で反捕鯨やら動物愛護を必死に訴え、毎週のように授業をサボって反政府デモに参加するもんだから、本当に困り果ててしまったよ。
僕も何回か誘われたけど、いつも原因不明の腹痛が起こったことにして断っていた。そんな僕のことを、彼女はついに「あなたは何で権力と戦わないのか?」って咎めてきたけど、正直僕は彼女が何と戦っているのかなんてさっぱりわからなかった。
挙句の果ては、当時からやっていた【TSO】を「世界平和に反する戦争ゲーム」だとか言って、やめるよう強要するし、最後には「私とお付き合いしたかったら、今後一切お肉は食べないで」なんて言われ、ついにプッツンきちゃったよ。
「最悪、一生童貞でもいいから、僕は1ポンドステーキを食べたい」
って言ってしまったんだ。彼女はみるみる顔を赤らめて、僕のことを「軍国主義者」だの「国家権力の犬」だの「動物虐待する人でなし」だのと口汚く罵って去って行った。
女の子が悪いのか、僕の女運が悪いだけなのか、或いは僕が悪いのか、おそらく全部なんだろうね。
そして、このゲームで出会ったあの女だよ……。この話はまたいずれね。
そんでもって、僕はまだゲームオーバーにならずに生きていたみたいだ。
気絶している間、視界は真っ暗であったが、気が付くと目の前にさっき出会ったばかりのボーイッシュで小柄な少女の恐い顔が、上下逆さまで僕を睨んでいた。
別に彼女が逆立ちしていたわけじゃなく、逆さまになっていたのは僕の方だった。僕の体はロープでグルグルに巻かれ、自分の機体に逆さまの状態で宙吊りにされていたんだ。
「どうやら、やっと目が覚めたみたいね」
「……う」
考えられ得る限り、今まで生きてきた中で最低の目覚めだった。今日日ヤクザだってこんな酷いことしないぞ。
小柄だが、顔立ちからして高校生くらいか? この少女も、今まで僕が出会ってきた女の子の御多分に洩れず、とんでもない女だった。いや、むしろ光栄に思っていい、お前がチャンピオンだ。
Tシャツの上にスタジャンを羽織った、このだいぶおてんばが過ぎる少女は、目覚めたばかりの僕に容赦なく凄んでくる。
「目が覚めたなら、さっさとこのロボットのことを教えなさい」
「……ロボットって、僕のTSのことか?」
「他に何があるっていうの? 卑怯な爆弾使ってよくも私の仲間を! なんかさっきの奴よりボロそうだけど、このロボットとあんたの仲間のことについて詳しく教えなさい!」
よくわからないけど、この怪力少女は途方もない勘違いをしてるみたいだった。それにしても好き勝手人の機体をディスりやがって、とりあえず縄を解いてもらわないと始まらないな。
「あんたたちの素性と人数、弱点なんかを聞き出す為に生かしておいたの。嘘でも吐いたら、許さないから!」
「……わかった……わかったから、一旦下ろしてくれないか? 操縦席のインターフェイスにお前の欲しがってる情報が全部ある。脳波認証のロックが掛かってるから、僕が乗らないと解除できないんだ」
「怪しい、そうやって逃げ出すつもりじゃないでしょうね?」
こいつ、脳筋のクセに意外に勘がいいな。本当の話、TSのインターフェイスのロックは、僕の口頭認証でも解除することができる。まあ、解除したところでこいつの欲しがってる情報なんてこれっぽちもありゃしないんだけどね。
全く困っちゃうよ。こんな状況じゃ、例え諸葛亮孔明や竹中半兵衛だってお手上げってもんだ。出てくるのは意味不明な泣き言ばかりで……。
「クソ―! この脳筋女! いくら相手が捕虜だからってな、こんな酷いことしてただで済むと思うなよ! 捕虜虐待だ! ジュネーヴ条約違反だ!」
「な……なに、それ?」
すると少女は少し狼狽した様子で、僕のヤケクソの出任せに食いついて来た。こんなゲームに大昔の国際条約が適用されるわけないのだが、とりあえずもうひと押しみたいだ。
「この野郎! 戦時国際法も知らないのか!? 捕虜虐待は戦争犯罪だからな! 銃殺ペナルティーだからな!」
「そ……そんなの、【SFMO】じゃ聞いたことない!」
「……は? 【SFMO】? 何それ?」
一体何言ってるんだ、このお嬢ちゃんは? 【SFMO】……【SFMO】……どこかで聞いたことあるような、ないような。
せっかくいい線行ってると思ってたのに、こいつが妙なこと言うから、僕は思考が停止してしまった。
「“ストリートファイティングマン・オンライン”【SFMO】に決まってるでしょ!」
「……はぁぁぁ!!?」
全く興味はなかったが、確か聞いたことあるぞ。僕がプレイしている【TSO】と同じパークライフ社のゲームだ。僕が知る限り、ただ馬鹿みたいに殴り合いの喧嘩をするだけのナンセンスな格闘対戦ゲームだった気がする。
問題なのは、そんな野蛮でナンセンスなゲームのプレイヤーに、僕が同じフィールド上でミノムシみたいに吊し上げられているって話だ。
「いやいやいやいや、何言ってんだよ。【TSO】だよ、【TSO】! こんなロボットが出てくるゲーム、ティンソルジャーズ・オンライン【TSO】しかないだろ?」
「知らない、そんなの! さっさとあんたの仲間の情報を教えるのか、教えずに私の幻の十三連コンボを喰らうのか、どっちにするの?」
一瞬、こいつは殴り合いをし過ぎてパンチドランカーにでもなっちゃってるのかと思ったよ。でも不思議と思い当たる節は沢山あった。
よく考えてみれば、今日はいつも見慣れないロクでもないものを沢山見た気がする。裸の原始人にアイドルのプロ―モーションみたいな飛行船、巨大な怪獣に二足歩行する豚……。
てっきりイギリスってのは、あんなロクでもない奴らがいっぱいいる国なんだと思ってたよ。でも、どうも雲行きが怪しくなってきたぞ。
それにほら、さっき会ったあの変なコスプレした連中だ。調度あそこでこっちをジロジロ見ている奴らみたいな……。
「……て、あれ?」
数10メートル先で、僕の方を唖然としながら見つめている四人組は、さっきあのベヒモスとかいう怪獣と戦っていた連中に間違いなかった。
それにしても最悪のタイミングだ。こんな光景、今のこの超高度文明社会におけるVRMMO世界では、中々見られるもんじゃない。誰だって目が留まるさ。
先程は気を失っていた黒い尖がり帽子の女の子も、どうやら無事のようだけど、きっとさっきのことを根に持って僕に仕返しするつもりなんだ。それで僕のことを、ここまでしつこく追いかけて来たに違いない。
「ちっ! 何て執拗な奴らだ……」
「なーに、あの仮装大会みたいな派手な格好した連中は? あんたの知り合い?」
僕が彼らの方に目をやった為、それに気づいたこの格ゲー少女もつられて振返った。色々と噛み合わなかった僕らだが、彼らに対する感想はほとんど同じものだった。
さて、どうしたものか。ただでさえ大ピンチなのに、ダメ押しの敵の新手出現てやつだ。僕はいよいよゲームオーバーを覚悟した。
「君ー! さっきそのブリキの巨人に乗ってた人でしょー?」
赤い甲冑を着たポニーテールの中々美人のお姉さんが、何やら嬉しそうに手を振って僕の元に駆け寄って来る。なんだなんだ? そんなに僕に仕返しができて嬉しいのかよ。見かけによらず、ドSなお姉さんだな。
僕と僕を吊し上げている格ゲー少女の前に来たそのお姉さんは、僕と格ゲー少女の顔を数回見回し、何か閃いたように手をポンと叩いて言った。
「君たち、人の性癖をとやかく言うつもりはないけど、あんまり感心できる趣味じゃないぞ。そういうことはもっと夜人目に付かないところで……」
「「ちがーーーーう!!」」
このお姉さんが、あんまり素っ頓狂なこと言うもんだから、ついこの格ゲー少女とシンクロしちゃったじゃないか。
お姉さんは、何だかきょとんとして「そうなんだ」ってな雰囲気で、僕らの顔を再び見返す。何だか、さっきの勇ましく戦っていた時とは異なる印象だった。
いきなり現れてペースを乱してくるこのお姉さんに、格ゲー少女はいい加減痺れを切らした。
「そんな馬鹿みたいな格好して、あなたたちもこいつの仲間? そうだったとしたら相手になってあげる、かかってきなさい!」
格ゲー少女は、またおっかない顔をして武道の構えみたいなポーズをとった。よくわからないが、僕としてはこいつらが揉めてくれるのはありがたい。逃げ出すチャンスがあるかもしれないからな。
臨戦態勢の格ゲー少女に、後ろにいた他の三人が武器を構える。一触即発かと思いきや、このポニーテールでやっぱり結構美人なお姉さんは、急に凛とした表情をして少女を窘めるように言った。
「私たちは争ってる場合じゃないの、運営が出したシステム不具合は知ってるでしょ? このゲームは……パークライフ社が運営してるゲームは、今大変なことになっているの!」
「何を言い出すかと思えば、そんな出任せを! それじゃ、今一体どうなっているって言うの?」
「私の名前はエナ……リアルネームもそのまま“
「【MSPO】って、確かファンタジーゲームでしょ? あんたたちまで、こいつと同じようなこと言うの?」
このエナさんていうお姉さんのいうことに、格ゲー少女は驚きを隠せない。勿論僕もそうだったけど、何だかこれで全ての歯車は噛み合った気がするぞ。つまりは……。
「システムの不具合のせいで、パークライフ社が運営する色々なVRMMOゲームの世界が、一緒くたになってしまっているみたいなの!」
「はぁ? 何を言い出すかと思えば、そんなこと信じられるとでも……?」
「確かに馬鹿げた話ではあるけど、君も見たんでしょ? 巨大ロボットに、モンスター、私たちみたいな剣士や魔法使い……。これでは信じるなって言う方が難しくはない?」
「くっ……まあ、言われてみればそうだけど……」
「システム不具合の発表があってから結構経つけど、復旧に関するお知らせは出ないし、相変わらずログアウトもできないでしょ? これって、今リアルでは非常にまずい状況になってるんじゃないかな?」
ああ、エナさんの言う通り、リアルで何らかのトラブルが起こっている可能性は高い。
幸いずいぶん前の法整備で、フルダイブ型VRMMOゲームのハードには、生命維持装置の付帯が義務付けられていて、僕らは皆赤ちゃんの保育器みたいなカプセルに入っていた。VRMMOゲーマーはそんな邪魔臭いものを家に置かなきゃならなかったが、リアルで戦争でも起こらない限り当面の命の保障はされていた。
それにしたって、こんな不具合がこのまま続いたら、流石のパークライフ社だとはいえ会社が傾くかもしれないぞ。ユーザーからの損害賠償請求額も、天文学的な金額になるに違いないからな。
まあ、ゲームの世界がおかしくなってしまったのは何となくわかったけど、僕が今個人的にピンチなことには変わりはない。少なくとも、このエナさんたちは僕に仕返ししに来たわけでもなさそうだけど。
「とにかく、私たちは今プレイヤー同士で争っている場合じゃないってこと。それから、お楽しみのところ悪いけど、その男の子のことは放してあげてくれないかな?」
「……え?」
僕は一瞬耳を疑ってしまった。どうやらこのエナさんて人は、仕返しするどころか僕を助けてくれるみたいだ。なんだ、格好はともかく、いい人たちじゃないか。
「あなたの言うことは信用する。だけど、それはできない。こいつは……こいつらは、私たちの仲間を卑怯な爆弾で……!」
あー、また始まったよ。よくわからないけど、この勘違い脳筋女の誤解を解かない限り、僕の命は風前の灯ってやつだ。何とか頑張ってくれ、エナさん。
「この人はそんな酷いことしないよ! さっきもベヒモスっていう凄く強いモンスターから私たちを助けてくれて……。お礼も言われないまま、颯爽と去って行ったの!」
「あ、いや……」
さっきは女の子を巻込んで気絶させちゃったはずなのに、予想だにしない援護射撃をもらい、僕はどんな顔をすればいいか分からなかった。
すると今度は、エナさんの後ろにいた黒い尖がり帽子を被った少女が、宙吊りにされた僕の前まで来て、帽子を取って深く頭を下げた。近くで見るともっと幼く見えるな。見た感じ中学一年くらいか?
「さ……さっきは……その、ありがとうございました。た……助けて……下さったのに、私……凄い音にビックリ……して気絶してしまったみたいで……」
「あ……ああ、そういうことね……」
緊張しているのか、だいぶたどたどしい話し方だったが、どうやら僕の早とちりみたいだったってことらしい。勿論彼女たちを助けようとしてやったわけじゃないから、むず痒い気持ちが一杯だった。
それを見ていたエナさんたちの仲間の一人、槍を持った中学生くらいのツンツン頭をした小僧が、気に食わない様子で言った。
「俺は別に助けてくれた風には見えなかったけどな。最後も何か焦って逃げてったような感じだったし……」
こらクソガキ、余計なことを言うんじゃない。もう少しでこの僕が無罪放免、自由の身になれるってところなんだぞ。
「ソウヤ君、そんなこと言うもんじゃないよ。人見知りのヒカリちゃんが、せっかく自分からお礼を言えたっていうのに」
「だってさ……」
「ソ……ソウヤ君は、お……恩知らずの人でなしです!」
「う、うっせーなヒカリ!」
いいぞいいぞ、少なくとも女性陣二人、エナさんとヒカリちゃんだかヤドカリちゃんだかは僕の味方のようだ。女運の悪い僕にしては、奇跡的な僥倖と言えるんじゃないか。
そして、蚊帳の外にされて流石にイラついていた格ゲー少女が僕を指さし、エナさんに食って掛かった。
「ふざけないで! 私の仲間は確かにこのロボットたちにやられたんだから!」
「それって、本当にこのブリキの巨人だった?」
「それは……さっきの奴らよりボロくて汚らしいけど、同じロボットだし……」
なるほどね。この格ゲー少女の仲間って奴らは、どっかのTSに喧嘩を売って返り討ちにでもあったんだろ。それにしても、さっきより僕の機体に対する悪口が増えてるぞ、この野郎。
混乱を始める格ゲー少女に、エナさんは更に説得を続ける。
「少なくとも、彼はまだロンドンに来たばかりだし、君の仲間を殺してなんかいないはずだよ。装備も対人戦には不向きなようだし……」
「そ……そんなこと! ……って、何この音!?」
突然、ジークのコックピットからけたたましいアラートが発報し、操縦席に不在の僕に音声での警告が発せられる。
「“当機の周囲三方向より、敵TSと思われる機影多数接近。距離五〇〇〇・・コックピットに搭乗し、早急に迎撃準備されたし”」
ここにいる僕ら全員に緊張が走った。どうやら、ようやく念願だった同業者の敵さんのおでましみたいだが、当の僕は戦う前から大ピンチもいいところだった。
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