EP.3 格闘少女、強襲!

 僕は見かけによらず、疑り深くて人を中々信用しない。できればあまり他人に関わりたくないし、ましてや別のゲームをやってる奴と関わるのなんて真平御免だ。まあ、一言で言ってしまえば、人見知りってことなんだけどね。

 そりゃ、僕にも果敢な時期はあったわけだし、そんな自分を変えようなんて考えてたお花畑みたいな時もあった。

 今にして思えば、やれポジティブシンキングでコミュ二ケーションスキルを育てるだの、やれ一人では生きられないだの、無理してそんなもの目指したところで、エスカレーターを逆走するような馬鹿げた自己否定だった。

 


 “孤独を愛さない人間は、自由を愛さない人間に他ならない。何故なら、孤独でいるときにのみ人間は自由なのだから”……敬愛するショーペンハウエルの言葉さ。



 とりあえず、あのコスプレ大会だか、季節外れのハロウィンみたいな連中は上手く撒けたみたいだ。僕は機体背後の警戒を止め、胸を撫で下ろした。

 システムトラブルとは言っても、とりあえず自分の身は守れそうだし、一人で慌てふためいている他のプレイヤーの観察でもして様子を見ようじゃないか。

 


 ロンドンを目指して、えっちらおっちら旅をしてきたけども、ようやくそれも終わりそうだ。 

 それにしても、思わぬトラブルに遭遇してしまったが問題ない。天気晴朗、機体の調子も良好でどこまででも行けそうだ。僕はまだ気楽なもんだったわけだけど、呑気でいられるのも今のうちだけだった。

 晴れやかな僕の気分を害したいのか、またまたアラートが発報する。何か小さいのが木々の間を抜けながら、群れを成して押し寄せてくるのが見えた。



 「何だ、また変なNPCか?」



 モニターに映ったそいつらを拡大してみたら、またまた重そうな甲冑を着て、剣や斧を持った中世の軍隊みたいな連中だった。

 だが、さっき遭遇した連中とは決定的に違う。NPCであるのも去ることながら、そいつらは皆豚みたいな顔して……いや、二足歩行する豚そのものだった。

 よくわからないが、こっちに向かって進撃してくるし、とりあえず倒しておいた方が良さそうだな。

 僕は右から左に銃口をゆっくりと移動させながら、豚みたいな連中の群を躊躇することなく砲撃した。

 奴らは次々に吹き飛ばされ、それでも臆することなく屍を越えて襲ってきた。もしこれが人間だったら、死をも恐れぬ勇敢な兵士だなんてことになるんだろうけど、姿が豚なだけに残念だな。

 程なくして、僕は馬鹿……いや豚の群を完全に一掃した。後から聞いた話だと、それはオークとかいうモンスターだったらしいんだけど、僕がそんなこと知るわきゃないだろ? 誰がワインの樽みたいな名前した、豚人間がいるなんて思うもんか。



 「なんか、お腹が減ってきたな……」



 一体この後、誰があんなクソみたいなことになるなんて予想できるもんか。この時僕の頭にあったのは、今夜は食べきれないほどのとんかつの夢を見るに違いないってことくらいだ。

 


 森林地帯を抜けると田園風景が広がっていて、しばらくすると僕は都市区域に入った。

 住宅は結構増えてきたけど、まだまだ長閑な感じだ。僕はのんびりといつ終わるかわからないシステム回復までの散歩を楽しんでいた。

 そんな僕の気分をぶち壊すように、途中で生身のプレイヤーが殴り合いの喧嘩をしているのを見た。そこは戦闘禁止区域だったんだけど、そいつらときたらお構いなしだった。

 イギリスは紳士の国だと聞いていたけど、どこの国に行っても馬鹿はいるものなんだなと、僕はつくづく思ったよ。

 ギャラリーも疎らにいるようだったけどね。まあ、そいつらのパンチやキックのエフェクトだったり、大道芸染みた派手な立ち回りには少し関心してしまったけど、関わらない方がいい。馬鹿がうつるってもんだ。



 ロンドン市街へ近づくにつれ、徐々に高い建物が増えてくる。胸は躍るが、車両なんかも増えてくるから、踏み潰さないように注意しなければならないのが難点だ。

 市街地をどんどん進むと、半壊した家や倒れかけたビルなんかが目立ってくる。戦闘許可区域に入った合図だ。ここから先はあんまりのんびりしてられない。



 しかしながら、景観が何かおかしいぞ? 近代的なビルが建っているかと思えば、隣には中世の掘っ立て小屋が立ち並び、アスファルトで舗装されてる道路にはトラックが走ってるかと思えば、でこぼこの石畳には幌の馬車が停まっていた。

 現代と伝統が融合した……なんてそんな綺麗なもんじゃない。どう考えても辻褄の合わないブツ切れな景観の街並みだった。どんなにいい加減な都市計画を立てたってこんな酷いことにはならない。日本なんかより、景観に関してはうるさいお国柄のはずなんだけどな。

 まあ、あれだ。これが“パリ症候群”てやつなんだろうな。僕は冗談みたいな街並みに呆気に取られながらも、こんなもんだろうと無理矢理納得して足を進めた。

 警戒しながら進んでいると、ジークのサポートAIがアラートで敵NPCを探知したことを報せる。



 “十一時の方向に未確認のNPC発見、距離五百、遠距離からの攻撃に警戒されたし”



 「まだこちらには気付いていないのか? いや、戦闘中?」



 モニターに映ったまだ小さな敵NPCを拡大してみると、5~6mくらいだろうか? 大きさはそこそこあったので、やっと同業者の敵さんに会えたのかと思ったけど、やっぱり今日は何もかもおかしいみたいだ。

 まあ、巨大ロボットでないのは勿論のこと、今度は豚じゃなくて斧を持った巨大な牛みたいなのだった。どうやら、まだ今日の夢の中での宴の献立を決めてしまうには、早計であったらしい。



 「黒い牛か……スコットランドも近いから、きっとアンガス種だな」



 どうやらそいつも、ミノタウロスとかいうギリシャ神話かなんかがモデルのモンスターだったらしいけど、そんなことはどうでも良かった。

 論点はそこじゃない。僕はホルスタインとアンガス種すらくらいしか牛の種類を知らなかったが、とりあえず牛肉は大好きだ。最早、僕にとってその敵NPCは食欲をそそる対象以外の何ものでもなかった。

 実際に食べられるわけでもないのに、この時の僕は妙にやる気満々だったよ。でも何か様子がおかしいぞ? 誰かと対峙しているみたいだ。



 「ん……人間? しかも、生身……?」


 

 ゲームの中なのに、僕は自分の目を擦ってしまったよ。だってそのでかい牛の怪物と向かい合っていたのは、生身のプレイヤーだったんだから。

 そいつは背丈からして子供のようだった。大きめのスタジャンにジーパンというラフな身なりで、キャップを深く被った男の子みたいだ。

 格好こそさっきの奴らよりまともだったが、あんな巨大な牛に生身で立ち向かおうとか、控えめに言っても、とち狂ってるとしか思えない。

 他のプレイヤーのことなんてアリンコくらいにしか思っていない僕だったが、流石にこれは見ていられないと思って、巨大牛に砲身を向ける。



 「ちぃっ! 近いか!?」

 


 ダメだ。巨大牛とあの子供の距離が近すぎて、ここから砲撃したら確実に巻き込んでしまう。助け舟出してPKでは本末転倒だ。

 間髪入れずに巨大牛がその子供に向かい、覆い被さるように襲い掛かる。全く、ロンドンに着いた途端嫌なものを見ちまうぜ。



 「危ない! ……!?」



 どういうことだ? 僕はゲームの中で夢でも見てるのかと思った。一瞬何かが光って、あのでかい牛は全身を機関銃で撃たれたみたいに体を踊らせた。そして、最後にはまるで体操選手みたいに空中を綺麗に宙返りしてたんだ。優雅に空中を舞ったその巨大牛は、のけ反るように地面へと叩きつけられて、もう動くことはなかった。

 で、肝心のあの子供はと言うと、お手本みたいな美しいフォームでハイキックのポーズをとっていた。



 「嘘だろ!? あのでかい牛を素手でノックアウトかよ?」



 あまりにもショッキングな光景に、僕は機関砲を構えたままその子のことを呆然と眺めていた。まだ結構離れていたが、その子は静かに足を下すと、振返ってこちらの存在に気付いた。

 すると何を思ったか、その子は僕の方へ向かって一直線に凄いスピードで走り出したんだ。しかもそれは、最早人間の走るスピードではなかった。大袈裟じゃなくて、本当に弾丸みたいな速さでこっちへ向かってくるんだ。



 「は、速い! 改造人間かよ!? 戦う意思はない、それ以上近づくと撃つぞ!」

 ――……」



 僕は必死にプレイヤー間通信を求めたが、全く応答はなかった。仕方なく数発威嚇射撃をするが、意にも介さず一直線にこちらへと走ってくる。

 しまった、対人兵器を持っていないのが仇になってしまった。対TS戦が専門の僕にとって、この状況は想定外もいいところだ。

 まあ、普通に考えて生身でTSに突進してくるような奴は、余程の馬鹿か自殺志願者くらいなもんだろうから、仕方ないんだろうけどな。



 “敵プレイヤー急速接近・・対TS兵器による攻撃に警戒されたし・・即時迎撃を提言”



 サポートAIが、アラートで接近する子供からの攻撃に警戒を促す。迫撃砲やミサイルランチャーなど、このゲームでも生身のプレイヤーが扱える武器も少ないながらないことはなかった。

 見た感じ、その子供はどう考えてもそんな大それた武装などしていなかった。問題は、そいつ自身がそんな生半可な武器なんかよりよっぽど危険で質が悪いってことだ。



 「クソ! 接近され過ぎた」



 あっという間にその子供は、ジークの目と鼻の先まで走ってきた。仕方なく僕はジークの足を上げて踏み潰してやろうとするが、それが本当に悪手だった。



 「あっちいけ、この野郎! ……え?」

 ――はぁぁぁぁぁーとぉーりゃあぁぁぁ!!!」



 その子供のものかと思われる豪快な叫び声が聞えたと思ったら、僕が不用意に上げさせたジークの重厚な脚は、足の裏から強烈に何かに突き上げられる。遭えなく機体は地響きを立てて後方へ転倒した。

 当然の如く、コックピット内にはアラートが鳴り響いて、僕の焦る気持ちを更に煽った。



 「やばいやばいやばい! 一旦撤退だ」



 あまりに不確定要素が多すぎて、このままだとまずいと思った。仕方なく、僕は機体を立ち上がらせて戦線離脱を選択するが、そうは問屋が卸さなかった。

 何やらコックピットの向こうで「ドンドン!」と嫌な音がするぞ。このゲームはもう長かったが、流石の僕もこの状況には恐怖を覚えた。



 「取りつかれたのか!?」



 僕はこの時、TSは生身の人間に取りつかれると非常に反撃し辛いってことが、身に染みてわかってしまった。

 仕方ないだろ? 今までこんなイカレタ奴と戦ったことなんてあるわけないんだから。

 そうすると、今までどんなに呼び掛けても応答がなかったその生身のプレイヤーから通信が入った。



 ――おい、お前、ここを開けろ! 開けないならぶっ壊してこじ開ける! どうする?」

 「は……? そんな馬鹿なこと……」



 まさかとは思ったが、今までのこいつの戦いを見てたら、あながちただの脅しとも思えない。「ギ―ッギ―ッ」と不吉な音もしてきて、サポートAIも危険を報せる。



 “警告・・コックピットハッチに敵プレイヤーより攻撃あり・・早急に排除されたし”



 コックピットに取りついたこの小さな怪物を、僕は何とか掴もうとしてジークの左腕を胸部へと伸ばした。しかしその途端、左腕は一瞬で弾かれて横にあった廃屋へと激突する。



 ――5つ数えるうちに開けなかったら、ぶっ壊す。1……2……――」

 「待て待て! わかった、わかったよ。開けるから、話を聞いてくれ!」



 全く状況は呑み込めないが、コックピットハッチをぶっ壊されたら面倒だし、ハナッからこっちには生身の人間なんかと戦う意思なんてないんだ。話せばわかるかもしれない。

 生身のプレイヤーに白旗を上げるなんてだいぶ癪だったが、仕方なく僕はコックピットを開いた。すると、Tシャツとジーパンていうラフな格好のそいつは、コックピットに入り込み僕を睨みつける。

 それとは裏腹に、慣れない苦笑いを浮かべて最大限好意的な感じを装う僕は、ここにきてやっとある事実に気付いた。



 「こ、こんにちは~。……え?」



 小柄でキャップを深く被っていてわからなかったが、黒髪のショートボブで色白なその顔には少年のあどけなさはなく、ゾクッとするような鋭い眼差しが僕を蔑むように見下ろしていた。



 「お……女の子?」

 「だからどうした? よくも私の仲間をやってくれたな!」

 「は、え……? 仲間?」



 かなりボーイッシュでありえないくらい怪力ではあったが、この子が実は女の子であり、意外に可愛かったのは一旦置いておこう。

 問題なのは、僕がこの少女の性別を間違えていたのとは比べものにならないくらい、彼女が重大で危険な勘違いをしてしまっているのは間違いないってことだ。

 まさか、ここまで来るまでに吹き飛ばしてきたあの不愉快な緑の原人や豚の大群が、この子のお友達ってことはないだろ?


 

 「わ、わかった、さっきのコスプレしてた連中の仲間か? あれは事故だったんだ!」

 「何をわけのわからないことを! 仲間の仇め!」

 「ちょっちょっちょっ! ちょっと待った、話せばわかる!」

 「よくもぬけぬけと、問答無用!」



 必死の弁解も虚しく、僕はこの謎の怪力少女にあっさり捕縛され、強烈な鉄拳制裁をくらって泡を吹いてお寝んねしてしまった。これでもだいぶ手加減はしてたんだろうけどね。

 さあ、残念ながらいよいよ僕の悪夢が本格的に始まろうとしてきたみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る