EP.2 巨獣ベヒモスを駆逐せよ
僕はファンタジー系のVRMMOゲームプレイヤーってのは、近代兵器よりもノスタルジックな剣や魔法を、抗生物質(現代医学)よりも薬草や聖水(ミネラルウォーターか何かだろう)を崇拝して、行き過ぎた科学至上主義に異を唱える熱心な環境活動家みたいな連中だと思っていた。
まあ、現代文明に毒されて、巨大ロボットゲームなんかやっちゃってる僕なんかには、到底理解も及ばない崇高な考えの人たちだ。だって、いい歳して勇者だの魔法使いごっことか、笑っちゃうくらい高尚でイケてる趣味だと思わないか?
念の為言っておくが、褒めてるわけじゃないからな。僕が言いたいのは、こんなロクでもない事故でもない限り、あのクソ素晴らしいお友達と関わることなんて、未来永劫なかったと思うっていう話だ。
“敵TS急速接近・・至急迎撃用意されたし”
洞窟の奥からいきなり現れた獰猛そうな怪物に、僕は思考が停止して思わず間抜け面してフリーズしていたようだ。ジークのお利口さんなAIはと言えば、この怪物をTSと誤認識してしまっているらしい。
そんな僕を叩き起こすように、さっきのアホみたいな格好をした、黒髪でポニーテールの中々美人なお姉さんが叫んだ。
――早く下がって! 全体魔法攻撃がくるわ!」
「ま……魔法!?」
とりあえずこの獰猛そうな獣が、何かしてくるんだということはわかったので、僕は機体をジャンプさせて彼女たちの後方に下がらせる。
それにしても魔法とか言って、やっぱり見た目だけじゃなくて頭までお花畑みたいな連中だ。彼女は、その後もわけのわからないことを必死に仲間に向かって叫んでいた。
――ヒカリちゃん、全体攻撃がくるわ! 皆にワンダーウォールを! カイ、ソウヤ君、魔法攻撃が終わったら、オーバードライブ入れてカウンターよ!」
必死そうな彼女たちを尻目に、僕は何のことやらって感じで、ただアホみたいに立ち尽くしていた。多分、これが本当の木偶の坊ってやつなんだろうね。
そうしたら、そいつらの中の尖がった黒い帽子を被った中学生くらいの少女が、あの小さな女の子のおもちゃみたいなステッキを掲げて光を放つ。すると、そいつら全員をバリアみたいなものが覆ったんだ。
いい加減、この連中が何をしているのかわかってきたぞ。バリアみたいなものを張って、あのでかい怪獣みたいな奴の攻撃を防ごうって魂胆だな。
つまり、あの何ちゃらウォールって言うのが、バリアみたいなのもので、その中にいればダメージを軽減できたりするんだ。そしてそのバリアの外にいる全高14mの僕のイカシタTSは……あれ?
――何をやっているの!? 早く逃げなさい! その大きさじゃ、君までカバーしきれない!」
またまた、あのポニーテールのお姉さんからのありがたい忠告が、僕の耳に飛び込んでくる。
ふとさっきのでかい怪獣に目をやると、その怪獣を取巻くように無数の大きな火の玉が激しく燃え上がっていたんだ。間もなくその大きな火の玉は、僕らに向かって火の雨でも降らせるかのように一斉に襲い掛かってくる。
“前方より高熱源体多数接近。至急回避されたし”
案の定、コックピットにはアラートが鳴り響くが、火の玉が多すぎて逃げ場なんてあったもんじゃない。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、あのアホみたいな格好をしたポニーテールのお姉さんと、僕の優秀なサポートAIは、必死に逃げろだの回避しろだの無茶な要求をしてくる。そしてその間にも無数の火の雨が僕目がけて着実に飛んで来ていた。
“前方より高熱源体多数接近・・至急回避されたし”
“前方より高熱源体多数接近・・至急回避されたし”
“前方より高熱源体多数接近・・至急回避されたし”
“前方より高熱源体多数接近・・至急回避されたし”
――早く逃げてーーー!!!」
「無理だぁーー!!」
一体僕が何したって言うんだ。胸を高鳴らせて、遥々イングランドにまで遠征してきたのに。システムトラブルになるわ、いかついおっさんに機体を馬鹿にされるわ、いかれた変質者に絡まれるわ、不愉快な飛行船に遭遇するわ……。挙句の果ては、こんなわけのわからない連中の戦闘に巻き込まれて、ゲームオーバーってないだろ?
もしこの世界に本当に神様ってのがいるんだとしたら、そいつはきっとロクでもない野郎に違いない。だってこの世界はこんなにクソなんだからな。
……待てよ、この世界の創造主って、パークライフ社か。じゃあ、仕方ないな……。
最後は、何だか妙に納得してしまった僕は、灼熱の炎の雨に呑み込まれていく。相も変わらず、コックピットのアラートは鳴り止まない。
いいさ、別に死ぬわけじゃあるまいし。ちょっとしたペナルティーがつくだけなんだ。システムトラブルもいつ復旧するかわからないし、これで一旦ログアウトできるんだ。調度いいじゃないか。
落胆と安心が入り混じった何とも言えない気分のまま、僕はコンィテニューの表示が出てくるのを待った。
「何だよ、いつまでアラート鳴らしてんだよ、うるさいな」
待てど暮らせど、僕の目の前にコンティニューの文字は表示されなかった。
気が付くとアラートは止まって、操縦席のコンソール上には新しいメッセージが表示されていた。
“機体損傷軽微・・戦闘続行可能・・即時迎撃を推奨・・敵第二波攻撃に警戒されたし”
――君、ブリキ乗りの君、良かった、大丈夫なのね? 戦闘に巻き込んでごめんね。今のうちに早く逃げなさい!」
「へ……無事……なの?」
あのポニーテールのお姉さんの声も聞こえるし、よくわからないが助かったらしい。そう言えば、デフォルトでもTSの装甲って何層かの耐火構造だったっけ。しかも、僕は敵のナパーム攻撃に備えて耐熱コーティングをオプションで付けてたな。
なんだ、あんな派手なエフェクト入れやがって。とんだ見掛け倒しじゃないか。全く、赤っ恥をかかされたもんだ。
しかし、あの怪獣の大規模空爆によって、あたりの樹林帯は当然広範囲で火災に見舞われる。すると、またあの少女がおもちゃみたいなステッキを掲げると、インチキ臭いくらい晴れ渡ってた空から、バケツをひっくり返したみたいなスコールが降ってきたんだ。
火災は一気に鎮火していくが、本当に慌ただしいこった。今度は他の三人が間髪を入れずに散開して、ベヒモスとかいう怪獣に攻撃を加える。
彼らの魔法(だと思う)や連携攻撃は、何もわからない僕でも関心するくらい見事な動きであったが、やっぱり彼らはアホみたいだ。あんなでかい怪獣に画鋲や針みたいに小さい武器で挑んだって、100万年経っても倒せないんじゃないか?
あのポニーテールのお姉さんとは、相変わらず回線を開きっぱなしだったので、彼らのことをマサイ族ほども理解していない僕でも、何となく苦戦しているらしきことは伝わってくる。
――本当に、何でこんなところにレベル80のモンスターが出るのよ! 皆、踏ん張って! 体制を立て直してもう一度仕掛けるよ! ヒカリちゃん、あと少しでまた全体魔法攻撃がくるわ、ワンダーウォールの準備を!」
何やら、またさっきみたいな大規模空爆をしてくるらしい。落ち着いてみれば、あのでかい怪獣みたいなのはNPCのようだ。さっきは驚かせやがって。いくら温厚な僕でも、ここまでされちゃ黙ってられない。相手は何だかよくわからないけど、ここは戦闘許可区域で正当な報復行為じゃないか。
僕は機体を前進させ、あのアホみたいな格好をした4人組の横まで出ると、怒りの銃口をその怪獣に向ける。さっきの緑の奴なんかより、よっぽど狙いやすい。
するとそのベヒモスとか呼ばれてた怪獣は、僕を威嚇するように立ち上がり、四つん這いから二足歩行へと体制を変えた。威嚇してるようだけど、余計にいい的じゃないか。
「どこの誰だか知らないけど、下がって耳を塞ぐんだ!」
――ちょっと君、待ちなさい! 何を……」
あのポニーテールのお姉さんが、何か僕を制止しようとしていたみたいだけど、知ったこっちゃなかった。
見るからに強そうな敵じゃないか。手加減は無用ってもんだろ。
「いけぇぇー!!」
その直後、ジークの75ミリ重機関砲が爆音を上げて火を噴いた。さっきとは違う。十数秒に渡っての激しい砲撃は、辺りにペットボトルほどもある薬莢をまき散らしながら、さっきまで聞こえていた大きな咆哮を掻き消して、動かない目標に向かって的確に撃ち込まれる。
手応えはあった。不用意に立ち上がったベヒモスとかいう怪獣は、急所と言う急所をあっという間に狙い打たれ、途中からは爆炎と煙で見えなくなった。
――ストーーーーップ!!! もういいわ、やめなさい!!」
少し興奮気味だった僕は、彼女の声によってボルテージを下げ、砲撃を止める。
まあ、少しやり過ぎたかもしれないね。ただ、得体の知れない敵だし、用心に越したことはない。僕は引続き警戒をしながら、立ち上った煙が晴れるのを待った。
徐々に視界が開けてくると、僕は生唾を呑み込む。間もなくまだベヒモスとかいう怪獣がさっきの姿勢で、非常にゆっくりではあるが前進しているのが見えた。
「全く、言わんこっちゃ……ん?」
しまった、弾切れだ。僕としたことが、慣れない戦闘だったせいでつい我を忘れていた。替えのカートリッジはあったが、もう交換している暇はない。
こっちの方が早いと思った僕は、左足からバヨネットナイフを取出して機関砲の先端部に装着、そのまま前進してくるベヒモスに向かって無我夢中で突き出したんだ。
僕は一体何と戦っていたんだろう? 突き出した銃剣の先には、体中を砲弾で吹き飛ばされた無残な姿のベヒモスが、前のめりになって倒れ込むように串刺しになっていた。
――もういいの! もうとっくに死んでいるでしょ? やり過ぎだよ!」
いくら炎や雷撃も跳ね返す鋼の肉体を持っていたとしても、所詮は獣だ。TSの特殊装甲をも打ち抜く音速を超える無数の砲弾の前には、どんな生物であっても無力だった。
最近のゲームには困ったもんだ。何もかもリアルにすればいいってもんじゃない。モニター越しに絶命したベヒモスの恐ろしい姿を見て、操縦桿を握った僕の手は震えていたよ。
僕はゆっくりとベヒモスから銃剣を引き抜き、ボロボロになったベヒモスの体は、地響きと共に地面へ叩きつけられる。そして、あのポニーテールのお姉さんの悲痛な叫びによって、呆然とする僕を更なる衝撃が襲う。
――ちょっとヒカリちゃん、大丈夫なの!? しっかりして!」
ポニーテールのお姉さんは、黒い尖がり帽子を被った少女を抱きかかえて必死に呼び掛けていた。他の二人も、心配そうにそれを見守っている。
一体何が起こったのかと思ったが、その周囲には砲撃の際にまき散らされた薬莢が転がっていた。おそらく降ってきた薬莢に頭でもぶつけてしまったんだろう。
そりゃ、リアルだったら大変なことだ。僕は傷害事件の犯人てなことになって、こんなゲームの中なんかよりもっと規則正しくて素敵なところへ連れて行かれるだろうね。
でもこれはシステムトラブルはあったにせよ、幸いにもゲームの中での茶番に過ぎない。大騒ぎしすぎだ。
「運が悪かったな……」
――ちょっ、ちょっと君、待ちなさい! まだ話が――」
何だか大変そうな彼らを無視するように、僕はその場から急ぎ離脱を開始する。
ポニーテールのお姉さんがそれに気付いて僕を制止するが、僕は無言のまま通信を切って更に移動速度を速めた。
そこまで悪い奴らには見えなかったが、あの場所に留まって変な因縁でもつけられたりしたら面倒だ。ゲームの中だとはいえ、それさえ理解できないゲーム脳のイカレタ連中だって沢山いる。
僕はまだ自分の置かれてしまった状況に気付かないまま、逃げるようにロンドンを目指した。
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