☆ロストボーダー・オンライン――巨大ロボットはファンタジーゲームの夢を見るか?――
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第一章 失われた境界
EP.1 巨大ロボット、ゴブリンに遭遇せり?
あらかじめ言っておくが、フルダイヴVRMMOゲームなんて軽い気持ちでやるもんじゃない。
万が一にもこれからやる羽目になってしまった不幸な皆さんには、最低でも中東の紛争地帯に観光に行くくらいの覚悟は持って臨むことをお勧めする。
これから話すのは、僕の身に起こったおよそ誰も体験したことがない、奇跡的で夢いっぱいのクソみたいな災難だ。
少し大袈裟に聞こえるかもしれないけど、おそらく僕がこの時目にしたメッセージを見た大半の奴らは、そんなふうに思っていたに違いない。
“いつもパークライフ社のVRMMOゲームをご利用頂き、誠にありがとうございます。現在弊社ゲームのシステムトラブルによって、ログアウトできない不具合が発生しております。
ご利用中の皆様には、多大なご迷惑をお掛けし、申し訳ございません――
僕らは最初この事態を、車両トラブルか何かで電車が遅延したくらいにしか思ってなかったわけだけど、本当に最低なのはこの続きだった。
――尚、システムが大変不安定な状態となっております。強制的にログアウトを行った場合、アカウントデータの破損や脳神経へ過度な負担を与え、場合によっては、何らかの障害が残ることも考えられます。
現在原因を調査中です。プレイヤーの皆様におかれましては、システムが復旧するまで、今しばらくお待ち下さいますようお願い申し上げます。システムの復旧に関しては、わかり次第ご連絡致します”
ゲームの中だとはいえ、遥々イングランドまで遠征してきたのに、本当に踏んだり蹴ったりだった。
呆然としながらも、とりあえず僕はお世辞にもあまり乗り心地が良いとは言えない全高十四メートルの巨大ロボットに揺られながら、ドーバーからロンドンへの道のりをただ気怠げに進んでいた。
パークライフ社はファンタジー、格闘、SFアドベンチャーからアイドルものなんかも扱う、業界最大手のリーディング・カンパニーだった。
この数十年で、VRMMOゲームは劇的な進歩を遂げた。フルダイヴ型なんてのは最早当り前の話で、リアリティーの追求や様々な複合サービスを組み合わせることによって、各ゲーム会社は一人でも多くのユーザーを取り込むために凌ぎを削っていた。
因みに僕がやっているのは、パークライフ社の『ティンソルジャーズ・オンライン【TSO】』っていう、いわゆる巨大ロボットバトルものだ。極めて自由度の高い機体のカスタマイズ、一対一での決闘やチームでのミッション攻略など様々な楽しみ方ができることで、世界40ヵ国で人気を博していた。
半分途方に暮れながら、僕は見晴らしのいい小高い緑の丘に登って、コックピットのモニター越しに一面に広がる田園風景を見渡した。遥か遠くには、薄っすらとロンドンの時計塔も見えてきた。
こんなクソみたいな状況で、しかも偽物の景色であったが、僕は感無量であった。こんな気分になれただけでも、一人イングランドに来た甲斐があったってもんだ。
僕は丘を下ると、再びロンドンへと向かって田園地帯の中を、まるで何かの境界みたいにまっすぐと伸びた農道を進んだ。
ゲームとはいえ、現実と大差ないくらいこの世界は作りこまれている。誰に指図されるわけでもなく、どこへでも行けるウルトラフリーワールドだった。
だけど、ゲームの中だと言っても、あんまりボーっと歩くのは良くないことだ。突然けたたましいアラートがコックピット内に響き、僕は機体の進行を緊急停止させて通信回線を開いた。
――バッキャロー!! どこ見て歩いてんだ、このすっとこどっこい!!」
慌てて下を見ると、オフロードカーの運転席から身を乗り出したスキンヘッドのいかつい白人男性が、凄い剣幕で怒っていた。
僕はコックピットから出て丁重に謝罪し、何とか事なきを得る。
リアルタイム翻訳機能のおかげで、僕らは気兼ねなく世界中に行けるようになった。日本語翻訳の際は、その人物の性別や風貌、声の強弱、その他諸々の要素が考慮されて言葉や口調が決定されるらしい。とはいえ、もうちょっとましな翻訳はできないものか。
「そんなスクラップ置き場から掘り出したようなオンボロに乗りやがって、気を付けろい、このクソ〇〇〇野郎が!!」
そう吐き捨てると、その男は砂埃を巻き上げながら猛スピードで走り去って行った。ついさっきまでの開放的で爽快な気分は一気に台無しとなった。
いくらゲームの世界だからって、何もかもが自由ってわけじゃない。戦闘禁止区域で他のプレイヤーやその所有物に危害を加えれば、それが事故であってもPKとみなされ、きついペナルティーが科されるんだ。
ゲームをするのにだって細心の注意を払わないといけない時代だってことさ。ゲーム内での通貨やアイテムの価値は、リアルでも高額で取引され、それが原因での犯罪や民事訴訟なんかのトラブルが発生することも珍しい話じゃない。
近年、社会問題化するフルダイヴVRMMOゲーム問題に関する法整備も進んだおかげで、旧時代のゲームファンたちが夢見た楽園世界は、安心安全で規制だらけのロクでもないユートピアになり果てていたってわけ。
まあ、そんなんでも退屈なリアルに比べれば、数百倍はマシなんだけどさ。
トラブルになるのは御免被りたいので、何も言わなかったが、僕は自身の愛機のTS(ティンソルジャー)“通称ジーク”を馬鹿にされて、正直内心穏やかではなかった。
心ない人は、出てきて三分以内にやられる冴えないザコキャラみたいなんて言うけど、このシンプルで装飾に欠け、お世辞にもスタイリッシュとは言えない兵器然としたディープグリーンのボディーも、使用感を出す為の変色やサビなんかのウェザリング処理も、誰が乗るわけでもないのに無駄に複座なのも、見る人が見ればわかるってもんだ。
仕方なく僕は、車が通らなそうな密林地帯を通って行くことにした。時間はかかるが、この方がストレスも少ない。
しかし、少し気が緩んだ僕を、再びあのけたたましいアラートが緊張状態へと引き戻した。どうやら人か何かが機体の前を横切ったらしい。冗談じゃないぞ。こんな森の中で何にも乗らずに徘徊するプレイヤーなんて、どこのアホなんだ?
言ったと思うが、このゲームはいわゆるロボットバトルものなわけで、基本は二足歩行のロボット、通称“ブリキの巨人”ことTS、もしくはさっきみたいな軍用車両、つまり何かに乗っているのが普通ってわけ。まあ、たまに機体を失った間抜けが、ログアウトもせずに逃げ回ってることもあるんだけどね。
「どこの馬鹿だよ、こんな森の中で……?」
僕はまだ戦闘禁止区域にいた。今みたいな間抜けをうっかり踏んずけてしまえば、PKペナルティーは免れない。
せっかく遠回りしてまで、こんな辺境を進んでいるっていうのに。普段は気にも留めないことだが、色々あって少しイラッとしていた僕は、そのアホの顔を見てやることにしたんだ。
だがおかしい、まだ近くにいるはずなのにプレイヤー反応は一つもない。システムを索敵モードに入れ、周囲を警戒する。木陰から木陰へ何かが移動しているのは間違いなかった。しかも一つじゃない。
少し時間がかかったが、アンノウンの正体はNPCと判定された。僕はそいつらを視認しようとモニター越しに目を凝らす。モニターに映った人影を静止画にして拡大すると、腰蓑のようなパンツを履いた裸の子供みたいなのが映っていた。しかも全身をご丁寧にミリタリーグリーンでペイントしてある。
「何だ……あれ? 原始人……?」
とりあえず、プレイヤーではないようだ。万が一プレイヤーだったとしても、あんな悪趣味なアバターを使っている奴なんて、きっとロクでもない変態野郎に違いない。
しかしそれにしても妙だ。今までマップ上で機体に乗ってないNPCなんて見たことないぞ。しかもよりにもよって、あんな原始人みたいな気色悪い奴らなんてな。
怪訝な顔をしてモニターを見つめる僕を嘲笑うかのように、コックピット内には三度アラートが発報される。慌てて僕はコンソールに目をやった。
“十五時の方向より・・当機に対し敵兵からの攻撃あり”
「攻撃? 戦闘禁止区域でか? 被害状況は!?」
“今のところ、機体に損傷無し・・引続き警戒されたし”
これもシステムトラブルの影響なのかと、僕は疑いながらも機体を横に向ける。すると、細くて小さい棒みたいなのが飛んで来て、機体のボディにコツンと当たって跳ね返った。僕はすかさずジークの指でそれを拾い上げる。
「何だこれ? 矢……か?」
仮にも巨大ロボットバトルゲームの世界で、こんな物を飛ばしてくるなんて、笑えない冗談だ。
少し離れた木陰からは、さっきの小さな緑の露出狂たちが、わけのわからないことを叫びながら、更に矢を放ってきていた。
僕はあまりの馬鹿馬鹿しさに、こんなアホどもは無視して先に進むことにした。
しかし、いくら進んでもアラートは鳴り止まず、コンソールには同じメッセージが音声付きで消しても消しても表示され続けた。
“当機後方より攻撃あり・・回避行動をとられたし”
“当機後方より攻撃あり・・回避行動をとられたし”
“当機後方より攻撃あり・・回避行動をとられたし”
“当機後方より攻撃あり・・回避行動をとられたし”
“当機後方より攻撃あり・・回避行動をとられたし”
“当機後方より攻撃あり・・回避行動をとられたし”
“当機後方より攻撃あり・・回避行動をとられたし”
“当機後方より攻撃あり・・回避行動をとられたし”
“当機後方より攻撃あり・・回避行動をとられたし”
「だぁー! 鬱陶しい!!」
あまりのしつこさにいい加減痺れを切らした僕であったが、気付けば戦闘許可区域に入っていた。
“当機の戦闘禁止区域からの離脱を確認・・敵兵への即時迎撃を提言”
「いいよ、そんなに戦いたいなら、戦ってやるよ」
戦闘許可区域に入ってしまえばこっちのもんだ。気兼ねなくあの変質者どもをぶちのめせる。
僕は早速機体を方向転換させると、右腕に装備した機関砲の銃口を緑の変質者たちに向けた。今の武装は、75ミリ対TS重機関砲。本来は対TS戦用の重火器だが、僕は対人戦はやらないので小型の機銃なんて持っちゃいない。
「これじゃあ、本当に倒したかどうか確認できないかな……」
と、ぼやきながらも躊躇なくその引金を引いた。耳を劈く発砲音とともに、まずは一発。着弾した場所の樹木が弾け、あの緑の変質者と土煙が空高く舞い上がる。
連射も可能だったが、あんな奴らを相手に貴重な弾薬を無駄にしたくない。様子を見て、僕は二発、三発と轟音を響かせながら、狙いを定めて慎重に射撃していく。
程なくして辺りは完全に沈黙し、あの鬱陶しかった緑の変質者たちは跡形もなく消え去っていた。
「ったく、一体あいつら、何が目的だったんだ……?」
僕はあまりモンスターとかの知識には明るくなかったので、実は吹き飛ばしたあの緑の変質者たちが、ゴブリンとかいうファンタジーゲームのモンスターだとわかったのは、まだ先の話だ。
悪い夢でも見ていたのだと思い、僕はインチキ臭いくらい晴れ渡ったフィールドの空を見上げる。まあ、インチキなんだけどね。
そうしたら、少しだけ遠くの空にゆっくりと飛行船らしきものが横切って行くのが見えた。本来僕はああいうスチームパンクっぽいものが大好きなんだけど、その飛行船に描かれていたものが最低だったので、一気に気分が萎えてしまった。
モニターに映る飛行船を拡大してみると、皆似たような顔したアイドルグループがでかでかと描かれていた。しかも外部音声を拾ってみると、三十秒も聴いていられないような脳ミソがとろけちゃうくらい甘ったるい歌を、大音量で流しているんだ。
僕はアイドルなんてものには、トイレのサンダルほども興味はなかった。こんな戦闘許可区域内であんな悪目立ちして大丈夫なのか? 清々しいくらい世界観ぶち壊しちゃってるわけだけど、僕じゃなくても気分を害した誰かに撃ち落とされるんじゃないか?
「……一発……二発……三発。言わんこっちゃない」
僕がそんな心配をする余裕もなく、あの不愉快な飛行船は、一瞬で三発の地対空ミサイルの餌食になってしまった。
とりあえず、見なかったことにしよう。僕は何事もなかったかのように先を急いだ。
あまりストレスは感じなくなったが、今度は何の見所もない樹林帯が続きすぎて、流石に飽き飽きしてきてしまった。
そんな気分だったもんだから、途中にあった大きな岩山に掘られたこれまた大きな洞窟に、僕は愚かにも興味を抱いてしまった。
少し頑張ればTSでも何とか入れそうな洞窟だった。止めときゃ良かったのだが、案外こういうところには、レアなアイテムが隠されてたりすることもあるんだ。
僕は柄にもなく、少し胸を躍らせながらその怪しい洞窟を覗き込む。穴の奥の方では、何かがしきりに光っていた。そしてその光は、何やら不吉な地響きとともにどんどんとこちらに近づいてくる。
「あれは、お宝……なわけないよな?」
そう僕が言いかけると、またもやアラートが発報する。まだあの怪しい光は結構先のはずだ。僕は慌てて機体の足元にカメラを合わせる。
「人……プレイヤーか?」
ジークの足元を通り過ぎて行ったのは、確かに数人のプレイヤー反応だった。今度はNPCじゃなくて、本当に機体を失った間抜けのようだ。
振返ってその間抜けたちを見てみると、僕はその異様ないで立ちに、思わず噴き出してしまった。
「な、なんだあいつら? コスプレ? ハロウィン?」
そいつらは、着ているだけでダイエットできそうな重々しい西洋の甲冑やら、街中で持ち歩くのさえ憚られるけばけばしい装飾の剣や槍を。かと思えば、クリスマスパーティーかなんかのとき被るやつみたいに尖がった黒い帽子を被って、小さい女の子のおもちゃみたいなステッキを持ってる奴もいた。
一体どんな罰ゲームだよ。ロボットバトルゲームの世界を、機体も失くして(彼らは馬車にでも乗ってたんだろう)あんな恥ずかしい格好で逃げ回る彼らに、僕は最早嘲笑を通り越して哀れみさえ感じてしまっていた。
「何だ? あの人僕に向かって、何か言ってるのか?」
ふと見ると、赤い甲冑を着た黒髪でポニーテールのお姉さんが、僕に向かって指を差しながら、しきりに何かを伝えようと通信を求めてきていた。
見たところ、アジア系で中々美人のようだ。最近はアバターに対する規制も厳しくなったから、基本は顔もリアルと大差ないはずなんだ。あんな痛い格好さえしていなければ、是非お近づきになりたいもんだ。
そんなロクでもないことを考えながら、僕はプレイヤー間の通信回線を開いた。一体あんな剣幕で、自分たちの悲しい境遇でも訴えかけようとしているのだろうか?
――後ろよ! 後ろ!!」
「……へ!?」
――ベヒモスが、ベヒモスが来るのよ!!」
この日一番の間抜け面で振り返った僕の視線の先に立っていたのは、僕らのブリキの巨人に匹敵するんじゃないかってくらい巨大な、サイと牛を掛け合わせたような一本角の化物だった。しかも今日はえらく鼻息も荒くて、控えめに言っても酷くご機嫌斜めって感じだ。
ありあまる好奇心は身を滅ぼすなんてよく言ったものだ。その獰猛そうな怪物と向かい合った僕は、つくずくシステムが復旧するまで動き回るんじゃなかったと思った。
そして、この時の僕には知り得ない悲しい事実がもう一つ。この狂い始めたVRMMOゲーム世界を舞台にした、僕の大いなる不幸はまだ始まったばかりだったってこと。
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