第5話

お金持ちの奈緒の家は、この辺りで一番大きいからわかりやすく、彼女とほとんど話したことのない紗枝でも迷わずにたどり着くことができた。


呼び鈴を鳴らして家から出てきた普段着の奈緒は、なんだか学校にいるときよりも話しかけやすそうだった。学校で見ると垢抜けていてどこか話しかけづらい雰囲気を纏っている奈緒が、家にいるときは良い意味で気の抜けた雰囲気をしていて、紗枝は安心した。


「こんな時間にどうしたの?」

落ち着いた奈緒の声にはどこか安心感があった。


紗枝は大きく息を吸ってから一思いに伝える。

「あの、こ、これ。渡さないといけないと思って……」


紗枝がゆっくりと手を開くと、中からガラスのウサギが顔を出す。その様子を見て、奈緒が大きな目をさらに見開いた。紗枝は怒られると思って震えながら差し出したが、奈緒の反応は想像とは違うものだった。


「わざわざ探して持ってきてくれたの?」

感謝の目で見られて罪悪感が駆け上ってくる。本当はどこかで見つけたことにしておいたらそのまま丸く収まったかもしれないが、紗枝は反射的に首を横に振ってしまった。


今度は奈緒が訝しがって紗枝の顔を覗き込む。

「どういうこと?」


もう後戻りはできないのだ。紗枝は覚悟を決めて、ありのまま罪の告白をすることにした。


「あのね、違うの……。わたし、今朝奈緒ちゃんが持ってきたガラスのウサギが凄く可愛くて、その……。お昼休みに思わず手に取って見ていたら教室に澄見さんが入ってきて見られちゃって、とっさに取っちゃって……。それで、持って帰っちゃって……。返せなくて……。あの……、えっと……、ほんとにごめんなさい!」


紗枝はとにかく必死に頭を下げた。自分のお腹が視界に入って来そうなくらいまでしっかりと頭を下げた。奈緒の大事なものを黙って持って帰ってしまったので、許してもらえるかは分からないけど、とにかく紗枝は必死に謝った。


もっとしっかりとした言葉で言えればよかったのに、上手く言葉は出てきてくれず、言い訳みたいになってしまっていた。どれだけ怒られて、罵られてしまうのだろうかと思い、紗枝はギュッと目を瞑って奈緒の返答を待った。


奈緒は、紗枝の言葉をしっかりと聞いた後に、少し間を置いてから微笑んだ。

「良いでしょ、それ。可愛いでしょ?」

「へ?」

奈緒の口から出てくるのは糾弾の言葉だと思っていたから、思わず紗枝は間の抜けた声を出してしまう。


そして大きく5回くらい頷き同意の意思を示すと、奈緒の表情がさらに明るくなる。

「わたしもそれ気に入ってるのよ。でもみんな全然興味持ってくれないから、ちょっとがっかりしてたの。あ、そうだ。ちょっと待ってて!」

そう言うと奈緒は紗枝に背中を向けて家の中に戻っていった。


しばらくして戻って来た奈緒の手には透明ではない、白く着色されたウサギのガラス細工が乗せられていた。そのウサギもまた、同じように可愛らしい顔をしていて、手足も精巧にできていた。


「透明な方はあげられないけど、よかったらこれ上げる」

差し出された奈緒の手のひらの上には、可愛らしい白いウサギがチョコンと乗っている。


予期せぬ展開に紗枝は思い切り頭を振った。

「もらえないよ、そんな良い物! ただでさえ奈緒ちゃんの大事なうさぎ勝手に持って帰っちったのに……」

虫でも追い払う時みたいに思い切り頭を横に振り続けていたら、奈緒が何かを思いついたように一瞬微笑んだ後に、澄ました表情を作った。


「あなたが落としたのはこの真っ白なウサギですか? それともこっちの透明なウサギですか?」

「そんな、わたし落としてないよ。勝手に持って帰っちゃったんだって……」

答えながら、どこかで聞いたことのあるようなやり取りだと気がついた。

「よろしい、正直なあなたには……。あ、待って透明な方は上げられない! 今の忘れて!」


金の斧と銀の斧の女神のセリフだと納得する。原作通りだと、正直者には両方あげなければならないけど、透明なウサギは奈緒の宝物だから手放せない。慌てて、取り乱しながら訂正する奈緒を見て、なんだか紗枝は微笑ましくなってしまう。


「でも、正直な紗枝ちゃんにはこっちの白い方のウサギを上げるわ」

そう言うと奈緒は強引に紗枝の手の中に白いウサギのガラス細工を包ませた。


「ほんとに良いの?」

紗枝は困惑しながらも、嬉しさを隠し切れずについつい笑顔で聞いてしまう。

「もちろん。せっかくこのウサギの良さを理解してくれる人に出会えたんだもの。その代わり大切にしてね」


「ありがとう……!」

ゆっくりと手を開くと可愛い真っ白なウサギが紗枝に向かって微笑んでいるように見えた。

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