第3話

放課後のホームルームが終わってから、紗枝は暫く教室に残って奈緒に話しかける機会を伺っていた。


だけど、やっぱり人気者の奈緒が一人になるタイミングはない。放課後に一人残って、奈緒の方をチラチラ伺っていることが不審に思われていないだろうかとだんだん紗枝は心配になってきた。


そんなときに瑠美香が、わざと作ったような明るい声で話かけてくる。

「ねえ、紗枝ちゃん、一緒に帰らない?」


紗枝は昨日まで瑠美香と一緒に帰ったこともなかったし、ろくに話をしたこともなかった。なのに声をかけられるということは、十中八九ウサギの話をするつもりなのだろう。


紗枝は不安ながらも断るのも変だと思い、いいよ、と了承して瑠美香と一緒に帰ることにした。


「ねえ、紗枝ちゃん。理科の授業の前に何やってたの?」


正門を出て早々に聞かれて紗枝は何も言えずに黙ってしまっていた。やっぱり瑠美香に一部始終を見られていたのだ。


紗枝がどう答えたらいいのか困っていると、瑠美香がさらに言葉を続けた。

「奈緒ちゃんの持ってきたウサギ盗んだの、紗枝ちゃんだよね?」


ゴシップニュースを見つけた喜びからか、瑠美香は取って付けたような神妙な面持ちの中に明らかに嗜虐的な笑みを併せ持っていた。


“盗んだ”という言い方を面と向かってされることで、背筋が冷える。盗んだつもりなんて一切ないのに。


「盗んでなんか……」

「じゃあなんで理科の授業の前に触ってた奈緒ちゃんのウサギ、まだ返してないの?」

瑠美香は冷静に指摘をする。


紗枝に盗んだつもりが無くても、奈緒が必死に探しているガラスのウサギを今持っているということは、そう見られても仕方がない話である。罪を取り繕おうとしてしまったばかりに、大きくなってしまった罪に首を絞められそうになってしまう。


盗んだと言われると、やはりとんでもないことをしてしまったという気持ちが湧きあがってきた。今すぐにでも、奈緒の友達たちがいる前だとしても、謝りに行かなければならない気分になってくる。


「わたし、やっぱり学校に戻って奈緒ちゃんにウサギ返してくる!」

だけど、紗枝が踵を返したところを瑠美香に呼び止められる。


「もう多分、今頃返しても許してもらえないと思うよ? 奈緒ちゃんも佳奈ちゃんたちもウサギを盗られたことを凄く怒ってると思うし、きっと今頃素直に謝ったところで紗枝ちゃんすっごい怒られちゃうと思うからやめた方が良いんじゃないかな? 多分、あのグループの子たち怒らせたら、紗枝ちゃん明日からクラスで誰も話しかけてくれなくなっちゃうと思うよ? そうなったらわたしも助けてあげられなくなっちゃうし……」


瑠美香の話し方はあらかじめ考えていた台本でも読むみたいだった。心配している風なのに、なぜか表情が楽しそうに見えてしまう。


瑠美香の指摘した内容自体は間違っていないようにも思える。でも、そこまで理解しているのならどうして瑠美香がウサギは誰かに盗まれたと思うなんて言い出したのだろうか。


それではまるで紗枝のことを瑠美香が陥れようとしているみたいではないか。


そんなことを考えてしまい、紗枝は首を振った。違う、それよりも勝手に奈緒のウサギを触っていた紗枝自身が悪いのに、瑠美香の考えを邪推する資格なんてどこにもない。


隠し続けても、打ち明けても、話は悪い方へと進んで行く気がしてしまい、どうあがいても破滅しか道はないように思えてしまう。


紗枝は暗い海の底に沈んで行っているような気分になってきて、息苦しくなる。酸素が欲しい。次第に呼吸が荒れて、呼吸音が大きく激しくなっていく。


そんな紗枝の姿を見ても、瑠美香は至って冷静であった。


「だからさ、明日の3時間目の体育のときに、また時間ぎりぎりまで教室にいて、奈緒ちゃんの机の中にそっとウサギを戻しておいたらいいんだよ。黙って戻しておいたら少なくとも紗枝ちゃんが盗ったことはバレないよ。うまくいけば奈緒ちゃんの探しようが甘かったってことで誰も責められずにウサギ探しは平和に解決すると思うし」


瑠美香の意見は紗枝にとって、とても魅力的な物に感じられた。

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