第25話 もしかして



「一体これのどこに安心要素があった?!」

「全くないよね」

「……強いて言えば『セシリア様が仲直りした』って所?」


 何故か俺に詰め寄ってきたアヤとメリアにユンがそう言葉を返せば、二人して「そんな事は、今はまったくどうでもいい!」と言われてしまう。

 しかしまぁ確かにその通りだ。


 因みにユンは、何も茶化したかった訳ではない。

 ただ詰め寄られたせいで、こんな的外れな言葉が出てしまっただけである。

 彼もこの手紙には、十分混乱したり不安に思ったりしているのだ。


 しかしその気持ちが二人が受け取ってくれる事には、残念ながらならなかった。

 二人して「コイツはだめだ」とでも思ったのか、ユンをそっちのけで話をする。


「文面を見た感じだと、王様達に呼び出されたみたいだけど一体どういう事なんだろう。」

「セシリア様が何かやらかした、とか?」

「うーん、その辺何にも書いてない……」


 ユンの手から手紙をひったくり、その内容を改めて読み始めたメリアの手元にアヤも覗き込む。

 その乱暴さに少しユンが呆れ交じりでいた所、何やら机が揺れ始めた。

 

 何だろうと思って視線を移すと――。


「ノッノルテノっ? 大丈夫かお前」


 ノルテノがブルブルと震えている。

 バイブレーションというのもおこがましい。


「だって、セ、セシリア様、王様達に虐められるかも……」


 その言葉に「まぁ確かにそこはちょっと気になるよな」と、ユンも心の中で思う。


 っていうか。


「ゼルゼンのヤツ、また詳細省きやがって……」


 この手紙じゃぁ、一体どういう理由で呼び出されて、具体的にセシリアたちが何に怒っているのかなんかが全く分からないではないか。

 そう思って思わず顔を顰めると、叫んだっきりし続けていた混乱からやっと解除された様子のデントが苦そうに笑う。


「この感じじゃ、ゼルゼンも少なからず混乱してるんじゃないかなぁ?」

「まぁそれは……確かにそうだけど」


 確かに今回の手紙からは、「多分コイツも少なからず動揺してるんだろうなぁ」と思わせる要素が存在していた。


 文字がいつもより雑だった。

 どちらかというと走り書きのような印象を与えるその手紙は、混乱しながらも「書かなければ」と思っているような、そんな印象を受けた。


 時間に追い立てられていたのか、精神的に駆り立てられるものがあったのか、もしくはその両方か。

 実際は分からないが、自分が仕える人間が突然王族が居る審議の場に引っ張り出される事になったと思えばそれらの動揺の仕方には、ある程度共感する事ができる。

  


 そう思えば、段々とゼルゼンが可哀想になってきた。

 結局。

 

(……まぁここで何を言ってもどうせゼルゼンには届かないしなぁ)


 という事で納得して、ユンはこれ以上彼を責めるのを辞めておく。



 と、その時だ。

 アヤが「でもさ」と口を開く。


「これって二週間前の事でしょう?」

「まぁ、そうだな?」


 だからどうした。

 ユンがそう思えばアヤが「じゃぁさ」と言葉を続ける。


「その謁見って言うのもとっくに終わってて、ついでに言うと今年の社交界ももう二週間前くらいには終わってるっていう事だよね?」

「まぁそうだろうけど」


 手紙が届くまでの時差を考えると、確かにそうなる。

 しかしそれがどうだというのか。

 そう思っていたユンにアヤはこんな事を告げてきた。

 

「ならあと2、3日くらいでセシリア様、帰ってくるんじゃないかなって」

「……え」


 そう……だろうか。

 でも確かリルディさんが言っていた。


「予定では、あっちを出発したのが今日から数えて3日前だ。ならこっちに着くのは2週間後くらいだろ?」


 計算は、多分間違っていない筈だ。

 そう思ったユンの隣で、デントが「あ」と声を上げる。


「でもあくまでも予定だから、実際には早まってもおかしくないかも。『主人たちの都合でそうなる可能性もあるから、御者はいつ出発だって言われても良いようにちゃんと準備をしておくんだ』って、前に言ってた」

「つまりアヤは、今回、その『都合』って言うのが発生すると思ってるっていう事?」


 そう言って、メリアが顎に手を当てる。

 するとアヤが「だって」と言って人差し指をスイッと立てた。


「セシリア様達はとっても怒ってて、ゼルゼンはセシリア様達が何かを起こす事を気にしてた。それってつまり、セシリア様がどうにかなるっていうよりも、相手側がどうにかなる方を心配してるんじゃないかなぁって」


 そう言われて、メリアがもう一度手紙を覗き込んだ。

 俺にも見せろと声を書ければ、彼女が机上に手紙を置いてくれたので、みんなしてそれを覗き込む。


 そして確認した。

 この文面だと、確かにゼルゼンは『セシリア自身がどうなるか』よりも、『セシリアが何をやってしまう事』の方を心配しているように見える。

 少なくとも、この時のゼルゼンにとっては。

 


 殊セシリアに関するゼルゼンの予測は大体当たる。

 どれだけ「えー、それは無いだろ」と思っていても、結局当ててしまうのだから流石はゼルゼンというべきか。


 誰がどれだけ度肝を抜かれても、ゼルゼンだけはため息交じりに仕方がないなとてを伸ばす。

 あの二人はそういう関係性である。


 

 しかし、だからどうなるというのか。

 ユンがそう思った時だ。

 

 考え込んでいたメリアがポツリとこう口を開いた。


「つまりアヤは『セシリア様が何か起こして、その都合で社交界が終わった後にある一週間の滞在期間を返上して、こっちに帰ってくるんじゃないか』って言いたいの?」

「うん。あながち間違ったヨミはしてないんじゃないかなって思うんだけど……」


 どう?

 そう聞かれて、他の4人は一拍遅れて頷いた。

 

「言われてみれば、その可能性はありそうだよね」

「まぁな、『平民街に下りたそうにしてた』って言ってたから、その機会を失ってセシリア自身は残念だろうけど」

「でもゼルゼンが書いてた通り、セシリア様ちょっと迷子になりそうだし……その時間が無くて正解かもしれないね」

「言うなぁ、ノルテノ」


 そんなやり取りをしている中、やはり一人だけ様子のおかしい奴が居た。


「ふふふっ、セシリア様早く帰ってこないかな」


 みんなでワイワイと話す中で、その声だけ小さかった。

 その上普通の事を言っているから、普通ならば聞き流していた所だろう。

 それを言ったのがもしグリムでなかったら。



 あまりにグリムにはそぐわぬ殊勝な言葉に、ユンは思わず首をかしげる。

 しかし彼は、ユンの期待を決して裏切りはしなかった。


「あっちに行ってからの色々諸々、本人の口から聞いた方が絶対に『面白い』に決まってる」

「やっぱりお前はお前でしかなかったか……!」 


 思わずそう突っ込みながら、ユンは後ろからグリムの頭をペシッとしばいた。



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