第23話 PS.の時間差攻撃(自業自得)
結局その木剣は、「仕方がねぇな」と言いながら隊長が自腹を切ってくれた。
その事にちょっとだけホッとした日の夜、ユンはまだ未開封の手紙を持っていつもの場所へとやってきていた。
手紙を貰ったのは、3時の休憩時間の頃。
わざわざ休憩代わりに父親の所まで取りに行ったのに、結局その後読む時間が取れなくてここまできてしまったのだ。
「前回は王子に喧嘩売った所までだったからね」
と嬉しそうに言うのはグリムである。
期待たっぷりという感じだが、コイツの期待に答えられるような内容だったらまともである筈がない。
俺は「どうかコイツを喜ばせるような展開になってませんように」と神に祈りつつ、ゆっくりと手紙の封を切った。
――――
ユンへ。
元気か?
まずは手紙、届いたぞ。
贈り物ありがとうな。
セシリアがめっちゃ喜んでた。
貰った日は一日中眺めてたし、その後起きた侯爵令嬢とのガチ喧嘩の日なんかには、箱ごと抱えて一緒に寝てたくらいだったからな。
めっちゃ落ち込んでたから助かった。
――――
「――って、ガチ喧嘩?!」
「ブッフォーッ!」
ユンが思わず、椅子を後ろに倒しながら立ち上がる。
ガターンと音が鳴った。
そしてそれとほぼ同じタイミングで、グリムが盛大に吹き出してくる。
まぁ確かにこれはグリム好みの展開ではあるだろう。
しかしその代わり、ノルテノの顔は真っ青だ。
対立じゃなく、喧嘩。
つまり水面下ではなく、真っ向からぶつかったという事なんだろう。
加えて相手はまたもや自分よりも上の侯爵令嬢である。
最悪以外の何物でもない。
「ガチで喧嘩とか、ホントっ、フフッ……セシリア様っ、らしいよね」
グリムがまるで噛み締めるかのようにそう言った。
その言い方がどうかと思うが、まぁ確かに普通は他の令嬢相手にガチ喧嘩なんてしない。
幾ら譲れないものがあっても普通は注意や牽制に留めるものだ。
(よっぽど譲れないものがあったのだろうけど……)
それにしたって、今回の文面からは、セシリアの冷静さが見られない。
この短期間に何度も『やらかし』てはきたが、ゼルゼンの手紙から見て取れるのは、冷静なセシリアである。
それが、『ガチ喧嘩』ときた。
きっと感情的になったのだろうと、それだけで想像できる。
というか、ユン的に驚きだったのは。
「アイツって、落ち込むのか……?」
ユンがそう呟くと、デントが「確かに」と言葉を繋ぐ。
「セシリア様っていつも前向きっていうか、元気っていうか、めげないっていうか……いじける事はあっても、落ち込む事なんて無いもんね」
「そうよね、それが喧嘩して落ち込むなんて、一体無いがそんなに……」
メリアもそう言って思案する。
メリアはそれこそ、ユンと日常茶飯事的に喧嘩を繰り広げている相手である。
つまり、喧嘩経験値が高い。
そんな人間からしたら、喧嘩の一体何に落ち込む必要があるのかきっと良く分からないのだろう。
そしてそれは、喧嘩相手であるユンにとっても同じ事だった。
が。
「あ、それっぽい事が書いてそうだぞ」
そう言って、ユンはは続きを読み始める。
――――
貰った手紙に「もうちょっと詳しく書け」って書いてあったからな。
ちょっと踏み込んで書いてみるけど……最近セシリアと第二王子との間で婚約話の噂があってな。
セシリアは嫌がってるんだけど、それを知らない侯爵令嬢が「後押しするから頑張って!」みたいな事を言ってきたんだよ。
で、それをセシリアが拒否してる内に雲行きが怪しくなってきて、あっちが領地と領民の事を引き合いに出した所でセシリアがついに切れて喧嘩……というか、一方的に言い負かした。
そんな経緯だ。
今は「仲直りの仕方が分からない」とか言って落ち込んでる。
――――
「あー」
「セシリア様は領地と領民のこと、かなり大切にしてるからね。多分その辺を変に触ったんだよ」
「もしかして交渉材料にしたとか?」
「それはかなりの悪手だね」
各々がそんな風に言い合う中、アヤがふと疑問を挟む。
「でもさ、『仲直りの仕方が分からない』って何?」
「さぁ? 何だろ」
たしかにそうだった。
仲直りの仕方なんて、普通に「ごめんね」「いいよ」で終わりである。
一体何が難しいのか。
「その辺はよく分からないけど……まぁ僕達が送った花がセシリア様の支えになってくれてるみたいで良かったよね」
「うん」
そんなアヤの言葉に、ノルテノが微笑みながら肯首した。
その点に関しては、ユンも結構満足だ。
少しばかりニンマリとしながら目を落とせば、手紙はあとほんの数行で終わりだった。
それを手っ取り早く読み終えてしまう。
――――
と、今回は結構細かく書いたつもりだがコレでいいか?
ぶっちゃけ、これ以上細かく書くことも出来るけど、そうなると便箋10枚は覚悟しないといけなくなる。
そろそろ俺の手を労ってくれ。
今日も今日とてセシリア宛の手紙への返信手伝いで酷使したんだよ俺の手は。
じゃ、ノルテノの心の平穏を遠方から祈っている。
ゼルゼンより。
PS.
二人は別に、そういうのじゃないと思うぞ?
――――
「ほらな! 俺が言った通りだろ」
このPSは、先日したPSへの返信だろう。
ユンが得意げに鼻を鳴らしてそう言えば、不服そうに口を尖らせたアヤが「えー、そんな事ないと思うけどなぁー!」と悔しそうに言う。
ノルテノとグリムは別に特別仲が良いって言うわけじゃないと思う。
ゼルゼンはそう返してきたのだ。
つまり勝負はユンの勝ちである。
なんて二人で盛り上がっていると、メリアが「ち、ちょっと!」と焦ったような声を上げる。
何だよそんな「ヤバい!」みたいな顔をして。
そう思っていると横から――。
「私が……何?」
不思議そうな顔をしたノルテノがそう聞いてきた。
ヤバい。
ユンは瞬時に思う。
「い、いやぁ? 何だったかな? アヤさん」
「えっ、えーっと、何だったっけ? 忘れちゃったね。ユンくん」
「え、でも――」
「知らないね? アヤさん」
「知らないお? ユンくん」
結局こんな感じで、二人してどうにかこうにかノルテノを凌いだのだった。
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