7通目
第22話 すっぽ抜け事件
ゼルゼンからセシリアが第二王子に歯向かったという手紙を受けてから、また二週間後。
この日俺は、日々の訓練に勤しんでいた。
集中力は保っていたつもりである。
しかし「そろそろ来る頃じゃないか」と思ってしまうと、どうしたって気が逸れる。
それこそこの訓練場は、場所を選べば屋敷の門が見えてしまう。
外からの来客有無がなまじ分かってしまうから尚更だ。
ならば見えない場所に移動すればいいのだが、それは気になってしまう男心が残念ながら許してはくれなかった。
この前父親に聞いた所、王都からの定期便は大抵、成人が両手で抱えるくらいの大きさの木箱が1、2箱くらい。
どうやら、こちらには売っていないような物資が入っているらしい。
俺宛の手紙も毎回、その中に入ってやってくる。
主人達が不在のこの時期に屋敷に来る馬車と言えば、厨房で使う食材の搬入か配達かの二択である。
が、前者は搬入の時間が決まっているので、その時間帯以外にやってきた馬車は十中八九目当ての馬車という事だ。
だから馬車が見えた瞬間、俺は確信したのである。
ゼルゼンからの手紙が来た、と。
そう思った瞬間に、俺の訓練のお供――木剣が手からなんとすっぽ抜けた。
「あっ」と思った時にはもう遅い。
丁度素振りをしていた最中という非常に悪いタイミングだったせいで、すっぽ抜けたそれは振り抜いた力をブーストにして飛んでいく。
そして。
カァン!
「てめぇユン、コノヤロウ! 訓練中に剣を投げるやつがあるかぁっ!」
「すっ、すみませんガルラミオ隊長!!」
飛んで行った先に居たのは、幸か不幸か隊長だった。
甲高い音と共に隊長の持っていた木刀ではたき落とされた俺の木剣は、今地面に、可哀想な状態になって落ちている。
「折っちまったじゃぇねか、どうすんだコレ!」
言いながらズンズンと歩いてくる彼に、ユンはほぼ反射で言い返す。
「いやそれは隊長が手加減無くはたき落としたからであって――」
「アホかお前! 死角から何かが飛んでくる気配がしたら、思わず全力ではたき落とすのは当たり前だ!」
言い訳をしたのが悪かったのか、それとも木刀が飛んで行った時点でダメだったのか。
手が届くところまでやってきた隊長にパシンと頭を叩かれる。
まぁ俺にだって、一応自分が悪い自覚はあった。
だから「すみません!」と言いながら頭を下げて謝れば、隊長に呆れた様なため息を吐かれてしまう。
お説教を受ける事は間違いない。
それを予感して少し苦い気持ちになっていると、意外な言葉が頭の上から降ってきた。
「主人達が王都に行って以降、お前が時折ソワソワしているのは知っている。それがセシリアお嬢様を心配しているからだっていう事もな。……まぁ正直言って、あの一家はデビューの度に何かやらかさないと気が済まない方達だから、同じ一家に使える人間としてはその気持ちもよく分かる」
まさかの理解を示す言葉に、ユンはそろりと顔を上げる。
するとそこには、困ったような苦笑が浮かべられていた。
もしかしたら、彼にも過去に似たような事をしてしまった記憶があるのかもしれない。
しかしちょうどそう思い至ったのとほぼ同時に、彼の顔が引き締まる。
「だがな、ユン。きちんと訓練に身を入れないと、何時まで経っても一人前だとは認められないぞ!」
それは叱咤の言葉であり、ユンを奮起させる言葉でもあった。
確かに今年はゼルゼンだけがセシリアに着いて王都に行った。
しかし本来ならばユンの仕事も、王都についていく事は可能な職種だ。
実力さえつけば一緒に王都に行くことが出来る。
そもそもユンは、セシリアの身体的な危なっかしさを補うために伯爵家の私兵団に入った節がある。
セシリアの後ろに付くことは、彼にとっても一つの目標なのである。
だからユンは、隊長の叱咤に「はい!」と歯切れよく答えた。
すると彼は少し満足げな表情を覗かせながらも「まだ足りない!」と更に言う。
「もっと気合いを入れろ!」
「はいっ!」
「分かったら、外周10週!」
「はい!!」
声を張り上げてそう返事をし、ユンは駆け出していく。
そんな背中を眺めながら、隊長は「はぁ」とため息を吐いた。
「ユンもなぁー、ああいう迂闊な部分さえどうにかなればそろそろ一人前扱いしても良いだけの腕はあるんだがなぁー……」
口の端から漏れたらしいその言葉は、既に走り去ったユンの耳には残念ながら届かなかった。
一方訓練場の外周を走りながらユンが考えていたのは、「早く一人前に認められたい」という事でもなければ、実は手紙の内容に関してでもなかった。
壊れた自分の木剣が自己負担で買い直さなければならないのか否か。
気になっているのはそんな事だ。
ユンの貰っている給金は、そう多くはないのである。
この屋敷内にいる以上食費などは要らないが、それでも日用品やお菓子類などの欲しいものは自腹で買う。
以前木刀の値段を聞いた事があったユンは、それを買えば1か月分の給金がマルッと吹っ飛ぶ事を知っていた。
それなりの強度が必要になる木刀は、意外と高いものなのだ。
「あぁぁー、今月の給金がぁー……」
分かっている、自業自得だ。
自分がいけない、分かってる。
それでもユンは上がっている息の事も一瞬忘れて、盛大にため息を吐いたのだった。
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