第19話 残念なまでのトラブルホイホイ


 

(例えばセシリアはいつも思考の斜め上を行くことばっかりやってるから、斜め上を突き抜けない内は「やると思った」で済んじゃってるとか……ありそうだな)


 セシリアは、良くも悪くも凡人ではない。

 そして彼女の言動は時に他より突き抜けているが、人間とは慣れるものだ。

 彼女の近くにずっと居れば、それが段々日常化してくる。

 

 特にゼルゼンの場合、なまじ世話焼き気質であり執事としての対応力もここまで育ててきたものがある。

 何かが起きても、大抵の事は対処できる。

 自分のすべき事をすぐに理解できるから狼狽えない。


 もしそれが彼のこの手紙の敗因になっているのだとしたら、一度ゼルゼンに指摘してやった方が良いかもしれない。

 この分じゃぁ、おそらく彼は自覚してない。



 まぁ、それもこれも全部、元はと言えば。


「セシリア様……いい加減上の人間に目をつけられるの辞めればいいのに」


 そう、この一言に集約する。



 ユンのそんな呟きに、メリアは「はぁ」と呆れ交じりに口を開いた。


「別にセシリア様だって、好きで目をつけられてる訳じゃぁないでしょきっと」

「まぁそうかもしれないけど……それでも何かが相手に引っかかるから、度々目をつけられる訳だろ?」

「……まぁね」

「しかも上のヤツラにばっかり」

「……そうね」


 俺の言葉に、メリアは何だかまるで『頷きたくないアレ』みたいになっている。


(えーっと、何だっけなぁー……あの、海外の赤い置物。……あぁ、確か『赤べこ』だ!)

 

 そうして思い出したのは、以前セシリアに一度見せてもらった事がある外来品だ。


 セシリアが見せてくれたのは2つセットのやつだったのだが、そのうちの一つが壊れてるんだか何だかで、動くはずの首部分がちょっと堅かったのである。

 揺らしてみると一応首は動くのだがどうしても無理やりやらせてる感があり、それがユンにはすっごく頷きたくなさそうに見えたのだった。


(そうだよ、あの時のにソックリじゃん!!)


 そう思えば思わずプッと吹き出してしまった。

 するとメリアからじっとりとした目が向けられる。


「……何」

「あっ、いや、別に」


 どうやら何に対して笑われたのかは分からないが不本意な笑われ方をしたのだという事は伝わってしまったようである。

 慌てて「何でもないから」と取り繕うと、アヤが「でもさぁ」と入ってくる。


「セシリア様って、自分自身はトラブル嫌いなのに実は、周りのそういうの自分から拾いに行ってる節があるよね。今回のなんて正にそうだし」


 彼女のこの言葉はユンにとって、助け舟以外の何物でもなかった。

 まだメリアのジト目が痛い中、「そうだよなっ!」と言ってユンはその会話の中に逃げ込む。


 しかしまぁ、アヤの言う事に同意する気持ちも確かにあるのだ。

 どうやら今回のセシリアは、『虐められていた令嬢を』助けて目をつけられたらしいが、そんなの放っておけば良かったのだ。

 仲が良い相手なら話は別だが、手紙からはそんな印象を受けないのでそういう訳ではなかったのだろうし。


 するとどうやらそれにはデントも同意だったようで。


「見ちゃったらそのままにしておけない、それがセシリア様の美徳でもあると思うけどね」


 と言って頷く。


 

 デントの言う通り、確かにそれはセシリアの美徳ではあるのだろう。

 

 セシリアは今までのたまにそういう事をする。

 自分には何のメリットも無い、それどころか普段別に交流が無い。

 そんな相手に対しても手を差し伸べる、そういう事を。


 しかしユンは、セシリアが本来「面倒臭がりで好きなこと以外にはなるべく手を煩わされたくない」と思っているような人間である事を知っている。

 だからこそその行いは、自分からわざわざ遠方に出向いてまでも墓穴を掘っている様にしか見えないのだ。


「ホント、損な性格してるよなぁ……」


 ぼやくようにそう呟けば、メリアが「まぁねぇ」と言い、ノルテノが「うーん」と言葉を濁し、デントが「コレばっかりは仕方がないよ」と言って苦笑いした。



 と、ここにきて初めて気が付く。

 手紙を読み終わって以降、一言も喋っていない奴がいる。


 その最後の一人を見遣ると、一体何にツボったのか。

 肩どころか全身を震わせているグリムが一人俯いていた。


 思わず怪訝な顔をすると、途切れ途切れにこんな声が聞こえてくる。

 

「さっ、流石は、セシリア様っ。トラブルホイホイ加減が、ブフッ、半端ない……!」


 まぁ先ほどユン達が話していた内容と同じだし、確かに「その通りだ」と思いはしたが、その状況を種に笑う彼と『トラブルホイホイ』という言葉の不謹慎さに素直には頷けず、結局ユンはまるで差し出しているかのように垂れた頭を無言で、ペシンッとしばいておいたのだった。


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