6通目

第18話 寒い日に届いた手紙は、吐くため息と同じ白



 寒い日は、吐く息だって白くなる。

 手先は真っ赤になって、訓練中にミスって体に何かを当てようものなら、それはもう悶絶するくらいに痛い。

 

 この日はちょうどそんな日で、ユンは例に漏れず受け取った手紙を午後三時の休憩中に開けようとしていた。

 が、中々開けられない。



 手が悴んで、指先に力がちゃんと入っているのかさえよく分からない。

 つい先ほど指先に木刀を食らって以降、寒さなんて気にならないくらいに指先がジーンと痛いのだから猶更だ。


 仕方がないので一度手紙を膝に置いて、手に「はぁー」っと息をかける。

 すると。


「また手紙かー?」

「ちょっ! リルディさん!!」


 丁度やってきた先輩・リルディが手紙をヒョイッと取り上げる。


「お前さっき、めっちゃ思い切り手に木刀食らってたからな」

 

 笑いながらそう言われ、ユンは言葉を詰まらせる。


 先ほどの自分に集中力が欠けていた自覚はある。

 だからこそ言い返す言葉も思い浮かばずに、「せめてもの抵抗に」と言わんばかりに彼は口を尖らせた。

 それを見てリルディが笑う。


「まぁまぁ、俺が代わりに開けてやるから」

「……ありがとうございます」

 

 先ほどからずっと指先に息を吐いていたが、依然として指の感覚は戻ってこない。

 だからいじけつつ、封が空いた封筒を感謝しながら受け取った。



 その先輩は、隣に座り水分を取る。

 十分に覗けるような距離だったし別に覗いてくれても良かったが、彼は手紙を読むユンには特に興味を示さない。


 お陰様で、集中して手紙が読めた。

 だからこれは、きちんと読んだが故の弊害と言っても良いだろう。


「はぁー……っ」


 ユンが思わず盛大な溜息を吐けば、隣でリルディが怪訝そうな顔になる。


「どした?」

「い、いや、ちょっと内容が残念で……」

「またか」

「またです」


 頷かずにはいられない事が嘆かわしくて仕方がない。

 

 出来ればこの手紙に関して、誰かに一言申したい。

 ただその一言申す相手をゼルゼンにするべきなのかそれともセシリアにするべきなのかは、非常に悩む所である。


 


 この日の夜、やはりユンは同期を全員招集した。

 

 皆が集まった所でユンは、まず「ゼルゼンがコレを書いた時には、まだ俺らの手紙は届いていなかったらしい」と前置いてから読み始める。



 ――――


 ユンへ。


 相変わらずセシリアの社交は順調だ。

 友人候補ともまた仲を深めて……まぁちょっと素が見え始めてるから相手が引いてないか心配だけど、多分大丈夫だろ。

 アレは引いてるっていうよりは困ってるっていう感じだったし。


 因みにあの人に視線で助けを求められたけど、軽くスルーしておいた。

 俺は貴族じゃないからな、貴族が沢山いる場で口は挟めない……という口実だ。

 まぁどちらにしろ、そろそろ友人同士って公言しても良い間柄なったんじゃないかと思う。

 

 だってな、この間もセシリアが同年代相手に相談持ちかけてたし。

 人の心配はするくせに自分の悩みは滅多に口にしない、あのセシリアがだぞ?

 中々珍しいことだろう?



 さて。

 その相談っていうのが「とある令嬢が虐められてたから助けたんだけど、そのお陰でなのか、せいでなのか、侯爵令嬢に目を付けられれてる。しきりに寄ってくるんだけど何が目的なのか、相手の意図が読めない。一体どういうつもりなんだと思う?」っていうやつでさ。

 レガシー様――あぁ、例のセシリアのお友達な、彼の答えを聞きながら、俺も思わず納得したわ。

 流石はセシリアが選んだ友達というべきか。

 社交は苦手な子息だけど、それでも頭は回るんだよなぁ。

 3つも俺の年下だとは思えないくらい聡明だ。



 あ、ところで前にセシリアが許したドレス汚しのクラウン様な、最近はたまにセシリアの所に話に来る様になったんだ。

 まぁ入り浸るような事は無いけどな。


 あの方、周りからはまだ腫れ物を触るような扱いを受けてるんだよ。

 結構大事になってたから、セシリア個人との関係修復が出来たくらいじゃ火消しにはならなくてさ。

 まぁそれは自業自得なんだけど、でもちゃんとセシリアに頭も下げたし、何言われても社交場にはきちんと背筋伸ばして顔出しててさ。

 意外と根性があって、俺はちょっと驚いてる。


 まぁあの方なりに頑張ってる。

 セシリアの選択も、あながち間違いじゃなかったんだなぁと改めて思ったわ。

 


 という訳で、今回はこのくらいかな。

 また手紙書くわ。


 ゼルゼンより。 


 ――――



「……また大切な所を片手間に書いてるね」

「ゼルゼーン……」


 そんな声たちにユンもしきりに頷いた。

 


 お前のセシリアへの愛はよく分かった。

 分かったから、お願いだからセシリア以外の所にもフォーカスを当ててくれ。

 いやまぁ今回、セシリアとそのお友達二人についても書かれていたがそうじゃない。


 今回一番大事な部分は『侯爵令嬢に目をつけられた』という部分の筈だ。



 そんな風に思う一方、彼の中の報告すべき優先順位がここまで自分たちとズレているのは、もしかするとセシリアのせいもあるんじゃないだろうかと思い始める。


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