第17話 花束に込めた想いは



 もしかしたらそう見えるだけで、ただの気のせいなのかもしれない。

 だからそれを指摘するような事はしないけど。


 そう思いつつ、それでも彼女は自分の中の事実を一つ持ち出した。


「でも、コレの発案者はグリムだって……」


 そう、今彼は「何もしていない」と言ったが、それはノルテノが知っている情報とはちょっと違ってしまっているのだ。

 彼は決して「何もしていない」なんて事は無い。


 この『セシリア様へのプレゼント企画』は、そもそも発案者の言葉が無ければ存在しなかったのかもしれないのだ。

 それにこの綺麗な花は、グリムが日々天塩を掛けて育てた花だ。


 普段は掴みどころがなく全てに満遍なく適当な所がある彼だが、同期の人間ならばみんな知っているのだ。

 彼が草花の世話という今の仕事を実は割と気に入っていて、きちんと仕事をこなしているという事を。


 それを贈り物にするという事自体、既に彼は参加したも同然だ。

 むしろ今日思いついて行動した他のメンツよりも余程、日々コツコツと愛情を注いできたグリムの方がこの企画に貢献しているとも言えた。


 だって元々この花は、セシリアが好きだから、セシリアの来る場所に、セシリアに見せるために植えて育てていたのだから。



 ノルテノは、何もかもの言葉にはしなかった。

 それをグリムは嫌がるだろうと思ったし、言う必要性も感じなかったからである。


 しかし目は雄弁だ。

 気弱そうなたれ目の中に優し気な色が灯った所で、彼女の飲み込んだ言葉をグリムは否応なしに感じ取った。


 すると彼は、居心地悪く感じたのか。

 平静を装いつつも少し焦ったような早口で「あぁまぁ確かに発案者は俺だけど」と言って取り繕う。

 しかしこういう時ほど、口を回すと余計な一言を言ってしまうものである。 


「場を仕切ったのはアヤだったし、作業についてもノータッチだし。それに花言葉だって偶々――」

「花言葉?」


 ノルテノがそう聞き返した所でグリムが「しまった」という顔になった。


 普段の彼から考えると、そんな顔を見せるなんてちょっと珍しい。

 だから少し好奇心を擽られ、ノルテノにしては珍しく少し嫌がる様子の彼に再度「花言葉って?」と聞き返す。



 グリムは最初、なんとか答えなくて済む方法を模索するように目を泳がせた。

 しかしノルテノの「後でアヤとメリアと三人で調べてみれば……」という純然たる独り言を聞いてついに、観念して口を開く。


「……快活、愉快、喜び。そう言った正の感情や状態を示す意味があるんだよ、サイネリアには」


 その言葉に、ノルテノは大きく目を見開いた。


 快活、愉快、喜び。

 それらの意味を持った花を贈る事で、「セシリアに元気になってもらいたい」という私たちの気持ちを彼女にプレゼントする。

 それはとても。


「素敵……!」


 つい先ほどまで自分の不甲斐なさに涙を溜めて、驚いて、好奇心を宿していたノルテノの瞳が、今までで一番強く輝いた。

 そこにあるのは間違いなく喜びで、手紙を読んだ当初の不安を含めた様々な負の感情は全てその輝きに呑まれて消える。



 ノルテノは、先ほどグリムが示してくれたラッピング資材達に視線を落とした。

 そして思わず納得する。


「確かにこの色合いなら、見たセシリア様がとっても元気になってくれそう……!」


 何故これを贈りたいのか。

 ノルテノは、気負うあまり一番大切な観点が頭から完全に抜けてしまっていた事に、今更ながら気が付いた。


 爽やかな水色や緑、可愛らしいピンクがある中で、彼が選んだ資材の色は全てビタミンカラーで統一されている。

 元々どれも花束に合う色とデザインだったものの、これならば贈り物をする主旨にもピッタリ合うだろう。


 そう思えば、ノルテノの口元には自然と微笑みが溢れ出す。


「ありがとう、グリム。グリムのお陰で良い花束が作れそう」

「それは君の腕次第でしょ」

「うん、頑張るね」


 グリムのスンッとした軽口に本心からの笑顔で答え、ノルテノは手元に視線を戻した。

 ラッピング作業の再開だ。


 と、その背中にグリムが言いにくそうにこう投げた。


「あのさ、先の花言葉のやつ……」


 何が言いたいのかは、ノルテノにもすぐに分かった。


 思わず笑ってしまいながら、彼女は顔を彼に振り向く。


「ふふふっ、分かった。二人だけの秘密ね」


 そう言えば、彼はやはり少し居心地悪そうに「絶対だからね」と念押ししてきた。




 そんなやり取りを少し遠くから眺めていたユンは、ひとしきり書き終えた手紙にちょうど息を吐いた所だった。

 

 話の内容までは聞こえない。

 しかしそれでも、何やら楽しそうだという事は分かる。


「仲良いよね、あの二人」


 アヤがそんな事を言った。


 ここで言う「仲が良い」が、「他と比べて『特別』仲が良い」という意味だろう事は、ユンも言葉のニュアンスで理解した。

 しかしユンはそれにひどく疑問を覚える。


「えー、ただ単にゆっくりマイペースなノルテノに、グリムがちょっとイライラして口を出しただけだろ?」

「えー? そうなかぁ?」


 確かにノルテノは人見知りだが、それでも同期相手には割とあんな感じである。

 そう思っているから別に、あの光景に特別感は感じない。

 

 が、アヤはその見解が不服なようだ。

 と、少し考えるそぶりを見せていたメリアがポツリとこう言った。


「じゃぁどうせだし、ゼルゼンの意見も仰いでみれば?」

 

 その声に、ユンは「名案だ」と思う。


「そうしようぜ! 見てろよ? 絶対俺が勝つからなっ!」

「何おぅ?! こっちだって負けないんだから!!」

「あんた達は一体何に勝ち負けを……」


 という事で、手紙の最後に『とある追伸』が加えられる運びとなった。


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