第16話 セシリアの為に出来ること
するとメリアは「はぁ」と一つため息をつく。
そして机に頬杖を突き。
「どっちにしても手紙の内容に一番文句言ってたのはアンタでしょ?書きたい事はいっぱいあるんじゃないの?」
「ま、まぁそれは」
「ならやっぱりアンタが書くべきよ。もし『誤字とかが心配なんだ』って言うんなら、そのくらいは私が見てあげるわよ」
ほら書きなさい。
そう言った彼女の顔にあったのは、小さな呆れと「仕方がないな」という色だ。
「え、いや。それはそれで書きにくいっていうか……あぁそうだ、便箋とか封筒とか無いし」
「あるよ!」
「あるのかよっ!」
横から割り込んできたアヤにユンがそう突っ込めば、彼女がスイっと何かを出してきた。
それは、見まごう事なき便箋と封筒だ。
思わずユンが「えっ、流石に用意良すぎない?」と言えば、アヤは「そう?」と首をかしげる。
しかしおそらくコイツの事だ。
運送料を計算した紙を出した時から、きっと既に誰かが手紙を書くだろう事は想定済みだったのだろう。
まぁそれは良い。
確かにメリアの言う通り書きたい事は沢山あるから、書くのもまぁ仕方がない。
が。
「これ、完全に女物じゃねぇか!」
ユンがそう声を荒げる。
渡された便箋は、なんと桃色の花柄だった。
これだけはいただけない。
そう思って思わず突っ込めば、アヤがキョトン顔で言う。
「だって私、女の子だし」
「そんな事は知ってるわ! 俺がしたいのは、それにしたって可愛い過ぎるだろって話だ! 俺がゼルゼンに書く手紙の便箋だぞ?!」
俺はともかく、届いた側の気持ちを想像してみろ。
あまりにも気持ち悪すぎるだろうが。
そう思ったユンだったが、二人対一人という構図が悪かったのか。
それとも相手が女子二人だったというのが悪かったのか。
「まぁ良いじゃない、気にしない気にしない」
「ほら良いから書いた書いた」
「えっ、ちょっ!」
「はい! 『ゼルゼンへ』」
「……え、『ゼルゼンへ』……?」
結局ユンは、笑顔で安直な「大丈夫」を繰り返す二人の圧に負け、ペンを握らされて言われるままに書き始める事になってしまった。
一方その頃、ノルテノは一人頭を悩ませていた。
昼間にユンとグリムが丁寧にコーティング作業を行った花達を手に可愛い花束にすべく現在奮闘中なのだが、どうにも作業が進まない。
「うーん……こっち? ううん、こっちかな」
作業状況は、束にする花の並びがさっき辛うじて決まった所である。
これから、まだラッピングペーパーで花束を包み、リボンを掛けて箱に入れるという作業が列を成している。
因みに今彼女が悩んでいるのは「ラッピングペーパーを一体どれにすればいいか」という事だ。
どうやらお疲れモードらしいセシリアに、サイネリアのブーケを送ろう。
そんなこの計画を聞いた時、彼女は「それはとてもいい考えだ」と頷いた。
そしてラッピング作業を任された時、強い使命感を抱いた。
だから仕事終わりに行きつけの可愛いラッピング資材が売っているお店に滑り込み、資材を色々買ってきたのだ。
しかし閉店近くてその場で選びきれなくて、結局何種類か買ってきたのがいけなかった。
可愛い柄の包装紙やリボンなどは元々ノルテノの好みである。
彼女の趣味の範疇なので、今回使わずに余る分には別に良い。
金銭的にも問題ない。
が。
「全然決められないよぅ……」
どうしてもセシリアにあげるに相応しいラッピングになっている気がしない。
せっかくセシリアの為に何か出来ると思ったのに。
私みたいなのでも、彼女の役に立てるんじゃないかと思ったのに。
途方くれた、か細い声が暗にそう告げている。
いつだってそうだ。
自分の決める事やする事に、いつまでもが自信を持てない。
いざという時ほどそれは顕著で、だからこそ情けない。
ノルテノは、そんな自分への落胆に苛まれる。
そしてその落胆が表情だけでは無く、遂に行動に現れた。
花束を持っている手が、ゆっくりと力を無くして目前から机の上へと落ちていく。
その時だった。
「コレとコレと、コレ」
「……え?」
突然後ろから伸びてきた手に、ノルテノは思わず声を上げた。
驚いて振り返れば、後ろにはおそらく今来たのだろう。
ポケットに片手を突っ込んだグリムが立っている。
「だから、コレとコレとコレで良いんじゃないの? ……って、何で涙目」
「だ、だって全然決められないし……」
「そんな事で」
ノルテノの訴えに、グリムは「はぁ」と息を吐く。
「そんな事で一々泣く必要ないでしょ」
その呆れた瞳に、ノルテノはまるで「何で君はいつもそうなの」とでも言われているような気持ちになった。
責められている、そう認識して肩を落とす。
分かっている。
分かっているのだ、こんなにも一瞬で呆れられるくらい自分がダメな事くらい。
でも、それでも。
「だって私もセシリア様のために何かしたいのに、全然出来なくて……」
目尻に溜まっていた涙が、今正に決壊の時を迎えようとしていた。
しかしその背中に「はぁ?」という声が掛かる。
「だから今してるでしょ? セシリア様の為に出来る事」
「……え?」
驚きに、ノルテノは思わず小さな声を上げる。
顔を上げると涙が一滴机の上にポロリと落ちたが、そこには既に悲しみや無力感は無い。
それよりも、疑問の方が先行する。
「で、でも私、こんなにノロマで、まだ全然出来てないし――」
「俺なんて今回、全く何もしてないよ」
そんな俺に向かってそれを言う?
そんな返しをされてしまって、ノルテノは目をパチパチと瞬いた。
彼女は今、驚いている。
表面上は、あの飄々としたいつもの彼の様に見えた。
しかし何故だろう。
ノルテノにはなんとなく、彼がその事をちょっと気にしている様に見えたから。
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