第15話 どうせだから一緒に手紙も出しておく?



 夜。

 

「はぁぁぁぁー……」


 ユンはため息を吐きながら肩を回した。



 午後からデントの手伝いとしてユンが行ったのは、花を薬剤でコーティングする作業だった。

 

 花をきれいな状態に保つために必要な、大切な作業である。

 逆に言うと、コレが上手くいかなければ、届いた頃には花はすっかり枯れてしまうので責任重大だ。

 そう思えば、頑張ろうという気になったものだが……。


「あー、めっちゃ肩凝った」

「細かい作業だったからね」


 俺の嘆き混じりな溜息に、デントがそう言って苦笑する。



 元々チマチマとした作業が嫌いなユンである。

 それが花を一輪一輪、形を崩さないようにしつつも花びらの全てにまで薬剤がちゃんと掛かるように、丁寧に浸していかねばならないのだ。

  

 ずーっと手元を見てチマチマチマチマ……。

 それが終わったら今度は花を折ってしまわない様にしながら、一輪ずつ干して干して干して干して……。


 そうして作業を繰り返した結果、俺の肩はすっかり固まってしまったという訳である。



 唯一幸いだったのは、作業自体は単純だったという事だろう。

 お陰でユンにも問題なく熟すことができた。


 しかし本当に疲れたので、今日はもう難しい事はなるべく考えたくないし、細かい事ももう絶対にしたくない。



 因みに丁寧にコーティングした花たちは、薬剤も乾いて今はノルテノの手元にある。

 

 手が器用なノルテノは、今回ラッピング作業担当者だ。

 すぐにその仕事を与えることが出来て良かったと思わずにはいられない。



 ノルテノは案の定、先ほどあの手紙を読んだ途端にガクガクと体ごと震えだした。

 プルプルではなくガクガクだ。

 心配以上の震えように、俺たちは心の底から「用意しておいて良かったな」と思った。


 結局みんなで「セシリアの安寧を願って、心を込めてラッピングをやってくれ! ノルテノがやってくれれば間違いないし、ご利益もきっとあるから! 大丈夫だからっ!」と必死になだめ、どうにか意識をそっちに向けた。


 あとで自分たちの言動を振り返れば「『ご利益』って何だよ」とか思わなくも無い。

 が、まぁどうにかノルテノの気持ちを『心配』から『使命感』へと向けられたので良しとする。


 


 しかし、それもこれも全てゼルゼンのせいである。


 アイツがもうちょっと大切な所にフォーカスを当てていれば、もしかしたらノルテノだって手紙の中だけで不安を解消できたかもしれないのに。

 っていうか、お前の主人は何でこう毎回そんなにトラブってんだ。

 そんな風に思い始めれば、色々物を申したくなってくる。



 と、ここでスッと俺の前に何かが差し出されてきた。

 見れば一枚の紙、そこには今作っている『贈り物』を手紙込みで送った時の発送料と、それを6人で割った場合の金額が計算されている。


「確かに、このくらいならギリギリ出せそうだね」


 そう言ったのは、俺の正面に座るデントで。


「コレならむしろ手紙も出した方が良いんじゃない? そんなに金額変わらないし。それにこっちからも質問とかしたいもの」


 そう続けたのは、隣に座っているメリアである。


 その声に「やっぱりそう思うよね?」と言ってアヤが頷いて、何故か俺の方を見てこう言った。


「という訳で、ゼルゼンよろしく」

「は、はぁっ?! 何で俺!」


 そう抗議すると、メリアが「当たり前でしょ」と口にする。


「だってアンタ、今日一日休んでたんでしょ?」

「だからこそ昼から作業に駆り出されて、今凄い疲れてるって話だよ!」


 俺は仕事やり切って、今そうでなくとも頭を使いたくない状況である。

 それなのに手紙を書けというのか、コイツは。


 そう思いながらこんな風に異議を申し立てる。

 

「っていうか、読むのはともかく俺が字を書くのが苦手なの、お前等だって知ってるだろ!」

「だってこの手紙、元々ユン宛に届いてるんだし」


 あぁ言えばこう言うというのは、正にこういう事なのだろう。

 まぁ確かに手紙がユン宛なのは言い逃れできないが、それにしたってそれを理由に書く面倒を押し付けてる感が否めない。


 そんな風に思っていると、メリアが「それに」と重ねて言う。


「私達だって休憩の合間に花選んで摘んだでしょ? 全部一人でやったみたいに言わないでよ」

「あぁ? 俺知ってんだからな、お前ら花摘むの楽しんでたの!」


 そう、俺は知ってるのだ。

 道具を作業場所まで運んでいた時に丁度、温室の前を通った時、中からすごい楽しそうな声が漏れ聞こえてきていた事を。

 アレはどう考えてもノリノリで選んでいた。


 そう指摘して、ユンは心中で勝ち誇った。

 しかしメリアはそんな彼を、鼻を鳴らって一蹴する。


「楽しく贈り物の準備をして、一体どこが悪いのよ?」

「コイツ、開き直りやがった……!」


 思いもよらぬ反撃に、ユンは思わず席をガタッと立ち上がる。

 しかしそんな彼さえも、彼女は「それがどうした」と言わんばかりだ。


「どうせアンタに任せても、どの花選んで良いかとか量とか色のバランスとか、全然分かんないでしょうが」

「ぅぐっ……」


 ぐうの音も出ない……いや、ぐうの音は出た。

 でもそれ以上は出てこない。


 図星過ぎて、ユンは自分の負けを悟るしかない。


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