第14話 グリムは今日も飄々と面倒事を躱してく



 対するアヤは、「えぇーっ?!」と抗議の声を上げるが。


「言っとくけど仕事だからね。そもそも今日言って今日やろうとする方が悪いんでしょ。まぁ鍵を渡しとくから、必要分くらいなら勝手に入って摘んでいいけど」


 グリムのそんな言い分は、本心はどうあれ一応ちゃんと道理は通っていた。

 しかしそれでも、ポケット出された温室の鍵を受け取るアヤはまだ不服満載だ。


「サボりたいだけなんじゃないの……?」


 そんな風に訝し気な視線を向けられるのは、きっと彼の日頃の行いのせいである。

 彼は、面倒そうな事にはいつも頑張らずに回避する。

 自分のやりたくない事を面倒と定義づけて避けたがる所はセシリアとよく似ているが、そのアプローチは正反対だ。


 これはそんな彼の性分を理解しているからこその疑惑であり、つまりは自業自得だからたとえ濡れ衣じみた疑われ方をしていたとしても特にグリムに対して同情するような事も無い。

 

 グリムは「人聞き悪いな」と言いながら、いつもの様に笑っている。

 濡れ衣を着せられた事を全く気にしていないのか、それとも突かれた図星を隠しているのか。

 相変わらず読めないが、いつも通りと言えばいつも通りのグリムである。


 それにアヤだって、この為には普通にまだ残っている仕事を休めはしないだろう。

 だから人の事は言えないのである。


 なら別日に延期すれば良いだろうという意見もありそうではあるものの、ノルテノの精神衛生を考えても、セシリアへの心配を考えても、送るのは一日だって早い方が良いだろう。

 そういう判断があって、仕方なくアヤは「うーん、まぁしょうがないか」と頷いた。

 そしてあっけらかんと言う。


「私とメリアで休憩時間に摘みに行くよ。で、それを持っていくからデントとユンで――」

「俺?!」

「え、僕自信無い……」


 突然の割り振りに、驚く俺と戸惑うデント。

 しかしアヤは止まらない。

 

「だってしょうがないじゃん、グリムは物理的に居ないんだからやり方知ってるのはデントだけだし、デントの事だもん、いつも通り今日のノルマは午前中で終わらせてるんでしょ?」

「ま、まぁ一応今日中にしないといけない事は終わってるけど……」

「じゃぁ仕事は昼からお休み取ってさー」

「と、取れなくはないけど……」


 マズい、デントが丸め込まれそうになってる。

 そう思ってユンは慌てて口を出すが。


「お、俺は無理だぞ?! やり方なんて知らないし!!」

「あ、ユンにそこは期待してない」

「あぁんっ?!」


 コイツ、人に頼み事をしておいて何という失礼さ。

 思わずカチンときて凄んだが、アヤは全く気にしていない。


「大丈夫、ユンはただのお手伝い要因だから。デントの指示に従って作業すればいいし。なんって言ったって、セシリア様の為だからね! どうせ今日非番で暇なんでしょ?」

「ぐっ……」


 思わず、瞬間的にユンの言葉に詰まってしまった。


 確かにユンは今日非番だし、特に予定も入っていない。

 その状況を、人は俗に『暇』と呼ぶ。


 それに一応、指示に従って作業するだけだというのなら、ユンにもどうにか出来そうでもある。

 しかし例え一瞬でも、そう思ってしまった事がユンの命取りになった。


「あっ、じゃぁもう休憩明けちゃうから私行くね! 次の休憩は午後2時半だから、花はその時に積んで中庭に持ってくよ。それまでに準備しといて!」

「え、あっ、ちょっ!」


 まだ了承した覚えはないのに、呼び止めようとしたユンを置いてアヤは去って行ってしまう。

 振り返る事もしない。


 

 俺は、アヤに向かって伸ばしたはずの腕をゆっくり下ろす。

 すると隣でデントが苦笑した。


「じゃぁ僕、ちょっと先輩たちに午後休の話してくるね」

「……あぁ、じゃぁここで待ってるわ」


 付き合ってくれる気らしいデントに礼を言い、彼が一度席を立つのを見送った。

 するとまだ昼休憩の残っているグリムが食事に手を付けながら言う。

 

「まぁ頑張ってよ」

「ものすごい他人事だよな、お前も何かやれよ」

「え、嫌だよ面倒くさい」

「やっぱりかお前」

 

 コイツの本心はやっぱりサボりの方にあったか。

 そんな風に思いながら、ユンは深くため息を吐く。


 まぁ確かにセシリアの事は気になるし、ノルテノにも出来るだけ手紙を読むのとタイムラグなく「セシリアのために手を尽くした」実感を持ってもらった方が多分、新郎的にマシだろう。


 任されてしまったものは仕方がないので、ユンはとりあえずデントを待つ事にした。

 そんな訳で『セシリアにお花を届けよう大作戦』は、急遽ここに決行される運びとなったのである。


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